表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
十二章 ここは神の街コルタニスなんだから~
109/200

12‐7 変わるきっかけがあれば

「命日って、さすがにそれはないんじゃないかな……」


 リュリュが苦笑いを浮かべる。事実そう思うのが普通だろう。今までずっと続いてきたものが消えることなど、想像はできても信じることはできないはずだ。


「あくまで噂だ。俺も信じちゃいない。でも、いつだって音沙汰なかった貧民街に、突然その噂が広まってたんだ。たった一日。いや、俺がいなかった間にだ」


 グラも同じ気持ちのようでそう口にし、セレナも不安気な顔をして、辺りにぞろぞろ集まり出してくる聴衆を見つめてから俺を見た。


「なんだか不穏ですねぇ。どう思いますか、ハヤマさん? ……ハヤマさん?」


 二度目を呼ばれて俺はハッと意識を取り戻す。


「ああすまん。ぼーっとしてた」


「もう、しっかりしてください。……というか、どうして今日はサーベルを持ってきてるんですか?」


 今更気づいたようでセレナが腰の裏を見ながらそう聞いてくる。俺はどう答えたものか悩んでしまうと、すぐにリュリュがこう呟いた。


「あ。神様きた~」


 周りの人全員が目を向ける先に、例の神様が歩いてくる。黒い布で顔を完璧に隠し、昨日も見たような長いベージュの髪を団子を作るように縛ってまとめ、不格好な着物でゆったり、ネイブを含めた四人の兵士と共に歩き続けていく。その様子を見ようと、大通りの脇に列を作るように人だかりができ始めてくると、俺たちもその中の一人になっていた。俺は辺りを見回してもう一人の少女がいないことを確認する。


「……サウレアは、やっぱりいないようだな」


 小声で囁くと、セレナが「え? 今何か……」と目を向けてきた。それに俺は別のことを口にする。リュリュとグラたちにも聞こえるよう、少し大きめな声で。


「すまんみんな。これからちょっと騒ぎが起きる」


「ハヤマさん、何をするつもりなんですか?」


 三人揃って懐疑な目を作り、セレナは直接俺に聞いてくる。


「きっかけを与えるのは、よそ者が一番ふさわしい」


 それだけ言って、俺は地面を蹴りだした。そして、真横まで来ていた神様に手を伸ばし、兵士たちの目を盗んで彼女の首に腕を回した。


「ハヤマさん!?」


「あいつ!? 正気か!?」


 兵士たちから距離を取るように後ずさりしていき、近づこうとする彼らにサーベルを抜き取って突きつける。セレナたちが困惑する声を上げていたのが聞こえていたが、辺りの人々も各々驚愕の表情を浮かべ、動揺の声を上げていくのだった。


「お、おい。何をしてるんだ?!」「か、神様に触れてやがる!?」「ぶ、無礼だー!」


 飛んだ戯言だ。彼らの野次をそう卑下して無視を決め込み、人質に取った神様の首にサーベルの刃を近づける。悲鳴を上げる野次馬と、血相を変えた兵士。ネイブだけは分かりきったような顔をしていると、その内の一人が剣を引き抜いてきた。


「……き、きっさま! その方から手を放せ! さもなくば――」


 今にも走り出しそうな雰囲気。すかさずネイブが手で抑える。


「彼を刺激してはなりません。人質を取られている以上、ここは冷静に」


 至極落ち着き払った声でそう言い、その兵士を冷静にさせる。周りの野次馬たちにも分からせるように目を向けていくと、自然と彼らのざわめきが静かなものへと変わっていった。そうして再び俺に向き直ってくると、そこで彼女は鋭い目つきで睨んできた。


「貴殿は何者だ? 神様を人質に取るとは、何が目的だ?」


 野次馬たちにも聞こえるよう、大声でそう聞いてくる。俺もこの場の全員に聞かせるよう大声を張り上げる。


「俺はハヤマアキト。神を信じない背教者だ! 神様を信じて止まない貴様らに反吐が出る毎日。俺はお前たちに真実を教えようと思う。下手に助けようとするなよ。不穏な動きが見えれば、すぐにこの首が飛ぶからな!」


