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15‐1 ここから再開ですよ!

 朝を迎えて目が覚め、一枚だけかけた布を横にどかして、顔を洗おうと立ち上がる。一つのイスを上から抱き着くようにだらしなく寝ているニール。彼女の寝顔を尻目に見ながら、静かにその横を通り抜け、店内のお手洗いのドアを開ける。


 外の世界は嫌いだ。


 あらゆる場所にはびこる人間たち。彼らには死ぬほど嫌気がさすから。


 そして、彼らは全員、決まって嘘つきだからだ。


 水道の水で自分の顔を一回、二回と洗い、顔を上げて壁にかかった鏡を通して自分を見つめ直す。ボサボサの黒髪天然パーマと、細い目つきをした人間。相変わらず品のない顔だ。異世界転移した日から三年。いつ見ても、指名手配されてる犯罪者の写真みたいな顔だ。


 横にかかっていたタオルで顔を拭いて、あくびをしながらドアを開ける。ふと、店の会計の下に人影が見えた。よく手入れをされてると分かるほど整った白毛のぽっちゃり猫が、その風貌に似合うようにキャットフードにがっついてる姿があって、その様子をしゃがんで眺めているセレナがいる。


 牢屋に入れられてから二年ぶりの再会。なんだか彼女が大人びて見えるのは、床についてしまいそうなほど、桃色の髪が伸びたからだろうか。


「あ、起きてましたか、ハヤマさん」


 セレナが俺に気づき、声をかけてくる。あれだけ泣いていた昨日の涙跡は、今は綺麗さっぱりなくなっている。


「ああ、おはよう。朝の空気って、こんな心地よかったんだな」


「ずうっと地下にいると、やっぱりそう思うもんんですね」


「そうかもな。昨日食べたドッグさんの飯も、冷めた野菜スープなんかに比べたら絶品だったからな」


 喋りながらセレナに近づき、すぐ前のイスに腰掛ける。


「昨日のドッグさん、すごかったですもんね。仕事が終わった後だっていうのに、フルコースを振る舞うだなんて」


「本当だよ。牢屋から出てくるって、普通歓迎されるもんじゃないのにな」


「ドッグさんもそれだけ嬉しかったんですよ、きっと」


「全くどれだけお人好しが多いんだ、この世界は」


 感想をこぼしながらも、いつも通りの会話をしていることに、我ながら少し感動してしまう。本当に帰ってきたんだと、そんな実感が湧いてしまう。見た目は変われどセレナはやっぱりセレナだ。声色も、猫を撫でながら見せる微笑も、二年前となんら変わってない。


「ふああぁぁ……おはようにゃ、二人とも」


 横でニールが寝起きの声を出す。セレナは顔を上げて「おはようございます、ニールさん」とはきはきとした声で返す。


「にゃ……お休みの日なのに、二人とも早起きなのにゃ」


 ニールが目をこすっていると、店のウエスタンドアが開いた。外から入ってきたのはドッグさんだ。


「あ、店長も早起きなのにゃ」


「おはようございます、ドッグさん。あのドッグさん。お話があるんですけど……」


 セレナが言葉を続けようとすると、ドッグはまるで何を言うのか分かってる素振りで彼女の声を遮った。


「給料なら昨日分までを渡しておく。欲しいもんがあったら、自由に持っていきな」


「あ、ありがとうございます! ドッグさんにはたくさんお世話になったのに、最後までそう言ってくれるなんて。本当に、なんてお礼を言ったらいいのか……」


「嬢ちゃんがそう言ってくれるだけで、俺は十分だ」


 か、かっこいい! かっこよすぎるスマートさ! 渋い声のダブルパンチで、男の俺でも惚れてしまいそうだ。ドッグさんはそのまま厨房の中へと入っていき、下の戸棚から調理器具を取り出し始める。


「看板娘の卒業と、大人の階段を上った僕ちゃんへのお祝いだ。今朝のカツサンドは、一味違うものにしてやるぜ」


 そう言って厨房裏で食材を取りに行くドッグさん。俺はセレナと目を合わせて互いににこっと笑いあう。後で最大のありがとうを伝えようと、目で確認し合うようだった。




 二つの皿が空になって、テーブルに残る。俺は旅立つ最後に、バックパックの中身を確認している。新しく入れた水や缶詰めなどの携帯食。寝袋やランプなどの必需品もしっかりある。牢屋にい続けた二年間。皇帝のカナタはきっちり俺の荷物を残しておいてくれていたようだ。


 腰にはサーベルもちゃんと備わっている。準備は万端。セレナに振り向くと、彼女も行けます、と言わんばかりにうなずいきて、俺たちは荷物を背負ってドッグフードの外に出る。二人で並んで立ち、背中から追ってくるドッグさんとニールに向き合うと、セレナから別れの言葉を口にした。


「ドッグさん。ニールさん。今までお世話になりました。私、あの時二人に出会っていなかったら、あのままどこかに逃げていたかもしれません。今日こうして、また旅の準備ができたのはお二人のおかげです。本当に、ありがとうございました!」


