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14‐8 ……旅は、ここまでだ……

 自然に目が開いた。見慣れない石の天井。それと、当分換気されてないようなこもった空気を感じる。


 起き上がろうとするが、腕の自由が利かなかった。見てみると、俺の体は縄できつく縛られていた。仕方なく足を使って体を起こす。すると目の前には、黒い鉄格子が何本も並んでいた。一目見て俺は、ぼんやりとしていた頭が覚める。


 間違いない。ここは牢屋の中だ。


 ふと、近くで男の声が聞こえてくる。それも聞き覚えのある誰かの声。俺は首を動かしてみると、檻の前に金髪の女ったらしの騎士、ヴァルナ―の姿を確認した。


 ヴァルナ―は俺に向かって何か喋っているようだったが、何を言っているのか言葉が分からなかった。それが、異世界の言葉だったからだと俺は気づく。ヴァルナ―もその異変に気づいたのか、右手でオレンジ色の魔法陣を作り出し、再び声をかけてくる。


「おーい、聞こえるか?」


 今度はそうはっきり聞こえ、微かにうなずいてみせる。


「通じるのかよ。妖精と一緒に暮らしてたのか? まあいいや。それより、まさかお前さんがここに入るとはね。俺よりもしっかりしてそうだったのに、人ってのは分からねえなあ」


 値踏みするかのように俺を見てくる。目が覚めてからのこの状況に、まだ俺の頭はしっかり回っていない。


「どうして、お前がここに?」


「どうしてって。これでも皇帝側近の騎士だからな。罪人の見張りも、仕事の内なのさ」


「罪人?」


 呟いてから、おぼろげに何かが頭の中に蘇ってくる。赤い液体が飛び散った白壁。眼下には崩れ落ちた、ローダーの死体。


 ……死体?


「早速で悪いが、お前が目覚めたら連れてくるよう、あの方に言われてるんだ」


 鍵が挿し込まれ、牢屋の扉が開けられる。しゃがまないと通れないその扉を、さっさと出てくるようにヴァルナ―は目配せする。終始彼の表情は冷徹な雰囲気を纏っていて、あのお茶らけたような一面はどこにも見当たらない。高圧的な態度に圧迫されるように、俺は何も言えずに牢屋を出て、彼の後ろについていく。


 四角の石が敷き詰められた地下から螺旋状の階段を上り、細部まで磨かれた木造の床を進んでまた階段を上る。途中に見える広間や廊下の大きさと高さ、そしてヴァルナ―がここにいる事実をくみ取れば、ここがラディンガルの城であることは一目瞭然だった。


 三階まで上がると階段はそこで途切れ、すぐ目の前の角を曲がって細い道を少しだけ進む。すると右手側に、天井まで届きそうなほど大きい、金で装飾が施されたあからさまなステンレス扉が佇んでいた。


 ここに来るまでにちらっと見えていた扉たちとは、遥かに存在感が違う。その扉をトントンと、ヴァルナーが二回ノックする。そして、友達を呼ぶかのような軽い口調である人の名前を呼ぶ。


「カナタ様」


 返事が来ずに沈黙が訪れる。そう思った次の瞬間、扉が独りでに動き出すと、誰の手に触れられることなく開かれていった。部屋の内装が広がっていく。木造かつ質素な、特別飾らないような雰囲気。目元までを隠した兜を被ったテオヤが、腕を組んで壁にもたれかかり、こちらに首を動かしてくる。そして二十メートル先の突き当りには畳が四畳敷かれ、その上にまるで人形のように座布団に正座し、静かにこちらを見つめている男がいた。


 とても整った顔に、肩を越すほどの長い黒髪。優しそうな目つきで俺を見続けているが、座っているだけの彼には、なんだか近寄りがたいような迫力を感じずにはいられない。その男の前まで、俺はヴァルナ―についていくように進んでいく。


