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魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
十二章 ここは神の街コルタニスなんだから~
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12‐8 か、神の名の元に告げます!

「ちょっと待てクソボンボンども!!」


 甲高く小うるさい叫びが、俺たちの耳をつんざいてくる。目をやるとそこには、グラが妬むような顔をして大通りに飛び出していた。


「あいつにまた神様になってもらう訳にはいかない!」


「誰だ貴様は!」


 リュリュの父親がそう聞き、グラは荒っぽく答える。


「お前たちが見捨てた、貧民街の奴だ! またあいつが神様になったらあそこは変わらない。だから、なんとしてでもあいつには神を止めてもらう!」


「ほざけ! 権力もないウジ虫が!」


 非道な言葉にリュリュが息を呑む。グラも一瞬眉をひそめると、怒りに身を任せ、雄たけびを上げながら殴りかかっていった。正面から勢いよく、荒々しい顔面ストレートを決める。


「――っぐぼ!?」


 父親さんの細い体が地面にふわっと浮き上がり、ドスンと背中から落ちる。その様を見ていた市民たちもどよめいてしまう。グラはなおも父親を睨んでいると、指の関節から血をポタポタ流しながら更なる苛立ちをぶつける。


「全く腹が立つ。なんで俺はこんな奴を、今まで好き勝手させてたんだ。神なんか信じる前に、こいつらに疑問を持つべきだった」


 グルグルと目を回す父親。リュリュが駆け寄って介抱してあげてる中、グラは鋭い睨みを貴族ではない聴衆にも向けた。


「お前たちも嫌いだ。いつも神様って言うだけで、自分たちで何もしようとしねえんだから。こんな貴族を野放しにしたおかげで、俺たち貧民街の奴らが一体どれだけ苦しんだことか」


 独壇場のように好き放題言い続けるグラ。情緒を抑えられない彼に俺は声をかけた。


「気づくまでが遅すぎたな、貧民街の僕。どうせお前も、いやお前らの方も、ここの彼らと同じで神様とやら信じていたんだろう? 信じていればいずれ救いが訪れると」


「っつ! そんなことは――!」


「いいやそうだ!」


 パッと振り向いてきた彼に、俺はそう言ってぴしゃりと言葉を遮る。


「貧民街にも人は何人もいた。それだけ大規模にやられてたはず。なのにお前たちは誰も神様に文句を言わなかった。言えたとしても、せいぜい影口を叩く程度のものだったのだろう? 真正面から直接言ってやるほどの、憲法を破るほどの度胸がなかったから」


 強く歯を食いしばる音が聞こえて、グラはなんだか泣き出しそうなほどの悔しい表情を浮かべる。そして、「あああぁぁクソッ!!」と叫んで涙ぐんだ声で喚いた。


「そうだよ! 俺は何もしなかった! ただ神様っていう言葉を信じてたんだよ! 仮に俺の住んでるところが襲われてなかったら、絶対に俺は何もしなかった! どうせ俺は、何もできなかったんだよ!」


 うるさいほどに叫んで、それでも彼は自分を認めながら悔し涙を流した。貴族や神様への反抗心の根源を、しっかりと受け止めようとしているのだった。そんな彼の叫びが、いつの間に倍以上に増えている野次馬たちの意識を揺さぶっていた。ほとんどの人が俯き、まるで自分自身はどうだったのかと顧みるかのような顔をしている。それは俺にとっても想定外の出来事であって、そして予想以上に理想に近い状況だった。


「……所詮お前は何もできなかったさ。今更自分の非を認めたところで、お前は他人任せでしかいられないんだ」


「……なんだと」


 グラが顔を上げたのを見て、俺はサーベルを持つ腕を真っすぐに伸ばした。その刃先の向こうには、涙跡を残したサウレアとセレナがいる。


「桃髪の女。彼女を放せ。今からそいつを殺す」


 ハッと二人の目は丸くなり、セレナはサウレアを庇うようにとっさに俺に背を向けた。


「な、何を言ってるんですかハヤマさん!」


「気安く呼ぶな。どうせこの野次馬たちは神様を信じ続ける。だったら背教者の俺がやることは一つだけ」


「は、放しません! 絶対に放しませんよ、私は!」


 そう言ったセレナの横から、ずっと見守っていた兵士三人が割り込んできた。ネイブだけは依然その場を動かず。すると、それを確認している間に横からグラが走り込んできた。俺に向かって突き出そうとした拳が映り、軽く身を捻ってそれを避ける。グラは勢い余ってもたつき、そのまま顔から地面へすっ転んだ。