 深々と頭を下げるセレナ。俺もそれに続く。


「俺からもお礼を言わせてください。俺はセレナが来てくれなかったら、一生牢獄暮らしでした。ここに出られるきっかけをくれたのは、ドッグさんとニールのおかげです。ありがとう」


 腰から体を曲げて、二人に誠意を示す。本当に彼らには、心から感謝してもしたりない。


「うんうん、どういたしましてだにゃ。二人はやっぱり仲良しのがいいのにゃ。もう喧嘩して別れたりしたらダメにゃのにゃ」


「いつでもまた来な。今度は、もっと楽しい話しを期待してるぜ」


 猫二人がそう返し、ニールが抱えていた本物の猫が「ニャア」と可愛く鳴いた。それを聞いて俺とセレナは微笑みながら顔を上げる。


「はい。またいつか必ず来ます。その時は、旅先の話しを持ってきますね! ニーナも元気でいるんだよ」


 セレナが白猫をそう呼びながら頭を撫でる。猫のニーナはゴロゴロと甘えるように喉元を鳴らし、とても気持ちよさそうな顔をしていた。満足するまでセレナは撫で続けて、最後にその手を放して俺の横に下がってくると、俺の顔を見上げてきた。


「行きましょうか」


「うん。行くか」


 俺たちは振り返る。新しい旅立ちへの一歩を、ここから踏み出していく。


「いってらっしゃいにゃー!」


 ニールの声に顔だけ振り返り、俺たちは手を振り返す。隣でドッグも力強くうなずいてくれる。その二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けて、やがて俺は前を向き直ると、セレナも物惜しそうに前に向いて、それでもパッと顔を上げてこう言った。


「さあ、ここから再開ですよ! 私たちの旅は、まだ始まったばかりなんですから!」


「始まったばかりって……。でもまあ、見方を変えたら新しい始まりか」



 ――――――



「……行ったのにゃ。ちょっと寂しいのにゃ」


 ニャアと、白猫が返事をするように鳴く。ニールは抱いていたその子を顔の前まで上げる。


「ニーナもそう思うのにゃ? 別れたくなかったのにゃ?」


「出会いがあれば別れがある。嬢ちゃんたちもきっと、同じ気持ちだ」


 ドッグはそう答え、店の中へと戻ろうとする。ニールはその背中に問おうと口を開く。


「ねえ店長。一つ聞きたかったこと、聞いてもいいにゃ?」


「なんだ?」


「店長は、どうしてセレナちゃんとハヤマ君を助けたのにゃ? ハヤマ君、街の噂だと結構危ない事件を起こしたって言ってたにゃ」


 ドッグはニールから目をそらす。そして、かぶっていないコック帽を深くするように、頭に手を当てる。


「理由なんてない。ただ目の前に住処を探して放浪し、助けてほしそうにしている嬢ちゃんを拾ってあげた。ただそれだけだ」


「……店長って、意外とおバカさんにゃ?」


「ッフ。よく言われるぜ」




 ラディンガルの街を歩く俺とセレナ。朝いちばんだというのに、相変わらず街には人がたくさん溢れていた。あれから二年経った今でも、王都としての風貌はまるで変わる気配を見せない。通り過ぎる人々の顔に次から次へと目移りしていると、セレナの声が奥から響くように聞こえた。


「ハヤマさーん」


「ん、なんだセレナ?」


「なんだ、じゃありませんよ。三回くらい声をかけたのに」


「そうだったのか。すまん。ちょっと人目が気になってた」


「人目? ああ、そういうことですか」


 本能的に不安な気持ちが込み上げていた。晴れて釈放された身ではあるが、一度は過ちを犯した人間。セレナを探していた昨日は頭がいっぱいで気にしてなかったが、こうして街中を歩いていると勝手に目が動いてしまう。


「当時は巷の話題にはなってたそうですけど、二年も経ったので皆さん覚えてないと思いますよ」


「それは分かってはいるんだが、俺の体は正直らしい」


「大丈夫ですって。ハヤマさんのことを快く思わない人がいるなら、その逆の人たちだってちゃんといますから」


「逆の人? お前以外にいるのか?」


 セレナは歩きながら、前方のある建物に指を伸ばす。そこにあったのは、でかでかと構えられている白いキャンパス。このプルーグで随一のラディンガル魔法学校が佇んでいた。




 久しぶりの鉄柵の門。開放されたままのそこから、緑の芝生と一本道へと入っていく。ふと、俺とセレナは敷地の端っこに目を向けた。木彫りのテーブルとイスに座っていた少年。あれから二年以上も経ったというのに、そこには案の定、赤髪の神童魔法使い、アルトがたった一人本を読んでいるのだった。


「アルトくーん」


 二人で歩いていきながらセレナが名前を呼ぶ。それにアルトは犬のようにパッと反応すると、俺の顔を見て目を丸めていった。二年も経ったことでアルトは、少し背が伸びて顔つきにも張りが出ていて、子供っぽい部分が薄れているように感じた。そんなアルトは急いで本を閉じて、すかさず駆け出してきては俺の前に膝まづいてくる。


