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15‐4 入団テスト

「ま、それはそうとしてだ」


 カルーラが腕組みをする。


「帰る場所がないとなると、アタイたちもどうするべきか考えねえとな」


 行き場を失ったラッツ、とジミ。村に戻ったところで、変わり果てたネズミのジミの存在は受け入れてもらえない。


「私たちが説明したら、分かってもらえないでしょうか?」


 セレナの考えに俺は苦言する。


「難しいだろうな。そもそも村の人たちはジミはもちろん、ラッツのこともあまり快く思っていないはずだ。ラッツを引き取った義理の親の言動もそうだし、子ども一人が増えて余裕のある生活ができる人がいないわけだ」


「それじゃどうすれば……」


 悪魔に脅されてるかのように不安気な顔をするセレナ。居場所を失くしたという点では、俺と彼らは一緒だ。そしたら俺が救われたように、彼らだって救える方法があるはず。俺はしばらく考えてから、ジミの顔を見上げた。絵具で塗りつぶされたような、真っ赤な目。相変わらず睨んでそうな目つきだが、その奥の何かを見つけようとする。


「……ジミはラッツのことを、ずっと守ってくれてたんだよな?」


 その確認にラッツは「う、うん」と答える。


「魔物を倒せる力を持っていて、ラッツのためなら死ぬ気で戦ってくれる。もう彼に力と勇気が備わっているなら、早く済む話しが一つある」


 顔を下げ、今度はラッツの黒い瞳をしっかり見つめる。


「この際村を離れて、ギルドにでも入らないか?」


「え……ギルドに、ですか?」


 目をぱちくりさせて、拍子抜けするような表情をラッツは返してくる。意外性のある話しだとは思うが、それなりの理由はちゃんとある。


「親がいなくて村にも居場所がない。だったらいっそ、村を出て自分たちで生きていくんだ。幸い、ジミは姿が変わっても、お前のことは守ってくれる。ギルドに入れば、それを仕事にして稼ぐことができるから、お前でも、いや、二人でもなんとか生きていけるはずだ」


 ラッツの事情は深刻だが、そこまで複雑というわけではない。元々親とも生き別れていて、それで村からもよく思われていないのなら、何も村にこだわる必要なんてない。小学校の頃に出来た友達と大人になってから一度も連絡しなくなるように、いっそ村から彼女――。彼の存在を遠ざければいいわけだ。


「で、でも……それだと、ジミが傷つけられる……」


 悲しそうにラッツは顔を俯ける。友達思いの優しい目。けれども、残酷な運命にはそれだけでは逆らえない。俺は膝を折って彼と目線を合わせる。


「生きるためには決断が必要だ。お前にとってはちょっと重すぎる決断かもしれない。だけど、お前が決めないとジミを道連れに共倒れするのがオチだ」


「そう、ですよね……」


 そう口にしても、顔にはまだ強い不安が残っている。


「ジミとはずっと一緒にいたんだろ? たとえ傷ついたって、お前はジミの痛みに寄り添ってあげられる。友達だとしたら、言葉が分からなくても気持ちが伝わるはずだ」


「気持ち……」


 一度ラッツはジミに振り返る。ラッツの手が伸びると、ジミはゆっくり頭を下ろしいき、ラッツがその固そうな毛を優しく、馬を扱うように撫でていく。


「ジミ。君は僕と一緒にいてくれる?」


 ジミは目を開け閉めさせたりするだけで、俺の目からでは表情が何一つ変わっていないように見える。けれどもその視線は真っすぐにラッツに向けられていると、突然ラッツは「そうか……」と呟いてから、意を決するように目を開いてから俺に向き直ってきた。


「僕は、ジミが傷つくところを見たくない。だけど、このまま飢えて苦しむ姿も見たくないです。なので、僕らを、ギルドのある街まで連れてってください。お願いします」


 力強く、ラッツは決断した。その回答にうんうんと俺はうなずき、ふいにセレナに目を向ける。


「セレナ。金貨が余分に余ってたりしてないか?」


「結構余ってますよ。旅の途中でお偉いさんを助けた時に頂いた分はもちろん、ドッグフードでコツコツ稼いだ分もあります」


「だとしたら、しばらく二人が食べられる分を貸してあげよう」


「それはいいですね! 返してもらえなくても、ラッツ君とジミちゃんのためなら別に私は構いませんし」


 相変わらず行き過ぎたお人好しだと、俺は愛想笑いを浮かべる。またラッツに目を向けようとすると、彼は「そ、そこまでしなくても……」と遠慮する素振りを見せた。そんなのに構わないようにカルーラも口を挟んでくる。