「……して、何をするつもりだ? ハヤマアキト」


 俺は前に目を向けたまま、隣の神様に耳打ちする。


「――昨日の言葉。本当だよな?」


「え?」


 返ってきたのは、聞き覚えのある気弱そうな女性の声。俺は更に続ける。


「変わるきっかけがあれば、神様も変われる。……そのきっかけを、俺が作ってやる!」


「あなたは、まさか――!」


 俺は回していた腕を解くと、流れる動作で顔を隠す布を掴んだ。厚く縫われた、たった一枚の固い布きれ。すべての元凶であるそれを軽く引っ張って伸ばすと、彼女を神様にし続けたその布を、手首だけの振りで軽くバッサリ切り捨てた――。


 民衆たちから、悲鳴が巻き起こる。


「ああ、なんてことを!」「神様のお顔が!」「け、憲法違反だー!」


「か、顔を伏せろ!」


 最後の兵士の言葉に従って、野次馬たちはみんな神様から目を背けていく。あらぬ方向へ目線をやり、誰も彼女の顔を見ようとしない。ただ一人、隣にい続けたよそ者の彼女を除いて。


「サウレアちゃん?!」


 セレナがそう言って驚くと、リュリュとグラも顔を上げて彼女の顔を見た。セレナの言う通り、俺の隣にいた神様の正体はサウレアだった。同じ背丈で同じ髪色。神様という言葉に敏感な反応や、よく知っているような言動。嘘が嫌いな俺の目が、それらを見落とすわけがない。


「ハヤマ殿。貴殿は……」


 兵士の中で唯一顔を向けていたネイブだったが、それ以上何か言おうとしても言葉が出ないようだった。無理もないだろう。昨日、このことを話した時でも、彼女は俺を止めようとしたのだから。


 ――よろしいのですか? それではあなたはまるで……。


 そう……。今の俺はまるで、悪役だ。


「この顔をよく見て見ろ! これが、お前たちが神と崇め、絶対の存在と認めてきた女だ! お前たちが愚かに依存し続けてきた、その正体だ!」


 顔を赤らめていくサウレア。そんな彼女の顔を、俺は周りによく見えるように横に振り回す。


「その目でしっかり見てみろ! どんな大馬鹿野郎でも分かるはずだ! こいつが果たして神様なのか。それともただの人間なのか!」


 市民たちはちらちらこちらに目を向けながら、またすぐに顔を地面にそらしていく。未だに堂々と頭を持ち上げる者は、固まってしまっているセレナたち以外一人もいない。


「どうした! 現実を見るのがそんなに怖いか! こいつの顔を見るのは、そんなに恐れ多いことか!」


「やめないか! この不届き者!」


 一人の男の叫び声が聞こえた。声の主が前に出てくると、どこか見覚えのあるような面影を感じられる、キリッとした顔つきのフェネックの獣人が現れた。途端にリュリュの「お父さん!」と叫ぶのが耳に入る。


「神様にそんな無礼が許されると思うか! 神にも等しい存在に、なんという蛮行をしているのか、貴様は理解しているのか!」


 小動物には似合わない野太い声に、俺はサーベルの刃をサウレアに突きつけながら答える。


「まだこいつを神と呼ぶのか。こんな小さな童顔の人間が、お前には神様に見えると?」


「言いがかりはよせ! ここでは神様の存在は絶対だ! 神様である限り、少女だろうが赤子だろうが関係ない!」


 その一声が、辺りの民衆たちを感化させる。


「そ、そうだ。どんな顔だろうが、神様は神様だ!」「神様は絶対なんだ。その顔だって、きっと仮初かりそめの物に決まってる!」「偽りの表情を作らせる背教者め! 神様から手を放せ!」


 次々と顔を上げた市民たちが、口々にそう訴えてくる。神様は絶対だと。自分たちには必要な存在なのだと。いつも穏やかな顔してる大人たちが、ここぞとばかりに恐ろしい言動で叫んでくる。


「ここから出ていけ! 背教者!」「背教者には罰を!」「我らが神様に歯向かう愚か者め! 罰を受けろ!」


 どこからともなく石が投げつけられ、俺の額に衝撃が伝わった。突然のことに声にならない悲痛をあげる。ネイブも驚くような顔をしていたが、この一投を皮切りに、彼らは立て続けに石を投げつけ始めた。武器を持たぬ大衆が一斉に、寄ってたかって俺に反抗してくる。


