16‐1 お久しぶりですね
俺たちを包む光の柱が、だんだんと薄れていく。足元の魔法陣が完全に消えてなくなり、青黒い石が積み重なった城壁が目に映る。
「便利だな転移魔法。あっという間にジバに到着だ」
感心するようにそう言うと、俺のすぐ横で魔法を発動し終えたセレナは、力を抜くように息を吐いた。
「ふう……二人同時だと、やっぱり大変ですね」
「人が多いと、やっぱ難しくなるのか?」
「難しいと言いますか。単純に、使う魔力がもう一人分増えるのがキツイんです」
「単純に倍の負荷がかかるみたいな感じか。あんま無理するなよな」
「分かってますよ。とりあえず行きましょう。三年ぶりの時の都に」
セレナは先にジバへ向けて歩いていく。俺もすぐに歩き出し、その隣についていく。ほどなくして、鉄扉が開かれた城門をくぐっていき、俺たちは時の都へと、久方ぶりに足を踏み入れた。
三年ぶりのジバは、相変わらずの賑わいだった。白い壁と青い屋根が立ち並ぶ建物群に、中央の道に何十もの人々が行きかっている。昔、この光景に畏怖していたことが懐かしい。
当時は王都までの間の、寄り道程度に訪れていた都だったが、今回は違う。明確な目的があった俺たちは、街中で足を止めることなく、大きくそびえたつ和風の城。ここからでも天守閣がはっきりと見えるそこに向かっていった。
城のふもとを目指して広々とした城下町を通り過ぎ、その入り口が見える位置までたどり着く。城への敷地を示す門の前では、二人の兵士が見張りをしていた。
「そういや、どうやって中に入るつもりだセレナ? 俺たちは確かに女王様と知り合いだけど、それを証明するものなんか持ってないぞ」
「……そこまで考えてなかったですね」
首を傾けてそうセレナが言う。俺はやれやれとした表情でため息をつくが、すぐにセレナが「でも」と切り返す。
「敵意がないことを示せばなんとかなりますよ。キョウヤさんたちだって私たちを忘れてないはずです。とりあえず、見張りの方たちと話してみましょう」
なんとも雑な計画だが、とりあえずそのまま足を進めると、俺たちは見張りの兵士に近付いていった。城も和風なら、人の身なりも和風のここでは、兵士たちも侍のような鎧を着ていて、門前の見張りの一人にセレナは話しかけた。
「あのうすみません。私たちキョウヤさん――じゃなかった。キョウヤ様に会いたいんですけど、通してもらえますかね?」
「女王様に御用でしょうか? よければ身分を証明できるものをお願いします」
「証明できるもの……ないって言ったら、ダメですよね……」
諦め半分でそう口にするセレナ。これはダメそうだと俺は思ったが、ふと、話していた兵士の目が俺とセレナを交互に見回していくと、驚きの声と共に一瞬にして態度が変わった。
「……はっ! お二人は、いえ、お二方はまさか! あの謀反が起きた時の!」
謀反が起きた時の? まるで俺たちを知っている風な言い方に眉をひそめると、男は「やはりそうだ!」と声を張って俺に目を向けた。
「覚えてますか私のことを? ほら。バルベスの罠で皆さまの前でうずくまっていた男。バルベスとの戦闘中、あなたの呪符の洗脳を解いたことが」
話しを聞きながら記憶を辿っていく。三年前。ジバの臣下であり謀反を起こした悪党バルベス。その爺さんが市民たちを引き連れ、洗脳できる呪符を使って俺たちを追い詰めていたが、絶対絶命までいったあの時、俺が洗脳された時に思い切り殴ってくれた市民がいた。確かほくろが口周りについていた男性だったような……。
「あの時の人か! 兵士になってて気づかなかった」
目の前の兵士の顔を見なおすと、彼の顔にも同じところにほくろがついていた。顔に薄いしわが見える、三十代前半くらいに見えるその男は、紛れもなく三年前に目にした彼と同一人物だ。
「そうなんです。あの時、あなたが危険を顧みずキョウヤ様の前に立っていたのが印象的で、自分もああして誰かを助けられるような人になりたいと思ったんです」
