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14‐20 信じてくれて、ありがとう

 俺の横に、灰色の魔法陣が浮かんで光出す。その中から、俺が今まで使っていたバックパックが現れる。そしてカナタは灰色の魔法陣から、オレンジ色の魔法陣を浮かべてからこう言う。


「ログデリーズ皇帝の名の元に命ず。ハヤマアキトに課した罪を、只今をもって解放とする」


御意ぎょい」と、後ろから二人の声がする。振り返るとそこには胸に手を当てて頭を下げるヴァルナ―と、兜から抜き取ったサーベルを手に持ったテオヤがいた。かしこまった二人に対し、俺は思わず頬が緩む。


「お前ら……。ありがとう。二人がいなければ、俺はここから出ることができなかった。本当にありがとう!」


 足を崩してあぐらをかき、上半身を折って頭を床につけて礼を伝える。自暴自棄になっていた俺を信じてくれ、赤目の人格もお世話になってもらった。どれだけ頭を下げても下げ足りない。


「おいおい、頭を上げろよハヤマ」


 ヴァルナ―にそう言われて、俺は顔を上げて二人を見上げる。ヴァルナ―が俺に手を差し伸べてくれて、その手を掴んで俺は立ち上がる。


「お前の努力が認められたんだ。俺たちは別に、大したことはしてないさ」


「……それでも、俺にとって、返しても返し切れないほどの恩だ。本当にありがとう」


「ったく。お礼を言うべき相手は、もっと他にいるはずだろ? 早く逢いにいってやれよ。女を待たせ過ぎると結構怖いぜ~」


 笑みを浮かべながらヴァルナ―がそう言ってくる。隣でテオヤも、無表情のままサーベルの手元を向けて渡してくると、俺はそれを受け取って鞘に納めようとする。


「テオヤもありがとう。赤目の人格にきっかけをくれたのは、間違いなくお前だ」


「……ふん。呪われた力の恐ろしさを知っていた。ただそれだけだ」


 いけ好かない様子でテオヤは振り返る。「城の兵たちに伝達してくる」と俺たちに言い残して王室から出ていこうと歩き出す。変わらない奴だな、と思いながらその背中を見つめ、俺はバックパックに手を伸ばしていく。肩掛けの部分を握って引っ張り、久々の重みを感じながら背中に背負う。


「二年ぶりに、やっとお前に会えた気がするよ」


 そうヴァルナ―が言ってきて、俺は顔を見てニヤッと笑う。


「二年も経ってたんだな。ここまで長かった……」


 反対からカナタが灰色の魔法陣を俺の足下に浮かべていく。


「これからが仕切り直しだね。……アキト君」


 俺を呼ぶように、カナタは名前を口にする。そして、魔法の光が俺を包んでいって、周りの景色がだんだんと見えにくくなっていくと、カナタは最後にこう俺に残した。


「――アンヌの娘さんに、もう苦労をかけてはいけないよ」


 耳を疑い、キョトンとする。まさかと思ったその瞬間、俺は柱のように伸びた光に閉じ込められ、どこかへとワープさせられていった。




「……行ったか。にしてもカナタ。お前あいつとずっと何を話してたんだ? 全く知らない言葉を使ってたよな?」


「そうだね。このプルーグには存在しない、全く異なる世界の言葉」


 掲げていた腕を下ろし、カナタがヴァルナ―にそう返す。


「異なる世界? ああそう言えば、お前異世界から来たって言ってたよな? まさか、ハヤマもそうだってのか?」


「君たちには分からなくて、彼だけに通じていたのなら、きっとそう言うことなんだろうね」


「ふーん。もしかして、あいつを釈放してやったのもそれが理由か?」


 彼に仲間意識が湧いたからと考えるヴァルナ―。カナタはちょっとした笑みを浮かべる。そして、自分の右の手の平に目を落とす。


「アンヌの娘さんに頼まれたら、僕も敵わないからね」


「ん? 娘さん? 誰に頼まれたんだ?」


「なんでもないよ。さあ。今日も帝国の平和を守ろうか」



 ――――――



 久しぶりに見た、街の風景。土の道に挟まれた、赤い建物や出店の行列。行きかう人々が何十人もそこにはいて、俺は城の出入り口の先に転移させられていた。


「……皇帝の最後の言葉、一体どういう意味だったんだ?」


 娘さんに苦労をかけてはいけない。確かにそう言っていたが、まさか面識があったのか? それに、アンヌって名前はセレナの母親の名前だ。過去にアンヌさんにお世話になったとか?


「……考えても仕方ないか」


 結局は本人から聞かないと答えは聞き出せないわけだし、と俺は踏ん切りをつける。今はなにより、向かわないといけない場所があるからだ。


 俺は、見えない誰かに押されるように走り出す。大通りの一本道を走っていき、彼女がいる元へ。


「――あ! あいつ、どこにいるのか分からねえじゃん!」


 ふと、目的地がどこか分からないことに気づいた。足を止めて、一度城に振り返る。戻ろうと思えば一分もいらない距離。


「……いや、ここまで助けてもらったんだ。最後くらい、自分で見つけないと」


 城から目を離して、また俺は走り出す。足を止めないまま、頭の中で考える。


 ここは二年前、魔王討伐記念祭のパレードで来ていた道。なら突き当りまで行って、そこを右に曲がれば……、あれ? 左だったっけ? うる覚えの記憶からじゃ正しい道が思い出せない。


