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14-19 君たちの集大成

 パッと、大きく目を開いた。石の天井が視界に映り、ゆっくりと体を起こしていく。そのまま俺は、何も思うことなく床のサーベルを拾い上げ、ベルトを使って腰に装着する。そして、鉄格子の扉に手を伸ばし、一言呟く。


「待ってろセレナ。今、逢いに行く」


 ありったけの殺意を胸に抱いていく。


 許せない存在。その顔。過ちを犯した感触と、笑みを浮かべていた自分。


 心臓の脈打ちが早くなる。ドクドクドク、と、直接何者かが揉んで加速させてるかのようなテンポで血が巡っていく。次第に熱くなっていく目元。焼けるようなその思いを俺は、俺に託す。


「殺意よ。俺に、守る力を!」


 パッと、大きく目を開いた。眼球が火照っていて体の中が焼かれているように熱い。だけど、不思議といつもの衝動はやってこない。全身が敏感になっていても、頭は冷静でいられている。


 手に握っていたものを見る。鉄格子の扉。自然と俺はそれを引っ張ろうとする。リンゴを割ろうとするように力を加え、弓を引くように腕を引いていく。次第に軋む音がせわしなくなっていくと、扉はガシャンと大きな音を立ててはがれた。


 壊れた扉を適当に下に放り投げる。そのまま牢屋の外に出て、階段へ続く通路の先を見る。そこには一人の兵士が俺を見てビクッと体を震わせていて、試しに睨んでやると、兵士は「いひ!?」と変な声をあげ、慌てて逃げようと俺に背を向けた。一瞬にして俺は飛び出し、頭と胴体の空いていた鎧の部分を掴んでそいつを止める。


「教えろ。皇帝はこの城のどこにいる?」


「いや!? そ、そそそそそれは!」


「早くしろ。殺されたいか?」


「さ、さささ最上階です! 階段をずっと上った先ですうぅ!」


「そうか」


 パッと手を離してやると、兵士は一心不乱に階段を駆け上がっていった。姿が見えなくなるまで上っていくと、上から「だ! 脱走者! 脱走者発見ー!」と慌てながら叫ぶ声が聞こえた。そこまでビビるか、と思いながらも、俺はそいつを無視して階段を二段飛ばしで駆け上っていく。


 ものの二秒で螺旋階段を上り切り、日の光を感じながら、前を見て次の階に進む階段を見つける。するとその上から、十人ほどの兵士たちが剣を持って降りてきていた。全員俺を見て一瞬恐れおののきながら、すぐに「隊列を取れ!」と階段上で横二列で並び出す。更にその上からは、追加で増援が集まろうとしている。


「止める気か……。上等だ!」


 にやっと笑ってから俺は走り出した。木でできた階段に足を踏み入れ、武器を構える兵士たちの壁に対し、カエルのような跳び方をして彼らの頭上を飛び越えていく。その後にいたまばらな兵士たちも、攻撃されるよりも先に横を通り過ぎていく。


 二階での折り返しの階段。その先でもまた似たような顔が列を作って行く手を遮っていて、一人の「構えろ!」という声と共に彼らが全員武器を抜き取った。俺は構わず階段へ足を上げ、跳ねるような助走をつけて壁に向かって走っていく。階段に沿って斜め上に向かうように足を力強く踏み、重力の限界が来るよりも先に兵士の壁を通り越す。


 階段に着地して更に上を目指そうとすると、いかにも最後だというところで階段を埋め尽くさんとするほどの兵士が集まっていた。一番背後にいた金髪のチャラそうな男が、彼らに指示を出す。


「この先に通すな!」


「さっきっから鬱陶しい!」


 勢いよく俺は飛んでいく。そして一人の兵士の頭を踏んづけ、跳ねるようにして次の兵士の頭へ。川の上を石で渡るかのように跳ねていき、最後は金髪の男の頭上を飛び越えて最上階へとたどり着いた。


 振り向いた先の廊下の途中に、金で装飾されたステンレスの扉を見つける。あからさまにその先に皇帝がいると分かると、俺はそこを開けようと手を触れたが、押しても引いても石のようにビクともしなかった。


