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16‐5 今日はきっと、最悪な一日になる

 目まぐるしく騒がしい群衆をかき分けながら、本城の真下までたどり着く。城門の前には何人もの人々が押し寄せていて、兵士たちがパパラッチを寄せ付けないためのガードマンとして彼らを抑えている中、俺たちはかろうじて門を通り抜けていく。くぐった先の本城入り口前には、既にキョウヤとミスラさんが下りてきていて、兵士や官僚たちに指示を仰いでいるようだった。


「こちらにも避難要請を! 急ぎなさい!」


「はっ!」


 走りだした兵士と入れ替わるように、アミナがキョウヤに近づいていく。


「キョウヤ!」


「来ましたかアミナ。お二人も一緒でしたか」


「ねえキョウヤ。これは本当なのよね? 本当に、災厄の日なのよね?」


 焦りの声色にキョウヤは冷静にうなずく。


「ええ。この都はもう、全方角から囲まれています」


「全方角から!? 数は?」


 質問に答えようとする瞬間、俺たちの横に撃剣が刺さってきた。空からすぐに、糸を辿るようにヤカトルが降ってくる。


「女王さん。今戻った」


「どうでしたか、ヤカトル?」


「落ち着いて聞いてくれ」


 ヤカトルは撃剣を抜きながらそう改めてくる。その少しの間が不気味で、俺は生唾を吞み込んだ。


「雑魚から大物、全部合わせてその数、五十万だ!」


 驚きのあまり、目がカッと見開いた。戦争なんかに詳しくなくとも、その数が以上なことなのは俺でも分かった。あの凶悪な魔物たちが、五十万の軍勢を作って押し寄せている。キョウヤたちも顔をしかめていて、かなり厳しい状況なのは察するに余りある。


「なぜ五十万もの魔物が、意志を持つようにこのジバに?」


 キョウヤの言葉に、ヤカトルが知ったこっちゃないと言う風に肩を上げる。


「さあな。見境なしに人を襲う生き物が、団結力を高めるなんてあり得ない話しだ。だからといって、魔王みたいに指示をだしてる存在はいなかった。原因はさっぱりだ」


 原因が分からないのなら、根本から考えられることはない。用は五十万の数を相手しなければならないわけだ。


「都の兵力って、どれくらいなんだ?」


 俺はジバの面々にそう聞いた。それに、キョウヤが苦しそうな口ぶりで答える。


「……こちらの兵力は、全部で五千です」


 思わず顎に手を当てて、深く唸ってしまう。最悪な状況だ。敵の数の、百分の一しかいないだなんて。


「そいつは、かなり絶望的だな」


「ですが、数で諦めてはなりません」


 キョウヤが顔を上げる。


「たとえ百倍の数がいようと、敵は理性を持たない魔物です。それに数が多くとも、キング級やエンペラー級と言った強い魔物で溢れている訳でもありません。彼らを打ち破る方法なら、必ずあるはずです!」


 その言葉にアミナが乗っかる。


「そうよ! どれだけ不利な状況でも、最後までやってみなきゃ結果は分からないわ。三年前だって、私たちはそれを証明したんだから!」


 ミスラさんも滅多に割らない口をここぞと開いてくる。


「兵士の中に、生半可な者は一人もいない。それに、私がここにいる限り、ジバが落ちることは決してあり得ない。守るために私はここに来たのです。キョウヤ様も。民も。都のすべてを」


 決意を固める三人。ヤカトルも頭の後ろに手をやりながら、


「ま、やる気は失せないわな」と呟き、彼らの結束にセレナも感化された。


「皆さんがやる気なら、私たちもやります! 私にとっても、この都は大事な場所ですから」


 本当にやれるのかと、俺は疑っている。敵はこっちの百倍の数。単純計算で、一人が百体の魔物を倒さなければならない。強靭な力と凶暴性を持った化け物を百体。不可能としか思えなかった。


 だが、彼らはやる気に満ちている。俺はセレナの横顔を見てみる。いつも柔軟に動く表情筋が、覚悟の目に吸われるようにピッチリ整っている。勢いで押されている場合ではない。彼女がやる気なら、俺も参加しない理由はないのだから。


