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16‐15 ……終わりには、させません

 世界を脅かした巨悪である魔王。絶対なる魔力を持つ彼とて、異世界プルーグを制圧するのは決して容易ではなかった。


 私の聞いた話しによると、何やら禁忌級時間魔法によって、奴は過去に時間を飛ばされたとか。時間を遡らせる効果まで持つのかと耳を疑ったが、驚くのはその後だった。


 魔王はその時間軸で見出したという。他でもない時間魔法を即行で習得した。




「と、とにかく逃げなきゃ! 最上級時間魔法。永久世界パーマネントワールド!」


 ハクヤ様の足元から、色の抜けた世界が広がっていく。目の前の魔物までもが真っ白に変わると、城での騒ぎ声が消えてなくなり、物音や目の前の化け物たちが微塵も動かなくった。


「ミスラ! 今のうちに!」


 かけられていた時間魔法の効果が解けて、私は大剣を持ち直した。だがしかし、次の瞬間、振り下ろそうとした黒い人型は、残像が残るように揺らぎ始め、私の振り下ろした刃は空を切った。何もなかった感触を疑いながら、入り口へ顔を上げる。さっきまでそこにいた霧がかった靄は、人型と一緒で姿を消していた。


「そんな!? 私の時間魔法が、利いてない! どうして!?」


「ハクヤ様! 今すぐここを離れるべきかと!」


「わ、分かったわ! ついてきてミスラ!」


 先に王室を出ていくハクヤ様に続いて、その後を追った。階段を下りていき、解けた時間魔法の中で、途中で何人かの兵士を集めていく。警戒心を高めるよう指示も出しておき、私たちは都の外まで走り続けた。辺境の雑木林に入っていき、疲れ切ったハクヤ様が足を止めた。




 魔王を別の時間軸に飛ばせた、当時のジバ女王は大したのものだ。しかし、それじゃ悪夢は終わらなかった。実際に異世界が危機に瀕していたことから、奴は復活を果たしたのだ。


 魔王は禁忌級を自らに使用した。生きた体のまま、時間だけを越えていった。それも、そこで発見した、素質を持った魔物を一匹連れてのおまけつきだ。




「敵は単騎か、少なくとも少数のようです。ハクヤ様。決して私の傍を離れないでください」


「ええ……分かったわ。っはあ……」


 まさかと思いながらも、私は警戒を怠らなかった。敵が来るなら都からに違いない。そこを注意深く眺めていると、背後からハクヤ様が何かを呟いた。


「時間魔法を使う敵がいる。間違いない。あれは私ではない、別の誰かの魔法だった。……一体、どうすれば」


「敵が何人来ようとも、私はあなた様をお守りします。ご安心を」


 私は振り返らないままそう安心させた。間を置いて、次にハクヤ様が話しかけてくると、少し声色が変わっていた。


「ねえミスラ。一つ、聞いてもいいかな?」


 不安がっていたさっきまでとはだいぶ異なった、とても落ち着き払った声。


「もしもさ。私がミスラに、未来永劫、ジバを守ってくれって言ったら、ミスラは守ってくれる?」


「それは、一体どういったお話しで?」


 目だけを動かしてそう聞く。


「質問に答えて。私が大好きなジバと、その市民たち。そして、可愛い子孫たちも一緒に、ジバを守ってほしいって言ったら、ミスラはそれに応えてくれる?」


「あなた様の願いとあれば、たとえ不可能なことでも、成しえてみせます」


「そうか。よかった、そう言ってくれて」


 よそよそしい雰囲気に、私は振り返ろうした。その途端に、周りにいた兵士の一人が断末魔を上げた。丁度私の真後ろで、その兵士は胸から血を噴き出していた。その目の前には、人型の異物と靄がいる。


「いつの間に!」


 他の兵士たち同様、急いでハクヤ様の前で出ようとする。しかし頭の意志とは裏腹に、全身がピタッと動かなくなってしまった。これはさっきもかけられた時間魔法の効果。しかし黒い靄は魔法陣を展開しておらず、まさかと思って私は瞳を動かして隣を見た。