「お帰りなさいませ、ハヤマさん」


 主を出迎える執事のような対応に、俺は若干引いてしまう。


「お、おう。相変わらず元気そうだなアルト。とりあえず、普通にしてくれないか?」


 お願いしてみると、アルトは素直にそれを聞き入れてその場に立ちあがった。


「やっと牢屋から出てこられたのですね。あなたのような人を閉じ込めるなんて、皇帝はなんと愚かな人なんでしょう」


「お前の中の俺ってそんなに凄い人だったっけ? 俺は自分で間違いを犯したって自覚してるから、皇帝がやったことは何もおかしくないぞ」


「んな! 自分の非を認められる素直さ。さすがですハヤマさん!」


「……お前、なんか悪化してないか? ……まあでも、心配してくれてたみたいで悪かったな。俺はこの通りもう大丈夫だ。だからもう気にするな」


 病人を見るような目を向けながらも、最後にはちゃんと心からのお礼を口にする。「ところで」と切り出して、俺はセレナに振り返る。


「ここに来たのって、わざわざ俺が釈放されたのを報告するためか?」


「それもありますけど、私自身がお礼を言いたくて来たんです」


「お礼?」


 そう呟いた時、背後から誰かの足音が近づいてきて、俺は振り返った。俺たちを見て「あらあら、揃ってるわね」と優しい口調で喋ってきたのは、黄緑色の長い髪を揺らしたキャリアン先生だ。


「キャリアン先生! ご無沙汰しております」


 俺はすぐに挨拶して頭を軽く下げる。キャリアン先生はにこにこ顔のまま「お帰りなさい、ハヤマ君」と言ってくれた。思わず口から「ありがとうございます!」という言葉が勝手に出てくると、先生の目がセレナに向いた。


「やっとこの日が来たのね。今までお疲れ様、セレナちゃん」


「はい。キャリアン先生たちのおかげです。これまで本当に、ありがとうございました!」


 セレナが丁寧に頭を下げる。一体なんのお礼なのかと俺は首を傾げると、セレナが体を起こしている間にキャリアン先生から説明してくれた。


「セレナちゃん、ハヤマ君の所に行くために、ここで転移魔法の練習を繰り返してたんですよ」


「練習をここで? そうだったのか。キャリアン先生が教えてあげてたんですね」


「私は見守ってただけよ。ハヤマ君に会えたのは、全部セレナちゃんの努力の成果よ」


 そんなことは、と謙遜して照れるセレナ。俺は今一度、セレナが本気で俺と話しをしてくれたのだと知って、なんだか頭が上がらない気分になる。よくもまあこんな人間のために頑張ってくれたものだ。こんな健気な少女、きっとこの場所以外にいないんじゃないのか?


「すぐに旅に戻るのかしら?」


 キャリアン先生に聞かれてセレナが「はい」と答える。


「まだお礼を言いたい方がいるので、今日はこれだけで。またいつか、遊びに来ますね」


「分かりました。転世魔法の習得、きっとセレナちゃんならできるはずですよ。頑張って!」


「はい! 頑張ります!」


 キャリアンの作った握りこぶしに、セレナも真似をして返す。


「僕も応援しております、セレナさん!」すかさずアルトも声援を送り、セレナは微笑みながら「ありがとう、アルト君」と言った。




「どうでしたか? 久しぶりの再会は」


 魔法学校を出て再びラディンガルの街に出てくると、セレナが唐突に聞いてきた。


「思ったより歓迎されてて嬉しかったよ。アルトも大きくなってたなぁ」


「そうですよね。初めて会った時は確か十歳でしたから、今は十二か十三歳ですよ」


「三年も歳食ってるのか。あれ? そうなると俺、知らない間に二十歳はたちになっちまったのか」


 異世界に来た時が十七。旅をしている間に一つ歳を重ねて、牢屋生活を続けていて追加で二年。俺は呆気なく成人していたことに今更気づく。


「二十歳ですか。私は十七になりましたよ」


「十七か……」


 セレナに目を移しながら、ふいに視線が下がっていき、平坦なままの胸元が見えてしまう。何事もなかったかのように前に向き直り、平然を装ってこう口にする。


「お前はあまり変わらないな。相変わらず元気で正直者だ」


「ええ! そこは大人っぽくなったーとか、色々あるじゃないですか!」


 大人っぽい、か。……ちらりとやった目を戻す。こいつにその言葉は、なんだか一生似合わないんじゃないのかと思ってしまったが、口に出すのはさすがに控えておいた。そうしてずっと進んでいく先に、精密に削られた白い石や石柱が立った、元の世界の海外の銀行のような雰囲気を持った、ギルド本部の建物が見えてきた。


 そしてその中から、丁度見覚えのある獣人の二人が出てくる。それにセレナは大声を出して二人を呼んだ。


「カルーラさーん! チャルスさーん!」

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