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14‐11 私の、選ぶべき選択……

「いらっしゃいませにゃあ!」


「ご注文はお決まりになりましたか?」


「ありがとうございました! またお越しくださいにゃ」


 お昼時を過ぎた午後の時間。今しがた二人の男性客を見送って、やっと店の休憩時間がやってきた。「お疲れ」とドッグさんは言ってくれると、カウンター席に私とニールさんの分のカツサンドを置いてくれた。私は先に席に座ろうとすると、ニールさんもテーブルを拭き終えてから隣に座ってきた。


「ニールの大好きにゃ休憩時間! 今日のカツサンド、美味しそうにゃ~」


「お前は俺の料理が食べたいだけだろうが」


「にゃっはは! いただきまーす」


 ニールさんに続いて私も「いただきます」と口にし、あったかいカツサンドに手をつける。一口頬張って、厚みのある肉とパンの絶妙な食感、にじみ出る肉汁とパンが調和されるのを噛みしめる。やっぱり美味しい。一働きした後に食べるドッグさんの料理は、スイーツの次に絶品だ。


「ドッグさん……じゃなかった」


「ドッグさんでいい」


 ふと話しかけようとした私に、ドッグさんはそう言ってくれる。お言葉に甘えて私は続ける。


「ドッグさんはお昼は食べないんですね?」


 今もせっせと皿洗いをしているドッグさんに、私はそう言う。それにニールさんが答えてくれた。


「店長はお昼は食べないのにゃ。一日一食で、夜に食べるのにゃ」


「よく耐えられますね」


「その分たくさん食べてるからにゃのにゃ」


 確かに、と私は思った。今日までの数日間、夜にガツガツ食べてる光景を何度か目にしていた。思えばここでの仕事もある程度慣れてきて、最初の頃のような失敗は、もうしなくなっていた。成長できた自分がいることに、ちょっとだけ嬉しくなる。


 そのまま食事を済ませた後、お皿をドッグさんに渡し、ミルクを飲み終えて眠った子猫から小皿を回収。ニールさんは食べた後の睡眠といういつも通りのルーティンを、イスの上でだらしない恰好でとっている。


 特別することがなくて、私は眠っている子猫の体を優しくなでてあげていた。触ってみて、ちょっとだけ体が大きくなってることに気づく。この子と一緒にここに来て、多分一週間以上が経ったのかな。


 休憩時間が終わるまであと五分程度。ふと、ドッグさんの姿がなくなっていることに気づいた。このぐらいの時間で、いつも「起きろ、ニール」って言いにくるはずなのに。そう言えばさっき、外に出ていったのを見た気がする。


 私はウエスタンドアを開けて外に出る。どこかにいないか店の周りを歩いてみると、ドッグさんは店裏で、腕組みをしたまま空を眺めているのを見つけた。


「ドッグさん」


 私が近づいていって声をかけると、ドッグさんは顔を横に向けてきた。


「何をしてたんですか?」と続けて聞き、ドッグさんはまた顔を空に向ける。


「ちょっとだけ、昔を思い出していた」


「昔? ……もしかして私、邪魔しちゃいましたか?」


「いや。嬢ちゃんが邪魔になることなんてあり得ねえ」


「そ、そうですか……」


 さも当然のようにそう言われて、私は少しだけドッグさんのことがかっこよく見えてしまう。


「道は見えそうか、嬢ちゃん?」


「え?」


 突然ドッグさんにそう言われ、私はすぐに意味を理解できなかった。


「迷子なんだろ? 嬢ちゃんは」


 私に瞳を向けて、ドッグさんはそう繰り返してくる。ここに来る前にかけられた言葉。私はこれから、どこに向かうべきなんだろう。


「ドッグさん。私、どうすればいいんでしょう?」


 私はそう呟く。ドッグさんは何も言わず、また空を見上げる。


「あの時私は、何を信じればいいのか分からなくなって、自分でもどうしたいのか見えなくなっちゃって。今までも私、直感的にっていうか、自分に正直に生きてきたので、こんな難しいことを考えるのも初めてなんです。だからでしょうかね。今になって考えようとしても、色々思い悩んじゃって……」


