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14‐7 復讐だ

※微グロ注意

 ポンッと、彼の肩に手を置く。


「ん? ハヤマかよ」


 紫の短髪が裏に回って、頬を少し赤らめた顔でやっと気づいたような素振りを彼は見せる。


「どうしてついてくるんだ? 金貨なら返さねえぞ」


 ちらりとだけ俺の顔を見て、彼は前に向き直る。そのまま一人で歩こうとするのを、俺は隣についていって話しかける。


「そんなものは別に。代わりに、今日だけは奢ったりとかしてくれないですかね?」


「はあ?」と彼が振り返ってくる。俺は更に言葉を続ける。


「近くに美味しい店を知ってるんです。どうせ有り余るほどの金貨があるんですから、ちょっとくらい一緒に飲みましょうよ」


「やけに誘ってくるじゃねえか。さっきの敗北で幼児化でも進んだか?」


 そう言われた瞬間、花火が一つ、青い光を放って爆発した。それからもう一発、また一発、立て続けに一発と、連続して宇宙のような空に花を咲かせていく。それを眺めていると、男は「祭りだったか」と呟いてまた歩き出す。


「折角だからお前に付き合ってやる。どうせ明日からは銭ナシ生活になるんだ。今日だけは夢を見る思いでご馳走してやる」


「お! ありがとうございます! 早速行きましょう!」


 花火に負けないようにそう言って、俺は彼を連れて路地裏を真っすぐに抜けていった。レトロな宿を通り越して更に先。住宅街を抜け、街灯が届かないような街はずれまで一直線に。途中、「今日は運がなかったな」「お前みたいな勝負師、滅多に現れないぜ」「祭りぐらい、楽しい思い出つくっとかないと悲しいもんなぁ?」と彼は色々ほざいてきたが、それを子どもをあやすかのように適当な相槌を返していく。


「なんだ、ここ? 暗くてよく見えねえよ」


 次に男がそう呟いた時、俺たちは建物が崩れている暗がりへ。花火の揚がっている明るい街とは正反対の、修復途中の崩壊跡地へたどり着いていた。街灯なんかは一個もなく、人の出入りもない。辺り一面真っ暗な暗闇で、建物の柱が折れていたり、壁に焦げた跡が残っていたり、地面にはまだ昨日の雨の水たまりがあった。鬱蒼とした雰囲気が、この場所を支配している。


「まだ修復途中の場所じゃねえか……ったく、アストラル旅団だがなんだか知らんが、祭りなんてやってる暇あんなら、さっさと街を直せって話しだ。たるんでるよなこの国も」


 愚痴をこぼし始める男。空にはまた一つ、火薬の爆発する音が俺の耳にまで届いてくる。


「さっさとお前の行きたい店に行こうぜ。ここは昔を思い出して憂鬱な気分になる」


 また花火が揚がる。金色の、バチバチと音を鳴らす火花の連鎖。彼は一人勝手に歩き出し、俺は腰の裏に手を回す。


「あれ? ハヤマ? ……どこに消えやがったあいつ」


 酒の臭いと共に呟かれる言葉。削れるように崩れた漆喰の壁。彼がそれに背後を向けた瞬間、俺の後頭部は花火の緑色に照らされた。彼の背中と、同じように。


「ん? そこにいるのか?」


 俺は足よりも先に、体を前に出す。まるで糸で操られてるかのように腕を上げ、照らされた銀色のやいばで彼の顔面を撫でるように振り下ろす。


「――っぐっがあああぁぁ!!?」


 男の断末魔が空に響き渡る。サーベルの刃先がおでこから鼻を通っていき、口にも縦に傷が出来上がっていて、血がにじみ出てくる。


「い、い、いってえ!!」


 顔を抑え出すのを尻目に、今度は右の膝を真っすぐに突き刺す。固い衝撃が手に跳ね返ってきて、骨を砕いた感触が強く残る。返り血も頬に飛んできて、俺は腕を引く。


「――いい!? いだ、いだああぁ!!?」


 ドバドバと、鈍い音を鳴らしながら血が溢れだし、鉄の臭いが鼻が麻痺してしまいそうなほど強く刺激してくる。男は切られた部分を抑えようとして、体勢を崩して尻をついて転ぶ。彼を見下しながら一歩近づくと、男は蒼白とした顔で俺を見上げ、手と片脚を使って必死に後ろに逃げようとする。すぐに崩壊した壁に背中がぶつかる。


