13‐3 この目で、二人と同じ世界を
動物たちに囲まれながら、楽しそうに笑いあうイデアとセレナ。俺はぼうっとそれを眺めてい。ふと、目の前に赤色の妖精が視界に映ってくる。
「いやあ、寂しそうなのだ、君は」
「慰めるつもりか? お前たち妖精には、人間の心は理解できないはずだろ?」
不愛想にそう言う。みんなからハブられるのは久しぶりで、とても気分がよくなかった。
「アッハハ、そうなのだ。僕たちには人間の心なんて全く分からないのだ」
妖精は無邪気に笑ってみせる。なんとも無神経な反応だ。もしも人間とはまるで違う醜い姿をしていたら、唾でも吐き出してやりたいくらいだ。
視界の中に、もう三匹の妖精が集まってくる。全員が俺を可哀そうな人を見る目で見てきたが、折角の機会だと思い、俺は彼らに聞いてみることにする。
「なあ、気になってたこと、幾つか聞いてもいいか?」
「ん? 何を聞くのだ?」と赤色。
「お前たち妖精って、そもそもどういった存在なんだ? 誰か産みの親でもいるのか?」
「僕たちは、自然の意志の具現化なのだ」
「自然の意志?」
――炎から。水から。氷から。地面から。妖精たちは順番に自分の生まれを口にし、最後にまた赤色に戻って「僕たちは自然の中から生まれるのだ」とまとめる。ふむふむと興味を示すと、赤色は更に続けた。
「魔法を使うのも、その自然の力を利用しているから使えるのだ。僕たちは人間と違って、魔力とかなしに利用できるから、自然の意志と言えるのだ」
「ほーん。それじゃ、どうしてお前たちは人間に魔法を与えるんだ? 元々はお前たちの力なんだろ?」
「そんなの、ただの気まぐれなんよ」茶色が即答する。
「いや、そうなんだろうけど、気まぐれに渡すには結構大きすぎる力じゃないか?」
言いたいことが通じていなかったようで、俺は改めてそう聞き直す。それに白色の妖精が口を開く。
「とても遠い昔の話しよ。まだプルーグが三つに分かたれていなかった頃の。妖精と人間が、一緒に生きていた時代。私たちが、あなたたちの前に平然といた頃の話し」
いかにも壮大な雰囲気で切り出すと、次に水の妖精が続ける。
「プルーグは大自然に囲まれていたの。その自然の中である日、一人の妖精が、一人の人間と出会ったの。その人間には知恵があったの。その人間が思い描いていた未来の世界像を聞いて、妖精は強く惹き込まれたの。それで、人間に興味を持った妖精は、知恵を形にさせるために魔法を与えてあげたの。それが、私たちが人間に魔法を与える始まりなの」
「へえ。そんな歴史があったのか。じゃ今のプルーグの姿は、人間の知恵と妖精が渡した魔法のおかげってことか」
「そうとも言い切れないの。人間は恐ろしい生き物だと分かった時、大半の妖精は姿を消しちゃったの」
「恐ろしい? 何かあったのか?」
歴史の中で、何か大きな変化があったのだろうと察すると、茶色の妖精が前に出てきた。
「あれなんよ。人間と獣人の戦争」
「戦争? この世界にもあったんだな」
「そうなんよ。妖精と人間が一緒に生きてたある日、人間は長い時間と魔法を使って、新しい種族を生み出したんやよ。動物に人間の血を与えた生き物。いわゆる、獣人がそこで初めて生まれたよな」
「獣人が、人間の手によって生まれたのか?!」
そう言って俺は驚愕していた。今まで異世界だからと言う理由で獣人を何気なく見てきたが、その発端がまさか人間の手から始まっていたとは。
「獣人には力があったんよ。その力があれば、プルーグは更なる発展を遂げられる。妖精の魔法と人間の知恵、そして獣人の力。この三つが揃った時、プルーグはまるで新しい世界に変わっていったんよね。でも、それは長くは続かなかった」
「どうしてだ?」
「突然獣人たちが結託して、人間たちに反乱を起こしたからやよ」
「反乱が? 何か悪いことでもしたのか、人間が?」
当然の疑問に、青色の妖精が「詳しくは分からないの」と切り出して説明してくる。
「人間はいつも、獣人に指示を与えて自分たちの好き勝手に働かせていたの。それに獣人たちは、怒りっていう感情を持って反乱したんだって」
怒りを持つと、なぜ反乱するのか分からないの。と最後に付け足す妖精。人間の俺にはそれがどうしてか十分に分かる。
「きっと、奴隷のように扱われてたのが耐えられなかったんだろうな」
「奴隷? 人間に使われるのが嫌だったの? 人間に作られたのに?」
「誰かに好き勝手命令されるのは、基本的に嫌がられる行為だからな。それに、獣人が人間の手によって生み出されたとしても、彼らに命や意志があることに変わりはない。反乱を起こすくらいだから、きっと相当な扱われ方をされてたんだろう」
俺の言ったことに青色は「ふうん」と納得する素振りを見せると、隣にいた白色が続きを話した。