「ハクヤ様! 何を!」


 魔法を発動していたのは、他でもないハクヤ様だった。


「ごめんね」と一言囁いて、今光らせてる魔法陣を自分の横に移し、また目の前に新しい魔法陣を作り出そうとする。


「星々の光よ。汝らが見つめる世界、悠久なる流れに今、新たな時計の針を刻もう」


 ハクヤ様は目を瞑って集中し、一言ずつ、ゆっくりと唱えていく。すると次の瞬間、彼女が新しく浮かべようとした魔法陣が眩い光と共に弾け、私と彼女を覆うような、立体の光が半球になって広がった。それらが次第に、水色の光を強めていく。


「ハクヤ様! この魔法は!?」


「ミスラ。私からの、最後のわがままを聞いてください」


 最後という言葉に、体が動かない私は両目を見開いた。


「あなたは未来の時間で、私の大好きなジバを守ってください。私が見たあの光景。魔物に襲われる災厄の日は必ず訪れる。だから、ぜひあなたの力で、ジバを救ってあげて。彼らに、未来を見せてあげて。私が、女王でいられる間の、最後の願いです」


 告げられたのは、突然の別れ。


「ハクヤ様! 私はまだ戦えます! 戦わせてください! あなたのお傍にいさせてください!」


 いくら叫んでも、魔法陣の光は強まる一方だった。


「お願いミスラ。最後まで、あなたを護らせて」


「ハクヤ様!」


 血みどろの中で見つけたささやかな光が、遠くへ行こうとしている。


「禁忌級時間魔法。時間超越タイムトラベル!」


「ハクヤ様!!」


 この世で最も愛おしいと感じていた方が、消えようとしている。


「ごめんね、ミスラ。最初から最後まで、私、わがままだったね……」


「ハクヤァ――!!」


 それでも、体は最後まで動かせなかった。


 一瞬にして、辺りが真っ白な光に包まれる。目も開けられないくらいの眩い光。その中で、最後にたった一言だけ、彼女の声が聞こえた気がした。


 ――ジバの未来を、終わらせたら嫌だよ。


 光の中で、私はやっと時間魔法から解放された。目を開き、何もない真っ白な世界。全身から力が抜けていく。見えない地面に両膝が崩れ、大剣が手から落ちる。強い喪失感に襲われて、しばらく何も考えられなかった。


 護れなかった……。私は、護れなかった……。ただその言葉が、頭の中で繰り返されていく。


 真っ白だった世界に、まるで鉛筆で描かれていくように雑木林が映り出す。鉛筆の薄さはやがて墨のようにくっきりとし、次第に誰かが私の目の前に現れる。そうして現れた少女から、私は声を聞く。


 ――終わらせ、たくは……。


 白黒の世界の中で、色を持った少女は力なく倒れようとする。私は両手でそれを支えてあげる。エメラルドグリーンの髪に、紫の晴れ着。どことなくハクヤ様に似た容姿の女性。体がボロボロになっているのを目にした時、ハクヤ様の面影と彼女が重なった。


 自分の身を犠牲にしてでも、誰かを護ろうと力を使い果たす御方。私が、護らなければならない御方。


「……終わりには、させません」


 終わらせるわけにはいかない。


 ハクヤ様の想いを。


 子孫である、彼女様の想いを――


 光が視界を照らし、次第に色づく世界の中で、私はそう決心したのだ。



 ――ミスラ!!



 彼女の声が届く。うっすらとした視界から、意識がはっきりと戻ろうとする。私はまだ両足で立てていると、突き刺されていた双刃剣を目に捉えて、持ち直した大剣を振り上げた。


「ぬうん!」


 ヤイバから奇声が上がり、手首から緑色の血が流れ出す。怯んだ隙に追い打ちをかけようと、なりふり構わずその体を突き刺した。


 ヤイバは更なる断末魔で血を噴き出す。ヤイバの体を蹴り飛ばして吹き飛ばし、自分の胸に刺さったままの双刃剣を抜いた。喉奥から逆流した液体をプッと吐き出す。武器の柄には、まだヤイバの手が硬く閉まって離れていない。