「本当ですか。だから城の兵士になってるんですね。あの時は自分のできることが時間稼ぎだけだと思ってたから、ただ注目を浴びるために動いてただけなんですけどね」
「でもその時の勇気ある行動が、今のジバを残してくれていると思いますよ」
まさかの再会からいきなり褒め言葉を頂き、俺は「そんな大層なことは……」と小さく呟く。いつの間にか首裏に手を当てていることに気づいて、こういう状況に不慣れなのをちょっとだけ恨む。
「あ、キョウヤ様に用があるんでしたよね? お二人なら、きっとキョウヤ様も喜ばれるはずです。どうぞ中へお進みください」
そう言って、その兵士は俺たちに道を譲り、深々と頭を下げてきた。思わぬ出会いで事が進んでしまったが、俺とセレナはありがたく厚意を受け取ることにして、門の先へ進んでいった。
風味のある庭園なんかで目にするような、白い石が敷かれた道を進んでいく。すぐ目の前にジバの本城が空高くそびえ立っていて、その白い壁を見上げながらセレナが呟く。
「信じられますか? 私たち、この城で寝泊まりとかしてたんですよ」
「まったくだ。最初はこんな豪華な所に立ちいるとは思わなかったよ。まあその分、死ぬような思いもしてきたんだけどな」
「そうですね。バルベスさんの謀反は、本当に死にかけるほど大変でした」
「でも、とんでもないお人好し二人のおかげで、俺たちゃこうして今も生きてるってな」
俺とセレナは同時にキョトンとする。別の誰かの声が、自然と会話の中に割り込んできていたのだ。それも聞き覚えのある男性の声で、俺たちはどこから聞こえたのかと辺りを見回した。そうして、俺たちの背後にいつの間にか立っていた人を見つけると、それはキョウヤに仕える元盗賊の諜報員、ヤカトルだった。
「ヤカトル!」
「いたんですか!? 全然気づきませんでした」
ヤカトルが片手をハンドガンを思わせるようにして軽く振って「よっ」と挨拶してくる。灰緑色の天然パーマが少し揺れ、愛用している紐のついた剣、通称撃剣も腰についてある。
「相変わらず元気そうじゃねえか。セレナの方は、ちょっと雰囲気変わったか?」
「ヤカトルさんこそ、相変わらずですね」
「不真面目っぽいってか? やかましいね」
「そこまで言ってませんよ」
ヤカトルの言葉にセレナは笑いながら返す。飄々とした態度と軽そうな言動はあの頃から変わっていない。
「てっきり、もう役目を終えて、盗賊にでも戻ったのかと思ってたよ」
俺は挨拶代わりに冗談を飛ばす。
「俺もそのつもりだったんだけどな。謀反を許す女王の元なんて、普通いたくないし。だけどどうしたことか。ここの居心地が案外快適なものでな。気づかねえうちに、女王さんの飼い犬になっちまったんだ」
まんざらでもなさそうな笑みを浮かべながら、ヤカトルは俺たちの横を通り過ぎるように歩き出す。
「それはそうと、何か用があるんだろ? 王女さんに会いたいなら、俺が案内するぜ」
「それは助かる。ぜひ連れてってくれ」
「お安い御用さ」
ヤカトルは指を鳴らしながらそう答え、先の城の中へ入っていく。俺とセレナもその後を追っていった。
城の階段を三つ分上って、城の中層部分にたどり着く。ふすまの扉の前に立つと、ヤカトルがその奥に聞こえるように声を張る。
「女王さーん。お客さんが来てますよ。あなたが感謝してもし足りない、昔の戦友さんだ」
すぐにふすまの奥から「通しなさい」という声が返ってくる。その声には懐かしさを感じられ、ヤカトルがふすまを両手で丁寧に開けると、畳の部屋の奥に、座布団を敷いて机の上の巻物に向かっているキョウヤがすぐ目に入った。その両脇には、アミナとミスラさんも立っている。
「やはりお二人でしたか。お久しぶりですね」
