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2‐8 お前の依頼主は

「も、もう、走れません……」


「お、俺もだ……」


 ジバを抜け出し、平原を必死に駆け抜けて見知らぬ林に立ち入ると、とうとう俺とセレナの二人が二人が根を上げて足を止めた。息切れが止まらない。心臓の鼓動も痛くて、呼吸をするたびに、肺が圧迫しているような感覚もする。そんな俺の様子にアミナが振り返ってきて、追手が来てないかを確かめるように首を伸ばした。


「ここまでくれば、もう大丈夫そうね。ゆっくり落ち着いていいわよ、二人とも」


 アミナがそう呟く傍ら、その背後に見えていた崖下の洞穴から、ヤカトルが顔をのぞかせて俺たちに手を振った。


「おーい! こっちだ!」


 アミナが先に歩き出し、俺とセレナもくたくたな足を今一度動かす。


「三人とも無事だったか。あんまり遅いから、ヒヤヒヤしたぜ」


「なんとかね。それよりキョウヤは?」


 ヤカトルは右の親指を洞穴に向けて「眠ってる」と呟く。それを聞いてアミナが急いで中へ入っていくと、俺たちもその後に続いていった。


 入った瞬間、少しひんやりとした空気を感じる。空洞が奥まで続かず、すぐに壁で塞がっていたその中に、ジバの女王であるキョウヤ様は、ボロボロになった服に包帯だらけの体。髪の毛までに血がついた痕を残しながら、仰向けに横たわって眠っていた。


「キョウヤ……」


 アミナが隣に座り込み、片手を掴んで握りしめる。


「応急処置は済ませといた。命にも別状はないはずだ。それでも、しばらくは眠ったままだろうな。結構危ない状態だったぜ」


 ヤカトルがそう説明すると、アミナは目に涙を浮かべ、握っていた彼女の手に自分の額を当てた。


「ごめんね……私がちゃんと横にいれば、こんなことには……」


 悲しそうに涙を流し始めるアミナ。セレナが手を伸ばそうとするのを俺は止めると、そのまま振り返って洞穴の外に出た。セレナも名残惜しそうにしながら俺の後についてくると、先に出たヤカトルと三人、洞穴にアミナとキョウヤ様をしばらく二人だけにさせた。


 洞穴からなるべく距離を取り、尚且つ見える位置まで離れると、もう体の限界だった俺は、近くの木に寄りかかってストンと座り込んだ。


「はあ……疲れた……」


 ついその言葉が口から出てくると、セレナも同じように別の木に寄りかかり、声もなく座った。


「おうおう、だいぶお疲れのようだな、お二人さん」


 ヤカトルは依然、涼し気な顔をしている。都からここまで結構な距離を走ってきたつもりなのに、彼には無尽の体力でも備わっているんじゃないだろうか。そう思っていると、セレナの声が耳に入ってきた。


「にしても、どうしてバルベスさんは謀反なんかしたんでしょう。女王様に、何か不満を抱えてたんでしょうか?」


 それにヤカトルが答える。


「俺みたいな人間を許すような人だし、不満を持つ人間も、そりゃいるだろうな」


「別にヤカトルさんも、女王様を助けたいい人なのに……」


「おお? そいつは嬉しい評価だ。でもなセレナちゃん。どんな人間だろうと、誰からも好かれることなんてできないのさ。特に女王という立場は厄介なもので、自分の気に食わないことをすると、ずっと裏で誰かが文句を言ってるもんなのさ」


「それ、本当なんですか? あの女王様、市民からの信頼とか厚いように感じてたんですけど」


 セレナの言葉に、城のふもとで、天守閣から顔を出すキョウヤ様に手を振る市民たちを思いだす。


「それがすべてじゃないってことだ。俺はよく人気のない裏道を通るから、たまーに聞こえるんだ。前女王のおかげで魔王の侵略を許したんだ。あんな若い女王のおかげで、今も生計が苦しい。ざっとこんな感じだ」