「ミスラ……」


 背後から彼女の声がして、私は首を動かした。キョウヤ様が潤んだ瞳で心配そうに見つめている。


「ミスラ。もうそれ以上は……」


「これが、私の使命。生き様なのです」


 双刃剣のうちの一本の刃を、私は膝にぶつけて半分に割った。双刃剣を放り捨て、欠けた刃を握って、誓いの左目に近づけていく。


「我は、悪鬼羅刹をその身に受けた者!」


 戒めの傷跡に、新たな血を流す。限りなく限界まで、殺意が高まっていく。


 地面に落とした双刃剣が勝手に動き出す。突然歯車のように回転しながら飛んでいくと、その剣が最後に残った一体の手にくっついた。『無間地獄』で風穴が空いているヤイバ。いよいよ最後の一体となったそいつに、私は大剣を両手に握って構える。


「この力は、ハクヤ様の仇のため! そして、永遠なるジバの未来のために!」


 赤黒く汚れた瞳で、奴を鋭く睨む。ハクヤ様の命を奪ったこの魔物を倒す。倒すためなら、私は……。


「――今こそ、本領!」


 勢いよく地面を蹴り出す。重たい体が倒れるよりも先に、足を前に出していく。


「グロロオオォォ!」


 奇声を上げたヤイバも、同じように走って距離を詰めてくる。すぐに私たちは一点に交わると、互いに武器を振りかぶった。


「ふうん!!」「グロオオ!!」


 最初に響いたのは、鼓膜まで刺激しそうな鋭い音。立て続けに振っては、巨人が叫んでいるかのような轟音が響き渡っていく。ボロボロの体では、繊細な動きなんて到底できなくて、私たちは武器に振り回されないようにしながら、大振りで敵の首を狙っていった。


 攻撃を繰り返しながら、互いに理解していた。これが、最後の切り合いなのだと。残り少ない時間で、どちらかが倒れるのだと分かっていた。その打ち込み合いの果てに、ヤイバと眼前で顔を突き合わせるようなつばぜり合いへと発展する。


「ぐぐ……ぬうおあああああ!!」


「ギイズラアアアアア!!」


 火花が手元を焦がし、刃が揺れる音に怒号が重なる。そして次の瞬間、突然、キーンと刺すような金属音が響いた。私たちの真上に、一本の折れた刃が飛んでいく。割れたのはヤイバの双刃剣で、私は振り下ろした大剣をすかさず持ち上げた。無防備を晒すヤイバの首に、その豪胆な刃を突き出す――



 ――――――



 耳の中に、突然怒号が響いた。うるさいくらいの大声に俺は目を覚ます。城の天井が見える。すぐに虫のような歪な鳴き声も外から聞こえてくると、キーンと高鳴る金属音の響きによって、それらは唐突に静まった。


「今の怒号は、ミスラさんの!」


 俺は布団から起き上がろうとすると、全身の骨が揺らぐように痛みを感じた。腹部に包帯が巻かれている。それを眺めていると、隣で見ていたセレナの声が聞こえた。


「起きたらダメですよ。傷が深いんですから」


「傷?」


 思えば俺は、あの人型の魔物、ヤイバの前で人格を変えていた。この傷は、もう一人がヤイバから受けた傷か。そして俺は今、ヤイバの前ではなく城にいる。そして、さっきの虫の鳴き声がヤイバの声だとしたら。


「あいつ! まだ生きてるのか!」


「あちょっと! ハヤマさん!」


 俺は重たい体を引きずるように走り出し、そのまま城の外まで出ていった。白い石の道を走り抜け、すぐ目の前の城門から体を出して覗き込む。すぐ隣にキョウヤが映ったが、その奥には思わぬ光景が広がっていた。