「お、お前!? な、なにが目的なんだ!?」


 命乞いをするかのように、迫真の声で男は聞いてくる。


「復讐だ」


「復讐?!」


 端的にそう答え、俺はまた刃先だけで彼の左目を深く切りつける。目を潰して確実に使えなくさせるために。


「――っぎいやああ!!?」


「彼女の苦しみは、そんなものじゃない」


 小うるさい断末魔の間を縫うように呟き、もう片方の目も同じように切りつける。なんの感触も得られないままサーベルは血に染まり、男は両目を手で覆う。


「――っがあああ!! 目があああっ!?」


「目が見えないのは、さぞ不自由なことでしょうね」


 絶叫の中に爆発の音が紛れる。赤、オレンジ、緑、黄色……。繰り返し華やかな破裂音を奏でては、痛みに悶える彼の姿をよく見えるように映してくれる。


「痛いでしょうね。でも、それ以上に苦しんだ人間がいたんです。誰かが捨てたせいで。産まれた瞬間に居場所を奪った、あなたのせいで」


「な! なんの、ことだあっ!?」


「知らない? 自分の子供のことを親であるあなたが?」


 中腰になりながらそう語りかける。男はなおも目を塞いだままひたすらに口を大きく開ける。


「し、知らん! 俺のせいじゃない! 俺のせいじゃ!」


 音もなくスッと左手を伸ばし、彼の頭の上に乗せる。そして、力こぶができるほど腕に力を加えると、一気に血流が早まった感覚がして、立ち上がりながら彼の頭を軽々持ち上げられた。そのまま力に支配されるように彼の頭を壁に強く押し当てる。


「――っぐは!?」


「彼女は最後に、自分自身の夢を言ってくれた。自分の娘の夢は、なんだったと思いますか?」


「っぎいっ!? し、しら――!」


「――何だったと、思います?」


「っぐぎ。っぎいいいい!」


「なんだったのか聞いてるんだよ!!」


 腹の奥底から怒号が飛び出してきた。男は軽く吐血する。もう演技はこりごりだ。俺はお構いなしに掴んでいる手に力を込める。このまま頭蓋骨を割ってしまわんくらいの、心臓から伝わる限りの最大の怒りを込めて。


「――っしいい!? 知らん! そんなの、知らん!!」


 彼の答えを聞いたと同時に、サーベルの刃を首に突きつける。


「教えてやるよ。あいつの夢。最後にその目で見たかったもの。それは、――家族だ」


 赤く汚れた刀身を思い切り振りきる。草で手を切るように、首に切り傷が出来て瞬く間にあり得ない量の血が溢れてくる。


「あいつに最期を与えた痛みと苦しみ。それはお前が。お前たちが彼女に与えたものだ。ちゃんと抗えよ?」


「ああ、はあ、かは……」


 男の声はかすれていき、呼吸が安定しなくなってくる。顔色もどんどん真っ白になっていき、まるで骨がむき出しになったかのように変色していく。それでも男は意図的か無意識のうちか、懸命に生き残ろうと息を吸って肺を動かし続けていく。その姿が醜く見えて、気がつくと俺は、彼の首元を赤黒く妙にサラサラした液体を気にせず撫でていた。


「最大限の殺意を持って、お前に底知れない恐怖の死を」


「か……か、かか……」


 ガクンと男の体が落ちる。膝から崩れ、そのまま壁に沿うようにして横に倒れる。土の地面に血が色黒くにじんでいき、彼の呼吸音がそこで途絶えた。辺りに散らばった血の跡と、鼻をもいでしまいたくなるほどの鉄の臭い。


