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15‐2 今の俺がどれくらいいけるのか

 サーバルキャットのカルーラと、レッサーパンダのチャルス。二人の獣人が、セレナの呼びかけた声に顔を向けてくる。カルーラが「よお!」と女ながらたくましい声で返してくると、チャルスもその隣で笑顔で両手を振ってくる。スレビスト王国にいた二人がどうしてここに、という疑問を抱きつつも、ひとまず俺はセレナに続いて彼らの前まで歩いていく。


「やっと出てきたんだな。牢獄なんて辛気臭いところ、二年もいる必要なんてなかっただろうに」


 腰に手を当て、冗談混じりに言ってくるカルーラ。俺は苦笑いを浮かべながら「色々苦労したんだよ」と返す。彼らは相変わらず変わっていないようで、あまり細かいことを気にしない性格だからか、俺が牢屋にいたことに対しても平然としてくれている。セレナ以上に振り回すようなタイプだが、こういう気さくな感じで接してくれると正直ありがたかった。


「カルーラさんたちとは偶然ここで出会って、たまにギルドのお仕事の協力を頼まれたりしてたんですよ」


 セレナがそう説明してくる。


「ギルドの仕事って。ってことはカルーラたちはギルドを作ったのか?」


 その質問にチャルスが威張るように答える。


「そうだ! オイラとアネキの二人のギルド。その名もちょう猪突猛進!」


「へえ。わざわざスレビスト王国からログデリーズ帝国に来たんだな」


「おうさ」とカルーラ。


「アタイの目指すものは世界最強の称号。色んな国を回って、色んな奴と出会えば、それだけ経験が積めるってもんよ」


 彼女らしい回答だ、と俺は思う。ふと、カルーラは腰裏のベルトに括り付けていた紙を手に取り、丸めていた状態のそれをパラッと開いて俺たちに見せてきた。


「これからこの依頼に行くんだけどよ。どうだ? 牢屋で訛っていた体、ほぐした方がいいだろ?」


 依頼同行のお誘い。カルーラは俺の目を見てそう言ってきたが、いかんせん体は訛ってるどころか以前よりも強くなっている。セレナが「ビッグ級がおよそ四体で残りはリトル級」と呟いてるのを聞いて、試しておきたい気持ちもあった俺は勝手にうなずいた。


「ぜひ頼む。今の俺がどれくらいいけるのか、ちゃんと知っておきたいしな」


「そんじゃ、決まりだな!」


 依頼書を再び丸めながら、カルーラはそう言った。




 ガタガタと馬車に揺られて三十分。ぼうっとしたまま荷台からの景色を眺めていると、ふとした時に一頭の馬は足を止め、騎手のおじさんが「着きましたよ」と言ってきた。


「どうもー!」と真っ先に降りるカルーラ。チャルスも後に続いて飛び降り、セレナが行くのを待ってから俺が最後に降りていく。カルーラが見つめている先の景色が俺にも目に映ると、背の低い木々が何本も生い茂った森林がそこに広がっていた。


「この先にダンジョンがあるのか?」


 俺が聞き、「ああ」とカルーラが答える。


「三日前に発見されたダンジョンだ。聞くところによると、近くのダゴ村ってところから、子どもが一人連れ去られたらしい」


「子どもが!? 三日前じゃその子はもう……」


 セレナがしんみりとした表情を浮かべるが、その子が戦う術を持っていないのなら、結果が変わることはないだろう。隣に行って「仕方ないさ」と俺は彼女に囁く。それにしてもダゴ村って、どっかで聞いたことがあるような、なかったような……。なんだか曖昧な記憶が俺の頭には残っていた。


「ダンジョン自体は大した大きさじゃない。これ以上の犠牲を出さないためにも、さっさと制圧しに行こう」


 地図を確認しながら、カルーラは先頭切って森林の中へと歩いていく。チャルスも「オッス!」と気合を入れて後に続いていき、俺もセレナを気にかけながら深い森の中へと足を踏み入れていった。


 鬱蒼とした木々の世界は光を遮っていて薄暗く、進めば進むほど空気がひんやりしてきて、地面の土が粘土のように柔らかくなっていく。随所で地図を確認するカルーラに任せたまま、俺たちは黙々とその中を進み続けていくが、ふいに俺には疑問が湧いた。


「というか、まだ魔物っているんだな。魔王が死んで二年、いや三年だろ? どれだけしぶといんだ、あいつら」


 元凶が死んだんだし、もう全滅していてもおかしくないような気がするのだが、チャルスが振り返って後ろ歩きしながらそれに答えてきた。


「それが逆に、最近なって魔物が増えてんだ」


「増えてる? どうして?」


「さあ。ギルドも色々原因を探ってるらしいけど、まだ分かってないんだって。ヘンな話しだよな」


 変というか物騒というか、どちらかと言うと奇異な話題だ。ギルドは変わらず営業し続けているようなのに、魔物たちが増えているだなんておかしすぎる。裏で誰かが繁殖させてるんじゃないのか、と疑ってみたりするが、まあ俺が考えても分からないか、とすぐに推測を打ち切った。


