表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/200

16‐7 氷姿雪魄の姿をこの目に見せよ!

 時は少し遡り、城門でハヤマたちが戦っている間、ジバの城下町ではキョウヤの指示によって、市民たちの避難が進められていた。


「落ち着いて。皆冷静に動くのです」


 女王自らが声を出し人々を一箇所に集めていく。そんな彼女の前に、灰色の魔法陣が浮かび上がった。そこから光が柱のように伸びあがると、中から転移してきた二人の魔法使いが現れたのだった。


「あなた方は……?」


「おお! これがセレナさんの魔法。なんて幸せな……」


「あらあら。そんなに嬉しいかしら、アルト君」


 赤髪の魔法使い、アルトが口にしたセレナさんの魔法という言葉に、キョウヤはハッとする。


「それじゃ、王都から連れてきた援軍というのは――」


 彼女の言葉を遮るように、再び地面に魔法陣が浮かび上がった。そこから出てきたのは、若き獣人ギルドの四人。


「うお!? 本当に都まで飛んできやがった」


「すっげえ! アネキ。やっぱり魔法使いも一人入れましょうって!」


 カルーラ率いるギルド、ちょう猪突猛進。カルーラとチャルスが転移魔法に驚いていたが、キョウヤはその背後に佇んでいるネズミに警戒した。


「ネズミの魔物!」


 魔法を放つ構えを取った瞬間、ネズミと一番の友であるラッツが慌てて前に飛び出してきた。


「ああっと! そ、その! 彼は僕の友達です。魔物じゃないので、どうか落ち着いてください!」


「友達、ですか?」


「そ、そうなんです。変だってことは分かってますけど、それでも、大事な友達なんです!」


「そう、ですか……」


 セレナにはとても不思議な知り合いがいるものだと、キョウヤは思う。構えていた腕を下ろしていると、更にもう一つ、転移魔法が浮かび上がった。そこから現れたのは、キョウヤも顔見知りであり、誰もが知っているあの英雄ギルド。


「っと。五人を同時に転移させたか。セレナもやるな」


「アストラル旅団の皆さん!」


 グレンがキョウヤを見つけ、彼女の前に歩き出る。


「事情はセレナから聞いてる。俺たちの力、ぜひ使ってくれ」


 グレンの背後に並ぶ戦士たち。キョウヤの前には、新たに十一人の戦力が手に入ったのだった。


 彼らの顔を見回していくキョウヤ。全員がその目を見返し、覚悟を見せつけてくる。セレナが選んだ彼らなら信用できる。キョウヤは早速作戦を伝えるのだった。


「皆さまの協力に、心よりの感謝を。今、このジバは東西南北、四つの城門から魔物が侵入しようとしています。皆さまには、それぞれの城門の防衛に向かっていただきたいのです」