「戦争が起こった瞬間、私たちは彼らから遠くへ逃げ込んだ。そして千年を超える時間が経った時。その時にプルーグには三つの国が生まれてたのよ」
人の国、獣の国、中立の国。三つを並べながらなるほど、と頭の中で理解する。戦争によって割れた世界が、今も形を残して続いているというわけだ。
「ちなみに、お前たちはその戦争中、どこに隠れてたんだ?」
「秘密よ」「秘密なのだ」「秘密なの」「秘密なんよ」
四匹同時にピシャリと言われる。
「そ、そうですか……。だったら、どうしてまた人前に出てきたんだ? ちょっと前までだって、魔王が現れてたじゃねえか?」
「気まぐれよ」と白色。そこまで気まぐれなのか……。彼らの気まぐれが予測できないものだと痛感していると、赤色が腕を組んだ。
「人間は見てて面白いのだ。僕たちにない、感情というものを持っているのだ」
「つまり、面白ければなんでもいいのか。お気楽な生き物だな」
人間との接触から魔法を与えるまで、そのすべての理由が気まぐれ。そんな適当な存在に呆れ顔をしてしまうが、事実この世界は魔法の力もあって成り立っているのだから、そう軽く見れるものでもないのだろう。
それに、妖精たち本人に悪気があるわけでもない。ただ前に転がってきたボールを拾うくらいに、自然と世界に溶け込んでいるようだ。
そうして妖精との会話がひと段落つくと、木々の中に動物たちが戻っていく様子が目に映った。イデアたちの方を見てみると、どうやら動物たちと遊び終わったようで、その場で彼らを見送っている。俺は動物たちがみんな離れたのを確認してから二人に近づいていく。
「あ、ハヤマさん。どこ行ってたんですか?」
「遠くで見守ってた」
「そうだったんですか。夢中になってて全く気づきませんでした」
「俺には興味ないってか。やかましいな」
セレナの小生意気な発言をそう言ってあしらう。すると、横からイデアのお腹が鳴る音が聞こえた。太陽も真上から西へ沈もうとしていて、自分もすっかり空腹であることに気づく。
「そろそろ飯にするか」
バックパックの中から牛っぽい肉の缶詰を取り出す。蓋に指をかけて中身を開け、調理済みの肉が顔を出す。タレの甘い匂いが食欲を駆り立てる。ここに白米がないのが惜しい。この缶詰はプルーグ全土で売られていて、値段の割に量が多く一つ食べれば十分に腹が満たせる、いわゆるコスパ最強の食品だ。
この世界にもあった割り箸を手に取り、ゴミを入れるための袋を横に置いて、俺は地べたにあぐらをかいて座り込む。セレナも全く同じ缶詰を開けていると、座り込む前にイデアに話しかけた。
「イデアさんはどうするんですか?」
そう言われて俺もイデアに振り向く。思えば妖精として育てられているのだから、普段の食事も何を食べているのか見当がつかない。するとイデアは、四匹の妖精から小さな何かを貰っていく。
「私は、いつもこれ」
手の平に乗せて見せてきたのは、ゴマ粒ほど極小の白黒の木の実、およそ十粒だ。
「そんなんで足りるのか?」
「うん」
イデアは木の実を一つつまんで口に運ぶ。俺は自分の手を動かしつつも、どうしても彼女の細い体に目がいってしまう。セレナも同じところを見ていたのが、横で心配そうな目を向けている。
「イデアさん。このお肉、食べてみませんか? 結構ヘルシーで美味しいんですよ」
そう言って手元の缶詰の肉を渡そうとするが、イデアは首を横に振る。
「妖精は、人の手で作ったものは食べられない。だから、大丈夫」
「そ、そうですか……」
残念そうに手を引くセレナ。さっき聞いた話しでも、妖精は自然の意志の具現化らしいから、きっと人の手が加わったものは自然にとって害なのだろう。そうとは知らず、セレナは不安そうに俺に、イデアには聞こえないように囁いてくる。
「どう思います? あれだけじゃきっと足りないと思うんですけど」
俺はイデアには聞こえないよう、片手を口元に立ててから囁く。
「イデアが妖精として育てられている以上、下手に人間と同じようにするのは、かえって困惑させるかもしれん。イデアは本当に、自分を妖精だと思い込んでるから、あまりそういうところは触れないでおいた方がいいと思う」
「……分かりました」
セレナは渋々納得してくれると、割り箸で掴んでいた肉を口に運んだ。セレナの思っていることもごもっともだが、彼女には彼女の事情がある。自分から望んでこない以上、俺たちが何かすることは意味がないことだし、そもそも助けられる保証も今のところない。できることと言ったらせいぜい、イデアに選択肢を与えることくらいか。
「私、二人について、話しを聞きたい」
突然イデアがそう切り出してきた。セレナは「私たちのことですか?」と聞き返し、イデアはうなずく。
