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2‐9 大事な大事な友達

 ヤカトルと別れた俺とセレナは、一度様子を見ておこうと洞穴に向かっていた。途中、何か棒のようなものがブンっと風を切る音が聞こえてくると、洞穴の前に出ていたアミナが、懸命に刀を素振りしていたのを見つけた。


「アミナさん!」


 見つけるや否やセレナがそそくさと走り寄っていく。アミナもそれに気づいて手を止めると、俺が歩いて近づいてる間にセレナが話しかけた。


「もう大丈夫なんですか?」


「ええ。私ならもう大丈夫。ちょっと泣いちゃったけど、でも、キョウヤはまだ死んだわけじゃない。いつかは目覚めてくれるはずよ。私はそれを信じて、私のできることをしないと」


 俺も目の前まで言って足を止めると、アミナははっきり強く、自分にも言い聞かせるようにそう言い切った。


「それで素振りしてたのか。今は無理せず、休んでもいいと思うが」


「そうも言ってられないわ。いつバルベスの手先が、いつ来てもおかしくないもの。一瞬たりとも油断できないわ」


「うーん、まあそれはそうだが……」


 俺は煮え切らない思いでそう口にすると、アミナは誰かを探すようにキョロキョロしだした。


「そう言えばヤカトルは? まさか、一人で逃げ出したんじゃ――」


「ヤカトルならさっき、都に向かって走っていったよ。物資の調達と都の偵察をしてくるって」


「本当? そう言って逃げ出したとかじゃない?」


「信じてもいいと思うぞ。キョウヤ様の味方になるって宣言してたし。ついでに、女王様が目覚めたら、報酬を増やしてくれとも」


「宣言? その言葉が、本当だったらいいんだけど……」


 あまり信じきれていない様子だったが、アミナは考えても仕方ないと思ったのか、再び素振りをしようと刀を持ち上げた。だが、その手が震えるているように見えると、手から刀が落ちてしまった。


「大丈夫ですか? アミナさん」


 心配そうにセレナが声をかける。アミナはすぐに「大丈夫」と言って、落ちた刀を拾おうと腕を伸ばしたが、持ち手指をかけても持ち上げられずにいると、刀の重さに筋力が追いついていないようだった。


「アミナさん。腕が震えてますよ」


「無理し過ぎだ。ちゃんと休んだ方がいい」


 セレナと俺がそう言っても、アミナは持ち上げようとする手を止めなかった。


「嫌だ。私が守らないと、キョウヤはまた……」


「ダメですって。もしもそれで倒れたりしたら、その時女王様のことを守れなくなっちゃうんですよ」


 セレナがアミナの腕に触れ、親身になってそう語り掛ける。それにアミナは刀から手を離すと、悔しそうにこう呟いた。


「どうして、私には力がないの……」


「アミナさん……」


「私は、キョウヤのために剣を握ったのよ。キョウヤは私のかけがえのない、一番の友達のはず。それなのに、どうしてキョウヤは今……」


 次第にあふれ出てくる涙を、アミナは両手で顔を覆うようにして止める。それにセレナが背中を叩いて寄り添ってあげると、俺はアミナが泣き止むまで目をそらしていた。


 ただそこに佇む木々を見て、三分くらいが経っただろうか。そこでようやく泣き止むように鼻をすする音が聞こえると、アミナがセレナに「ありがとね」と口を開いた。「いえ」とセレナがそつなく返している時に俺も振り返ると、アミナが話し出した。


「ごめん。ちょっと私、焦ってたかも」


「気にしないでください。大事な友達のためなら、泣いてもしょうがないですよ」


 セレナがすぐにそう返すと、アミナも安心する表情を見せた。


「ありがとう。そう言ってもらえると、助かるわ」 


 その表情を見て俺も安心すると、俺なりに気を利かせたことを口にした。


「まあ、あまり気負い過ぎないようにな。友達っていう関係は結婚とかと違って契約があるわけじゃないし、曖昧で適当なもんだからさ。友達って言葉を使えば、無理やり相手を縛ることだってできるわけだし」