 ――背教者には罰を。愚かな行為に粛正を。我らの神様に触れるなと。


 俺はそれをただただ受け続ける。そして、その内の一つが、横にいるサウレアにも直撃した。ハッと血相を変えて投げるのを止めるよう注意する人も出てきたが、お構いなしに石を投げ続ける人、この光景に泣き叫ぶ子供、「神様は絶対だー!」と真実を受け入れない人と、誰もが余裕のない様子を見せるこの状況は、まさに地獄絵図となり果てていた。


 これが、彼らの本性だ。


 神様という不確かで曖昧な存在。彼らはそれを信じ続けてきた。たとえ本物だと知らずとも、長い歴史や言い伝えを信じ、親や知人の対応を真似ることで、彼らは神様を本物にし続けてきたのだ。その見えない圧力や団結というのはあまりにも強すぎた。顔を隠しただけの人間を、神様だと認識してしまうほどに。


 自分たちが守り引き継いできた存在。それが架空の存在であったことを認めないため、彼らは俺を悪者として扱い、ここから排除しようと訴えてくる。必死に、横にいる存在を気にもせずにだ。そこから確信できることは一つ。


「痛っ!」


 また一つ石が彼女に当たり、とうとう額から血が溢れてきた。スッと血筋を作り上げ、ゆっくり引きずるように頬を流れていく。


 誰も見ていない。サウレアという人間のことを。ただ俺という悪役を排除することしか考えず、横で悲しそうに涙を浮かべていく少女のことなんか、誰も見ちゃいない。


 その時、ネイブが歯を食いしばっているのが見えた。


「――静まりなさいっ!!」


 街中に届きそうな怒号が、野次馬の手と口をピタリと止める。やっと穏やかな空気がそこに出来たかと思うと、サウレアは手で声を押し殺し、不規則に肩を痙攣させて泣いていた。額の血と、悔しさに満ちたような顔を浮かべながら。


「これが神様だ。仮初の顔? 偽りの表情? よく言うよ。そんなことができるなら、もっといい顔するはずだよな? 神様ってのは、俺たちを救う絶対の存在なんだもんな? そんな奴が、俺たちの前で泣き出すわけないもんな?」


 俺は彼らを煽って、誰一人言い訳できないよう、その目に泣き顔を焼きつけさせる。動かぬ真実を、全員に気づかせるために。


「だけど違った。神様は自我を持って感情も持った人間だ。神はもう、死んだんだ」


 サウレアに回していた腕を解いて自由にさせる。それを見てたまらず駆けつけてきたのはセレナだった。


「サウレアさん!」


 急いで近づいて、腕を伸ばして頭を包むように彼女を抱き寄せる。そうして「痛かったですよね。怖かったですよね」と優しく声をかけて頭を撫でてあげると、サウレアはセレナの肩に顔を押し付け、シクシクと嘆きながら涙を流していくのだった。


「大丈夫。大丈夫ですから」


 セレナの瞼にも涙が浮かび上がる。その光景を、ただ黙って見続ける野次馬たち。彼らに俺は今一度問う。


「さあどうする? もうこのコルタニスに神様はいない。いるのは王宮に暮らしてる、王冠も似合わない小さな少女ただ一人だ。もうお前たちに、神様という拠り所はない」


「口を慎めこのガキ……」


 重く沈んだ声が聞こえると、リュリュの父親が口を震わせていた。


「まるで私たちが散々神様に頼って生きてきたように言うじゃないか。お前みたいな子供には分からんだろうが、私たちには神様を信じる権利がある。私は貴族として、領地から得た金を宮殿に分配してるんだ。神様との話しも通している。立派に仕事をしてるんだ。そんな私たち大人が、神様を神様だと信じるのは当然の権利ではないか!」