「一番攻め入られてる所は、どこなんだ?」


「西の城門です」


「なら、そこは俺が行こう。レイシー。ベルガ。一緒についてきてくれ」


「うん!」「おう!」


 グレンたちが走り出し、残ったフォードが話しを進める。


「なら、俺はロナと一緒に適当に北門に向かうが、それで構わないな?」


「はい。ぜひお願いします」


「ふん。任せておけ」


 眼鏡を指で押し上げ、二人も走り出していく。今度はカルーラが前に出た。


「んじゃ、アタイたちは東に行く。必要だったら、うちのラッツとネズミのジミを他にやってもいいが、そっちの坊主とお姉さん次第だ」


 アルトとキャリアンに選択を委ねると、アルトがきざっぽく笑いながら首を横に振った。


「っふ。誰が人の助けなど借りるか。この神童魔法使いと呼ばれた僕に、そんなものは不要なんだ」


「お? 小さい奴が、アタイに大した口利くじゃねえか。まいい。だったらうちらは全員で東だ」


「なら、私たちは南門ね」


 キャリアンがそう言い切った瞬間、南の方角に、雷魔法が天に向かって放たれた。キョウヤが驚くようにその目を見開く。


「あれは、撤退ののろし! まさか、もうそんなに攻められてるとは」


「あ! こっちには、炎の魔法が空に!」


 ラッツが東の方角を見ながらそう声を張り上げ、立て続けにキャリアンも北を見て叫ぶ。


「北の方角にも、氷魔法が飛んでるわ」


 同時に放たれた三方向の魔法。それらを見渡し、キョウヤは気が気でない面持ちで彼らに頼む。


「皆さん! 城門を守る兵士たちは、かなり危険な状態と予測できます。急ぎ現地へ向かってください! お願いします!」


「了解! 行くぞオマエラ!」


「先生。僕たちも!」


 カルーラとアルトが駆け出し、各自が指定された方角の門を目指していく。そうしてキョウヤだけがその場に残っていると、彼女の前に再び転移魔法の魔法陣が浮かび上がった。転移してきたのはセレナだった。


「セレナ! 戻ってきましたか」


 キョウヤが声をかけると、背中を向けていたセレナは振り返った。


「キョウヤさん! 皆さんはもう城門に?」


「はい。セレナのおかげで、大きく戦況が動きそうです。本当に感謝します」


「いえ。お礼ならまだ早いですよ。私も、早くみんなと合流しないと――」


 セレナはそう言って走り出そうとしたが、いきなり頭がくらっと揺れると、その場に前のめりになって倒れそうになった。慌ててキョウヤが腕を伸ばす。


「セレナ!?」


 かろうじて体を抱き留めると、キョウヤの手には膨大な熱を感じられた。セレナの顔も苦しそうで、とうとう鼻血までが流れだした。


「ご、ごめんなさい……」


「魔力を消費し過ぎたのでしょう。あれだけの人数を、王都から転移させたのですから当然です。セレナは十分に働いてくれましたよ。今は、ゆっくり休んでください」


「分かり、ました……でも、すぐに、戻ります、から……」


 セレナの瞼が閉じていく。気を失ったように眠っていくのを前に、キョウヤは小声で「本当に、感謝します」と囁いてから、彼女の身体を別の兵士に預けようとする。


「……彼女を医務室へ」


 兵士がセレナをおんぶし、城まで走っていく。キョウヤはそれを見送ると、本城に背中を向けて、両腕を前に伸ばして交差させた。


「セレナがあそこまでしてくれたのです。私も女王として、皆を守らなければ!」


 今も城門に向かって、援軍が全力で走り続けている。しかしそれでも、撤退ののろしに間に合うかどうかはいまいちなところ。


 キョウヤは意識を集中させるように、ゆっくりと目を瞑っていく。すると目の前に、自分より一回り大きい、水色の魔法陣が点滅するように浮かび上がった。


「人と世界を結びし時よ。我はその神秘に触れる者。長き歴史より紡ぎしその流れ。調和を越えた万物の力」


 祈るように詠唱を囁いていき、魔法陣は更なる光を放っていく。


「時のすべてをわが手に……」


 手の平を空に向け、優しくその手を閉じる。魔法陣の輝きがダイヤモンドのようになっていくと、キョウヤは最後に目を見開き、両腕を大きく開いた。


「最上級時間魔法! 永久世界パーマネントワールド!!」


 キョウヤの足元から、世界の色が真っ白に移り変わっていく。本城や市民たち、城下町の出店に民家。動き回る兵士やセレナを運んでいた者までもが、白黒の世界に巻き込まれていく。そうして彼らは、時間が止められたようにピタッと動きが止まった。


 魔方の効果はジバの都全体に広がっていき、やがては城壁を超えて進撃してくる魔物たちまでも止められていた。その中で動いていたのは魔法使用者のキョウヤ。そして、セレナが連れてきた、十一人の増援だけだった。


