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14‐4 三人目がいたっけか?

 大雨に抗いながら進んでいって約一時間。いつもより人通りが少ない街の中、雨具を着た俺たちはなんとか必要なものをすべて買い揃えていた。


「全然降りやまなかったな、この雨」


「全くです。もう手足がびしょびしょですよ」


 そんな愚痴もここに来るまで何度も口にしている。二人で宿までの帰路を進んでいると、俺は宿の手前で足を止めた。時刻はもう夜を迎える。恐らく、最後の夜が訪れる。


「セレナ。これも頼む」


 そう言って、俺は手に持っていた荷物を渡す。水のボトルが入っただけの、もうびしょ濡れになった紙の袋を受け取って、セレナは俺に嫌そうな目を向けてくる。


「もしかして、今日も行くつもりですか?」


「すっかりハマっちまってな」


「はあ……そうですか。どうぞ勝手に」


 ため息交じりにそう言うと、セレナはそのまま宿に向かっていった。俺はその背中を黙って見送り、振り返って例のバー兼裏カジノへ向かっていった。




 店の前まで歩き、慣れたように扉を引いて入っていく。店内のゆったりとした雰囲気が目に映り、マスターと丁度十人の客が飲んだりゲームをしている。変わり映えしないいつもの光景に、あいつは今日もしっかりそこにいた。


「ローダーさん」


 イスに座ったまま、退屈そうにテーブルのチップをいじる男に声をかける。その男が振り返ると、期待通りの反応をしてくれた。


「お前か。そろそろ来るんじゃないかと思ってたぜ」


 雨具を脱いで俺は少しだけ笑ってみせると、さも当然かのように向かいのイスに座り、雨具を床に置いていつものようにテーブル越しにローダーと向き合った。テーブルには公開されたカードが二組。ゲームが終わったまま状態が残っていて、ローダーの手元には金貨の十枚組タワーが七つも並んでいる。


「昨日あんなにやられたって言うのに、今日も俺に挑むつもりか?」


「昨日は昨日。今日は今日です」


「いいだろう」


 ローダーがトランプをシャッフルし、手渡されたものを俺もシャッフルする。そうしてまたストックを返し、ローダーが配っている間に金貨袋をテーブルの端に置く。


「そんじゃ、今日も五ゲーム。ちゃっちゃとやっていくか」


 その言葉通り、ゲームは機械的に進められていく。チップの上乗せ、カード交換、最後のオープン。そういう仕事をしているかのように、野次馬のいない今日のゲームは淡々と続いていった。追加された時は、相手の反応を見極めて勝負するかどうかを決め、手札に見切りをつけるときはあっさりゲームから降りる。


 たまにローダーはワイングラスを手に取って口にする。今日は既に三本目。ゲームのプレイも昨日みたいに感覚的なものに近づいていると、あっという間に四ゲーム目に突入していた。


「レイズ、五枚追加」


 五本の指すべてを使ってチップを掴み、テーブルに五枚追加するローダー。それに対して、俺はカードをテーブルの真ん中に投げ捨てた。


 ローダーは黙って俺の参加分のチップ一枚を持っていこうとする。代わりに俺はトランプのストックを取り、細かくシャッフルする。ゲームも終盤戦。このままでは帰れないと思い、俺は仕掛けることを決意する。