「都合のいい神様だ。俺は知っているぞ? 貴族さん方はみな、自分の利益を優先して幼き神様を言葉巧みに利用していると」


「んな!? そ、そんなことは! ……だ、第一! 神様はすべての決定権を持っている。幼いからと言うのなら、望む時にいつでも自分の正体を明かせたはずだ」


「勝手なことを。そしたら今俺が布を切った時、お前はどこを見ていた?」


 フェネックはハッと驚いて言葉を詰まらせる。見ていないのだから当然の反応だ。


「随分と怖い顔で石を投げつけてたよなぁ? 彼女が顔を明かさなかったのは、考えれば俺でもすぐに分かる。お前たちを裏切らないためだ。神様ーって言うばかりで、周りが全く見えないお前たちのためにな」


 俺の言葉を耳にした野次馬が、それぞれ申し訳ないような、あるいはやり場のない怒りを抱くような表情をする。そしてリュリュの父親さんは、もう冷静さを取り戻せないところまでいっているようだった。


「……顔を見せようが神様は神様だ! 俺たちを救ってくれる存在は、いつだって神様なんだ! そうだろみんな!」


 彼の呼びかけに民衆たちが顔を上げ、まずは一人が乗っかっていく。


「そうだ! 神様は絶対! それはこれからも変わらない!」


 そしてもう一人。また一人。


「私たちには必要な存在なの! それを否定して、なんになるのよ!」「神様バンザーイ! コルタニスの神は、絶対なり!」


「コルタニスの神は絶対なり! コルタニスの神は絶対なり!」


 その言葉が伝染していき、その場の全員が一緒になって声を張り上げていく。


 また彼らは守ろうとしている。それは神様ではない。自分たちの拠り所だ。絶対の存在が自分たちの前から消える。不安を抱いているのだ。口々に俺に訴えてきてはいるが、彼らが実際に戦っているのは己の不安だ。そして、その目はやはり、サウレアを見てはいない。


「……お父さん」


 フェネックの獣人の隣に、顔を俯かせながらリュリュが近づいていた。父親は口を閉ざして娘に振り向く。


「リュリュか。お前もあいつに言ってやれ、神様は決して――」


「神様じゃないよ」


 ポツリと呟かれた一言。小さな囁きに父親は「ん? なんて言ったんだ?」と耳を下げるように傾くと、リュリュは顔を上げ、今にも溢れだしそうな涙を見せた。


「あの子は神様じゃなくて、サウレアちゃんだよ。お父さん」


 父親はこの世の終わりみたいな顔をして、身を引いてたじろぐ。


「リュリュお前!? どうしてお前もそういうことが言える! 背教者だったのか?」


「サウレアちゃんはサウレアちゃんなの。いつも私と会ってくれて、一緒に遊んでくれた友達。甘い物が好きな普通の女の子で、貴族の私と対等に接してくれる、とってもいい子なんだよ」


「神様と、対等に、だと……? あり得ん。何かの間違いだ。他の奴と勘違いしてるんじゃないのか?」


 ブンブンと首を振って、リュリュは強く否定する。


「そんなことない。私も今日初めて知った時は驚いたけど、でも、何も間違ってない。きっとサウレアちゃん、宮殿にいるのが嫌で、街に抜け出してたんだと思う。詳しい理由は聞いてみないと分からないけど、でもきっと――」


「黙りなさい!!」


 地を割りそうな大声に、頭を殴られそうになって委縮するようにリュリュは体を縮こませた。父親はただ威圧するような目でリュリュを睨みつけると、リュリュも「ごめんなさい……」と言って折れてしまった。そのまま振り返って父親はネイブに口を開く。


「ネイブ殿。三英雄とも呼ばれた貴殿が、何をぼうっと立っているのです。もう神様は解放されています。すぐに背教者を捕らえるべきだ!」


 横暴な命令を口にすると、ネイブは少し迷いを見せながらも、周りからも「そうだそうだ!」という圧を受けて細剣に手を伸ばそうとした。やはり神様を信じる彼らの目は覚めない。いや、覚めている現実を見ようとしていないのか。どちらにせよこの状況を避けられないと悟り、俺もサーベルを構えてみせようとした。


 ネイブも細い刀身をさっと、奥に詰まっていたものを取り出すかのように抜いていこうとする。だがそれがすべて抜かれるよりも先に、貧民街の彼が動き出すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