2‐5 キョウヤ様
大通りにごった返す人間たち。その中に混じるようにアミナが進んでいくと、その後ろを俺とセレナはついていった。
「すごい賑わいですね。私の村とはほんとに大違いですよ」
「お前は嬉しそうだな。俺は気が気じゃないよ、全く」
無邪気に目を輝かせるセレナに対し、俺はすれ違う人一人一人に目が泳いでは、自分に大丈夫だ、彼らはただの雑草と変わりはないと言い聞かせていた。俺だけたどたどしい足取りではあったが、二人の背中をしっかり終えているだけまだマシな方だ。
「大丈夫なの、ハヤマ?」
アミナが顔だけを振り向けて聞いてくる。
「人混みが苦手なだけだ。気にしないでくれ……」
「そう? まあ、ここは人も多いから、慣れてないとちょっとそわそわしちゃうわよね」
そう理解してくれると、アミナはまた前に顔を動かしていった。アミナからは、臣下という割に、威厳というより優しく親しみやすい感じがするが、それが彼女の魅力なのだろう。その根拠づけに、すれ違う市民の多くは、アミナに向かって気さくに挨拶をしているのだ。市民と隔たりのない関係性というのは、そう簡単に築けるものではないだろう。
ふと、市民たちを避けることばかり意識していた俺は、一瞬目に映った景色に意識が持っていかれた。それは、見事に半壊した建物を、大柄な男たちがせっせと修復している作業風景だった。ただの工事であれば、それはなんてことない景色ではあったが、俺が特別引っかかった理由は、その壊れた建物がずっと奥にも続いていたからだった。
「なんだか荒れた場所があるな」
アミナに聞こえるようそう呟くと、アミナも同じ方向を眺めた。
「ここら辺は、魔王からの襲撃を受けた場所なのよ」
「あーそう言うことか。結構な壊れ具合だな」
「ここは最近始めたばかりなのよね。それまでは、あっちの方で手一杯だったから」
「あっち?」
「そう、あっち」
前に向き直ったアミナが斜め上に腕を伸ばす。その人差し指の示す方向に顔を上げると、俺たちの目に、空に向かって高くそびえたつ城が映った。それは遠目から見えていた、あの天守閣が備わった和風の城であり、戦国時代の資料集なんかを見てみれば、本当にどこかに同じ城が見つかるのではと思うほど瓜二つだ。ふもとに高い壁を敷き、大きな門で入り口を守っているこの風格は、思わず尻込みしてしまいそうになる。
「でっけえお城だな」
「近くで見ると、迫力が違いますね」
「半年前になってようやく修復できたのよ。それで、それまで都を無事に守り切った王女様がそろそろ……あ、出てきた!」
アミナの言った通り、城の最上階の天守閣の内装から、手すりで囲われた吹き抜けの場に誰かが姿を見せてきた。
水色の鮮やかな着物風装束を纏い、緑がかった青いターコイズブルーの髪をした女性。遠目からでもそれらの色は目立って見えたが、俺が驚いたのは、ここからでも彼女がとても若い、それも、十代くらいの人間に見えたことだった。
「キョウヤ様だ!」
「あら本当。キョウヤ様~」
辺りの市民たちがざわめき出すと、ここら一体にいる視線が全員、天守閣の彼女に向けられていた。彼らが口々に出しているのが、名前なのだと俺は気づく。
「キョウヤ様……あの王女様の名前か」
アミナにそう確かめると、すぐに「そうよ」と返ってきた。
「彼女こそが、このジバの都の王女のキョウヤ。ジバにいる人たちの中で最上位のお方よ」
「綺麗な方ですね。とっても美しいです」
セレナが見惚れていると、キョウヤ様は下にいる俺たちに向かって軽く手を振っていた。その動作と市民の湧き具合を見るだけで、どれだけの信頼関係があるのか一目瞭然のようだ。
「みんなに慕われてるんだな、キョウヤ様って」
「当然よ。キョウヤが誰よりもジバのことを思っているんだもの」
自慢げにアミナがそう話すと、俺は呼び捨てにしていることに気づいた。
「なんだか友達みたいに呼ぶんだな、王女様のことを」
「みたいって言うか、そもそも友達だったからね、私たちは」
セレナが「そうだったんですか?」と挟んでくると、アミナが「うん」と大きくうなずく。
「小さい頃に偶然出会ってね。その時は、キョウヤが王族の人だって知らなかったんだけど、それだったら、私が城に仕える仕事ができれば、また会えるかもって思って、それで臣下になったのよ」