「キャリアン先生。これは……」


 南門に走るアルトが、様変わりした都を目にしながらそう呟く。


「女王様の魔法かしら。セレナちゃんの言っていた、時間魔法なのかもしれないわ」


「これが時間魔法……」


「アルト君、見えてきたわ」


 アルトが前を見ると、南の城門が近づいていた。門の奥で、魔物たちに追い詰められている光景を目にする。


「キャリアン先生。僕が先に仕掛けます」


「あらあら。それじゃ、任せちゃおうかしらね」


 必死に走り続けながら、アルトは右手を前に突き出す。


氷霧ひょうむに包まれし雪原の主よ。かの地を氷塊と変える冷気。闇すらも凍てつかせる細氷。氷姿雪魄ひょうしせっぱくの姿をこの目に見せよ!」


 白い魔法陣を光らせながら詠唱を唱えた瞬間、辺り一帯に色が戻っていた。元通りになった世界で、アルトは最後の仕上げにこう叫ぶ。


「ダイヤモンドダスト!!」


 アルトの唱えた魔法から、雪のように純白な狐が戦場に走っていった。狐はあらゆる魔物たちを氷漬けにしていき、アルトたちは城門を飛び出していった。


「あらあら。いきなり全力ね、アルト君」


「当然です、キャリアン先生。セレナさんからの頼みとあれば、僕は容赦しません」


 雪の狐が走れば、そこに残るのは氷像と化した魔物のみ。彼らは己の死を理解する間もなく凍てついていく。魔法の狐の作った氷道を、アルトとキャリアンは歩いていく。


「最上級氷魔法、ダイヤモンドダスト。エンペラー級にも通用するこの魔法を、止められるものなら止めてみろ!」


「フフ。さすが、エスティータ先生の息子さんね」


 狐が暴れているのを眺めていると、二人の前にほくろの近接隊兵士長が寄ってきた。


「あ、あの! 今の魔法は、あなた方の仕業ですか?」


「僕の氷魔法だ。それが、どうかしたか?」


 スカしたような態度で答えるアルト。兵士長は焦燥感に駆られる思いで口を開く。


「ぜひともお力をお貸しください! ここより先、あの魔物の群れの真ん中で、一人の青年が戦っているんです!」


「青年? ッハ。一人だけで戦うなんて、結構やれる奴みたいだな」


 アルトはそう言ったが、キャリアンが奥を眺めながらこう呟く。


「あれ、ハヤマ君じゃないかしら?」


「なんですと!?」


 気取っていた様子から一転し、アルトがキャリアンと同じところを見つめる。その目に小さく映ったのは、魔物の群れから顔を一瞬見せた、赤目のハヤマだった。


「さすがハヤマさんだ! こんな場面でも、一人孤高に戦い続けるなんて!」


「結構危ない状況ね。早く助けに行かないと」


「はい! ハヤマさんのピンチなら、どこへだって行きますよ!」


 五百メートル先まで離れてそうな距離を、アルトとキャリアンはさっさと走り出していく。その行く手に大量の魔物たちが待ち受けていると、アルトがまた右手を突き出す。


「氷上級、ブリザード!」


 魔法陣から前が見えなくなるほど濃い、猛吹雪が吹き出てくる。一瞬で生み出された絶対零度が、リトル級はもちろん、キング級の体でさえその体を氷で蝕んでいった。そうして氷像だらけの道が前に出来上がると、二人は一目散に走り続けた。


「彼らに続け! 反撃だ!」


「「「うおおおお!!」」」


 一騎当千する彼の様子に、指揮官がすぐに新たな命令を下す。依然、雪の狐が魔物を蹂躙する中、兵士たちも雄たけびを上げながら突撃していった。


 七万もいた魔物たちが、着実にその数を減らされていく。八百の勢力と、一匹の狐が魔物を蹴散らしていこうとする。


「アルト君! 転ばないように気をっとと!」


 キャリアンが氷の道に足を滑らせかける。


「キャリアン先生こそ気をつけてください。ハヤマさんのピンチなんですから、温度調整できるほど余裕がないんですよ」


 魔法を使い道を作り続けるアルト。彼の目には、常にサーベルを振り続け、一人孤高に戦う男から離れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