「あ、あいつ! マジか!?」


 背後からセレナも来ると、その光景に目を奪われる。


「そんな!? 頭がないのに!」


 ヤイバは、頭を失くしながらもまだ立っていた。もう両手に一本ずつしかない双刃剣が確かに揺れていて、不気味な音を鳴らしながら生きているのを証明している。


「ミスラさん! 今俺もそこに――」


「ダメですハヤマさん! その体じゃ危険すぎます!」


 俺が走り出そうとするのを、セレナが抱き着いて止めてきた。俺は振りほどこうとする。


「ミスラさんだって、あんな体で戦える状態じゃない! 俺が行かなきゃ、本当に死ぬぞ!」


「お願いです!!」


 押し進もうとした俺の足が、その鋭い一言に止められてしまう。セレナの体は酷く震えていて、俺も急に息苦しさを感じて咳込んだ。


「やめてください……これ以上無茶をするのは、やめてください……」


 セレナの涙が、体に触れたのを感じる。俺はその涙を無視することができなかった。俺自身、もう何もできない。無茶をしても無駄死にするだけ。死んでしまえば、俺は彼女を護ることができなくなってしまう。


 だけど、ミスラさんを失うことだって……。


 一つ、ミスラさんとヤイバが己の武器を交える。もうお互いに衰弱しきったつばぜり合い。キョウヤが震えた腕を前に上げたが、開いた手の先に魔法陣は浮かばない。


「このままでは、彼が……」


 キョウヤの様子を見て、セレナが前に出ようとする。


「私ならいけます。あれだけ弱り切った魔物なら、私の魔法だって通用するはず」


 そう言って、緑色の魔法陣で、風を放とうとした瞬間だった。


「手を、出すなあっ!」


 聞いたこともない怒号が、ミスラさんの声から飛び出していた。いつも寡黙だった彼が、激情に駆られていると分かるほどの叫喚に、俺たち三人は衝撃のあまり呆然としてしまう。


 ミスラさんが大剣を振り抜き、ヤイバの体が地面を引きずりながら軽く吹き飛ぶ。ミスラさんは、足下に転がっていた双刃剣の一部分を素手で拾い上げる。


「かの魔物は、ハクヤ様の仇。私自らが、奴を地獄へと叩き落とす!」


 ミスラさんは手を動かし、自分の左目を潰すように深く突き刺した。もう怒りで我を忘れてしまっていると、俺たちは理解する。


「いけませんミスラ! それではあなたが……」


 キョウヤは胸の奥から訴えようとする。しかし、ミスラさんはそれが聞こえないかのように刃物を投げ捨て、大剣を両手に、頭上へと掲げていった。


「理性のすべてよ。この身のすべてを殺意に!」


 血まみれの刃で地面が強く叩かれる。そこから亀裂が二本走っていって、ヤイバの立つ所まで伸びていった。そうして、地盤が浮き上がろうとガタガタ予兆を鳴らす。


 地震を感じる中、ヤイバは姿勢を低くしていった。十分に腰を下ろし、風穴が空いた体を膝まで近づける。まさに飛び上がるための準備をしていると、大地が浮き上がるよりも先に、大きな揺れをものともせずに高く飛び上がった。ミスラさんも同時に飛び上がり、二人は空中で武器を構えた。


「ぬうおおおお!!」「ギイロロオォ!!」


 叫びだした二人は交わって、そしてすぐに体が通り過ぎた。衝突なんかは何もない、呆気ないぶつかり合い。けれども二人は、最後まで武器を振り切ってから着地していった。


 ミスラさんは地面に片手を突き、ヤイバは片膝をつく。二人が酷く息を乱していると、十分に時間を使ってからミスラさんの体が動き出した。


 ミスラさんは大剣を地面に突きたてて、そこにもたれかかるようにゆっくりと体を立たせていく。そうしてちゃんと両足で立ち直すと、その目と武器をヤイバに向けた。一方、ヤイバは一切動かないままでいる。乱れていた息も止まって、まるで銅像にでもなってしまったかのようにピクリとも動かない。それが突然音を鳴らしたかと思うと、右手の双刃剣が、持ち手ごとすべて粉々に砕け散っていったのだった。


 銀の欠片が、ボロボロと地面へ落ちていく。そして、やがてはヤイバの体も、前のめりに倒れていった。すべてが砕けた双刃剣からは、もうあの不気味な刃音は鳴りようがなかった。


「……終わった?」


 魔物から血が溢れる。奴は死んだと、誰もが断言できるほどに。熾烈な戦いは、今ここに幕引きされたのだ。


 最後の最後に、人ならざる獣を地上に残して……。

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