「開かねえか。なら力ずくだ!」


 両手を扉につけて腕を伸ばし、全体重をかけるよう片脚を引いて前のめりになって押していく。歯を食いしばって全力を込めていくが、強固な扉はそれでも開かず、次第に腕の血管が浮き上がってくる。


「ぎっいい! ひらけ!」


 腹から出た叫び声が、全身の力に入れ替わる。すると次の瞬間、扉はガクッと音を立てて微かに隙間を見せた。俺はそのまま力を込めて押していき、重く引きずるような音を響かせながら扉が全開まで開けてみせる。


「はあ……やってやったぜ、ちくしょう」


 顔を上げて王室を見る。質素で特別飾り気のない木造の部屋。その一番奥の畳の上に、皇帝が座布団の上で正座している姿があった。


「見つけた!」と呟いて走り出そうとする。しかし途中で誰かが目の前に現れてくると、兜の男が皇帝への道を塞ぐように立ちはだかった。


「兜! またお前か!」


「障壁魔法を力で破ったか」


「魔法だろうが俺は力で押し通すしかないんでね!」


 俺はサーベルを引き抜いてみせる。それに兜も、手に持っていた三尖刀を両手で構えた。今まで一度も勝てなかった相手。ここで倒せるだろうか。


「脱獄者ハヤマアキト。お前を捕らえる」


 いや、倒すしかない!


「そこをどいてもらうぞ、兜野郎!」


「……やってみろ!」


 いつもの調子でしてきた挑発に、一段と殺意が湧きあがった俺は、お構いなしに間合いに足を踏み入れた。真っすぐ突き出してくる三尖刀に、とっさにサーベルを振り上げて攻撃をはじく。部屋中に短く甲高い衝撃音が鳴り響いて、兜は一歩引いて距離を取ろうとするのに、俺は勢いを止めないようなおも足を進めてサーベルを振る。


 金属音が何度も鳴り響く。兜は相変わらず隙がなくて、尚且つ攻撃が重く、つばぜり合いを仕掛けられたら呆気なく押されてしまった。


「ぐっ! 負けてたまるかよ!」


 すぐに体を前に出す。実力の差とか、心構えの違いだとか。そんなの知ったことではない。


 もう一人の約束を果たす。醜い俺の存在を認めてくれる者の元へ、俺たちは行かなければならない。


「ふん!」


 再びのつばぜり合い。振りかざしたサーベルの刃を、兜は三尖刀の柄で受けて押し返そうとする。大型トラックを横転させるぐらいの勢いを、サーベルに込めていく。それでも跳ね返ってくる力が強大で、俺の体がだんだんと後ろに反っていく。


 ここで止まっていられない。皇帝までの道しるべ。殺意しかない俺にできるのは、せいぜいそれだけなんだ。


 だから――


「ここで、負けてられねえんだあっ!!」


 叫び声と共に体を前に押し出す。腕は悲鳴を上げていて、腰や膝といった体の節々から骨が揺れてるような感じがする。それでも俺は押し続ける。痛みなんか忘れて、ただ目の前のこいつを超えるために。


 すべての圧力をサーベルにかけた時、グンッと腕が下まで降りた。刀身の先端が床に切れ込みを作る。やっと、押し通せた。兜はよろめくように後ずさりしている。


 すかさず俺は顔と腕を上げ、サーベルを持つ手首を一回二回と回す。刀身の反っている方向に、手が持っていかれそうな感覚。反るような形状のサーベルは、この手に独特の重みを伝えてくれる。それだけで俺は感覚を掴むと、覚悟を決めると同時に、兜に向かって大きく一歩間合いを詰めた。


 俺にならできる。相手の反応に打ち勝てるほどの、変則的かつ素早い動きがこの武器で。


 奴に勝てるための必殺技が、今ここで!


