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17‐1 あなた、何か隠してなあい?

 ジバ城内にある中庭。日差しで照らされてるそこで、セレナが俺に向かって両手を突き出し、精神を集中させるように目を瞑る。左手のブレスレットについた魔力石が光り出すと、セレナの目がパッと見開いた。


転世てんせい魔法!」


 叫び声が空にこだまする。魔力石の光は何事もなく消えていき、周りに魔法陣は一つも現れず、俺の身には何一つ変化が起こらなかった。


「……やる気、あるんだよな?」


 少々うんざりするように俺が呟くと、セレナはムキになって叫んできた。


「ありますよ! 発動しようと必死ですよ!」


「でももう百回くらいは繰り返してるぞ」


「仕方ないじゃないですか。転移と時間魔法を一緒に発動するなんて、全く感覚が分からないんですから」


 ついに時間魔法を習得したセレナだったが、転世魔法を完全習得するにはまだまだ時間がかかりそうだった。長い間付き合っていた俺があくびをこぼすと、青い空が目に映った。なんだか気分転換がしたい気持ちだ。


「ふあ……天気もいいことだ。ちょっと外でも歩こうぜ。そろそろ休憩も必要だろ」


 その提案にセレナはため息をついて納得するのだった。




 白壁と青屋根の建物が立ち並ぶ大通りを進んでいると、セレナが一人で悩むようにぼそぼそと呟き出す。


「どうしてできないんでしょう。同時に発動するのって、単に両方を一緒にイメージすればいいと思ってたのに、全然手ごたえもないなんて」


「それでできないんだったら、もっと別のイメージなのかもしれないな」


「別のイメージ、ですか。でも今日までの五日間、思いつく限りのものは色々と試しましてみましたよ」


「そうなのか。うーん、こうなったらいっそ、方法を提案したエングさんに聞いた方が早いかもな」


 時間と転移魔法の発動できる力が弱いんじゃないかとか、色々思い当たる節があったが、それが手っ取り早そうだった。先生と慕われてたエングさんは、セレナに今のやり方を提案した人でもあるし、何かしら情報は得られるだろう。


「新しい魔法を生み出したあの人だ。また何か教えてくれると思うしな。人は頼ってなんぼだ」


「闇雲にやっても進展しなさそうですし、そうした方がいいのかも。……そうだ。行ったついでに、理魔法の研究も進んでいて、ハヤマさんも魔法が使えるかもしれませんね」


「ああ確かに。研究が進んでれば、それもあり得るかもな。また変なもの食わされなければいいんだが……」


 人の生き血が入ったものとかは本当に論外だ。


「フフ。久しぶりに会いたくなってきました。キョウヤさんたちに一言残してから、向かいましょうか」


 曇っていた顔からパッと明るくなったセレナ。それを見て俺は納得するように首をうなずける。


 ふと横目になにか映ったかと思って前を見てみると、トレードマークの兜の男がすぐに目に入った。間違いなく彼がログデリーズ皇帝の側近、テオヤだと確信できると、彼は見知らぬ女性を背後に連れて歩いていた。


「あれは、テオヤだな。あいつがこんなところにいるなんて珍しいな」


 セレナが「本当だ」と気づいてる間に、背後の女性を注意深く見てみる。女としては高身長で、長い銀髪がウェーブするようにうねっており、右目には黒い眼帯がかけられている。巨乳の谷間を見せびらかすような妖艶な服装も気になったが、そんなことより俺は、どことなく怪しさを感じられる微笑が気になって仕方なかった。


「聞きたいことがある」


 目の前まで来ていたテオヤが声をかけてきた。女に警戒していた俺はハッと我に返るような反応をしていた。


「あ、ああ。珍しいな、お前がこんなところに来てるなんて」


「人を探してる。お前たち、猫を被った女性を知らないか?」


「猫?」とセレナが聞き返す。俺は記憶の中で、唯一当てはまる一人の人間を思い出す。傭兵三人組の、人体実験とかで過去が悲惨な彼ら。リアルな猫の被り物を被った、無口な女性。


「それって、ユリアさんのことですか?」


 セレナがそう言った瞬間、テオヤの背後にいた女が意外そうな顔をした。うっすらとした微笑みを作り直し、色っぽい声でセレナに聞いてくる。


「あなた、彼女の名前を知っているということは、お友達か何か?」


 頭の中を覗いてくるような話し方。セレナは一瞬戸惑いながらも答えようとしていて、そこからはい、という一語が出てくる予感がして俺はとっさにそれを遮った。


「たまたま見たんです。ほら、三年前にベルディアコロシアムで決闘祭りがあったでしょう? その時に俺たちも参加してましたけど、そこで彼女の存在を知ったんですよ」


 不思議そうに俺を見つめるセレナに、ちらっとだけ横目を向けて何も言うなと訴える。それにセレナが素直に黙ってくれると、銀髪の女性は俺に言葉を返してきた。


「あら、そうだったのね。彼女たちと直接会ったわけではないと?」


「友達でなければ、話したこともないですよ。珍しい格好をしていたから、それでたまたま名前を覚えていただけです」


 眼帯をつけた顔を近づけられる。香水の匂いが、ほのかに鼻に流れてくる。彼女は笑ってはいるが、妙に威圧感を俺は感じていた。瞳を覗き見るような視線を向けて、彼女は口を開く。