「あ、ここじゃねえか」


 地図を見ながらそう言って、カルーラは唐突に足を止める。それと同時にガサッと葉がこすれるような音が鳴ると、後ろ歩きしていたチャルスが「ウワッ!?」と叫んでその体が下の洞穴の中へ吸い込まれていってしまった。


「おいチャルス!?」


 急いで俺は洞穴に一歩近づき、坂道を腹滑りしていくチャルスを目にする。一種のスライダーのように滑らかだった坂道を下り切ったチャルス。「いってて……」と小さく呟きながら立ち上がり、パンパンと服についた泥や砂を払っていく。とりあえずは大丈夫そうか、と思ったのも束の間、後ろに振り返ったチャルスが「うわ! 魔物だらけ!」と大声で騒いだ。


「今行く!」


 そう言ったカルーラが、地図を腰裏のベルトに括り付けながら、颯爽と坂道を両足で滑って降りていく。


「私たちも!」


 セレナの言葉に俺はうなずき、洞穴の中へと入っていく。狭く低いそこを身を屈めるようにして滑っていきながら、腐った肉のような醜悪な臭いが強まっていくのを感じる。やがてふもとまでたどり着くと、カルーラとチャルスの先には、全身緑色の体をした人型の魔物。鼻が異様にデカいような醜い顔をしていて、耳はとんがり、ボロボロに欠けてしまっている歯と鋭い爪を持っている生き物がうじゃうじゃいた。


「この魔物はなんだ、カルーラ?」すかさず俺は聞く。


「ゴブリンだ。ひょろそうな体の割に力がつええから注意しな」


 既視感があると思ったら、神話の世界なんかに出てくるあいつらか、と俺は納得する。人ではない薄気味悪い声で俺たちを威嚇してくる魔物たち。それにセレナが顔を青ざめる。


「か、数が多すぎます! 依頼書にはリトル級が十体程度としか!」


「多分、依頼書が作られてる間に増えたんだろ。それでも――」


 カルーラの手が背中の武器、とぐろを巻くような刃の形状をした螺旋槍らせんそうに触れる。それをパッと取って片手でクルクルと得意げに回すと、最後は腰を落として刃先を真っすぐ彼らの群れに向けた。


「どれだけいようが、アタイには関係ないね!」


 地面の土がえぐれるように、カルーラは一気に飛び出す。そのままブレーキが利かない車のように群れの中に突っ込んでいくと、自分の体を360度回すように螺旋槍を振り回し始めた。命知らずの暴れ馬。獅子奮迅の如く武器を振り回しては、襲い掛かろうとするゴブリンたちの体を傷つけ、おまけに天井や壁にどんどん吹き飛ばしていく。


「オラオラオラー!」


 威勢のいい彼女の声と、ボコンボコンと魔物たちが当たり砕けていく。


「オイラも続きますぜ! アネキー!」


 チャルスも肩裏にかけていたトンファーを慣れた手つきで装備すると、一目散にカルーラの元へ駆け出していく。その途中で一体のゴブリンが彼の前に立ちはだかっている。


「相手が人じゃなければオイラだって――」


 走りながらグッと右腕を引く。そして、本物のボクサーさながらの目に見えないパンチが、ゴブリンの頬に飛び出した。


「どりゃあ!」


 一切躊躇のない攻撃に、たまらずゴブリンは奥の壁まで味方を引きながら吹き飛んでいった。俺の知っている彼とは大違いのその光景に、思わず口を開けてしまう。


「あいつが殴った!? 魔物相手だとお構いなしってか」


 半ば感動するようにそう呟く。そうしている間にも、チャルスとカルーラは二人背中合わせになり、襲い掛かろうとするゴブリンたちに次々と睨みを利かせていく。


 相手がリトル級とは言え、ギルドを作るだけあってさすがに二人は強い。なおも襲い続けてくる魔物たちも、互いに協力し合ってなんなく吹き飛ばしていく。


「二人とも、とても頼もしいですよね」


 ずっと黙っていたセレナが、そう喋ってきた。


「でも、私の風魔法だって、昔に比べてもっと頼れるものになったんですよ!」


 強気な発言と共に、両手をビシッと前に突き出す。そして、宙に緑色の線が円を描き出し、中に複雑な模様を浮かべていきながら魔法陣を完成させていくと、左手首につけていたブレスレット。その魔力石が銀色に光ると共に、魔法陣も光り輝いていった。


「上級風魔法! マッハブラスト!」


 魔法陣の中から、まるで暴風のような音が鳴っている。すると次の瞬間、大砲のように発射された風の、俺の知っているものよりひと際野太い透明な衝撃波が、前方にいるゴブリンたちを四体の体を真っ二つにして通り過ぎた。


「おお! 上級魔法が使えるようになったのか!」


 呆気なく魔物が倒れるのを見て、俺は歓喜の声を上げる。セレナは一瞬頬を染めるように反応したが、すぐにその顔つきが真面目に戻ると、彼女の目の先を追って、俺たちに目をつけたゴブリンを俺は睨んだ。


 ひとまず前には三体。奥にはまだ、カルーラとチャルスが大勢を相手している。みんなが強いから、時間をかければいずれ鎮圧できる数だろうが、俺だけ何もしない訳にはいかない。