邪念流撃じゃねんりゅうげき……」


 頭上にサーベルを持ち上げ、反っている刃の先が地面に向くように持ち替える。兜は俺の攻撃に備えるように三尖刀を頭上まで持ち上げる。


天邪鬼あまのじゃく!!」


 肘を固定し、手首だけを高速で振った三連撃。


 連続した金属音と、一瞬にして現れた三つ分の火花。一つ、二つ目が三尖刀の柄からこすれて出てきていると、最後の三つ目の時には、サーベルの刃の先端が、青銅の兜に突き刺さっていた。


 小さな破片が足下に落ちる。感触からして固かった兜では、中身まで通らなかった。けれど、それで兜は意気消沈するように腕をだらんと下げると、怯んだ様子を見て俺は、サーベルから手を離して真っすぐに走っていった。


 俺たちが戦ってる間も、正座したまま眺めていた皇帝。その彼の目の前まで、俺はやっとたどり着く。皇帝が、俺を見てくる。


「まさか脱獄してくるとは。ちょっとだけ予想外だったかな」


「知らねえよ。もう一人の俺に聞いてくれ」


 そう言って俺は深呼吸をする。鼻からありったけを吸って、口から詰まった分のすべてを長く吐き出す。そうして目を瞑り、高鳴っていた鼓動を抑えていく。燃えるように揺らめいていた殺意を、ゆっくりと波を抑えるようにして冷ましていく。熱かった体を、踊るように燃えていた血を、すべて冷静さで元の姿に戻していく。そうして全身から段々と力が抜けていくと、俺は見えない視界の中で、意識が遠のいていくのを感じた。




 ハッとして目が覚める。今まで気絶していたかのような感覚。ふと辺りの光景が見覚えのあるものだと気づくと、自分はカナタと正面から顔を見合わせていることを知った。心臓の鼓動が直接体で分かるような感覚から、赤目の人格がここに連れてきてくれたのだと俺は察する。


「皇帝陛下。無期懲役の囚人ながら、あなたにお願いがあります」


 正座したままのカナタに向かってそう言って、俺は頭に思い浮かべた構図を見様見真似で、片膝をついて頭を下げる。


「俺を、ハヤマアキトを、ここから出してください」


 力強く、はっきりとそうお願いする。カナタは、静かながら耳に突き刺すような声でこう言ってくる。


「言葉は不完全なもの。同じ言葉でも、話す人が変わればまるで意味を変えてしまう。ましてや、人を殺してしまった君の言葉を、皇帝である僕が簡単に認めるわけにはいかない」


 ふと、カナタが立ちあがる気配がして、俺は顔をあげた。カナタは畳から降りてくると、俺の頭上に手を掲げ、そこに紫色の魔法陣を浮かべた。


「君に試練を与えよう。あれから二年。君がどれだけ成長したか、僕に証明してくれ」


 魔法陣が怪しく光を放つ。俺はついそれに見入ってしまうように見つめていると、途端に辺りが真っ暗になった。壁や床、天井が消えていて、前にいたカナタすら、黒い霧に飲まれるように姿が消えていく。真っ暗闇の世界の中、俺が一人だけポツンといる。


 不安になって、俺は辺りはキョロキョロと見回しながら立ちあがる。すると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「世界を、この目で見たかった」


 急いで俺は振り返る。白い肌に白い長髪。そこに立っていたのは紛れもなくイデアだった。


「イデア!? どうしてここに?」


 近づこうと足を進めるが、ただ立ち尽くしているだけのイデアとの距離が、全く縮まらない。どうしてだ、と思っていると、再び別の声が耳に入ってくる。


「子どもなんて道具だ。俺のために生きなきゃ、そいつらだって価値はない」


 背後に振り返ると、そこには紫色のスポーツ刈りの男、ローダーがいた。


「お前! 死んでなかったのか!」


 そいつにも近づこうとする。けれどやはり、俺とそいつの距離は縮まらない。どれだけ歩いてもその分、彼は遠ざかっていく。


「俺にも事情があんだよ。人は一人で生きなきゃならねえ。お前もそれを知ってるだろ?」


「黙れ! 俺をお前と一緒にするんじゃねえっ!」


 ドクンと、体の中から音が響く。俺は倒れそうになるのを踏ん張って、心臓を抑えるように胸に手を当てる。


 ――ドクンドクンドクン。


 脈打ちが早い。音も大きい。積み重なっていた殺意が込み上げてくるようだ。


「――明人あきと


 その声を聞いて、俺はギョッとした。目をカッと見開いたまま、恐る恐る背後に振り返っていく。するとそこには、久しく見ていなかった母親がいた。


「明人。私の可愛い明人。私のところに戻っておいで」


 ――やめろ。やめろやめろやめろ!