「カナタ様。例の男、連れて参りました」


 丁寧な言葉遣いで、それでもあまり気遣いしてないような言い方で、ヴァルナ―は軽く会釈する。カナタ様と呼ばれたその男は静かに、それでも突き刺すようなはっきりとした声で喋り出す。


「ご苦労様。下がってもいいよ」


「お言葉ですがカナタ様。俺もこの場に残ってもいいでしょうか? 彼とは一応、顔なじみなもので」


「……分かった。特別に許可しよう」


「ありがとうございます」


 ヴァルナ―がまた軽く頭を下げ、横の壁にいたテオヤの隣に歩いていく。背後で勝手に扉が閉じられる音がすると、俺はその男と真正面から対面する状態になる。


「ハヤマアキト君だね? 初めまして。僕はカナタ。ラディンガルの王であり、ログでリーズ帝国の皇帝です」


 体を縛られて動けない俺に目を合わせながら、とても丁寧にあいさつしてくる。いきなり皇帝と名乗られて俺は困惑し、「……どうも」とだけ呟くと、早速カナタは話しを展開した。


「君がここにいる理由は、分かっているかな?」


「……殺したから、ですか?」


 恐る恐る俺はそう言う。


「話しはテオヤから聞かせてもらったよ。テオヤが彼を見つけた時には、既に息をしていなかった。そして、その前に立っていた君は、全身返り血だらけだったと」


 記憶の片隅にあった光景が、正夢だったのだと知らされる。その目に嘘の可能性はどこにも見当たらず、俺は突然に恐怖心が背筋を撫でてくるのを感じた。


「……そう、だったんですね」


 何か言おうとして、かろうじてその言葉が出てくる。それを聞いたヴァルナ―が「とぼけるつもりか?」と聞いてくるが、やはり俺に、確かな記憶はない。


「正直に言うと、あんまり覚えてないんだ。ただひたすら、感触だけが残ってるとしか……」


「あれだけやっといて、よくしらを切ろうと思えるな?」


 ヴァルナ―が突っかかるようにそう言ってくる。


「でも本当なんだ。ローダーを連れ出してからの記憶が、おぼろげにしか思い出せないんだ」


 あの日の出来事を思い返してみる。ローダーへの復讐心に駆られ、祭りの日にセレナと別れていつものバーへ。そこでゲームをして、上手く彼を外に追いやったところまではできたのは覚えている。でも、それ以上後のことは不思議と抜け落ちている。マスターにお礼を言って、扉に手をかけて外に出て、外で花火が揚がってるなか、彼の背中を追いかけたところで、記憶はプッツリと途切れている。


「あれだけ残酷な殺し方しといてよく言えたもんだ。それともなんだ? 遠まわしに、自分はやってないって言いたいのか?」


「そ、そういうわけじゃ――」


 それ以上の言葉が喉につっかかる。何も違わない。俺のやりたかったことは、結局はそれだった。ローダーを人目のつかないところに連れ出して、後はイデアの受けた苦しみを同じように味合わせる。醜い殺意だけを抱いていた俺は、そう考えていたのは事実なんだ。


「そこまでだよヴァルナ―」と、カナタが言葉を通す。


「無理な問い詰めは、返って時間の無駄になる。冷静に、一つずつ話しを進めていこう」


「……了解しました」


 ヴァルナ―が渋々そう言って下がると、カナタは俺に目を向けた。


「ローダーを手にかけたのは、アキト君で間違ないということだね?」


「……多分」


「なら、動機はなんだったのかな? あれだけの量の血だ。もしかしたら君は、彼に何か恨みを抱いていたんじゃないのかな?」


 まるで、既にすべてを見通しているかのような聞き方だった。ここで嘘を言ってもしょうがないと、本能的に思い込む。俺は吐き捨てるように、事のいきさつを話していく。


「あいつは、最悪な男だった。自分の子どもを道具のようにしか見ないし、挙句には、捨てた子供のことを記憶の中から消したんだ」


「どうやってそのことを?」


「最初のきっかけは、捨てられたあいつの子供、イデアと偶然会ったことだ。あいつは妖精として育てられてて、とても生きていける体じゃなかった。俺はそれを助けようとしたんだが、一歩間に合わなかった……」