 胸の心臓に手を当てる。外でこいつがどれだけ暴れてくれるのか、早いうちに知っておく必要もある。


「セレナ」


 前を向いたまま彼女を呼び、俺はサーベルを抜き取りながら神妙な口ぶりになる。


「もしも。もしもの話し。俺がお前を襲うようなことがあったら、転移魔法を使ってカルーラたちとすぐに逃げてくれ」


 万が一のことを考えて、俺は予めそう伝える。


「え? それ、どういうことですか?」と、セレナは訳が分からないという当然の反応をしてきたが、俺は話しを無理やり通そうとする。


「事情は後で話す。それにこのもしもの話しは、きっと起こらないはずだ。だから、信じてくれ」


「……とりあえず、信じればいいんですね」


 そう返してくれたセレナは、顔が見えなくとも俺を信頼の目で見てくれてると思った。その期待に応えるために、俺は胸に手を当てたまま目を瞑る。


「殺意よ。俺に、守る力を!」


 小さく、力強く呟く。鼓動がいきなり早くなって、全身の血の巡りが変わる。そして、灼熱のような目元の熱さにやられるように、俺の意識は暗い底へと沈んでいく。




 スイッチを押してパッとする電気のように、全身に熱を感じた俺は目を覚ました。醜悪な臭いと陰湿な視界。手にはサーベル。目の前には汚らしい化け物が三体。


 そして、手を当ててる胸の中には、殺意。


「葉山さん!」


 後ろから女の声がした時、俺は既に動き出していた。振り切ったサーベルの刃は、緑の化け物の首を綺麗に切り捨て、胴体だけになった死体を蹴り倒す。その後から襲ってこようとした二体の化け物も、片方は胴体の真ん中をぶち抜くようにサーベルを突き刺し、もう片方は頭を鷲掴みにして地面に強く叩きつけた。そのまま俺だけ悠々と立ちあがり、足で体を踏んづけてから、引き抜いたサーベルでそいつの首もちゃんと突き刺す。


 軽い。軽すぎる。切った感触がまるで伝わらない。まるでこいつらの中に、骨なんかがないみたいだ。こんな雑魚の相手のために、俺は呼び出されたというのか。


「葉山、さん?」


 さっきの女の声。初めて聞くはずなのに、不思議と聞き馴染みのあるその声に顔を振り向ける。ピンク髪の少女。彼女は俺の目を見て一瞬体を竦ませたが、勇気を振り絞るように口を開いてきた。


「も、もしかして、あなたが赤目の人格の葉山さん、ですか?」


 そう聞かれて、俺はしばらくそいつの純粋そうな瞳を見つめた。頭の中に、ある言葉が思い起こされる。


「……嘘を知らない、ピンク髪の女」


 そう呟くと、目の前の女はハッとするような表情をした。分かりやすい反応で俺は確信する。


「そうか。もう一人の俺が逢いに行くと言っていた相手は、お前だったのか」


「そう、ですけど。もう一人ってことは、まるで別人ってこと、なんですよね? ……あ、後ろ!」


 言われてすぐに振り返り、頭上に飛びかかってくる化け物を一振りで腹を切り捨てる。その割れた死体の先にも、まだまだ化け物たちが目に映る。その瞬間、わずかに鼓動が激しくなるのを感じた。


「……俺の殺意は、守るための力。雑魚だろうが狩ってやるよ。殺意を向けた奴すべてをな!」


 跳ねるように駆け出していって、雑木林の中を突き進むような足取りで化け物どもを一体一体片付けていく。そうして見知らぬ獣人たちが暴れている隣で一人佇むと、一斉に飛びかかってきた化け物たちを豪快な一振りで皆殺しにする。


 血が全速力で巡るこの体は敏感で、後ろに迫る気配にも気づける。溢れんばかりの力が体の底から湧き上がってきて、化け物に体を掴まれようが簡単に振り払える。アドレナリンがドバドバで体もたぎっているから、全方位を取り囲まれて突進されても、あり得ないくらいの跳躍力でそこから逃げ出せる。


 こんな脳無しの奴らに、殺意を制御できる俺が負ける理由なんてなかった。


「ふん!」


 地面に寝かせた化け物の首元を貫く。そうして顔を上げると、最後の一体が呆然と突っ立っているのが目に映った。恐怖の余り委縮してしまったのだろうか。まあ、理由なんて知らずとも、どうせ殺意は消えない。俺は一瞬にしてそいつの目の前まで迫る。


邪念流撃じゃねんりゅうげき――」


 サーベルを持つ手を挙げ、反った刃先が地面に向くように構える。そして、


天邪鬼あまのじゃく!」


 肘を軸にした、手首のねじれを使った一瞬の三連撃。しばらく化け物は何事もなかったかのようにただ立っていたが、突然炭酸の缶を開けた時のように頭から血が吹き出ると、三つの傷跡からにじむように緑の血を流しながら、そいつは背中からばたりと倒れていった。


「呆気ねえ奴らだ」


 そう言って、俺はサーベルを一瞬にして振って、緑に染まっていた血を払った。

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