「セレナがやるなら、俺もついて行く。俺たちの力も使ってくれ。キョウヤ」


「ええ。お二人にも、ぜひ協力してほしいとお願いするところでした。その心意気に、心から感謝します」


 胸に手を当てて、キョウヤはそうお礼を言ってくる。険しい表情のまま、彼女は早速動こうとする。


「事は一刻を争います。兵士たちに指示を出した通り、皆さんにも入り口の門を守ってもらいます。入り口は東西南北の四つ。ヤカトル。魔物の割合は、どこも均等でしたか?」


「西門が一番多かった。一番でかいから、狙われてるのかもしれない」


「なら、西門はミスラに任せます」


「承知しました」


 胸に手を当て軽く会釈するミスラさん。キョウヤは彼に不安そうな眼差しを向ける。


「ミスラ。たとえ私たちのためだと言っても、一人だけで無理をしてはいけません。深手を負った時は、必ずに撤退をすると約束してください」


「……承知しました」


 少し考えるようにしてから、ミスラさんはそう答えた。俺には彼の目が曖昧に揺らいでいるように見えたが、百倍の数の差もあったら、あまり気にしていられる状態でもないか。


「次に大きいのは北門と南門です。北門はアミナが。南門はハヤマとセレナにお任せしたいです」


「了解」と素直に答えるアミナ。俺は一つの提案をしてみる。


「キョウヤ。南門には俺一人で十分だ。セレナには、別のことをしてもらった方がいい」


「別のこととは?」


「セレナには転移魔法がある。それも、ここからラディンガルまで直通で行き来できるほどだ。敵が魔物なら、王都の方から増援が呼べるはずだ」


「なるほど。ギルドの方々に助力を願うということですね。今は戦力が一つでも多く欲しいところです。セレナ。お願いできますか?」


 キョウヤの頼みにセレナは力強くうなずいた。


「任せて下さい。頼れるギルドさんなら、いくつか知ってますから!」


「報酬は女王直々に、見合ったものを必ず払うと彼らにお伝えください。五十万を相手に臆しない方なら、きっとその言葉に乗ってくれるはずです」


「分かりました」


「残りの東門はヤカトルに任せますが、セレナの連れた増援が到着次第、それぞれの入り口での状況把握に戻り、場合によって城にいる私に報告するように。私は、都の民たちを避難させしだい、状況に応じては皆さんの加勢に参ります。異論がある者は?」


 キョウヤはサッサッと俺たちに目配せしてきて、誰も何も言わないのを確認してからうなずいた。


「では作戦を始めましょう。ジバ防衛戦。入り口を守り切り、何人なんぴとたりともこの都を踏み入れさせてはなりません!」


 各々が決心するように返事をする。早速セレナが転移魔法を発動させようとすると「私が戻ってくるまで耐えてくださいね!」と言い残して魔法陣を光らせていった。それが発動されるのを眺める暇もなく、キョウヤ以外の俺たちが走り出す。


 城門を飛び出すように出ていこうとする。相変わらず落ち着きなくごった返している群衆に入る前に、俺はアミナに聞く。


「アミナ。南門ってどっちだ?」


「あっちの大通りを真っすぐ行くの。お互い、無事に生き残りましょう!」


「ああ! アミナも気をつけてな! ヤカトルとミスラさんも、生きていてくださいよ!」


「お前もな」とヤカトルが返してくる。俺の言葉に彼らがうなずいてくれるのを見てから、俺は人混みの中へ体をねじ込んでいって、なんとか出た先でも人だらけの道の上を全速力で駆け出していった。




「……とりあえずは成功。この都の人々には悪いが、私の野望のための犠牲になってもらおう」


 真っ黒に染まろうとしている地面。それには決して似合わない青空の中で、彼の黒と赤の髪が風に揺れる。


「彼らへの復讐を果たす。君たちは、その礎に過ぎないのだから」


 見下ろしていた頭を上げ、アマラユは天を仰ぐ。




 南門。そこの鉄格子の門はまだ開いていた。先の平原に、刀を持つ甲冑の兵士が数多くいる。中には甲冑を着ていない人間もいたが、身に着けてる黒装束は魔法使いを思わせてくる。城壁の上にも、皮鎧の弓兵が並んでいて、彼らを合わせれば、ざっと千人に届きそうな規模だ。