「だったらアタイらのギルドに来いよ。どうも人数が少ないと、受けれない依頼とかがあったりしてイラつくんだ」


「そうだったのかアネキ?」


 お前が聞くのかよ、と能天気なチャルスに俺は目を細める。


「さっきみたいな魔物の軍勢とか、初めて相手にしただろ? 雑魚だろうがあまりに数が多いと、ギルドの方も許可を出してくれねえんだ。アタイらだってA級ギルドで十分強いのにさ。万が一のことがあったら困ります、の一点張りだ」


「だったらアネキ! ラッツとジミの入団テストとして、この先のダンジョンを一緒に行こうぜ」


 チャルスが提案した瞬間、パチンとカルーラが指を鳴らし「そいつはいいな!」と返した。


「え? ええ!?」


 突拍子のない決定にラッツは当然驚く。


「さ、さすがに急すぎるんじゃ……」とセレナ。


「いや、アタイらはガンガン突き進む戦闘スタイルだからねぇ。それについて来られる根性があるかどうか、今ここで試してみるよ」


「で、でも、ラッツ君たちは三日間もここにいて、きっとお腹とか空かせているかもしれないですし」


 庇うようにセレナはそう言ったが、それに本人であるラッツが「あ、それなら大丈夫です」と言って、耳を疑うようなことを呟いてきた。


「お腹ならそれなりに。魔物の死体を食べてましたから」


 一瞬にして、場の空気が凍りつく。食べたとはなんだ? 魔物って食べられるのか? あのカルーラも若干引いた顔をして、馬鹿なチャルスでさえも口をあんぐりと開けていた。唇を震わせながらセレナが聞く。


「ど、どうして魔物を食べようと?」


「ジミが美味しそうに食べてたからそれで。でも、人間の僕にはあまり口に合わなかったです……」


 そりゃ合わないだろうな。地面に残っているゴブリンの死体を見ながら、俺はそう思う。漂ってくる臭いからして腐った肉を食べているようなものだと想像してしまう。


「ま、まあ、背に腹は代えられない時もあるさ。それよりもだ」


 強引に話題を変えようとするカルーラ。ジミに一歩近づき、腕組みをして偉そうなふるまいで語り掛ける。


「アタイがお前の力を見極めるからな。合格したらアタイらのギルドに入ってもらう。分かったら一回返事だ」


 ジミはじいっとカルーラを見つめたまま反応しない。それを見て慌ててラッツがジミに耳打ちするように「返事だよ」と言うと、ジミはネジを巻くような高い声で、かつあまりよく分かってなさそうに鳴いた。カルーラは頭の毛をかく。


「……まあいいか」と、最後には納得する。




 先の通路を進んでいく。ここは地中だというのに、不自然に頭上の土は固まっていて、洞窟のような作りになっている。


 ラッツは後ろを歩き、その隣をピッタリくっつくようにジミは四足で歩いている。大きな体で通路がすっぽり埋まりそうではあったが、それもやがて、大きな空間に出てきて解放される。


「なーんだ、もうダンジョンの最終フロアだったか」


 素っ気なくカルーラは呟くと、俺たちはその中央で大きな腹をかいている一体の魔物を目にする。見た目はゴブリンと変わりない緑。成人男性並みの身長から、ぽっちゃりとした腹と魅力の感じられない垂れた胸。ゲップ混じりの汚らしい声を出しながら、そいつは俺たちを見て裏の壁に置いてあった石のこん棒を手に取った。


「キングゴブリンか……」


 考え込むようにカルーラは腕を組み、後ろにラッツに横目を向ける。


「お前のお友達は、アタイの目から見たらキング級並みのパワーを持っているはずだ。お前への試練は、あの魔物を倒すこと。やれるな?」


「え? い、いきなり一体一なんですか?」


 一瞬にして血の気を引くラッツ。ふと、その間に魔物が動き出す。


「大丈夫だ。死にそうになったら――」


 言葉を中断して螺旋槍を素早く握り、そのまま後ろに振り返ると同時に武器を振りかぶる。彼女の頭上に迫っていたものと高音を響かせ、螺旋の刃が石のこん棒と火花を散らし合う。