 微笑を浮かべた表情を変えずに、カナタはゆっくりうなずく。


「そしてラディンガルに着いた時に、ある男が俺の前を通りかかった。その男こそローダーだった。イデアと同じ匂いがして、まさかと思って彼に接近した。色々聞き出したりした結果、そいつが本物のイデアの父親だったと分かったんだ」


「それで、君は彼に復讐を果たした。あの惨劇の正体は、そういうことだったんだね」


「あいつは死んで当然の人間だ。イデアが苦しんでいたっていうのに、あいつはまるで知らん顔して、毎日ポーカーしながらぬくぬくと生きてたんだ。きっと他の娘たちだって、今頃苦しい思いをしてるに違いない」


 あいつの存在を思い返すと、また怒りが沸いてきて頭に血が上っていきそうだった。そうだ。死んで当然だったんだあんな奴。


「僕も、ローダーという男については知ってるつもりだよ。元々城の騎士で、前皇帝の傍にいた人だからね。けど、少なからず彼にも事情はあった。君はローダーのすべてを知っていたのかな?」


「事情? あんな奴に、どんな事情があるってんだ?」


 絶対悪の論を並べるつもりか。それとも同情でも誘うつもりか。あいつの事情なんて馬鹿らしいと思って、俺はふてぶてしくそう返した。だが、カナタは眉一つ動かさず、冷静な口ぶりでこう言った。


「彼自身、子供の頃から親に見放されてきた立場だ。赤目は不吉だと。私たちの子供ではないと。そう非難されて、親に捨てられたそうだよ」


 とっさに、カナタの顔を勘ぐるように強く見つめる。信じられなかった。いや、信じたくなかった。あの男にそんな事情があったことなんて。だが、どう見てもカナタの顔は嘘をついている人間の顔ではなかった。


「で、でも。赤目で捨てられるなんて変な話しじゃないか? 赤目って、特別な力を持った希少な人間なんだろ? どうして不吉だって言われるんだよ?」


「その言葉は論点のすり替えでしかないよ、アキト君」


 あっさりそう言い切られ、俺は唇を噛む。その間にカナタは続ける。


「ローダーは一人で生きてきた。赤目の力を使い、城で有数な騎士の一人になるほど、彼は一人で戦い続けてきたんだ。きっとその間に、彼の中から抜け落ちてしまったんだろうね。人との付き合い方。家族というそ存在の尊さが」


 何も言い返せない。当たり前だ。俺はあの男について何も知らない。ただイデアを捨てたという、その部分しか知らない。


「だとしても、俺はあいつがやったことを許せなかった。許せなかったから、だから俺はあいつを殺したんだ」


「君にも君なりの正義があった。でも、君のやったことで、ローダーの可能性はすべて消えてしまった。変われたかもしれない運命を。やり直せたかもしれない未来を。君がすべて終わらせたんだ。それが、君の犯した罪なんだよ」


 とうとう俺は、何も考えられなくなった。自分のしてしまったことが罪だとはっきり言われて、冷や汗ばかりが流れてくる。人としてやってはいけないことだと自分で自覚してしまい、カナタの顔を直視できずただ俯くことしかできない。


「……殺した。……俺が、殺した……」


 そう口にしていく。自分でもよく分からず、勝手に口がそう動く。やけくそになっているんだと自分で思い込む。


 けれど、やはり確信が持てない自分がいる。本当に俺は彼を殺したのかと、ずっと問い続けている自分がどこかにいる。記憶の中にある光景も、まるで夢の中であった出来事のようにおおまかにしか映っていないからだ。


 それだけ我を忘れていたのだろうか。まるで誰かの目線を追体験しているだけのようで、本当に実感が湧かない。


「……一つ、聞きたい」


 泣きたくなるような声で、俺は地面に向かってそう切り出す。


「あの時……俺が殺した時、……俺は、どんな顔をしてたんだ?」


「……覚えてないんだな」


 そう返してきたのはテオヤだった。重たい頭を持ち上げて、彼を見る。


「あの時のお前は、お前本人じゃなかった」


 訳の分からないことを言われる。何かの比喩か? と勘ぐるが、テオヤは更に「俺も、今のお前を見て確信できた」と続け、そこから耳を疑う一言を俺たちに告げた。


「――お前にはもう一つ、赤目の人格が存在する」


 ……。


 何を言われたんだ? もう一つの人格が存在する? 赤目の人格が、俺の中に?