「無様だな、貧民街の僕。急にどうした? 神様を止めてもらいたいんじゃなかったのか?」


 無慈悲な言葉を投げつける。グラは渾身の力を込めるように起き上がって、鼻の先が切れた顔を向けてくる。


「あいつに死なれたら困るんだ。神様じゃなくてあいつが! サウレアが死んだら、困るんだよ!」


 そうグラが叫んだ瞬間、サウレアがハッと息をのみ込む様子が尻目に映った気がした。念願引き出したかった言葉。俺も心の奥底で満足感を噛みしめながら、それを隠すようわざとらしく両腕を広げて彼を煽ろうとする。


「どうしてお前が困る? あいつはお前の友達か? 家族か? どうせ神様なんだろうが!」


「違う! あいつは俺に、こんな俺にご飯を食べさせてくれた! 腹いっぱいになるまで、満足いくまで食事を与えてくれたんだ! そこであいつは言ってたんだよ。貧民街の人にだって、たくさん食べてもらえる街になってほしいって! 神様としてだろうがどうだろうが、あいつは俺の目を見てそう言ってくれたんだよ! だから――!」


 走り出したグラ。出来上がった拳に目をやって、それが重たい金槌を持ったようにゆっくり来ると、俺は直前で目をつぶってその衝撃を頬に受けた。奥歯が揺れたような感覚がして、顎もナイフで切られたような痛みが走る。容赦のない彼のパンチに体勢が崩れそうになると、俺は足に力を入れて踏ん張った。


「あいつを殺すって言うなら、お前だろうと許さねえぞ!」


 一層血が溢れ出た拳をそのままに、グラは俺を睨んできた。頬への痛みが全然なくならない。何も本気で殴らなくてもいいだろ、と心の中で逆ギレしながらペッと唾を路上に吐いた。そして、またすぐに走り出してきそうなグラにサーベルの刃を向けたが、血気盛んな彼はもはや冷静さを失っており、また地面を蹴り出してくるのだった。


 ――マズい! とっさにそう思って動揺し、急いでサーベルを引こうとした。だがそれよりも先に、黒い影が俺の目の前を通ったかと思うと、グラの腕をネイブが掴んで止めてくれた。


「んな! 放せよ! あいつの好き勝手にさせていいのか!」


「落ち着きなさい。武器を持つ彼に素手で挑むのでは、あなたが無駄死にするだけよ」


「んだと! ――うわ!?」


 ネイブは強引に腕を引き、グラは尻もちをつくように倒れた。そうしてすかさず立ち上がろうとする彼に、細剣を引き抜いてみせる。


「ここからは私の役目だ。あなたは控えていなさい」


「んだよ、今更偉そうに……」


 ぶつぶつ言いながらグラはその場に留まる。しくもサウレアたちの前に立ちはだかったネイブ。俺は両手にサーベルを握って構えを取ると、黒豹は細剣の刃を顔の前に一瞬止とどめ、鋭い目つきと共に手首を折って刃先を俺に向けた。


「背教者よ。貴様の言い分はよく分かった。だがこれ以上の暴動はお控え願いたい」


「ッハ。神におつきの騎士さんが、わざわざ一般の少女のために戦うってのかよ?」


「私の為すべきことは昔からただ一つ。彼女をお守りすることだ!」


 そう叫んだネイブは、本物の豹さながらの迫力を顔に纏っていた。まるで志していた思いを今、改めて深く決意するかのように。


紫電豹破しでんびょうは! 跪け背教者よ!」


 ガクン、と腰を屈めた瞬間、俺の視界から黒豹は消え、ズバッと稲光が鳴ったような音が耳に残っていた。手に握っていたはずのサーベルはいつの間にか空に飛んでいって、すぐ後ろにネイブの存在に気がつくと、「速すぎる……」と本心を口にして呆然と膝を地面につけていた。


 あまりに一瞬過ぎる出来事で、この場の人々も全員、ハトが豆鉄砲を食らったように驚いていた。少し間が空いて一人の兵士がハッとすると、彼は腰に常備していた麻縄を使って俺の体を縛り上げていく。


「……背教者。貴様の罰は宮殿で行おう。この街を脅かし、神を冒涜した罪。到底許されないものと知れ」


 背後からネイブがそう言ってくる。両腕をぎゅうぎゅうに縛られて、俺は立たされる。途端に、とても重たいため息が口から出てくる。


「っはあ……。所詮、俺への罰も神様頼みか……」


 気がつくと俺はそう呟いていた。最初に予定していた計画は、もうすべて出し尽くしていた。この後のことは悪役の俺が出る幕じゃない。これに感化された人が、動き出すかどうかだ。


 兵士に引っ張られ、俺は大ぜいの野次馬たちに見守られながら大通りを歩いていく。はあ……、と心の中でもため息をつく。とても大がかりで、とても危ない綱渡りの計画だった。どうしてこんなことにまでなってしまったのか。ここまで複雑にならずとも、この街は変われたはずなのだ。そもそもの元凶が、たった一つ勇気を手に入れさえすれば……。