「そんな……悪いのは、魔王のはずなのに、どうして女王様たちが……」


 セレナが顔を俯けると、代わりに俺が口を開いた。


「そしたら、バルベスの謀反はやっぱり、キョウヤ様への不満ってことなのか?」


「多分そうだろう。具体的な根拠とかは、俺も一切知らねえけど。謀反ってのは基本、そういう理由で起こるもんだ。でも幸い、まだ女王様は死なずに済んでいる」


 そこまで言うと、ヤカトルは都の方角に向けて歩き出した。突然のことにセレナが「ヤカトルさん? どこに?」と足を止めさせる。


「もちろん都にさ。ここには水も食料もないだろ? そこら辺の物資を集めるのと、あとはあの白髭が、都で何をしてるのかの情報収集も兼ねてだ。お前たちも、さっさとどこかに逃げた方がいいと思うぜ。どうせ都の人間じゃなのなら、これ以上危ない目に合いたくないだろ?」


 そう言って走り出そうとするヤカトルを、今度は俺が「ヤカトル」と名前を呼んで止めた。


「おっと、今度はなんだ? 心配ならいらないって言ったはずだぞ」


 俺を見つめないまま、彼はそう口にする。その素振りは俺の直感を刺激し、言葉の裏に何かがあるような気がしてしまう。


「なあヤカトル。何か隠してねえか?」


 そう口にしてみた瞬間、ヤカトルが次に口を開くまで、少しの間が生まれた。


「隠してる? 別に何も隠してないけどな」


 平気な顔をした、至っていつも通りに見える表情をヤカトルは作る。だがその目先が一瞬、何かを想像するかのように左上に動いたのを、俺は見逃さなかった。


「初めて会った時から、なんとなく怪しく見える部分があった。茶菓子屋で話した時、金貨を奪う依頼をお前は受けていたが、依頼主は知らないって言ってたよな?」


 ヤカトルの眉がわずかに動く。


「それがどうした?」


「今思い返せばそこに引っかかっていたんだ。お前、実は依頼主のことを知っていただろ?」


「どうしてそう言い切れる?」


「お前の顔が、嘘をつく人間の顔をしてたからだ」


「嘘?」


「俺のちょっとした特技だ。人の嘘に敏感に反応する、嫌な能力だよ」


「ハハ。面白い特技だな。だとして、それが嘘だって証明はできるのかよ?」


 愛想笑いを返してきたヤカトルに、俺は冷静に今までの出来事を思い返していった。今日ひたすらに起きていた出来事。今もなお足がガクガクしているこの状況。都合よく次々と起こっていった事件の連続を。


「今日は一日中走り回っていたわけだが、次から次へと事件が起き続けていたのが気がかりだった。その要所要所にお前の言動を当てはめてみると、上手く歯車がはまる気がするんだよ」


「ほう? なら一つずつ聞いてみたいな。一体どんな歯車が、俺を基準に回っていったのか?」


「始まりは茶菓子屋を出た時。お前が金貨を落とした時に、お前はそれをアミナに拾わせたよな?」


「そうだったな」


「その時に刀を盗まれたわけだが、それが、アミナが金貨を拾おうとして丁度腰を屈めた時、無防備なタイミングだった。おまけに、俺たちとアミナの間に、人一人が走り抜けれるくらいの幅もあったはずだ」


「俺が意図的に金貨を落としたってか? まさか。あれは正真正銘、偶然落としただけだ。何も仕組んではねえよ」


 首を振りながらそう言うヤカトル。俺を見てそう言わないのは意図的だろうか?