「ローダーさん。どうしても気になることがあるんですけど、聞いてもいいですか?」


「何だよ改まって」


 シャッフルを頼むためにカードを中央に置くと同時に、俺はローダーになるべく顔を近づけて小声で呟く。


「あなたの前の奥さんは、今は何をしてるんですか?」


 眉間にしわを寄せるローダー。ストックを俺の手から取りながら「……聞いてどうする気だ?」と脅すように聞き返してくる。


「昨日の話しが忘れられなくて。ずっと気になって仕方ないんですよ」


「昨日? ああそうか。調子に乗ってお前に話したんだっけか」


 正直者を取り繕って言ってみると、ローダーは思い出したかのようにそう返してきた。そうしてカードを飛ばすように渡してはっきりこう言う。


「今どこにいるかは知らねえ。この王都にいても、どこにも見当たんねえしな」


 ……嘘を言ってる雰囲気はない。彼の顔を見て俺の勘がピクリとも反応しないと、もう一つの話題を彼に振ってみた。


「だったら、代わりにローダーさんの家族について聞いてもいいですか? 話してくれたら、俺も昨日のことは忘れますよ」


「んだよそれ。レイズ、二枚追加」


 ローダーが親指と人差し指、そして、中指を使ってチップを掴み、ストックの前に置いた。それに対し、カードを見ないまま俺も同じ額を張る。


「コール。ぜひお願いします」


「何が目的なんだか……まあ、別にいいか」


 苦いアルコールの臭いと共に、ローダーは確かにそう言った。そして次に口を開くと、自虐混じりにこう言うのだった。


「まず言っておこう。もう俺には家族はいねえ」


「そう、だったんですか……」


 反射的に彼から目が離れる。


「気にすんな。別に俺は悲しいわけじゃねえ。むしろありがたいと思っているんだ、別れた妻にはな」


「どうしてですか?」


 俺がそう聞くと、ローダーはずっと見ていた手札から二枚のカードを出してきた。俺はすぐさまストックから二枚を渡そうとすると、その間に話しは続いた。


「俺には二人の子供がいた。両方とも女だったらしい。城で働いてた俺はそれを聞く度、大きく失望したもんだよ」


「失望って。自分の子供が出来たら、おめでたいことだと思いますけど」


「片方が男だったら、俺も喜べただろうよ」


「息子が欲しかったんですか?」


 テーブルに置いたカードをローダーは手札に持っていく。


「赤目だった俺は、結構な地位にいたんだ。それこそ皇帝のすぐ傍にもいられるほどのな。けど、子どもが俺の跡を継がなきゃ、折角登り詰めた地位が台無しになっちまうだろ?」


「地位のため……、まあそのためでしたら、確かに体格が大きい男の人のが跡継ぎにふさわしいですね」


「半端な女じゃ城に仕えることすら難しいってのに、どうやって喜べというんだか」


 乱暴な言い方に、俺は胸糞悪い気持ちを抱きながらも、話しを合わせるために今は抑え込む。


「その娘さんたちは、今どこに?」


「知らねえよ。元の妻が貰っていくって言って、もう随分前に別れたまんまだ。家にも帰らなかったから顔も覚えてねえ」


「そう、なんですか」


「そっからは昨日の実験の話しだ。俺は散々あいつに付き合わされて、気がついたら赤目がなくなってた。どういうことだよって文句を言ってたら、色々あって最後には破局。大方、あいつは俺の赤目を利用したかっただけなんだろうよ。赤目を失った俺にはまるで態度が違ったからな」


「勝手な奥さんだったんですね」


 自分の手札に目を落とし、6のスリーカードを残して二枚を手に取る。交換しようとその手を伸ばしかけた瞬間、ローダーは不信な一言を口にした。


「いや待てよ。三人目がいたっけか?」


 三人目。その一言につい腕が止まる。


「確かそいつも女だったな。それに……あいつは、目が見えなかったからな」


 確証になりうる一言に、思わず腕が震えそうになる。間違いない。こいつがあの――。


 ドクンドクンと、心臓の音が全身に鳴り響く。まだだ。確信するにはまだ早い。


「二枚ドロー。どうして、その三人目を今思い出したんですか? まさか忘れてたとか?」


「忘れるもなにも、話しでしか聞いてないからな。女って時点で興味はねえ」


 俺に二枚カードを渡し、ローダーはチップを五枚、宣言なしに追加する。俺は二枚を確認する。端的に言えば外れの二枚。それでも役は出来上がっており、俺はチップを五枚数えて出す。


「……コール。カードオープン」


 伏せたカードを互いに公開する。ローダーはワンペアに対し、俺はスリーカードだった。


「あーあ。今日は引き分けだな」


 俺がチップを持っていこうとするのを横目に見ながら、ローダーは素っ気なくそう呟いた。テーブルのふちに袋を置き、自分の分の金貨をまとめてその中へ落とし入れると、そのままあくびをこぼして立ち上がった。


「今日はもう帰るわ。じゃあな」


 会計へと進んでいく彼の背中をしばらく見つめ、扉に手をかける瞬間まで見て俺はテーブルに向き直る。掴んだままの金貨に、過剰なまでの力が入っている。同じ匂いと、俺の知っている条件。今日のゲームで、可能性は更に高まった。今一度、じっくり整理しなければ。


 理魔法の利いている鼻は、繊細に匂いを感じ取れる。料理店の多い王都を歩いていても、同じ香ばしい匂いでも俺には百もあるかのように感じ取っている。しかも最近気づいたのは、家族が通り過ぎるとほぼ似たような匂いを感じられること。彼から感じ取った金属の、わずかながらも感じ取れるようなあの感じは、まるでもって――


「君、いいかな?」


 テーブルの隣に誰かが立ち止まって、俺は上目を使うようにして鹿ウサギの獣人の顔を見上げた。昨日も見たその獣人は、俺の表情を見るや否や途端にギョッとして若干体を引く。