「――オラッ!」


 バチン、と破裂するような火花が大きく飛び散り、カルーラがキングゴブリンの体をヨタヨタとよろめかせる。魔物の不意打ちをものともしないその光景にチャルスが「おおー!」とささやかな拍手を送ると、カルーラは自慢げに肩鎧に螺旋槍を置いた。


「この通り、アタイが絶対に助けに入るからさ」


 その風貌からは、俺であっても頼りになる実力と自信を感じてしまう。さすがは三英雄の一番弟子。螺旋槍を愛用している馬鹿力は伊達だてじゃない。それでラッツも決心がついたのか、女ような容姿でありながら、決意を持たせるような張りのある顔でうなずいた。


「わ、分かりました! やってみます!」


 ジミに振り返り「行けるよね?」と聞くラッツ。ジミはただラッツの顔を、まるで瞳の形だけで会話しているかのように見つめていると、しばらくして何も言うことなく、ジミは俺たちの前へと進み出ていった。


 魔物の前まで迫っていくジミ。その斜め後ろをラッツはついていく。キングゴブリンは自分と変わりない大きさのそいつを目にしながら、舌をだらしなく垂らしたまま、こん棒を拍を刻むように手に叩いている。


 ジミは四足から二足に立ち上がり、威圧するように目を向ける。魔物もそれにがんを飛ばす。両者が互いを睨み合っているその光景を、俺たちはただ見守る。ラッツとジミが生きるためにはこれが一番手っ取り早いはず。俺は自分に乗っかる責任を噛みしめるようにそう思いながら、固唾を飲んで動き出すのを待っていた。


「ジミ。あのこん棒は石だから相当痛いよ! 気をつけてね!」


 ラッツは恐怖の感情から振り絞るようにそう言った。するとキングゴブリンは尖った爪で器用に耳をかいてから、凝り固まった体を無理やり動かすようにこん棒を頭上から振り下ろした。ジミはそれを頭にまともに食らってしまう。


「ジミ!」


 思わずラッツは叫び、鈍く鳴った音に俺も一瞬体をすくめた。やはり戦闘は難しいか。瞬間的にそう思ったが、ジミはそれでスイッチが入ったのか、いきなり顔を上げて「キシャアアァァ!!」と叫び出した。そして、おもむろに爪で魔物の腹を強く引っ掻く。


 ジャリッと、確かな音が耳に聞こえた。キングゴブリンの腹には三本の引っかき傷、その中から真緑の液体が溢れて垂れていく。ジミの反撃を食らったキングゴブリン。そいつはその傷跡に目を落とすと、明らかに目つきを変えた。


「アッアアッ!!」


 喉奥に何か詰まっているような、気持ち悪い声と共にこん棒でジミの頬を殴る。再び鈍い音が鳴っていると、負けじとジミも同じように爪をとがらせて体を引っ掻く。


 それでまた叩いて、引っ掻いて、叩いて、引っ掻いて……。大きな図体の化け物同士、力に物を言わせたノーガードの叩き合いが始まっていた。


「ジ、ジミ落ち着いて! その調子じゃ君が倒れるかもしれない!」


 ラッツは精一杯の大声でそう叫ぶ。だが、ジミはまるで聞こえてないと示すように、キングゴブリンの片目を引っ掻いた。見ていられないような光景が続いていき、ふと、セレナが強い恐怖心を感じるような顔をしていた。


「カルーラさん! これ以上は危険じゃ?」


「うーん、ちょっと厳しいかもな……。これはさすがに――って、おい!?」


 焦りがこもった叫び声が、カルーラの口から飛び出た。反射的に目がジミたちのところへ向けられる。すると、巨体同士の押し合いの真ん中に、ラッツがジミを庇うように飛び出そうとしているのだった。


「あいつ!?」「ラッツ君!?」


 俺たちが叫んでる間にも、キングゴブリンのこん棒が振り下ろされようとする。今すぐ飛び出しても間に合わない。さすがにマズすぎる。それでも俺たちが駆け出そうとしていた時、とうとうこん棒から、骨を砕くような鈍い音が鳴った。

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