「私の勘違いだったらいいのだけれど。あなた、何か隠してなあい?」


 彼女の手が、俺の顎に触れようと動き出す。まるで大人の遊びに誘おうとする娼婦のようないやらしさ。願い下げだった俺は、その手を避けるように身を引いた。


「いえ。俺は別に何も」


「私、勘違いなんてそうそうしないのよ。だから今、どうしても気になるのよね。私の直感が、あなたの裏に何かあるって」


 女性はそう言い切った瞬間、今度は俺の両の頬をしっかりつかんできた。そうして俺の目を自分の顔に向けさせ、目だけ笑っていない笑顔を見せつけてくる。


「もう一度だけ聞くわ。あなた、何も隠していないわよね?」


 その気迫の乗った声に、さっきまで漂わせていた背徳感は一切なくなっていた。強い圧迫感をただ押し付けられ、俺はグッと押しあがってきていた恐怖心を反射的に引っ込め、同時に募った苛立ちをあらわにする。


「隠してないですよ。それより、香水の匂いが苦手なので、離してもらっていいですか?」


 女性はしばらく真っすぐに見つめていると、鼻先で「フフン」と笑いながらパッと手を離した。


「ごめんなさいね。私は人を疑って生きてきたせいで、ついその癖が出てしまったわ。許して頂戴」


 途端に軽い態度に変わった。つかみどころのない人だ。


「はあ。まあ別にいいですけど……」


「優しいのね。その寛大な心に感謝するわ。行きましょうテオヤ。彼らからは何も聞けないわ」


「了解しました。カミエラ様」


 テオヤが丁寧な言葉を使ったことに俺は驚いたが、彼女の正体を知る前に、二人はそのまま道を真っすぐに歩いていってしまった。


 怪しい人物だった女。知れたことは、カミエラという名前だけ。どうしてテオヤはあんな奴の隣に? 皇帝の側近なのに、どうしてあんなのと一緒にいるんだ?


「ハヤマさん」と呼ばれ、俺はセレナに振り返る。


「どうしてユリアさんたちのことを隠したんですか? 私たち、三年前に知り合ってるじゃないですか?」


 セレナの言う通り、俺たちは三年前にある三人組の傭兵と出会っている。明るく元気で誰とでも仲良くなれるネアに、赤目を片方だけ宿したフードのラシュウ。そして、猫の被り物で顔を隠したユリア。


 彼らの過去の話しは今でも鮮明に覚えている。赤目生成実験というものは、それだけ衝撃的な話しだった。赤目だったネアから力を奪い、それを被検体だったラシュウやユリアたちに植え付けていくという、人権を無視した外道な実験。そうしてラシュウは片目だけの失敗作になり、実験施設から抜け出した二人も、強いショックで記憶を失ってしまった。


「お前はあのカミエラっていう人を見て、何も感じなかったのか?」


 そう言って、遠ざかっていく二人の背中をセレナは見る。


「そうですね……色っぽくて、大人っぽいなっていう印象と、あとなんだか、胡散臭いというか……」


「俺も凄く怪しい気配を感じられた。目の中に光がないような、笑っているのに、人を見下しているような目を向けられた」


 初対面の人間を嫌だと思ったことは何度もあったけど、不穏な胸騒ぎを感じたのは彼女が初めてだ。


「そんな人がどうしてユリアさんたちを。それも、テオヤさんも一緒に」


「それも気になるな。しかもテオヤの奴、カミエラのことを様付けで呼んでやがったな。ログデリーズ皇帝のカナタに対しても溜め口だったのに、あの女にだけは言葉を選ぶだなんて」


