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2‐10 ジバを取り戻すにあたって

 三度目の黄昏時を迎える時、辺りが暗くなっていくのを眺めながら、俺はいつも通り洞穴の前に座り込込んでいた。見張りとは名ばかりのただの時間つぶし。それでも洞穴の中からの目覚めに期待をしていると、その思いがやっと届いたのか、中から女性の声が聞こえてきた。


「あなたは?」


 優しい中に凛とした声色。俺はまさかと思って振り返ってみる。すると、それまで眠っていたキョウヤ様が、その身を起こして俺を見つめてきていたのだった。ボロボロだった衣服は、ヤカトルが都から調達した質素なものに着替え、体中の傷も薬によって回復していた。


「やっと起きましたか、女王様」


「その声、あなたがハヤマなのですね」


 いきなり名前を呼ばれ、名乗った覚えのない俺は驚いてしまう。


「え? 女王様、どうして俺の名前を?」


「バルベスに襲われてる間、アミナやあなた、あともう一人、女の子の声が聞こえていたので、それで。私のことを助けてくれたのでしょう。礼を言わせてください、ハヤマ」


 そう言って頭を下げられると、俺はどういったらいいものが分からず、つい「いや、頭を下げられるなんて」と自分も下げていた。そんなたどたどしい姿を目にしたキョウヤ様は、口元を手で塞いで「フフ」と笑った。


「丁寧に接する必要はないですよ。ジバの女王といえど、私はまだまだ未熟者。見たところ、私と歳も離れていないようですし、あなたは命の恩人でもあるので、どうぞ私のことは、キョウヤとお呼びください」


「はあ。女王様――キョウヤがそう言うのなら、まあ……」


 試しに呼び捨てにしてみると、キョウヤは優しくにこっとした顔を見せてくれた。天守閣で見上げていた時は、身分の違いからまるで別次元の人間に思えていたが、そうやって笑う顔を見てみると、なんだか彼女も一人の人間なんだなと認識してしまう。


「あ、そうだ。目覚めたってことを、みんなに知らせないと」


 俺は洞穴から出ていこうと立ち上がったが、同時に洞穴に向かって誰かが近づいていると、丁度セレナがやってきていた。


「ヤカトルさんが戻ってきましたよ――て、女王様! 起きてらしたんですか!?」


「はい。もう平気ですよ。あなたがセレナさんですね」


「え、知ってるんですか、あ、いや、ご存じらしたったの?」


 意味の分からない言葉遣いに「緊張し過ぎだ……」と俺が諭す。それにキョウヤは「いいのですよ」と言って続けた。


「私と話すときは、どうか気楽にキョウヤと呼んでください」


「キョ!? そ、そうですか、キョ、キョウヤ……さんじゃダメですかね?」


 セレナがやけに間を開けてからそう言い切ると、キョウヤはまた口を隠しながら笑い「構いませんよ」と答えた。


「あわわわ、どうしましょうハヤマさん。私、女王様と仲良くなってしまいましたよ。あとで処断されたりしないでしょうか?」


「落ち着けって。そんなことする人に見えるかよ」


 未だ落ち着かないセレナにそう言ってやると、洞穴にヤカトルが顔を見せた。


「お? 女王さん、やっと起きたのか」


「ヤカトルですか。あなたの手当てのおかげで、なんとかなったみたいです」


「そいつはよかった。俺は女王さんが寝てる間に、都のお医者さんと仲良くなれましたよ」


 相変わらずの態度でヤカトルは話していると、その背後からアミナがキョウヤに飛びついていった。


「キョウヤ!」


 広げた両腕でキョウヤに抱き着くと、キョウヤもそれを受け止めながら腕を回した。


「アミナ。また心配させちゃったね……」


「良かった。本当に良かった……もう、ずっと心配だったんだから……」


「ごめんなさい。でも、もう大丈夫だから。ありがとう、アミナ」


「良かった……本当に良かった……」


 二人は言葉を崩し、互いの再会を喜び合う。そんな眩しいくらいの友情にセレナがもらい泣きしそうになっていると、アミナがキョウヤの体から離れ、今一度キョウヤが俺たちに目を向けた。