「どうするか……。いっそ人に聞いた方が早いか?」


 すぐ横で果実を売る出店がいるのに気づいて、店主のおじいさんに道を尋ねようとする。だが、その男が掛け声として発した言葉は、俺の知らない異世界の言葉だった。


「あ……。そうだった……」


 飛んだ間抜けじゃないかと頭を抑える。翻訳魔法が効いていない今、俺はこの世界の人と一言も話せない。昔もセレナが風邪を引いた時にこんな感じになったっけ。あの時は確か、鼻を使って店を探ったはず。


 試しに意識を集中してみる。けれども感じられる匂いは近くにある果実がやっとのもので、元々エングの研究所でたまたま事故で手に入れたその能力は、もう全く効果を発揮しようとしなかった。


「さすがに期限切れか。元々少しの時間だけ発動するって条件付きだったもんな」


 頼りになりそうなものはなし。その事実を突きつけられるが、俺はまた走り出した。道が分からずとも、言葉がなくとも、匂いを感じられずとも、俺は見つけられる気でいる。


 全く人気のない城壁までたどり着いても、修復作業が完了して変わった道に出て来ようとも、走って、走って、ひたすらに走っていって。この広い街の中で、どうにかして彼女を見つけ出そうと足を動かす。


 この街にいないことなんてあり得ない。そう断言だってできる。つまづきそうになっても、すぐに体勢を立て直し、全力で彼女を探し続ける。


 俺たちには、約束があるから――


「……っは!?」


 夕暮れ時。空が鮮やかなピンク色に染まっている時、突然俺は、耳から違和感を感じた。辺りを見回して、通り過ぎようとする親子の会話に耳をすます。


「やっと炎魔法が使えたんだよ! 僕の手からこうやって、ボンッて出てきたの!」


「やったじゃない! これでお父さんに近づけたわね」


「うん! 僕、これからも……」


 分かる! 言葉が、分かる! ということは、翻訳魔法が俺に効いている。


「そう言えば、一定の距離を離れたら魔力が届かないとか言ってたっけか。ということは……」


 もう一度、辺りを見回してみる。すると、ある方向に見覚えのある校舎が目に映った。五階分はあるほど高く、大きい白壁。間違いなくそれはラディンガル魔法学校だ。


「魔法学校! そしたらこの道も!」


 改めて見回すと、この道も記憶にある場所だ。魔法が届く範囲にセレナはいる。そして、辺りの道も何度も行き来したから覚えている。居ても立っても居られず、俺はまた走り出す。


 彼女の魔法が届いている。進んだ先に、昔セレナに連れられた杏仁豆腐の店があって、それでもまだ魔法は続いている。次第に城壁の方に近づいていって、ある道に振り返ると、そこはセレナと一緒にラシュウとユリアの後を身を隠しながら追いかけた道を見つける。


 覚えてる。全部覚えてる。あいつと辿ってきた道が、俺の記憶の中に。


 その道を走っていく。若干の息切れを起こしながら、耳から入る言葉を確認しつつ、ずうっと真っすぐに。


 すると、とうとうドッグフードの看板が見えてきた。俺の知っている店。魔法が通じていて近くにいるなら、ここの店主に聞くのもありだ。俺は力を振り絞って足を早め、あっという間にその店にたどり着く。


 そして、息を荒げたまま俺は、ウエスタンドアの片方に手を伸ばして、店の扉を開けた。


「いらっしゃいませにゃあ!」


 店員さんの元気な挨拶。それは、俺がずっと探していた声だった。俺の真正面には、青いチャイナドレスを身に着け、猫を表すように胸の前で両手を丸める女性店員。見慣れたいつもの服装じゃなくて、ショートだった桃色の髪も、背中までロングに伸びていた。けれども、俺を認識して、目を細めていくそいつの顔は、紛れもなく彼女だった。


「「……あ」」


 俺たちの声がハモる。出会えた。やっと逢えた。帰って、これた。


「……よ、よう。久しぶり――」


「ハヤマさん!」


「――ぬお!?」


 セレナがいきなり俺に飛びついてきて、俺は思わず地面に強く尻もちをついた。


「痛っ! ……セレナ。勢いを考えろよ」


「だって! だってだって! やっと……やっとやっとぉ!」


 涙をこらえようとして、言葉が定まらないセレナ。


「泣いててよく分かんねえよ」


 そう言いながら、俺は彼女の頭に手をおいてやる。途端に心がホッとするような安心感に包まれていって、溢れそうになる涙が瞼の縁に溜まっていく。


「ヒック……やっと、帰ってきてくれたからぁ!」


 そう大きな声で言って、セレナは肩に顔をつけて泣きじゃくる。ひっく、ひっくと嗚咽する声を耳にしながら、俺は目を瞑って口を開く。


「待ってくれて、ありがとう。信じてくれて、ありがとう」


 やっと、直接言えた。そう思うと、溜まっていた瞼の水が、俺の頬を伝っていくのを感じた。ポンポンと彼女の背中を軽く叩いて、ここにたどり着いたことを実感し、喜びを噛みしめる。


 やがてセレナは体を起こしてくれると、俺の顔を真正面に見てきた。涙でぐしゃぐしゃな顔を腕でゴシゴシと拭ってから、満面の笑みを俺に見せてくれた。



 十四章 明人

                                ―完―

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