「ちょ、ハヤマさん、なんで今そんなこと言うんですか!」


 セレナにそう言われ、俺は焦り出す。


「お、俺なりに言葉を探したつもりだ! でも俺の中で、友達って言葉にいい思い出がないんだよ!」


「そんなひねくれた考え、今言う必要はないじゃないですか!」


「な、泣いてる人に何も言わないわけにもいかないだろ!」


 なぜかセレナと痴話げんかになってしまったが、アミナはそれに構わず「うーん」とうなり声を上げたのが聞こえると、俺とセレナは同時にそっちに振り向いた。


「確かにハヤマの言う通り、友達って関係は、とても不確かなものだと思うわ。定義も曖昧で、相手がどう思ってるかも自分じゃ分からない。でもね。私は胸を張って言えるの。キョウヤは私の、大事な大事な友達だって」


 胸に手を当て、きっぱりそう言い切ったアミナ。その様子に、俺はまるで自分には理解できないものが彼女の中にあるのだと気づいた。


「……そうか。変なこと言ってすまなかった」


「ううん。ハヤマなりに気を遣ってくれたんでしょ? その気持ちだけでも嬉しいわ」


 にこっと笑ってみせるアミナ。その顔と心の広さが相変わらずのものであると、アミナは今一度刀を拾い直して、それを鞘に収めてから口を開いた。


「二人にも話してあげる。私とキョウヤの出会いの話しを、ちょっとだけね」


「いいんですか! ぜひ聞きたいです!」


「フフ。そしたら、木陰に座りながら話しましょうか。休憩も兼ねて、ね」




 城から遠く離れた住宅街の裏側にあった、木や草木が生い茂った、人の寄り付かない場所。低木の中なんか突き進まないといけないその場所は、大人の人間は誰も見つけようとしなくて、秘密基地のような感じで私のお気に入りだった。


 その日も私は一人、いつもの低木の中に体をねじ込んで、無理やりそこに向かって行った。するとそこに、私と同じくらいの年齢の女の子が、地面を眺めるようにしゃがんでいたのを見つけた。水色をきらめかせたような髪がとても印象的で、すぐにその子に話しかけたいと興味を持った。


「なにを見てるの?」


 私の質問に、その子は地面に向かって指を差した。


「うあ、アリさんがいっぱいだ」


 たくさんの蟻が一列に並ぶ行列。だけど、よく見てみると、一匹の蟻だけ動きがとても遅く、そこから後ろの列が詰まっていた。


「このアリさんだけなんか変だね。おなかでもいたいのかな? だとしたらかわいそう……」


 私は率直にそう呟いていた。すると、それを聞いたその子は片手をすっと上げ、そこに水色の魔法陣を浮かべていた。それが綺麗に光り出すのに目が奪われていると、魔法陣が消えた時には、動きが遅かったアリさんが元の早さを取り戻し、再び行列がそこにできていたのに気づいた。


「うわあ! 元にもどった! あなたがなおしてあげたの?」


 私は興奮混じりにそう聞くと、その子は素っ気なくこう答えた。


「……魔法だよ」


「まほう? わたしそれ知ってるよ。ほのおとかお水とかが出せるやつでしょ。あなたもそのまほうが使えるんだね」


「うん」


 そううなずいた時、なぜか私は目を星のように輝かせるほど、とても感動してしまっていた。


「スゴイ! まほうが使えるなんてスゴイ!」


「そんなにスゴイの?」


「うん! スゴイよ! だって、まほうが使えるんだもん!」


 興奮のあまりはしゃぎだした私を、その子はキョトンとした目で眺めていた。


「あなた、名前は?」


「私は――」


「キョウヤ様!」


 その子ではない、別の誰かの声がそこに私たちの耳に響いた。声がした方に振り返ってみると、偉い人が着そうな服装をした男が、こっちに向かって走ってきていた。


「また城を抜け出して。もうこれで何度目ですか!」


 その人が近づいてくると、私は女の子にこう聞いた。


「キョウヤってあなた?」


 首を縦に振るキョウヤ。それを見ると、私はとっさにキョウヤの手を取っていた。


「にげよう!」


「え?!」


「はやく!」


 キョウヤの手を引っ張りながら、私は走り出した。大人の人が「待ちなさい!」と言うのを聞かず、子供だけが通れる低木を潜る。そこから大通りへ出ていくと、私は名前を言ってなかったことを思い出した。


「わたしアミナ! わたしは、あなたのみかただよ!」


 顔だけキョウヤに振り返りながらそう言うと、私はひたすらに手を引いたまま走っていた。たまに、キョウヤから「待って」という言葉も聞こえていた気がしたけど、その時の私は必死すぎで、その言葉をしっかり聞いていなかった。それでも、ただなんとなくだけど、あの男には捕まってはいけないような気がして、ただ無我夢中で走っていたのを覚えてる。