「うわあ素敵な話し! とても仲良しなんですね」
「まあね」
セレナに向かってアミナのウインクが飛ばされる。俺もさりげなく出てきた友情話しに感心していると、アミナが再び天守閣を見上げた。
「あ、バルベスさんも出てきた」
新しい名前に、俺とセレナの顔がもう一度天守閣を見上げる。すると、キョウヤ様の隣で目立たないように立っていた人物を見つけた。長い白髪に顎から白髭も生やした、見るからに中年を越えた男性だ。
「あの人は?」
俺の質問にアミナが答える。
「あの人はバルベスさん。前の王の代から城に仕えていて、私と一緒にキョウヤを守っている臣下よ」
「前の代からのベテランさんか。結構年寄りに見えるが、戦えるのか?」
「バルベスさんは魔法使いなのよ。敵を魔法で縛り付けたりするのが得意で、結構頼りになるのよ」
「なるほど、魔法使いなのか」
俺がそう納得して天守閣を見上げると、丁度キョウヤ様は天守閣に振り返り、中へ戻っていくところだった。それをしっかり見届けると、アミナが俺たちに振り向いてこう言った。
「さて、都の女王様を紹介できたし、次は名物を紹介しないとね」
「ご注文の抹茶団子でございます」
茶菓子屋のおばあちゃんがそう言って、大きい皿に可能な限り積み重ねた抹茶の団子群をテーブルに置いた。深い緑色の粉に染められたそのまん丸の餅に、俺は既視感を感じる他なかった。
「異世界の名物に、抹茶団子があるとは……」
このジバという都市は、やはり日本なのではないだろうか。靴を脱いで座布団に座る店の内装や、木造の建物で落ち着きがあるのも、馴染がありすぎてむしろ気持ち悪い。知っている世界が知らない外国人で溢れているような、そんな奇妙な感覚だ。
「あら、ハヤマは抹茶団子を知ってたのね。ここ以外にもあったりするのかしら?」
アミナが口元に指を当てながらそう聞いてくるのを、俺は「世界ってのは広いからな」とだけ答えておいた。そう話してる間にも、セレナがフォークを片手にキラキラと目を輝かせ、開けたままの口からよだれを垂らしていた。
「はあ……美味しそうなスイーツ……」
「なんちゅう顔してるんだ、お前……」
みだらな顔を晒すセレナにそう言ったが、抹茶団子に釘付けで聞こえていないようだった。それを隣で見たアミナが嬉しそうにニコニコする。
「フフ。セレナは甘いものが好きなのね。早速頂きましょう」
「はい! いただきます!」
一つの団子に恐る恐るフォークを突き刺すセレナ。アミナも一個の団子を取っていくと、俺もすぐ手前にあった団子をフォークで刺し、二人の後に口に運んだ。球体を包む抹茶の苦味。そこから噛みしめた部分に、団子本来の甘味が広がっていく。名前や見た目しかり、味もしっかり抹茶団子だ。
「こ、これは!?」
気迫のこもった声を出すセレナ。何事かと思ってみてみると、セレナは自分の両の頬に手を当て、いかにも幸せそうな表情を浮かべた。
「きょ、脅威的! 驚異的すぎる味です! 私の村で作られる団子と違って苦みがある! それなのに、口に広がる独特の甘さ! 苦味と甘みの程よいバランスがまるで天国! こんなスイーツ、初めて食べました!」
感想が美食家のそれだ。
「気に入ってくれたみたいね。よかったわ」
「とっても気に入りました。こんな革命的なお菓子が、この世に存在していたとは」
「フフ。紹介した甲斐があったわ」
「ありがとうございます、アミナさん。私、この抹茶団子のこと、一生忘れません」
抹茶団子って、そんなに感動する食べものだったのか……。セレナとは別の理由で衝撃を受ける中、彼女の手がどんどん進んでいると、俺はいちいち顔をほころばせるのを横目に見ながらアミナに話しかけた。
「そういやさっきの王女様、アミナと友達ってことは、歳も同じくらいだろうけど、あんな若い人が王になるのは普通のことなのか?」
城の前で驚いたことをここで口にしてみると、アミナは「うーん」と考えてからそれに答えてきた。
「普通ではないんじゃないかしら。そもそもキョウヤは、仕方なく王女になったというか、あの歳でなる予定ではなかったの」
「どういうことだ?」