「――お、お待ちくださいっ!」


 背後から、さっき通り過ぎたばかりの彼女の声がした。意外に思った俺は顔だけを振り向ける。そこでサウレアは緊張するかのように息が上がっていると、胸まで上げた左手に、握りこぶしを作ってから声を張り上げた。


「背教者さんへの処罰は、この後宮殿で行います。けれど、それは私が行うことはないでしょう」


 その言葉に誰もが疑問を抱くと、サウレアは背後にいる大勢に向かって、ハーッと息を吸い込んでから最大限に声を上げる。


「か、神の名の元に告げます! 只今をもって神の存在は消失! これからは、一人の王によって街を作り上げていくことを、ここに命じますっ!」


 裏声も出てきそうなほど必死な叫び。それを聞いた俺たちは、あまりに突然のことで心臓が止まったかのようなショックな顔で驚愕していた。


「か、神様が消える!?」「神様の最後のご命令だ!」「どういうこと! 一体どうなるのこの街は!?」


 口々に騒ぎ出す民衆に、サウレアはまた気張って息を吸い込む。


わたくしサウレアは! 今日をもってコルタニスの神でなくなります! 神がいなくなった後、今度は皆さんが選んだ人を王に任命し、街のすべてを任せたいと思っています!」


 そこで言葉を区切って、もう一度大きく息を吸い上げる。


「コルタニスは生まれ変わるのです! 神の手によってではなく、皆さん一人ひとりの意志によって! 誰を王にするのかも、どれだけの決定権を王に譲るのかも、皆さんが生きていく未来のコルタニスを、皆さんが決めていくのです!」


 街の大通りからざわざわが止まらない。サウレアが喋る度にみんなの動揺が広まっているようだった。いきなりのことで、反応に困るのも無理はないだろう。ただ、その場の全員がうろたえている中、俺だけは彼女のことを感服の眼差しで見つめているのだった。


「神が消える? ……そ、そんなことは――」


 ずっと横になっていたリュリュの父親が起き上がろうとした瞬間、リュリュがその口をピシッと手で塞ぎ、大きく手を挙げながら一声上げる。


「ハーイ! 貴族を代表して、リュリュは賛成しま~す! 一人で作っていくより、みんなで作っていった方が絶対にいい街になるはずだよ~」


 地べたから起き上がれない父親が、「リュリュ!?」と驚いてるような気がしたが、彼女の言葉を聞いて慌ててグラも声を張り上げた。


「貧民街を代表して、俺もそれに賛成する! このまま変わらないくらいだったら、いっそすべて取り壊して一からやり直すべきだ!」


 ふと横目に人影が見えていると、グラ以外の貧民街の人たちが、建物の裏など目立たない場所で彼の話しを聞いていた。各々強く同意するようにうなずいていて、誰もが確固たる意志を持っているようだった。そんな彼らに未だ敵対の目を向けていると、リュリュの父親は彼女の手を押しのけて立ち上がった。


「待て待て! 貧民街の奴らに好き勝手させるつもりか! それでは街の経済が傾くだろうが!」


 その言葉にすぐに「お前が言うなよ!」とグラはツッコむ。そのまま火花がぶつかり合いそうなほど睨み合ってしまう二人だったが、言い合いが始まってしまう前にネイブが仲裁に入る。


「静粛に! ひとまずはコルタニスの在り方から立て直さなければ。神が自らその場を降りた今、新たな王から決定しなければならない。なので後日、我こそはという者たちを集め、我々の投票で王を決めようと思う! すべての話しはそこからだ。異論がある者は、別の方法を提示してみせよ!」


 彼女の勇ましい声が辺りをシーンと静まり返らせると、誰一人としてそれに異論を唱えなかった。リュリュの父親とグラも納得するようにうなずいていると、ネイブはまた大声を上げた。


「よし。新たな王の選出選挙の管理は、私ネイブが務める。情報は後日、宮殿の者たちとまとめて皆に報告しよう。本日はこれで解散とする!」


 半ば強引ではあるが、ネイブは騒ぎを落ち着かせるためにもそうみんなに伝え、その場から立ち去ることを命じた。民衆はまたしばらくざわめいていったが、次第に一人ずつその場を離れていくと、気が収まらない様子のまま少しずつ数が減っていくのだった。その間にサウレアが俺に近づいてくる。


「……あなたを宮殿に送ります。先に行って、待っていてください」


 なんとも言えない表情を浮かべて、サウレアは素っ気なく片手を突き出した。灰色の魔法陣を俺の足下に浮かべていって、縄を掴む兵士に離すよう目で合図すると、俺は立ち昇った光の中へ閉じ込められて、次に周りが見えた時には宮殿ではなく、コルタニスの街の入り口前に転移させられていた。

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