「おいテオヤ! それ本当なのかよ!」


 ヴァルナ―の慌てる声が聞こえる。嘘だ。嘘であるはずだ。彼の目は見えないから気づけないだけで、これは俺をからかおうとしているだけの嘘だ。


「いいや真実だ」


「――嘘だ! 俺の中にもう一人いる? そんな話し、生まれて初めて聞いたぞ!」


「だったら、お前はローダーを殺した瞬間を、ちゃんと覚えているのか?」


「そ、それは! ……感情が高ぶってたから。そうだ興奮し過ぎてたんだよ! だから鮮明に覚えられてないだけで、断片的にしか思い出せないんだ!」


 何かにすがるような気持ちで、俺は反論し続ける。だが、そんなのは無意味なのだと、次の言葉を聞いてすぐに思い知ることになる。


「なら、お前の隣にいる桃髪の女。あいつに武器を向けたのはなぜだ?」


「……へ?」


 武器を、向けた? 桃髪の女。……セレナに俺が、武器を?


「……本当、なのか? 俺がセレナに……。セレナを、殺そうと!?」


「覚えてないのが、何よりの証拠だ」


 突然、意識が底知れぬ穴の中に落ちていく感じがして、気がつくと俺は足の力が抜けて膝をついていた。嫌な汗がにじみ出てきて、脈打ちが早すぎてとても痛い。呼吸も定まらなくて嗚咽も出てくる。


 どうしてだ? どうして俺がセレナに武器を向ける?! あり得ない。あり得るわけがない。今まであいつと一緒にここまで来たんだ。面倒事にいくら顔をつっこもうが、別に殺意を抱いたことなんてないんだ。それなのに……。


「俺は実際にこの目で見た。お前の目が赤い色に染まっているのを。その時のお前は、今のお前とはまるで別人だったことも」


 二重人格。その言葉が俺にのしかかる。俺の中に、もう一人の俺がいる。医師に残し一ヵ月の余命宣告をされたような気分だ。唐突過ぎて何も頭が働かない。どうして急に? 今までそんなことはなかったのに。俺は俺じゃないのかよ。ただそんな言葉たちが脳裏をよぎっていって、何度も繰り返し頭の中に浮かんでくる。


「残念だけどアキト君」


 とても久しぶりに、カナタの声を聞いた気がする。


「君が犯した罪は確かなものだ。立場上僕は、君に相応の判決を下さないといけない」


 彼の言葉が耳を通り過ぎていく。何も頭の中に残らず、風のように流れていってしまう。それだけ俺は今、色んなことがどうでもよかった。


「君の赤目の人格はとても危険なものだ。テオヤから聞いた限りでは情緒不安定な存在で、一度現れてしまえばまた暴走しかねない。これ以上の被害を――」


「――判決、さっさとしてくれ」


 余計なことを聞きたくなくて、俺はそう言っていた。今はただ、何もしたくなかった。何も考えたくなかった。


「……残虐な殺し方と、皇帝への不躾ぶしつけな言動。ハヤマアキト。君に、無期懲役の刑を言い渡す」


 無期懲役。それだけはっきり聞き取って、俺は黙ってカナタたちに背中を向けた。そしてただ一言「……連れてってくれ」と言って、俺は勝手に部屋を出ようと歩き出した。


 扉の前まで行って、勝手にそれが開き出す。完全に開かれるのを待たずに俺は一歩踏み出し、おぼつかない足取りで階段を降りようとした。背後から足音が聞こえ、視界にヴァルナ―の顔が映ってくる。