ヤカトルと共に中へ入ると、キョウヤがそう言ってきた。エメラルドグリーンの髪に着物風の装束。前と変わらぬ風貌で、彼女はそこに座っていた。その横でアミナも「二人とも!」と再会を喜ぶように声を上げて目を大きく見開いている。腰の左右についた二本の刀と、青毛のポニーテールは腰につきそうなくらい長い。ミスラさんに関しては、その大柄な体で顔を不愛想にしたまま俺たちを見ていた。左目に残った傷跡と、両方の真っ赤な目。灰色のポニーテールは健在で、二メートルを超える体格からの威圧感はやはりビシビシと伝わってくる。
俺たちはキョウヤたちの前まで歩く。そこで足を止めると、ヤカトルもアミナの隣につき、俺たちとジバ組の対面する形が出来上がった。最初の発言をセレナがする。
「お久しぶりです、キョウヤさん。アミナさんとミスラさんも。皆さん元気そうですね」
彼女の挨拶にキョウヤが返す。
「ハヤマとセレナもお変わりないようですね」
女王という立場からはあまり想像できない、柔らかい物言いでキョウヤはそう言ってきた。親友であるアミナが後に続けてくる。
「本当に久しぶりね。もう三年くらい経ったかしら。また会えて嬉しいわ」
それに俺たちは笑みを浮かべて返す。早速本題を切り出そうと、ヤカトルが口を開く。
「どうやらこの二人は、王女さんに用があって来たみたいだぜ」
「私に用ですか。それは、どういった用件でしょうか?」
キョウヤが聞いてくると、セレナは事情を説明していった。
転世魔法を習得したい思いから始まり、転世魔法は転移魔法と時間魔法の合わせ技で発動することができること。それを、プルーグでも名高い魔法使いから聞いたという事実。転移魔法は習得済みで、後の時間魔法を習得できればきっと転世魔法に繋がるということ。
長文になる事情のすべてを、セレナは一つ一つ丁寧に説明していき、最後まで話し終えた。それを聞くと、キョウヤが最後に話しをまとめてくれた。
「なるほど。つまり、転世魔法を習得するためには、時間魔法を習得する必要がある。そのために、時間魔法を扱う私の元に訪れたのですね
「なんだかすごい魔法ね、転世魔法って」
それまで一緒に聞いていたアミナがそう感想をこぼす。
「女王様で色々と忙しいのは私も分かっています。ですがどうか、時間魔法の発動方法を教えてもらえませんか? お願いします」
頭を深く下げるセレナ。キョウヤは微笑む顔を見せ、当然のようにうなずいてくれる。
「お二人には、返しても返し切れな御恩があります。私でよければ、力をお貸ししましょう」
「本当ですか! ありがとうございますキョウヤさん!」
セレナが顔を上げ、はっきりとお礼を伝える。こうしてセレナは、キョウヤの元で時間魔法の手ほどきを受けることになった。
「まずは妖精との契約からですね。ジバのどこかにいるはずなので、すぐに場所を調べましょう。ヤカトル。城の魔法使いに伝令を」
「ほーい」
返事をして、ヤカトルは部屋を出ていこうと歩き出す。それを横目にしながらセレナが聞く。
「あのう、時間魔法の妖精さんって、王族以外の人にも契約してくれるんですか?」
「あの妖精さんは、私たち王族の家系をとてもよく気に入っていますから、私がお願いすればきっとできるはずです」
なるほど、と俺たちは理解する。再びジバに留まる日々が始まるのかと、俺は密かにそう思っていた。転移魔法でも時間がかかったようだし、ここにも長く居座ることになるのかもしれない。まさかとは思うが、その間に変なことが起こったりはしないだろう。三年前に謀反が起こったばかりなんだし。
ふと、ある言葉が思い起こされる。過去にミスラさんが口にした言葉。
災厄の日。ジバを囲うように、黒い何かがうごめいて襲ってきたという、先代様の未来予知。
……まさかな。
――――――
「グルルル……」
「やる気だなヤイバ。今回狙うあの男は、デモンストレーションとして最もふさわしい人間だ。それに、……復讐のための舞台としては、これ以上にない演出にもなる。期待してるぞ?」