「それが偶然だとしても、一番引っかかるのがその後のことだ。お前は逃げる黒服を捕まえようと紐を投げて転ばせた。でもその後、なぜかアミナが横を通るまで走ってなかったんだ」


 その言葉にヤカトルは口を閉じ、密かにしわを浮かべた。


「結局その時は黒服を逃がしたわけだが、なんだか、逃げる準備を与えたように見えなくないか? それでもしその通りだとしたら、その狙いはきっと、俺たちを城から遠ざけるために思える。その時に丁度、バルベスの謀反も起こったからな」


「そうか。ハヤマのその推理は、確かに当てはまっているかもしれない。だったら、肝心のその目的はなんなんだ? 俺は何を目的でそう動いたと思う?」


「それこそ、依頼主からの命令だろう。そして恐らく、その誘導は最後まで上手くいっていたはずだ。セレナが気づくまでは」


 俺が顔を向けると、セレナは「へ? 私?」と拍子抜けするような声を出した。


「天守閣から落ちていくキョウヤ様。あれを見ていなければ、俺たちはバルベスの謀反に気づくのが遅れていたはずだ。そしたらきっと、キョウヤ様は命がなかったかもしれない」


「ああ、確かに。なんか、黒服さんの話しで謀反を起こすって聞いた瞬間から、つい意識して見ちゃったら、丁度そのタイミングだったんですよね」


「そのおかげで俺たちが間に合って、色々強引なやり方で女王様を助け出せた。セレナの発見がすべてを変えたと言っても過言じゃない」


 俺がそう言い切ると、セレナがヤカトルに振り向いて首を傾げた。


「そしたら結局、私たちを城から遠ざけるよう命令したのは、一体誰だったんですか?」


「さあ、誰だろうな。ハヤマなら気づいてるんじゃないか?」


 白々しくセレナにそう返すヤカトル。それでセレナも俺に目を向けてくると、俺は事件の元凶であるあの男しか思い浮かばなかった。


「お前の依頼主は、バルベスのはずだ」


 俺の答えにヤカトルが「さすが」と指をパチンと鳴らした。


「バルベスさん!? あの人の命令だったんですか!」


「ああそうさ。城から遠ざけろってのも、同じ従者であるアミナを警戒しての命令だ。保管室で金貨を盗めって言ったのも、なんか急用で金が要るって言われたからだ。なんの用かは俺も知らねえけど」


 ヤカトルはそう言ってネタ晴らしをしたが、俺はまだ引っかかる部分が残っていた。


「だとしてもまだはっきりしない。ヤカトルはどうしてキョウヤ様を助けたんだ? バルベスの味方じゃないのか?」


「味方、ではないな。あくまで依頼を受けただけの協力関係。女王様を助けたのも、別に命令じゃなかったから、気まぐれにって感じだ」


「気まぐれって。それでお前は、バルベスの敵になったわけだが、それでよかったのか?」


「いいや、俺はまだあいつの敵とは言い切れないさ」


 そう言い切ったヤカトルに、俺とセレナは疑問符を頭に浮かべる。


「分からないか? 俺は女王さんの居場所を知っている。もしこの情報を口にすれば、俺は女王さんの敵になるってことだ」


「そんな!?」と声を荒げるセレナ。俺もさっき感じていた嘘を思い出し、まさかと口を開く。


「そしたらお前、今都に行こうとしたのって実は――」


「ああそうさ。情報を売り込むつもりだった」


「裏切るつもりだったんですか!」


 足を震わしながらも立ちあがるセレナ。


「裏切るもなにも、仲間になったって言った覚えはないぞ」


「そしたら、女王様を助ける理由だってないじゃないですか!」


 その質問にヤカトルは親指と人差し指で、丸を表現して俺たちに見せてきた。


「報酬さ。城で働けば報酬を出す。女王さんはそう言って雇ってくれたし、俺もその額を魅力的に思っていた。けど、裏で暗躍する存在も知っていたから、様子見をしていたわけだ。もしも謀反が成功するのなら、そっちに鞍替えした方が安全だろ?」