「はあ、はあ、だいじょうぶ?」


「はぁはぁ……うん、大丈夫」


 気が付けば、私とキョウヤは知らない建物の裏で足を止めていた。そこで荒れていた呼吸を整えると、キョウヤが私にこう聞いた。


「ねぇ、どうして私をつれて逃げたの?」


「え? だって、変なひとにはついてったらあぶないって、パパが言ってたから」


「変な人……フフ、フフフ」


「どうして笑うの?」


「だって、あの人のことを変な人って言うから」


「え? 変な人だったじゃん」


「あの人は、変な人じゃないよ」


「そうなの?」


「お城で働いてる人なの。だから、変な人じゃないよ」


「お城で? どうしてお城の人が、あなたをつれていこうとするの?」


「私がお姫様だからよ」


「え? ええ!? そうだったの!?」


「うん。ウッフフ、アッハハハ!」


 キョウヤは自分の存在を明かしても、まだ笑っていた。さっきまで静かで綺麗な印象だったあの子が、こんなに笑ってるのがおかしく思えて、気が付いた時には私も、一緒に口を開いて笑っていた。


 結局その後、私たちは城の人に見つかって、そこでキョウヤと別れることになった。でもその時、キョウヤは振り返って「また遊ぼうね」と、はっきり言ってくれた。私はその純粋な一言が、なぜだかとても嬉しかった。


 それから私は、外に出てはいつも、あの出会いの場所に通い続けるようになった。キョウヤが待っているような気がして、いつも見に行かないと気が済まなかった。


 しかしキョウヤは、毎日そこにいるわけではなかった。会えるのは一ヵ月に一度あるかどうか。それで会えた時には、思う存分遊び、キョウヤと笑いあって来た。そんなある日、キョウヤに出会えた時にどうして毎日いないのかと聞くと、城から出るのは大変だということを私は知った。


 それを聞いて思い立った私は、いつしか剣術に触れ始めていた。キョウヤが城にいるのなら、私がそこで働けばいい。そんな思いで剣を握り始め、戦い方を教えてくれる武術教室にも通った。もちろん、初めたての頃は踏んだり蹴ったりだったけど、それでも私は落ち前の前向きで、一つずつ技術を身に着けていった。


 そうして時が流れ、私たちが十四になった時。


「また敬語が抜けてたわよ、キョウヤ」


 キョウヤのお忍びも、まだまだ健在だったあの日。


「仕方ないでしょ。アミナが相手だと、私も油断するというか。気を許してしまうんだから」


 キョウヤと出会え、また何気ない日常が流れると思ったあの日。


「フフ。キョウヤは相変わらずね」


 終わりを告げる地響きが、その時に鳴り始めた。


「何これ、地震? キョウヤ!」


「だんだんと大きくなってる。何かが近づいてきてるのかも!?」


 その時、ジバの空は一瞬で赤黒い雲に覆われた。そして、都の真ん中に紫の雷が降ると、奴が姿を現した。


「あれって!?」


「まさか……魔王!?」


 人の大きさではない巨大な体。住宅街の外れからでも見えるその存在に、私は言葉を失った。奴が歩きだすだけで都がボロボロになり、手に持った鎌を薙ぎ払うその姿に、私は強い恐怖を植え付けられていた。


「あの行く先は、お城!? 急がないと!」


 キョウヤが慌てて走り出すと、私もその後を急いで追かけていった。城にはキョウヤの両親がいる。助けに行かないと。キョウヤの大事な家族を失わせるわけにはいかない。そのために、今の私には、剣があるのだから――。


 私たちは必死で走り続けた。恐怖で震える心を抑え、無事でいて、と強く願いながら。でも、魔王が城に向かって、光の光線のような魔法を放った瞬間、その望みは絶たれてしまった。


 地面を割るかのような轟音に、思わず私たちの目が、一点にくぎ付けにされる。たった一つの魔法を放った魔王がその場から姿を消すと、ジバの城から大きな煙が立ち上っていた。