「今一度お礼を言わせてください。皆さんが体を張ってくれなかったら、私は既に死んでいたでしょう。本当に、ありがとうございました」


 頭を深く下げるキョウヤ。それにセレナがさっきの俺みたいにおどおどしてしまうと、ヤカトルが口を開いた。


「顔をあげてくれ女王さん。俺はあんたの臣下として、当然のことをしたまでだ。ついでにこの二人も、結構なお人好しってなだけだしな」


 セレナがその言葉に乗じてうんうんと何度もうなずく。俺はそれを見てやや呆れ顔になっていると、キョウヤは頭を上げた。


「ありがとうございます。この感謝は忘れません。もしジバを取り戻すことができたなら、その時、改めてお礼させてください」


「それを聞いて安心したぜ、女王さん」


「ちょっとヤカトル。臣下のあなたが報酬目当てでどうするのよ!」


 真っ先に出てきた言葉に、アミナがすぐに噛みついたが、ヤカトルは人差し指を左右に二度振って否定する。


「いやいや、ちゃんと都を取り返すつもりなんだなって分かって、安心したのさ」


「え?」


 不意を突かれたように言葉をこぼすアミナ。彼の一言は、俺を含めたその場の誰もが意外に思っていて、ヤカトルもそれを察すると、自分の心境を詳しく話し出した。


「この三日間。俺はバルベスの敷いた圧政をこの目で見てきた。無理やり兵を増やすわ、人から金を巻き上げるわ。今のジバはあいつのやりたい放題だ」


「そんな……」と呟くセレナ。キョウヤとアミナも無言で息を飲む。


「でも、そんな状態だったとしても、誰もが女王さんのことを信じてるんだぜ。今日取ってきた食料も、みんな女王さんが生きているならぜひって言って、向こうからくれたものなんだ」


 そう言ってヤカトルが担いでいた袋から、片手に収まる別の袋を取り出してキョウヤに軽く投げ渡す。


「みんな期待してるのさ。女王さんならいつか、このジバを取り戻してくれる。いつだって都のことを思い、天守閣から見守ってくれてたあんたなら、絶対に救ってくれるはずだって」


 キョウヤが受け取った袋を開けてみる。その中にはパンと抹茶団子が入っていて、彼女はしばらくそれを見つめてから口を開いた。


「そうでしたか。民の皆が私を待っているのなら、私も寝ている場合ではありませんね。それなら、作戦会議を始める前に……」


 言葉を区切ると、キョウヤは俺とセレナの顔を見てきた。


「これからジバを取り戻すにあたって、私たちは危険を冒さなければならないでしょう。相手は私を裏切った臣下バルベス。どんな手を使ってくるか分からない以上、命の保証は持てません。見たところお二人はジバの民ではない。ここで戻ったとしても、私はあなたたちを恨んだりしないでしょう。どうなさいますか?」


 真剣な眼差しを向けられた、真剣な質問。だが、既にその答えが出ていると、セレナがはっきりこう言った。


「私は、皆さんのことを助けたいです。成り行きで出会ったとしても、皆さんのことを黙って見逃すような人間にはなりたくないので!」


「心強い答えですね。分かりました。ならば五人で始めましょう。時の都ジバを取り返すための、その作戦会議を」


 キョウヤの言葉に従い、俺たち五人は洞穴の中で円を描くようになって座る。その時にヤカトルから食料を貰っていくと、最後に座ったヤカトルから話しが始まった。


「まずは都の状況を簡単に。つってもさっきも言った通り、今のジバはバルベスの絶対王政で最悪な状態だ。適当な市民を勝手に兵士にしたり、無駄に高い金額を城に納めさせたりしてる。そして、それに不満を持って歯向かったものは、容赦なくその場で殺されてる」


 最後の言葉にセレナが「ひどい」と小さく呟く。その横で俺は気になったことを口にする。


「兵士を増やしてるってことは、今の俺たちがそのまんま言っても無謀みたいだな」


「まず真正面からじゃ勝ち目はないな。あいつは手に入れた都を、誰にも譲らないようだ」


 アミナがヤカトルにこう聞く。


「あなた、暗殺とかはできないの?」


「前も言っただろ? 暗殺は専門外だ。それに、もし暗殺の技術があったとしても、あいつの隣には常にあの赤目がついているから、なおさら無理だ」


 赤目という言葉を聞いて、俺はフードを深く被り、槍を奮ってアミナを押し切った男を思い出した。


「そう言えばそんな奴がいたな。改めて聞きたいんだが、あの赤目ってどう強いんだ?」


 その質問にアミナが答えてくる。


「赤目の戦士って聞いたことない? 歴史的な戦争の中でも、赤目を宿した彼らはひと際大きな戦果をあげていて、運動能力が普通の人間に比べて飛びぬけているのよ。筋力や脚力に秀でた獣人を相手にしても、引けを取らないくらいにね」