 俺は城門をくぐって近接の兵士たちに近づくと、青ざめた様子の彼らと同じ景色を共有した。遥か先に見えるのは、魔物たちが悠々と迫ってくる、まさに暗黒の大海だった。


 スケルトンやゴブリン。蜂のワスプにムカデのワーム。狼のウルフもいれば、気味悪いスパイダーもしっかりいるし、今まで見たことない魔物だって多数いる。やけに舌が長いワニや、地をうねうねと這ってくるヘビ。耳から翼が生えてるトカゲもいれば、スライムみたいな変な液体状の生物なんかまで。


 数えきれないほどの彼らを前に、俺は寒気が止まらなかった。奴らは狂暴で、いつだって俺たちの血肉を食らおうと襲ってくる。魔王が死んだおかげで、俺は今日まで生き延びてこれたというのに、今目の前にしている光景からは、まるでこの日のために俺を生かしてきたと言っているような気がした。


 とても奇妙だ。魔物が軍勢を率いるだなんて。それも、全方位からの襲撃だ。彼らがそんなに高い統率力を持っているのだろうか。それとも、裏に別の何かが糸を引いているのか。今の状況に対する謎は尽きないが、どちらにしろ今は、生き残ることを考えなければならない。


 ――今日はきっと、最悪な一日になる。


 そう心の中で呟き、俺は深く息を吸って、吐いて、そうして顔を上げて覚悟を決める。ひとまずの行動として、先頭にいる兵士長らしき男から情報を聞き出そうと声をかけた。


「おい。ちょっといいか?」


 その人から反応がない。目の前に広がる光景にあてられて、聞こえなかったのか? そう思って肩に手を置くと、その男は振り向いて顔を見せてきた。そいつは俺を見て驚くような表情をすると、彼は俺も知っているあのほくろの兵士、城の門前や、セレナの魔法練習に付き合っていたあの兵士だった。


「ってお前かよ!?」と思わず声が出てくる。それに対し、彼から聞き覚えのない言語が飛び出してきた。


「あっと、そうだった。セレナがいないんだったな」


 不思議そうな目をする彼を無視して、俺は後方にいる魔法使いらしき人の、横に列を為した中で一人だけ前に立っていた男に手を振った。彼が怪訝そうな目をするのに対し、こっちに来るよう手招きする。そうして彼が目の前まで来ると、口元を何度も指差して、実際に声を出したりしてなんとか伝わるように訴える。


 魔法使いがうろたえるように、それでももしかしたらと言うように、疑いながら手を掲げて魔法陣を作り出す。それがオレンジ色の光を溢れだすと、俺はよくやったと思って満足そうにうなずいた。


「やっぱり伝えたい意志は言葉がなくても通じるもんだ。ありがとう」


 そうお礼を言うと、魔法使いは魔法陣を消しながら「はあ……どうしてこの魔法で?」と小さく呟いていた。気にしないでくれ、と言っておいてから、俺はさっきの兵士に振り返る。


「また会ったな。お前はこの分隊の指揮官か?」


「私は、近接部隊の指揮を任されています。南門の総合指揮は、城壁にいらっしゃる弓兵の方です」


「そうか。まあそれはいい。俺が知りたいのは他のことだ。まずは俺たちの前にいる敵の数はいいくつだ?」


 近接分隊の兵士長さんは、俺から魔物たちに目を向けた。


「魔物の数は目視で八万程度。その半分はリトル級魔物ですが、キング級以上も千は超えています」


「八万の中での千、か……。兵士長さん。ここにいるみんなは、どれくらい戦えるんだ?」


 兵士長と言った時、なんとなく彼の顔がパッと花咲くように晴れた気がしたが、すぐに気を引き締めた顔に戻った。


「私たちはミスラ様の元で訓練を積んできました。ビッグ級までは問題はないでしょう。キング級にだって、数で攻めれば勝てるはずです」


「なるほど」と呟きながら、しばしば頭をひねる。彼らは決して弱くはない。キング級を相手できるくらいなら頼もしいものだ。だけど、あの数はやはり異常だ。彼らが存分に力を発揮できるように、俺ができることはなんなのか。