「うん。二人は、どこから来たの?」
「私たちは、カカ村っていう小さな村から来たんです。ある事情で転世魔法を習得しないといけなくて、そのために、世界を旅してここまで来たんです」
「世界を?」
「はい。色んな街を見てきましたよ。ラディンガルにベルディア、ピトラと言った王都はもちろん、ジバやコルタニスっていう各所の街にも。そこでたくさんの人にも出会えました」
セレナが喋るのを聞きながら、そういうことがあったなぁ、と俺も頭の中で過去の出来事を振り返っていく。イデアは小さく「すごい……!」と呟くと、それに興味を示してきた。
「教えて。ここは一体、どんな世界なの?」
「どんなですか? うーん、一言で表すには難しいですね。その場所によって、色んないいところがありますから」
「詳しく知りたい。教えて」
イデアがこちらに向かって歩いてくる。「いいですよ」と言ったセレナの場所を、耳で適格に探してみせると、丁度彼女の目の前で足を止め、太ももが地面につくように両膝を折って、女性や柔らかい人にしかできない、正座をずらしたような上品な座り方をした。セレナは缶詰を膝に置くようにして話しを始める。
「まず、私たちが最初に行ったジバ。そこは時の都と呼ばれていて、王女様が時間魔法を使えるんですよ」
「時間魔法……初めて聞いた」
「ジバにはあと、抹茶団子っていう、苦いのに甘い、とってもおいしい食べ物もあるんですよ」
「まっちゃ、だんご?」
「そうです。あと、ラディンガルには杏仁豆腐がありましたね。あれもおいしかったなぁ」
「あんにん?」
「ベルディアにはミートパイっていう、肉を使った獣人さんらしいお菓子もありましたし、ピトラのマカロンとか、コルタニスのクレープなんかも、甘くておいしかったです」
「へえぇ」
「スイーツ以外に話すことはないのか……」
俺がそうツッコみ、セレナは話しの路線を元に戻す。
「このプルーグには三つの国がありますけど、どの国も他と違う雰囲気なんですよね。例えば、ここから一番近いラディンガルは人がたくさんで……」
セレナの口にする言葉の一つひとつから、今までたどってきた道のりが鮮明に浮かんでくる。ログデリーズ帝国にスレビスト王国、フェリオン連合王国にまで及んだ長旅は、今思えば最初っから厄介事の連続だったような気がする。魔王が死んで、のんびりと適当な旅路になるんだろうなと思っていた頃が懐かしい。それと同時に、あと少しで一年という、長いようで短い時間の中で、俺たちは世界一周を果たそうとしているのだと思うと、色々乗り越えた分噛みしめるような思いが湧き上がってきそうだ。
「凄い。私も、世界を見てみたいな」
そう呟いたイデアが、気がつけがさっきよりもセレナに顔を近づけていた。その塞がっているはずの目が、なんだかキラキラと輝いているように見えるほど、セレナの話しに興味津々だ。今まで何も見えずに過ごしてきた分、やはりこういう話しをすると惹かれる部分があるのだろうか。ふと俺はそう思った。
「ピトラは街がおしゃれで、田舎暮らしの私が初めて見た時はスゴく驚きましたね。でもその分、宿が一番高かったですね」
「その情報はいらんだろ……」
「えっへへ。そうでしたね」
セレナが笑ってる傍で、イデアも同じように笑いだす。透明に澄んだような純粋な笑顔。そこから一言、イデアはこう呟く。
「世界って広くて、とっても美しい」
この世界を表した、彼女の一言。でもそれは、俺にとっては目が見えないからこそだと思えた。
「世界はそれほど美しくはないよ。出会う人みんなが親切なわけでもないし、たまに出会う魔物とはいつも命がけだ。中には悪意を持った人とか、もしくは危険なことをしでかす人も大勢いた」
イデアは黙ったまま、多分真剣な眼差しで話しを聞き続ける。
「俺からしたらこのプルーグは、悲しみに満ちた世界だ。ある人は大事な人を失い、ある人は信じてた人に裏切られ、ある人は自分の背負うものに押しつぶされそうになってる。どこかが美しくあろうとすると、その反対は面倒事に溢れているもんだ」
「悲しみに満ちた……」
「この世界は明るいことだらけじゃない。一言で言い表せるほど、簡潔じゃないんだ」
俺はそうきっぱり言い切る。この異世界が果たしていいものかどうか。俺自身、この世界の異邦人として見てきたが、色々と問題を抱え過ぎだというのが素直な感想だった。
「……でも、みんな、この世界で生きてる」
イデアは、ポツリとそう言った。
「広い世界に、みんないる。みんなで、この世界を生きてる。私、いつか見てみたい。この目で、二人と同じ世界を」
イデアはそう言うと、最後の木の実を口にした。瞼に閉じられた瞳の輝き。俺の目には不思議と、夢に希望を抱く、穢れを知らない無垢なものに見えるのだった。