気になる言い方にそう聞くと、セレナもフォークを口に入れたままアミナに目を向けた。
「詳しく言うと、魔王のせいなのよ。世界を侵略しようとした魔の手が、このジバにも訪れたことがあってね。もう二年も前のことなんだけど、当時の王だったキョウヤの両親が亡くなっちゃって……」
「すまん。嫌なことを聞いたな」
思わず顔をそらしながら俺は謝る。セレナも「そんな……」と呟いたまま、途端に顔から元気を失っていった。
「気にしないで。あれから二年経って、もう魔王は滅ぼされた。それに見たでしょ? ジバの城や街も修復していって、元の姿に戻ろうとしている。キョウヤの指示に、私や市民たちが一丸となって頑張ってる。失ったものは取り戻せないけど、それでも私やキョウヤは、もう一度ジバを立て直そうとしてるんだから」
「そうか。だとしたら、相当凄い王女なんだな、キョウヤ様ってお方は。王がしっかりしてなければ、市民もついていこうとしないだろうしな」
「そうね。本当に凄い人なのよ、キョウヤって。魔王によって崩された財政を立て直したり、都の防備も固めたり。時間魔法の修行も、毎日頑張ってるし」
「時間魔法?」
そう聞いたのはセレナだった。
「そう。この都が、どうして時の都って呼ばれてるか知ってる?」
「いえ、もしかして、その時間魔法ってのが関係してるんですか?」
「その通り。ジバの歴史を辿るとね。この都を作ったのは、時間魔法を操る魔法使いだって言われているの。それで、このジバを治めてきた王族が、代々時間魔法を継承していったということから、ここが時の都って呼ばれるようになったわけ」
「へえ、そうだったんですね。その時間魔法って、具体的に何ができる魔法なんですか?」
「時間魔法っていうのは、その名の通り時間を操る魔法で、物や人の動きを遅くしたり、極めれば完全に止めれたりできて、果ては世界の時間すら止められるそうなのよ」
最後の言葉にセレナが目を見開く。
「ええ! 世界の時間を止められるんですか! とても強力な魔法じゃないですか!」
「効果を聞けば、とても強力でしょうね。でも、強い力を扱うには、それに見合った技量がないといけなくて、そこまではキョウヤもまだ使えそうにないって言ってたわ」
「そうなんですか。いつか見てみたいなぁ、世界の時間を止める瞬間を」
「フフ、確かに。一体どんな感じなのかしらね」
都と時間魔法の説明を一通りしてくれると、アミナは抹茶団子を口に運んでいった。セレナも思い出したかのように手を動かすと、その残りがすべてなくなっていくのは、そう長くはかからなかった。
茶菓子屋を出て、夕暮れがかった道を三人で歩いていく。気が付けば外は暗くなろうとしていて、もうじき夜を迎える様子だ。相変わらず俺はすれ違う市民たちにおどおどとした態度を見せてしまっている中、隣でセレナが旅をするきっかけの会話をして、アミナと一緒に盛り上がっていた。
「へえ。転世魔法を習得するために旅をしてるのね」
「はい、そうなんです。とりあえずはラディンガルに向かって、そこで情報を集めるつもりなんです」
「セレナちゃんならきっとできるわ。何か手伝えることがあれば、気軽に言ってね。セレナちゃんには借りがあるから」
そう言ってアミナが激を送ると、そこですっと足を止め、すぐ隣にあった建物を見て俺たちにこう言った。
「ちょっと待っててね」
俺たちを置いて、一人その建物の中に入っていくアミナ。俺とセレナは急なことに顔を見合わせてしまう。
その三階建ての大きな建築物は、随所にガラスの窓が張られており、黄色い光が外に差し込んでいた。横開きの扉の入り口にはのれんがかかっていて、雰囲気としては旅館を思わせるようだったが、ここまで一緒ということはあるだろうか。そう疑問に思った時、中からアミナが戻ってきた。
「お待たせ。はい、これ」
アミナはセレナに向かって手を伸ばすと、セレナの出した手に二つの鍵を落とした。
「アミナさん、これは?」
「部屋の鍵よ。この宿は都でも大きいものだから、ゆっくり休めるはずよ」
「ええ! ここ宿だったんですね。あ、それならお金を――」
セレナがバックパックから小銭入れを取り出そうとしたが、それをアミナは手を広げて止めた。