「……あの魔物の大群の中で、お前が相手をしたくない奴はなんだ?」


「相手をしたくない魔物、ですか。そうですね……キングやエンペラー級はもちろんですが、ケンタウロス種や、ガーゴイル種なんかは戦いづらいかもですね」


「ケンタウロスとガーゴイル?」


 初めて聞く種族に俺は聞き返す。兵士長は実際に指を差してくれる。


「ケンタウロスは、あそこの先頭を歩いてる人間と馬の半獣です。彼の力は強力で、手に持ってる槍の動きも中々のものです。ガーゴイルは、あっちの空を飛んでる大きなコウモリのような奴です。足に持ってるあの鎌が、とても不規則に動くのが厄介なんです」


 馬の下半身をしたケンタウロス。人間の体は緑に染まっていて、とても俺たちとは似つかわない。ガーゴイルという奴も、コウモリと呼ぶには大きさが違い過ぎる。空を飛んでいるのは、俺にとっても厄介そうだ。


「どこまで俺がやれるか……。でも、やらないといけないよな」


 小声でそう呟きながら、俺は魔物の軍勢に向かって歩き出していく。


「え、ちょ、ちょっと?」


 兵士長がうろたえるように呟く。それを気にせず俺はまた聞く。


「他に厄介な奴はいるか?」


「ほ、他ですか? ケンタウロスとガーゴイル以外は、今のところ特に……ですがやはり、エンペラー級は厳しいでしょうね。今確認できてるのは、エンペラースケルトンでしょうか。一番先頭を走っている」


 兵士長が言った通り、一番先頭には、首に黒マントを付けたエンペラースケルトンがいた。それ以外は、さっき聞いた通りみんなキング以下の魔物だ。数が多くとも、エンペラー級が少ないのがせめてもの救いか。


「あ、あのう! 一人で行くつもりですか!」


 進軍し続けている奴らとの距離も、もう遠くの、とは呼べなくなってきている。俺は先陣を切るためにもずっと歩いていく。


「兵士長。俺への心配はいらない。こっちで数を減らすから、そっちはそっちのやるべきことを頼む」


 魔物たちの顔が、くっきりと見えるようになってくる。地面を揺るがすような足音も段々と聞こえてくると、俺は、背後から心配するような声に耳を貸さないまま、足を止めてゆっくりと目を閉じていった。


 元の世界の過ちと、この異世界での過ちを思い出していく。


 俺の過ちはあいつらが元凶だ。あいつらがいなければ俺は。あいつらがしっかりしていればあの子は。そんな奴らのせいで、俺たちは今……


「殺意よ。俺に、守る力を」


 意識が消え入る最後は、必ず彼女の素顔を思い浮かべる。この力の在り処を、見失わないために。




 意識が呼び覚まされて、俺は熱せられたその目で厳かな光景を目の当たりにする。数えきれないほどいる魔物たちが、どうやらこちらに向かってきている。


「……この殺意は、あいつらへのもの」


 これだけ単純明快な状況。よく分からない兜や、変にしょぼい魔物を前にするより、よっぽど心が高鳴る気分だ。殺意は制御できても、俺を満たせるのはやはり殺戮だ。この目を持った生き物はみんな、その衝動に駆られるんだ。


 理性を失えば、俺たちは獣同然の生き物なのだから。


 だからこそ、今この状況は、俺にとっては震えが止まらない状態なのだ。その顔にだって、思わず笑みが浮かんでしまうほどに。


 馬の脚した人の半獣と、足に鎌を持って空を飛ぶコウモリ。そして、先頭にいるマントの骸骨。不思議と彼らに意識が向けられる。なんだかよく分からないが、直感がそいつらを殺せと命令してくる。


「上等だ!」


 俺は右手で腰のサーベルを掴み、それを一瞬にして抜き取る。そして、背後に感じていた人間たちの気配と、前方がなだれ込む魔物たちに聞こえるよう、大声で叫んだ。


「お前たちに教えてやる。今ここにいるのは人間じゃねえ。殺意を満たそうとする捕食者だ!」

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