「嘘……そんなのって!?」


 足を速めるキョウヤ。城に近付くにつれ、増えていく兵士と市民の死体。


 やがて城の王室までたどり着くと、キョウヤが目の前のふすまを開けた。そこで何かを目にすると、キョウヤは黙ってその場から走り去ってしまった。私はついふすまの中を見てしまうと、そこには、顔を知ったあの王族の二人が、骸となって転がっていたのだった。


 私は急いでキョウヤ探しに走る。結局見つけた場所は、誰も寄り付かない、あの秘密基地のような場所だった。月の明かりすら通さないその暗がりの中で、キョウヤは一人で泣いていた。普段から感情を表に出さないキョウヤが、その時だけは、顔をぐしゃぐしゃにしてまで泣いていた。それにもらい泣きをしながら、私はキョウヤに近付き、その頭を胸に優しく抱き寄せた。


「大丈夫だよキョウヤ。私がここにいるよ」


「アミナ……」


 私の袖をギュッと掴んでくるキョウヤ。そこからのキョウヤは、私の知らないキョウヤだった。


「嫌だ……すごく嫌なの、私……」


「うん……」


「母上も、父上も……二人とも、死んじゃった……私、悔しくて……何もできなくて……悔しくて……」


「うん……」


「なにも、できなかった。無力だった。それが、本当に悔しくて……」


「キョウヤは、無力なんかじゃないよ……」


「これから私、一人になっちゃう……一人に、なっちゃう……」


「一人じゃないよキョウヤ。私がいる。私はずっと、キョウヤの傍にいるから」


「アミナ……アミナ……うっ、うわああぁ!」




「その時決意したのよ。絶対にキョウヤを一人にさせない。何があろうとも、絶対に彼女を守ってあげるって、そう誓ったの」


 最後に強く決心するようにして、アミナの話しが終わる。いつの間に話しに夢中になって聞いていたのに気づくと、セレナがわんわん泣いている姿を目にした。


「うう! そんなことがあったんですね。女王様、可愛そ過ぎますうぅ!」


 あまりに大げさに見える泣き声に身を引きながらも、俺も予想以上の過去に驚きを示す。


「ふ、二人の間にそんなことがあったんだな。なんだかアミナが無理してしまう理由も、分かる気がするよ」


 そう言い切った瞬間、またすぐにセレナが「アミナさん!」と声を上げた。


「私たちに何か手伝えることがあったら、何でも言ってくださいね! ハヤマさんはともかく、私は全力を尽くしますから!」


 セレナの迫力に、さすがのアミナも少し気おくれする様子を見せる。


「あ、ありがとうセレナちゃん。でも、二人が無理に付き合う必要なんてないのよ。これからきっと、もっと危険な目に合うはずだもの」


 セレナが鼻水を汚くすすると、そう言ったアミナにはっきりと口を開いた。


「さっきヤカトルさんにも言いましたけど、私たちは皆さんと一緒に行きます。手伝いたいんです、皆さんのことを!」


「そうなの! それは嬉しいけど、本当にいいの? とても危険なことなのよ!」


 アミナは強くそう言ってきたが、セレナは涙をゴシゴシ拭くと、負けないくらいに声を張った。


「覚悟ならできてます! 困ってる人がいたら助けたいし、悪いことをする人を、絶対に許したくないです!」


「……そう。分かったわ。あまり巻き込みたくはないけど、二人がいるだけで心強いのも確かだし」


 アミナはそう言って理解すると、再び立ち上がって刀を抜いた。


「休憩もできたし、私はまた素振りをしないと。二人はキョウヤのことを頼めるかしら?」


「はい! もちろんです!」


 セレナが元気よくそう言うと、アミナも「ありがとう」と満面の笑みを浮かべた。


 そこから俺たちは、キョウヤ様が目覚めるのを待ち続けた。夕方を越えてヤカトルが無事に帰ってくると、宣言通り食料や水、寝る時の毛布など、必要なものをその都度調達してきてくれた。アミナも周辺の警備に意識を集中し、素振りも欠かさず毎日やり続け、セレナもその隣で魔法を繰り返し発動し、その練度を高めていった。かく言う俺は、サーベルを宿に置いたままなこともあり、ひたすらキョウヤ様の目覚めを隣で待つだけだった。


 信じて待つしかなかった。ジバの都を取り返すには、女王の存在が不可欠だったから。ただ死んだように眠った彼女の目覚めを待つしかなかった。


 そして、ジバを離れてから三日目。いつも通り日が暮れようとした時、その瞬間は唐突に訪れたのだった。

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