 どうしてだろう。一言口に出した瞬間、次から次へと言葉が出てきてしまう。こんなことを話したかったわけじゃないのに、全然言葉が止まらない。


「嬢ちゃん」


 ドッグさんは顔を上げたまま、口だけを動かす。


「嬢ちゃんは今、人生の道を迷ってるんだな」


「人生の……」


 そんな大層なものなのかとも思ったけど、言葉にされると、不思議と納得できてしまうような気がした。


「俺じゃ嬢ちゃんに正しい道を教えてやることはできねえ。あくまで先に進む道は、嬢ちゃん自身が決めねえといけねえ。じゃねえと、一生後悔することになっちまう」


 青い空を見たままそう話すドッグさんは、どこか哀愁を漂わせている感じがした。その瞳が、私の顔を映してくる。


「人生ってのは、二度と引き返すことはできねない一本道だ。俺がしてやれることは、せいぜい嬢ちゃんに時間を与えてやること。嬢ちゃんが嬢ちゃんらしくあるため、自分自身と向き合える時間を与えてやること。ただそれだけだ」


 真剣な眼差しで言ってくれるドッグさんは、まるで私に、納得のいく選択を選べと強く訴えかけているように見えた。私はドッグさんのことを詳しく知らないから、ドッグさんの言った言葉のそれ以上は考えられないけれど。でも、切り傷のついた顔の、力強い魂を宿したような眼力に、私の顔がはっきり見えるような気がして、自分にとって本当にしたいことがなんなんだろうって、問いかけるきっかけになってくれた。


「私の、選ぶべき選択……」


「……さ、休憩時間は終わりだ。仕事に戻るぞ」


「あ、はい!」




「「ありがとうございましたにゃあ!」」


 最後のお客さんをニールさんと一緒に見送って、やっと今日の仕事が終わった。私は凝り固まった体をほぐすように深いため息をついて、近くのイスに座り込む。


「ふう……やっと終わりました」


「お疲れにゃ、セレナちゃん」


「はい、お疲れ様ですニールさん」


 疲れ切った私に対して、ニールさんはなんら変わらない元気が残っている様子。私と変わらないくらいの歳に感じるのに、中身はまるで別人だ。さすがはベテランさん、と私は感心してしまう。


「凄いですねニールさんは。全然元気そうです」


「にゃはは! ニールは元気なのが取り柄なのにゃ。あ、店長もお疲れなのにゃ」


「お疲れ」


 ドッグさんが歩いてくると、テーブルの上に、まかないのハンバーグステーキを置いていってくれた。


「おお、今日は私の大好物にゃ! 嬉しいのにゃ~」


 ニールさんが喜んでるのを見ていると、厨房に戻っていたはずのドッグさんが、またテーブルに戻ってきた。両手と頭の上にはそれぞれ大皿に乗せた料理を持っていて、ドンッドンッと、テーブルからは鳴らないような音を立てながらそれを配膳していく。


「いつ見てもスゴイ量ですね……」


 大きな焼き魚と大量に詰めた野菜炒め、顔よりも大きいほどのハンバーグステーキと、やはりドッグさんの皿には料理が豪快に盛られていて、イスに座ると同時に、それらを物凄い勢いでかき上げていった。


「今日の食べっぷりも豪快にゃ。私たちも食べるにゃ」


 ニールさんにそう言われ、私も自分の料理を口にしていく。疲れ切った体に入るお肉は、いつもより濃厚に感じられ、体に満足感を与えてくれる。私は心行くまでそれを堪能していき、いつもと変わらない夜を過ごしていく。


 そうして次の日。この日は休日で。朝から昼にかけては、ドッグさんが備蓄を確認しに店にやってくる。この時のついでに、私たちのための料理も作ってくれていた。


 その間に私は子猫にご飯を与えようと、いつものようにミルクを準備しようとする。パックを開いて皿に注ごうとするが、ふとあることを思い出して手を止めた。子猫の食べるものが変わったことを思い出したのだ。


 ドッグさん曰く、子猫は成長したら、水とドライフードを食べるようになるらしい。私は厨房の棚を見ると、置いてあった猫用のドライフードを手に取った。袋を開けて、ジャラジャラと皿にいれていく。その音を聞いてきたのか、白毛の子猫が厨房まで歩いてきて、私の足元にちょこんと座ってきた。


「音を聞いてきたの、ニーナ?」


 私が名前を呼んであげると、子猫に返事をするように「ニャー」と甘い雌声を出してきた。


 ――ニールの「二」と、セレナちゃんの「ナ」でニーナ!


