14‐18 二つの人格は、一つの意志でつながる
ぼんやりと、暗闇を眺めている。墨のように真っ暗で、光も音も、空気も何も感じられない。だけど、その中に俺の意識がある。暗闇を見ていると分かっている。
――久しぶりだな。
突然、誰かの声が聞こえた。暗闇の中でささやかに響くような声。俺は返事を返す。
「随分と久しぶりだな。もう一人の俺」
俺はそう言う。ふと、見えないはずの背中に気配を感じた気がした。そこからまた、聞き覚えのある声が返ってくるのを、俺は振り返らずに聞く。
――夢の中ではよく会うな。どちらの人格も眠っているからか?
「寝ている間は、殺意も何も感じないからな」
不便な体だ。
「だとしても仕方ない。俺たちはこうして、一つの体に生まれてしまったんだから」
勝手に生まれた俺を恨むんだな。
「それは結局、俺自身を恨むことになるな」
ッハ。嫌な冗談だ。
「……お前、変わったな。随分人間らしくなったんじゃないか?」
……知らねえよ。俺はただ、やみくもに暴れても意味がないって気づいただけだ。
「ツンデレか?」
お前に言われたくねえ。
「ハハッ。それもそうか。とどのつまり、俺たちは二人揃って素直じゃなかった。天邪鬼な性格のせいで、お互いの存在にも気づけなかった」
それも仕方ないだろ。俺たちの周りにいたか? 俺たちの存在を理解してくれる人は? 母親はおろか父親は俺たちを迷惑そうに見ていた。学校や周りにいた奴らだってそうだ。殺人未遂だってのに、露骨に俺たちを避けていきやがった。
「未遂だろうが関係ないんだよ。俺たちは誰かを殺そうとして、罪に問われた。その内容がどうあろうが、周りの人の目に映るのは結果だけだから」
ただ自分を見てほしかったのにその願いが叶わなくて、知らぬ間に詰まっていた感情が最後に爆発した。道を踏み外した過ちを、俺たちは自分で引きずるしかなかった。
「振り返ってみれば単純なことだったんだ。だけど、俺たちは救われたかったのに、救ってくれる人間の存在を否定して遠ざけてきた。そして異世界に来てから、更なる悲劇を起こしたんだ」
もはや呪いだな。
「呪いか。確かに言い得ているかも。だけど、もうその呪いを克服する時だ」
……どうすればいい。どうすれば俺たちは呪いから解放されて、新しい存在になれる?
「……お前に、頼みがある。その力、俺のために使ってくれないか?」
お前のために?
「どうしてもお前の力が必要なんだ」
……殺意の力だぞ。どうなってしまうかお前が一番知ってるはずだ。
「逢わないといけない人がいる。俺のために、そして、お前のために、ずっと待ってくれてる人がいる」
俺を待ってる? そんなの、お前だけで逢いにいけよ。俺なんか必要ないだろ。
「お前の力を証明しないと、ここを出られない。それにあいつは認めてくれたんだ。俺たちの存在を。その時になんて言ったか分かるか? 優しい人です、だとさ」
優しい? 飛んだ間抜けだなそいつは。お前はともかく俺を見たらビビるだろ。
「でも、あながち間違いでもないかもな。ハチの魔物とか魔剣の時とかでも、一瞬だけお前の人格を呼び起こした瞬間があったけど、その都度お前はすぐに意識を俺に戻してた。あれは、お前なりの足掻きじゃなかったのか? あのまま体を乗っ取って、殺意に従っていくこともできたはずだ」
……あれは単純に、殺意が足りなかっただけだ。
「俺に嘘が通じないのは、お前も分かってるだろ?」
……っけ。やっかいな特技だ。
「お? 合ってたか」
勘違いするなよ。俺が赤目だからって、殺すことに快楽を感じているわけじゃねえんだ。ただ、そうすることでしか本能を満たせないだけなんだからな。殺すことが生きがいなわけじゃねえ。
「お前の理性はそうなんだな」
でもあの時、お前自身も殺意を抱いた時、俺はもう歯止めが利かなくなった。頭に浮かんでた人間をただひたすらに憎み、目に映ったそいつを衝動のまま殺した。一人で済んだのが奇跡だ。
「その時は、本当に申し訳なかった。お前のことを知っていたら、もっと落ち着いていられただろうに、俺一人、勝手に思いあがってしまった。お前の苦しみも知らずに……本当にすまん」
……初めて刃物を振ろうとした時、恐怖を感じたのを覚えているか?
「ああ。自分が自分でなくなる感覚がした。あれは、今でも忘れられない」
嫌だったんだ。得体の知れないその恐怖が、俺が俺でなくなることが。だから必死だった。それを抑えようと必死だった。兜の奴と戦う時も、俺を認めてほしくて必死だった。
「分かってる。いつも目覚めたら、体がボロボロだったから」
醜い生き方だった。俺には人を殺す力があっても、本当は、何もなかったんだ。
「だとしたら、これから変えればいい。俺と一緒に」
変える? お前と?
「俺にだって何もなかった。今だってそうだ。何もかも信じられなくて、ただ空虚な毎日を過ごして。でも、そんなんだった俺でも、この異世界に来てから、あいつに出会えてからちょっとずつ変われた。人混みにも慣れたし、戦える力から自信だって得られた」
俺には、無理だ。俺には、殺意しかない。お前みたいに、変わることなんてできない。
「お前も、今までのお前じゃない。今もこうして話してる間にも、お前は内に秘められた殺意を抑え込んでるんじゃないのか?」
……そう、なのか? 自分でも、正直よく分かってない。
「自分という存在なんて、他人を通してでしか分からないんだ。もしお前がまた自分を見失いそうになったとしても、ここを出られれば、それを止めてくれる存在がいるんだ。純粋バカで嘘を知らないピンク髪だけど、絶対の信頼をおけるそいつが、俺たちを待ってくれてるんだ」
俺たちを待ってくれてる……。俺たちの周りには今まで、そんな奴すらいなかったんだな。
「唯一の恩人だ。俺はそいつとの約束を果たしたい」
約束……。俺の力は、そいつに必要とされるのか……?
「殺意の力だって、あくまで一つの力だ。何かを守る力にだってなるはずだ」
殺意が、守る力……。
「頼む。その力を俺の、いや、俺たちのために使ってくれないか?」
……。
「あいつとの約束を、俺はどうしても果たしたい。果たさなきゃならないんだ」
……。
「だから、頼む」
……目覚めるぞ。
「え……?」
呑気に寝てる場合か? 待ってる人間がいるんだろ。
「お前……! ああ! 行こう!」
俺たちは見上げる。暗闇の天井から光が差し込んできて、そこに手を伸ばそうとする。いち早くここを抜けようと。彼女に逢いにいくために力を合わせようと。俺たちは精一杯の想いで、その光へと向かっていく。
葉山明人。
――二つの人格は、一つの意志でつながる。