「今まで何をしてたの? お母さん、明人と一杯お話ししたいわ」


 全身が震えている。怒りが、頭を突き抜けていきそうだ。心臓を抑えたまま、俺は歯ぎしりをしながら母親の顔を見てしまう。


「今更出てきて、何をするつもりだ!」


「明人? 怖い顔しないで。お母さんはあなたの味方よ」


「ふざけるな!」


 声を荒げると、更に心臓の鼓動が早くなった。小鳥の羽ばたきのように音が鳴り続け、血の巡りが全身で分かるように敏感になってくる。


「明人。帰ってきて。私の可愛い明人」


 俺を呼んでいない、母親の中の俺。そんないい加減な理由で、俺を呼ぶなよ!


「お前は……お前だけは……!」


 胸に当てている手から熱を感じて、心臓を通じて目元が熱くなるのを直感する。


 もう我慢の限界だ。こいつを、こいつらを! 全部壊してやる! 


 全部壊すんだ! 俺の手で!




 意識が、遠のいていく。自我を失うように、暗闇の中で、俺は更なる深みへ落ちていこうとする。


 許せない存在たちを前に、俺はまた、過ちを犯そうとする。




 ――ハヤマさん!


 ふと、声が聞こえた。俺を呼んでくれる、女性の声。


 いつの間に、聞き慣れていた声。


 ――いつまでかかろうとも、信じて待ってますから。




 膝をつく。そして、俺は天を仰ぐように頭を上げる。


「――ふうん!」


 ガツン! と、おでこに衝撃が走った。断崖絶壁の岩壁にぶつけたような、ジーンと広がる刺激。俺は更に、頭を振っておでこをぶつける。


 また、さっきと同じ衝撃が走る。おでこから首、体を通って腰、太ももから足の指の先まで。痺れるようにして全身に衝撃が走っていく。それでもまだ、胸の激しい鼓動が止まないでいると、俺はもう一度おでこをぶつけ、それでもまだ鳴っていたらもう一度。もう一度。もう一度と、何度も頭を見えない床にぶつけていった。


 そして、更にもう一度。


「ふうん! ――っつう……」


 いよいよ頭が割れそうな痛みを感じて、俺はおでこを手でさすった。すると、手に生ぬるい感触がしているのを感じて、それを見てみると、手の平に血がついているのだった。けれども、この暗闇からはまだ彼女らの声が聞こえてくる。


「ハヤマ。どうして私、見捨てたの?」


「一人で生きるしかねえんだ。この世は、そうやってできている」


「明人。私の元に戻ってきて、明人」


 俺はもう一度、頭を上に上げていく。何も見えない暗闇。そこから、彼女の声が、しっかりと聞こえてくる。


 ――約束ですよ。


「ふうんっ!!」


 ピキンッと、音が確かに鳴った。後頭部にまでヒビ割れるような感触が伝わる。それと同時に、額を打った床の面が砕けるように暗闇が晴れていき、さっきまでいた城の床が目に映った。


 視界にあった闇はどんどんはがれていって、耳に入ってきていた雑音は忽然と消えていく。そうしてやっと視界が晴れると、俺は血が流れる額を抑えながら、その手で頭を持ち上げるようにゆっくりと顔を上げていった。顔を上げた先に、驚くような表情のカナタの顔が映る。


「これで……認めてくれるか……?」


 彼の目を見ながら、俺はそう聞いた。血が止まらない。ダラダラと流れ続けるのが手首にまで届いてくる。そんな感触を感じながら彼の返答を待っていると、カナタは満足気な表情に変わって、俺に向かって掲げた手に黄緑色の魔法陣を浮かびあがらせた。


「認めよう。ハヤマアキト。君たちは好きな時に、ここを出てもらって構わない」


 光出す魔法陣と共に、血の流れが収まっていく。やがて手の平に感じていた流血さえも収まった気がして手を離すと、傷口は完全に塞がっていた。


「……ありがとう、ございます! 皇帝陛下!」


 膝をついたまま、まるで土下座をするように俺は頭を深く下げた。いくらこの頭が地につこうが構わない。それだけ俺は、感無量の気持ちで一杯だった。


 これでやっと、あいつに逢える。


 やっと……約束を果たせる。

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