「おっと……。機嫌が悪いなら、また今度にするよ」


 ウサギの獣人がその場を離れて別のテーブルに移動する。俺は今、そんなに怖い顔をしていたのだろうか。そう思うと、突然現実に戻されたような感じがして、俺は硬直していた体をほぐすように「ふう……」と深く息を吐いた。握っていた金貨にも力を弱め、端に置いた袋へその金貨を移していく。すべての金貨をそこに詰めると、俺は雨具を手にしてイスから立ち上がり、この店を後にするのだった。




 雨が止んだ裏道を、たった一人で歩いていく。とん、とん、とん、と、俺だけの足音が辺りに鳴っている。


 宿までの短い距離。すぐに開いたままの宿の入り口に入り、天井の小さなシャンデリアだけが光った、店主がいないカウンターを通って階段を上る。


 二階に上がってからも、今度はきし、きし、きし、と床の音を鳴らしながら奥へと歩いていく。


 部屋の扉を開けると、寝息を立てずに眠っているセレナが目に入った。音を立てないように閉めた時、思えば鍵をかけずにいてくれてたことに気づいた。自分を守る力が最低限あるとはいえ、少し悪いことをしてしまった気分になる。それに加え、この三日間の間、ずっと嘘をつき続けてきてしまった。


 だが、それももう終わる。今日までのゲームはすべて明日のために。明日、またあいつと出会いさえすれば、もうセレナを騙すようなことはしないで済むんだ。


 雨具を適当に隅に置いとき、そのままベッドの上に全身を預ける。暗い天井を目にしながら、俺は瞼を閉じた。


 大丈夫。もう終わる。俺ならやれる。


 今の俺なら。力を持った俺なら。絶対に。




 ――許してください。


 ――認めてください。


 ――助けてください。


 そう聞こえる。俺ではない、誰でもない、もはや人ですらないような声。聞こえているというより、頭に直接響いてくる。生きたまま窯に入れられる豚が命乞いをするような、成仏できない亡霊が必死に懇願しているような声が、ひたすらに反響する。


 ――許してください。


 ――認めてください。


 ――助けてください。


 言葉がゲシュタルト崩壊のように繰り返される。思わず耳を塞いでしまいたくなるが、自分の体はそこになかった。


 ――許してください。


 ――認めてください。


 ――助けてください。


 一生防ぐことができない言葉。不穏な感じが胸の中に詰まっていく。体はないというのに、どんどん恐怖心が詰まっていく。


 ――許してください。


 ――認めてください。


 ――助けてください。


 奥から微かに、別の声が聞こえる。それを聞き取ろうと、俺は救いを求めるように意識を向ける。すると、その言葉は突然、俺の耳のすぐ近くで呟かれた。


 ――俺は……ここにいるの?




 目が覚めると同時に、体が起き上がっていた。冷や汗が止まらない。心臓の鼓動も、体の震えも、恐怖心も焦燥も妬みも興奮も驚愕も殺意も――。何もかもが止まらない。


「ハヤマさん?」


 ベッドのすぐ横で、丁度立ち上がろうとしていたセレナが目に入る。とっさに俺は彼女の手を握る。


「え? な、なな何してるんですか!? まさか私を襲うつもりじゃ――」


 焦る彼女のことを無視して、俺は温もりを感じる手に力を入れた。その瞬間、セレナは言葉を止め、いきなり優しい声になって「どうしたんですか?」と聞いてきた。俺は震えるのを抑えきれないまま答える。


「……嫌な夢を見た。どんな夢かははっきりと覚えてない。でも、怖いんだ。自分が自分でなくなるかのような、そんな恐怖が襲ってくる感じがして……」


「……そうだったんですね」


 セレナがもう片方の手を使って、俺の手を包み込んでくれる。冷たくてひんやりとした手。それなのに、二つの手に挟まれるととても温かい。


「ハヤマさんはハヤマさんですよ。怖がることなんてありませんって」


 気楽な感じで、それでも俺を慰めようとそう言ってくれた。耳から入ったそれが、心の震えを支えてくれるような気がして、俺は冷静に詰まっていた息を吐き出した。途端に全身の震えは静まっていき、高ぶっていた感情も抑えられていく。


 なんとか平常心に戻れたかと思うと、急に手を握ってもらっているこの状態が恥ずかしくなった。何をやってるんだ俺は、と自問自答し、そこから腕を引いて彼女の温もりから離れる。


「……いきなり悪かったな、掴んだりして」


「全くですよ」といじわるな感じに呟くセレナ。俺はたじろぎながら「ごめんって」と謝ると、セレナはクスッと笑ってから元気よくこう言った。


「さあ。今日は祭りですよ。外に出て、そんな怖い気持ちなんて忘れちゃいましょう!」

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