「おいおい。なんでそんなすんなり受け入れられるんだよ。無期懲役だぜ無期懲役! 一生牢屋から出られないかもしれないんだぞ!」


「牢屋はこのまま下か、ヴァルナ―?」


 俺の完全無視に、ヴァルナ―は心配顔から一転、呆れるようにしてため息をついた。


「はあ……。二重人格でそんなに思い詰めるか?」


「お前には関係ないだろ。早く案内してくれ」


「……あの時のお前が、そんな奴だったなんてな」


 俺に失望するような声でそう言って、ヴァルナ―は俺の前に立って階段を下っていった。俺も黙って後に続く。二階に下り、一階の広間をちょっと進んでいく。そうして端によせられた地下への螺旋階段を降りようとしたその時。


「ハヤマさん!」


 何度も耳にして聞き馴染んだ声が、この広間に響いた。ずっと顔を伏せていた俺は、声がした方にゆっくり目を向けていく。そこには、警備の役人を無理やり払いながら、俺に駆け寄ってくるセレナがいた。捕まりそうになるとすかさず「変態! 触らないでください!」と男の兵士の手を緩めさせ、すぐに俺の前までやって来た。


「ハヤマさん! 嘘ですよね? ハヤマさんが人を殺したって。犯罪を犯したって。そんなの、嘘に決まってますよね?」


 そう聞かれ、俺は彼女の心配そうな顔から階段の先に目を移す。


「何とか言ってください! ハヤマさん!」


「……旅は、ここまでだ……」


 ハッと息を呑むような、手で口を覆って声にならないような叫びを出すのが、返事として返ってきた。俺は振り返らないまま、ヴァルナ―より先に階段を降りていく。


「……嘘です。そんなことって……ハヤマさん!」


 彼女の悲痛な言葉を背中に受け、俺は螺旋階段を猛進する。ぼうっとしたまま、何も考えずに地下牢までたどり着く。すぐにヴァルナ―が俺の隣に追いつき、妙に苛立ったような表情を向ける。


「お前! 本当にいいのかよ! 女の子に向かって。それも今まで一緒にいた奴に向かって、そんなこと言うかよ!」


「なんとでも言え。もう俺は、人を殺した俺は、お前たちの知ってる俺じゃない」


「……そうかよ」


 そう言ってヴァルナ―が俺を縛る縄をほどく。体の自由を取り戻すと、俺は開けられたままの牢屋の中に自分から入っていった。まもなくして、ヴァルナ―が扉を閉めて鍵をかける。


「お前を認めていた俺が馬鹿だった。男として恥を知れ」


 そう言い残して、ヴァルナ―は牢屋の前から立ち去っていく。階段を上っていく足音が消えていって、俺は小さな牢屋の中に一人になる。


 洋式のトイレに、古びたマットと布団と固い枕。牢屋にあったのはこれが全部だった。俺はその場に座り込み、石作りの天井を呆然と見上げてみた。


「どうしてなんだ? どうして人格がもう一人。……おかしいだろ。おかしいだろうが。今の俺は俺なのか? もう一人の人格が、どうして……」


 考えが迷宮入りして、すぐに俺は目線を地面に向けた。頭が重くて、心臓の鼓動がまだ早い。自分が自分なのかが分からない。俺は俺か? 俺じゃなかったら、俺は誰だ? 


「俺は、どこにいるんだよ……」


 ……。


 無期懲役。俺は生涯、ここから出られることはない。


 すべてが終わったんだ。俺の人生も。セレナとの旅もすべて。


 あいつなら一人でもなんとかやっていけるだろう。元々、俺はおまけでついていた魔物専用の盾だったんだから。代わりになる人なら、いや、それ以上に役に立ってくれる人ならいくらでもいるんだ。


 だから、俺だけがここで終わるんだ。


 ……。


 ふと、無期懲役では死ねないなと、俺は思った。

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