「金に正直ってことか」


「そういうこと。都を乗っ取られた以上、もう女王さんの望みは薄い。それだったら、今ここで密告して、それなりの報酬を求めた方が得なのは明白。だから俺は、お前らに嘘を言ってそうするつもりだった。……さっきまではそうだったさ」


「さっきまで?」


 含みを持たせた言い方に引っかかると、ヤカトルが俺の目をじっと見つめてきていた。


「世の中には面白い奴がいるんだな。嘘から推理を進めて、確かな真実を導いた。聞いててビビったぜ。こんな奴がいるんなら、俺の見えてる世界はまだまだ小さいのかもってな」


 依然その目を俺から離さずにいると、顔は笑っていながらも、その目に真剣を宿しながらヤカトルはこう言った。


「ハヤマ。お前の可能性にかけてみたい。俺とて一人の人間だ。人の頭を踏んづけるような奴を、快く思ったりはしない。逆にあいつの頭を地面につけてやりたいくらいさ。だから、これから俺は正真正銘、女王さんやお前たちの味方になる。味方として、さっき言った通り都に戻って、食料調達や情報収集をしてやる。信じてくれるか?」


 最後に握手を求めるように手を差し伸ばしてくる。俺は震えが止まった足で立ちあがると、しばらくじっとして彼の目を見つめ返していた。


 陰りのない、真っすぐ覚悟を据えたような瞳。きっと、俺が嘘を見抜くのを本物の才能だと思った上で、あえて真正面からそうお願いしているのだろう。その顔に一切の嘘の臭いを感じられないと、俺は腕を伸ばしてヤカトルの手を握った。


「今度は、嘘じゃないんだな?」


「お前が見えてる通りさ」


 一言そう言ってみせ、軽く笑みを浮かべたヤカトル。


「じゃ、そういうことで。これから改めてよろしくだ。あと、もし女王さんが起きたら、密告はしないと誓うから、その分報酬増やしてくれって言っといてくれ」


 ヤカトルは身を翻すとそのまま走り出し、持ち前の身軽さで華麗に林を抜けていった。その姿が見えなくなるまで見届けると、セレナが俺に話しかけてきた。


「ハヤマさん。さっきのヤカトルさんの言葉、本当に嘘じゃないんですよね?」


「多分な」


「え? なんだか曖昧じゃないですか?」


「そうは言っても、仮に都でころっと心を入れ替えたりすれば、どうしようもないものだし。結局俺たちができるのは、あいつの言葉を信じて待つことだけだ。深く考えても意味はない」


「それはそうですけど……」


 あまり納得できていない様子を見せるセレナ。それに今度は俺が話しかけた。


「ところでセレナ。ヤカトルは俺たちのこと味方って言ってくれたけどよ」


「はい。それがどうしました?」


「俺たち、女王様たちの味方にならないといけないか?」


 しばらくセレナが黙り込む。その間がまるで、言葉の意味を理解するまでを表しているかのように思えると、いきなり「そんなの当然じゃないですか!」と叫び出した。


「市民を殺したり、女王様を踏んづけたり、あそこまで人をコケにするような人、私は許せません! ここまで一緒に来た以上、私は都を取り返すまで味方になるつもりですよ!」


「そう言うと思ったけど……一応言っておくが、俺たちは別に都の住民でもないし、特別借りがあるわけでもない。もし上手くいかなかったら、死ぬ可能性だってあるんだぞ」


「そんなの関係ないです! 困ってる人がいたら助けたいし、悪さをする人がいたら、私はその人を許したくありません!」


 セレナはそうきっぱり言い切った。確かめるために聞いたとはいえ、その覚悟はもう十分決めていたようだ。


「分かったよ。どうせ俺はお前について行くんだ。お前の好きな道を一緒に行くよ。ただし、死ぬのだけは勘弁だからな」


「分かってます。危なくなったら私も逃げますよ」


 そうして俺たちは、成り行きとはいえ、襲われたキョウヤ様とアミナ、そして心を入れ替えたヤカトルたちと共に戦うことを決心した。

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