「どこかの偉い貴族さんなのでしょうか? それか、テオヤさんに近しい親族さんとか?」


「引っかかることだらけだ。考えれば考えるほど怪しく思えてくる。いっそ追いかけて直接聞いてみるか?」


「それはやめといた方がいいよ、ハヤピー」


「でも今聞かないといつまでも……って、ハヤピー?」


 セレナではない別の女性の声が聞こえていた。この呼び方をするのは一人しかいない。まさかと思って見てみると、そこには片手を上げて「どうも」と元気のいいネアがいた。


「ネアさん! お久しぶりですね!」


「久しぶりセレナちゃん! 会いたかったよ~」


 ネアがセレナに抱き着く。薄紫色の短い髪や刀身の短いショートソード。そして、久々の再会でも人懐っこいこの性格は、三年前に会った時と何も変わらない様子だった。


「いやあ髪が伸びたねセレナちゃん。ちょっと大人っぽく見えるかも」


 ネアは体を離して俺を見る。


「ハヤピーも元気? 三年経っても不愛想な顔は変わらないね」


「余計なお世話だ。それより……」


 一度言葉を区切ると、ネアの背後に目をやった。黒髪の中に赤いメッシュを入れた魔法使いが、なぜかそこに何気ない様子で立っていたからだ。今気づいたようにセレナが「アマラユさん!?」と驚き、俺はネアとアマラユの顔を交互に見た。


「どうしてお前らが一緒にいるんだ? ネアの保護者か何かか?」


「まさか。彼女とはついさっき会っただけだ」


 さっき会っただけでどうして一緒にいるんだか。


「まさかストーカーか?」


「誤解を招くような言い方しないでもらいたい」


 ネアが「ストーカー反対!」と抗議する中、ふいに俺は、コイツも十分怪しい奴だよなぁと思っていた。どうしてか魔剣を持っていたし、強大な魔力を持っているのに身元が不明。ひょんなところで出会った時も、幼女相手に容赦ない言葉を投げかけていたし、もしかして危険人物なのでは?


「ところでネアさん」


 セレナが口を割る。


「ラシュウさんとユリアさんとは一緒じゃないんですか?」


「はぐれちゃったんだよね。ほら、さっき二人に話しかけてた兜と女の人、いたじゃん?」


 テオヤとカミエラのことだ。


「もしかして、あの二人から逃げてるのか?」


「そうそう。あの人たちの部下たちにさっき囲まれて、ラシュウとユリアが力づくでなんとか突破しようとしたんだけど、結構みんなしつこくて。途中で二人ともはぐれちゃったんだ」


「部下ってまさか、三年前にもネアを攫ったあいつらか?」


 過去の出来事を思い返す。三年前、金を忘れて無銭飲食をしてしまった俺たちは、ネアに誘われてギルドの仕事を手伝うことになった。その時にネアは、黒服にペストマスクをつけて素性を隠した者に攫われていた。記憶喪失のネアは知らないだろうが、ラシュウ曰く、彼らは人体実験の関係者だということも、俺とセレナは知っている。


「その時の人たちだね。ハヤピーたちと別れてからは全く襲われてこなかったのに、ここに戻ってきていきなり出くわすなんて」


 なんとなく、不穏な予感を感じる。今さっきカミエラと出会い、そいつに対してテオヤの態度は変わっていて、彼らはユリアを探している。その上、なぜかアマラユは至って平然とした態度でネアに関わっている。何もかもが怪しく見えてしょうがない。


「なあネア。アマラユとは初対面なんだよな?」


「そうだよー。知らないおじさんが勝手についてきたんだよ」


 おじさん呼ばわりにアマラユは鼻で笑う。初めて会う人に接触するということは、何かしら理由がなければいよいよ変態確定と言うことになるが、果たして。


「アマラユ。お前は何が目的でネアと一緒にいたんだ?」


「随分と訝しげな眼を向けるものだ」


 はぐらかすなよと、俺は無言の圧で伝える。アマラユはやれやれと言うように首を振って答える。


「彼女が追われていることを知っていた。だからこの通りに出ていこうとするのを止めてあげた。肩に手を置いただけで、それ以上のことはしていない」


 嘘、はついていない。だけど、何か隠してそうで引っかかる。


「追われているって、どうして知ってたんだ?」


「彼らの存在を知っていたからだ。カミエラと戦場の荒くれ者。そして、人体実験の被験者である君たちのことも」


 彼はなんの躊躇いもなく、ネアに向かって直接そう話した。なぜ知っているんだ? 人体実験は秘密裏に行われていたものじゃなかったのか?


「実験って!? お前、本当に知っているのか!」


「興味本位で調べたことがある。この小さい彼女は、被検体に与える側だったのだろう?」


「与える側?」


 そう口にしてから、俺はしまったと口を抑えた。ネアには記憶がない。ここで話して、その時の壮絶なものを思い出したらどうするんだと、その時脳裏によぎっていた。


 けれど、俺が心配したのをよそに、ネアは重々しく口を動かした。


「どうして、知ってるの?」


 衝撃が二度訪れる。あまりに突然すぎる事実の連続に、頭が混乱を起こしそうになる。


「……場所を変えようか」


 アマラユはそう言って、転移の魔法を発動しようと手を開いた。

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