「力が強いとか、足が速いとかってことか」


「多分あの時、彼が本気を出していたら、私なんか軽く倒せていたはずよ。槍から感じた力には、まだ余裕を感じられたもの」


「マジか。厄介なのが敵になっちまったな」


 俺は頭を悩ませてしまうと、ヤカトルがキョウヤに聞いた。


「そういえば、あの赤目は女王さんの部下じゃない、まるで別のところから来た奴らしいが、その理解で合ってるか?」


「私も、あの赤目の彼を城で見かけたことはありませんでした。恐らくは、バルベスが密かに雇った傭兵なのでしょう」


「なるほど、俺の他にも雇ってる奴がいたってことか」


 素っ気なく呟かれた言葉に、アミナの目が点になる。


「え? あなた、バルベスに雇われてたの?」


「ああそうか。ハヤマたちには言っといたんだが、俺はバルベスの指示を受けて動いてたんだ。刀の女が近いと厄介だからって、口うるさく言われてたんだぜ」


「あ、あなた! よくそんなことを堂々と言えたわね!」


 つい怒りに声を荒げててしまうアミナ。その手がヤカトルの胸ぐらを掴もうとすると、すぐにキョウヤの声が割って入ってきた。


「アミナ!」


 彼女の鋭い一声で、アミナの手が渋々引っ込んでいく。


「落ち着いてアミナ。ヤカトルは確かに裏切り者だったかもしれない。でも、彼はこの三日間、私やあなたのために危険を冒してまで都に向かってくれた。もしも彼が今も裏切り者だと言うのなら、既にこの場所を密告していたはず」


「それは、そうかもだけど……」


 納得いかない顔を見せるアミナ。


「私はヤカトルのことを信頼していますよ。報酬次第とはいえ、彼なら大抵の仕事はそつなくこなしてくれますから」


「キョウヤがそう言うなら、まあ、私も信じるわよ。でも、少しでも変な素振りを見せたら、その時はすぐに地面に貼り倒すからね!」


 その言葉にキョウヤがうなずくと、ヤカトルも「こいつは気を付けないとな」とあまり気にしてないような口調で呟いていた。その時、俺はある方法を思いついた。


「そうだ。キョウヤが女王様なら、どこか別の所に応援を頼めないか?」


 それにセレナも手を叩いて乗っかる。


「そうですよ。隣にはプルーグでも一番の大都市、ラディンガルがあるじゃないですか!」


 この提案にアミナとヤカトルも確かに、という顔をしていたが、キョウヤだけは浮かない表情をしていた。


「それは確かに悪くない方法です。いくらバルベスとはいえ、ラディンガルからお力を頂ければ、ジバの兵力だけで勝てる見込みはないでしょう。ですが、それは結果として、戦争を起こすことになります。ラディンガルの兵士たちもそうですが、バルベスに従わされた民たちも犠牲に……」


 言葉を濁らせるキョウヤ。女王という立場として、確かにそれはできない決断だろう。何か別案はないかと考えようとすると、ヤカトルが口を挟んだ。


「俺はラディンガルに行くべきだと思うな。たとえ戦争になったとしても、都を解放するまでに時間がかかってしまえば、それこそ無駄な犠牲が生まれかねない。既に俺たちが後手に回っている以上、すべてを救う決断は切り捨てるべきだ」


 それにアミナが強く反論する。


「切り捨てるのはまだ早いわよ。もっと他に方法があるかもしれない。なるべく犠牲を出さない方法が、考えればあるかもしれないわ」


「他にあるか? 暗殺は無理だし、五人で出来ることなんて限られてる。お前や女王さんの魔法があってもだ」


「なんとかおびき出せたりできないかしら? ほら、あなたは元々バルベスの味方だったんでしょ? 私たちがここにいるって嘘の情報を流せば、そこに現れるかも」


「いやあ、三日も出会ってないのに、今更あいつが俺の言葉を聞くはずがないだろ。それに、仮に流言が出来たとしても、あいつは部下に命令するだけだ。本人は城から出ないだろうよ」


 ヤカトルに言い負かされると、とうとうアミナは言葉を詰まらせてしまった。二人の議論を聞きながら俺も思考を巡らせたが、これといっていい案が思い浮かばない。それでも何か思いつかないか努力していたが、キョウヤが決断を下してきた。


「私の欲を言うのであれば、市民を死なせない方法を考えたいのが一番です。ですが、確実性を求めるのなら、早くラディンガルに向かうのが正解なのでしょう」


「それじゃ、ラディンガルに向かうんだな?」


 ヤカトルが確かめると、キョウヤは確かにうなずいてみせた。


「私たちはラディンガルに向かいます。ここから王都までの距離を歩いていくのは、恐らく一日はかかってしまうことでしょう。ですが、一番近い都がそこしかない以上仕方ありません。これに異論のある方はいますか?」


 最後に俺たちを見てくると、誰も口を開こうとしなかった。


「それでは、これにて作戦会議は終了としましょう。バルベスの手がどこまで届いているか分からない以上、万全を期すため、今日だけはゆっくり気持ちを落ち着けましょう。出発は明日の朝。それまで、各自準備を済ましておいてください」


「「了解」」とアミナとヤカトルが反応すると、それに続けて俺とセレナも「分かった」「分かりました」と答え、この作戦会議は終了した。

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