「刀を取り戻してくれたお礼。あの時、本当に助かったんだから」
「え? いいんですか? わざわざお金まで払ってくれるなんて」
「都に仕える臣下として、旅人をもてなすことも大事な仕事の一つだからね。これくらい当然よ」
腰に手を当てて胸を張るアミナ。それにセレナがパッと顔を明るくすると、「ありがとうございます」と頭を下げ、俺も「ありがとう」と口にして感謝した。それにアミナは「フフ」とほほ笑むと、元きた道に体を向けて、俺たちに手を振ろうとした。
「それじゃ。私もお城に戻るわね。二人とも、またいつか会いましょう」
「はい。今日は楽しかったです。また会いましょう、アミナさん」
「またいつかな」
別れの言葉を聞いて手を振ると、アミナは「じゃあね」と言って駆け足でこの場から離れていった。遠ざかっていく背中にセレナが手を振っていると、その姿が人混みの中に消えて見えなくなった。
「いい人でしたねアミナさん。鍵もちゃんと二人分頂きましたよ」
セレナが受け取った鍵を見つめながらそう口にする。
「そうだな。あんな人と出会えるなんて、いいところだな、ここは」
「はい。抹茶団子も美味しかったし、とってもいいところです」
「かなり気に入ったみたいだな。ま、それも旅の楽しみの一つか。でも今日は疲れた。早く部屋に入って休もう。もう歩きたくない気分だ」
「それは私も。部屋を確認して荷物を置いたら、夕食にしましょうか」
そう話しを済ませると、俺とセレナは宿の扉を開けて中へと入っていった。
――――――
静けさが佇む真夜中のジバの城。その二階にある一つの部屋には、国の財源などを溜めてある保管室があった。都を運営するための資金や、異国交流などで頂いた貴重品が集まるその保管庫には、当然厳重な警備が施されている。厳重に閉められた鍵に、どんな力でも破れない頑丈な扉。それに加え、夜の城内に目を走らせる見回りの兵士たちもいる。
今日この日でも、それは同じ条件のはずだった。
保管室の天井に、一つの影が映りこむ。辺りに気づかれないよう、慎重に周りを警戒するその男は、盗みを働いて生きる人間、いわゆる盗賊だった。
剣の持ち手に紐に結んだ武器、撃剣。それを天井に深く突き刺し、音をたてないように少しずつ、紐を伝って床まで降りていく。
音もなく足をつけると、盗賊はお目当ての金貨を袋につめていく。細心の注意を払ったその動作からは、一切の音が鳴ることはない。誰にも気づかれないその腕前に、盗賊の仕事は完全なものだと思われた。
ある人間が、その保管室の前を通るまでは――
「ふぅ……今日も疲れたわ」
木刀片手に歩く一人の女性。青いポニーテールを揺らしながら歩き、火照った顔を手で仰ぎながら保管室の前を通っていく。
「セレナちゃんたちと付き合って遅れた分、いつもより長引いちゃった。早く部屋に戻って休もっと」
女はそう呟きながら歩いていたが、ふとその足をピタッと止めた。そして、顔を隣の保管室にすっと向ける。
女はしばらくその扉を見つめ続ける。何の変哲のない、いつも通りの形でいる扉。そこに足を進めていくと、懐から取り出した鍵を鍵穴に差し、左に回してカチッと小さな音を立てた。そして、鍵を閉まってそおっと手を扉にかけると、最後はいきおいよくその扉を開けた。
薄暗い保管室には、財宝と貴重品、積み立てられた金貨だけ。荒された形跡もないその様子は、いつもの保管室となんら変わりないものだった。それを理解しながらも、女は木刀を構え出し、音を立てないよう慎重に中へと進んでいく。
部屋の隅から隅まで、くまなく確かめて回る。それでも、彼女の目に特別な変化は映らなかった。
「気のせいよね」
女は構えていた木刀を下ろし、保管室から出ていこうと振り返る。その足が、部屋の外へと出ようとした瞬間だった。
カタカタン――
小さい金属の音が静かに響く。女が反射的にパッと後ろに振り返ると、足下に一枚の金貨が落ちていた。女はそれをしばらく見つめていると、恐る恐る天井を見上げていった。するとそこには、天井に引っ付きながら彼女を見つめ返す、盗賊の男がいたのだった。
「……」
「……」
「……こりゃ、終わったな」
「曲者!」
挿絵:キョウヤのドット絵