 殺した。俺はやっと、彼を殺した。


 また、空に花火が輝く。その光で、俺は横目に水たまりがあるのを見つけ、そこにとことこ近づいてみた。自分が今、どんな顔をしているのか確かめたかった。


 水たまりの前に立ち、見下ろす。真っ暗でよく見えない。自分が写っているのかさえ分からない。


 その時、再び花火の揚がるロケットのような音が響いた。一つのそれが光った瞬間、クライマックスを演じるような連続花火が絶え間なく爆発する。


 逆光で水たまりに顔が映る。肌色の顔に、真っ赤な血がついた頬。それよりももっと真っ赤に光る部分。


 ――両目の瞳が、深紅な虹彩に染まっている。


「……ハヤマ、さん?」


 ふと、聞き覚えのある声がした。背後に振り向いてみると、いつも横にいる桃色髪の女だった。


「ハヤマ、さん? ハヤマさん、ですよね?」


 確認するように名前を続けて呼び、慎重な様子で血相を変えていく。


「ど、どうしたんですかその体? ……血だらけ、ですよ?」


 彼女の声と体が震えていく。酷く怯えている様子に、俺は一歩踏み出す。すると彼女も、反射的に一歩足を引いた。


「どうして逃げる? お前といつも一緒にいる、葉山明人はやまあきとだぞ?」


 そう言い切ると、同時に彼女は全力で否定するように首をブンブンと振った。


「は、ハヤマさんは、そんな人じゃないです。だからやめて……来ないで……!」


 俺は近づこうとして、彼女は後ろに下がっていく。


「どうして逃げるんだ? 俺は俺だよ?」


「違う! あなたはハヤマさんなんかじゃっきゃ――!」


 足がもつれて女は尻もちをつく。俺は進みながら、出した足に体重をかけるようにゆらゆらと近づいていく。


「違う? 違わないって。俺は俺だ。俺なんだよ――」


 ふいに、心臓が跳ねるように痛くなる。血の巡りが全身に伝わって、加速していくのが目に見えてるように分かってしまう。段々と意識が飛びそうになり、ただ胸の奥から煮え切らない怒りが込み上げてくる。


「……俺は俺だ。……葉山明人は俺だ。……俺が、葉山明人なんだよ!」


 すべてが壊したくてしょうがない。何もかも消してしまいたくてしょうがない。誰もが死んでほしくてしょうがない。


 握っていたサーベルを持ち上げる。刃の先端をしっかり彼女の顔に向け、振り下ろす。その瞬間だった。


「――っぐ!?」


 突然、腹部に衝撃が飛んできたかと思うと、俺の体は背後の家壁まで吹き飛ばされていた。この感触。直感的なこの痛みは、人間の蹴りだ。


「……誰だ?」


 俺は壁から顔をのぞかせ、そう問いかける。すると、女の前に一人の人間が立っていた。鍛え抜かれた体に目を完全に覆った兜。右手に構えているのは、三っつに割れた槍。どこかで見た覚えのある姿だが、一目見て只者ではないと確信する。


「テオヤさん!」


 女がそう叫ぶ。名前を呼ばれた兜はその口を開いてくる。


「哀れだなハヤマ。お前の正体が、本当に赤目だったとは」


「赤目!? それじゃあの目は、本物の!?」


 女が口うるさくそう喋る。俺はそんな言葉に耳を貸さず、蹴られた痛みから更に沸き上がった怒りをぶつけようと飛び出した。


「うらあっ!!」


 振りかぶったサーベルを兜は武器の柄で防ぐ。高鳴った金属音が、骨を砕きそうな重さで響き渡る。


「っぐ!? この力、どうやって隠してた?!」


「うらああぁ!!」


 力一杯腕を振り切り、兜の体をもたつかせる。すぐに追撃を入れようとするが、兜の体勢の立て直しは流れるように速かった。すぐに両足をつけて武器を構え直し、刃先をしっかり俺に向けてくる。


「テオヤさん! どうしてハヤマさんが赤目に?! 今までそんなことは一度も……」


「詳しい事情は俺にも分からない。だが、今のあいつは正常じゃない」


 二人の会話に、俺はピキッとくる。


「正常? 俺は至って正常だ。今まではずっと、この殺意を抑えてきただけなんだからなあっ!」


 もう一度兜に飛びかかっていき、サーベルを持つ両腕を力の限り振り下ろす。しかし、その渾身の一撃を、奴は武器の柄を使って受け流してしまうと、とっさに背後に回ってきた。


「力は本物でも――」


「――んな!?」


「所詮は獣――」


 驚いてるのも束の間、振り返るよりも先にうなじの上に、雷を直撃するような衝撃を受ける。瞬間的に、全身に骨が軋むような痺れが走り、一瞬で俺の体は地面に倒れていった。


「おれは――」


 視界の周りからぞわぞわと、煙がかるように黒に染まっていく。薄れゆく意識。完全に見える世界が真っ暗になってしまうと、最後に花火の音だけが耳に入ってきた。

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