 ニールさんが依然、自分と私の名前をもじって一人で勝手につけた名前。私はドライフードを入れ終えて厨房を出る。そして、いつも通りホールの会計の隣に皿を置いてあげると、ピッタリついてきていたニーナはすぐにそこに頭をもっていった。


 私はその場に座り込んで、ニーナを撫でてあげる。フカフカの毛並みと、生命を感じられる温かさ。いつの間にか、もう子猫とは呼べないくらい結構大きくなっている気がする。


「思えばもう一ヵ月かぁ。よくここまで大きくなったね」


 ニーナの食べっぷりは、拾い親であるドッグさんに似たのか、とてもせわしなく早食いだった。私の隣に、寝起きのニールさんが寄ってきて、私の横にしゃがみこみながら一緒にニーナの様子を眺めた。


「幸せそうなのにゃ。ニーナはまるで店長みたいに食べるのにゃ」


 ドライフードを噛みながら、ニーナは「ウニャウニャ」と鳴いてみせる。まるでニールさんに反応したかのような素振りに、私たちは一瞬驚きつつ、顔を見合って微笑み合う。


「ニーナを見てると、昔の自分を思い出すにゃ」


 突然、ニールさんはそう話した。


「え? 昔のニールさんですか?」と、興味を持つように私は返す。


「そうにゃ。ニールも昔、ニーナと一緒で一人ぼっちだったのにゃ。家族に捨てられて、養子として拾われた時に、この国に来たんだにゃ」


「そんな! ……苦労してきたんですね」


「にゃはは。確かに大変だったけど、でも、ニールは店長に会えたにゃ。店長がニールに新しい居場所をくれたのにゃ」


 ドッグさんがニールさんを? そう思って私は、コック帽をかぶらず、厨房でフライパンを扱うドッグさんに目を向けた。


「今でも覚えてるにゃ。お前にはそんな仕事は似合わない。内に来れば、もっと自分らしく生きれるってにゃ」


「かっこいいですね!」


「そうなのにゃそうなのにゃ! 惚れてしまったニールは決めたのにゃ。ずっと店長についていくって。その時、そう自分で決めたのにゃ~」


 ニールさんはとてもあっさりと、自分の過去をそう話してくれた。その最後の言葉に、私はニールさんからご飯を食べ終わったニーナに顔を映した。


「自分で、決めた……」


 そう呟いてみる。人生は一度だけの一本道。選択を間違えれば、一生後悔するかもしれない。そんな中でニールさんは、ちゃんと自分の道を選んだんだ。


 自分の胸に、そっと握りこぶしを置いてみる。今の私はどうなんだろう、と、自分自身に問いかける。


 ふいに、思い出したくない言葉が脳裏によぎった。


 ――嘘泣きをするくらいなら、さっさと帰ってくれ……。


 それを聞いて思わず出てしまった涙。あれが嘘泣きな訳がない。あれは本当に悔しくて出た涙だし、ハヤマさんがそれくらいに気づかないわけがない。


 私なら分かる。私の知ってるハヤマさんなら、あの瞬間だって、絶対に気づいているはずなんです。だから、あの時のその言葉はきっと、ハヤマさんの嘘だった。絶対にそうだった。


 胸に当てた握りこぶしを、もう片方の手で包み込む。私の知っているハヤマさんを信じるために、そうして自分に自信を持ってみせる。


「ニールさん。ドッグさん」


 私は立ちあがって、ニーナをなでまわすニールさんと、厨房で作業をするドッグさんを呼んだ。これから選ぶ選択に覚悟を決めるように、二人が見えるように顔を上げる。


「私、明日から、朝から午後までの仕事を、お休みします」




 人生の迷子かどうか、それは私には分からない。だけど、正しい、正しくないというより、せめて今は自分らしい選択をしたい。


「へ? そうなのにゃ?」


「私、やらなければいけないことがあって。そのためには、今から色々と準備しないといけないんです」


「へえ。分かったにゃ。ニールは全然構わないのにゃ~」


「ありがとうございます」


 このままいても後悔するだけ。そしてきっと、ハヤマさんからちゃんとした答えを聞かない限り、何をしようとも後悔し続けるんだと思う。


「道は、見つかりそうか?」


「はっきりとは。でも、最後まで見つけるつもりです。この選択に、後悔を残したくないですから」


 そうはっきり言い切ると、ドッグさんはそれ以上何も言わず、ただ親指をグッ立ててくれた。私は二人に深く頭を下げて「ありがとうございます!」と改めて口にする。


 まだ時間はある。ちゃんと話し合おう。話し合って、今度こそ彼の言葉を聞き出そう。そうすればやっと、私は私が選ぶべき道を選べると思うから。

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