表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
十二章 ここは神の街コルタニスなんだから~
108/200

12‐6 正体を知っているあなたに聞いてみたい

 ――私が三英雄と呼ばれるようになってからのこと。魔王が現れた悲劇の、今から四年前のこと。私はある任務を託されていた。その任務はフェリオン連合王国への同盟締結。いわゆる魔王討伐の協力を求めに、国王の命令で私が交渉に赴いた。私は少数の兵と共にフェリオンの王都、ピトラに向かっていった。だがそこで、私は魔王と接触してしまい、あまりの戦力の差に不覚をとってしまった。


 私は、命からがら助かった。大きな傷を受けた体を引きずって、私は辺りを彷徨い続けた。当時のピトラはまだ魔王に対抗しようとしていて、城の守りを固めて外部からの侵入を人だろうと許さなかった。王都に入れず途方もない距離を歩き続けて、そうして出会ったある人間、顔を布で隠した彼女が私を助けてくださった。


「――その方の正体は、前コルタニスの神様だったのだ」


 つい自分の目が丸くなるのを感じる。ネイブが助けられた事実もそうだが何より――


「やっぱ、この街の神様は別人になってるんだな」


「コルタニスで治療を受けた私は、しばらく傷が完治するまで、スレビストに戻ることができなかった。厳密には抜け出すことも可能だったが、それを神様は決して許してくださらなかった。魔物がはびこる外の世界を一人で歩かせるわけにはいかない、と」


「心配性な神様だったのか」


 リュリュの言っていた、今とは違う前の大人びた神様は、どうやら人の優しさを持っていたらしい。そこでネイブは一つの区切りをつけると、目つきが変わって声色も少し低くする。


「だが、私に平穏は訪れなかった。このコルタニスにも魔王が現れたのだ。魔王の力はこのコルタニスに崩壊をもたらした。私たちが今いる貧民街。この灰色の風景が、その時の名残となるほどに」


 がれきだらけの崩壊集落。見渡す限り惨憺さんさんたるこの有り様すべてが、魔王の仕業……。


「魔王を止めようにも力足らずで、私はまた魔王の前に膝をついた。コルタニスは魔王の手に落ちる。そう思ってしまった時、ある女性が私の前に立った。知らない顔の人間。今まで見たことがないその彼女のことは、私を救ってくれた神様だった」


「戦ったのか? 神様が魔王と?」


 つい気負うように聞いた言葉に、ネイブは首を横に振る。


「彼女は共に消えたのだ。その身を代償に、禁忌を犯して」


 禁忌級魔法だ! 頭の中に、勝手にその一言が浮かび上がると、ネイブの口からも同じ言葉が出てくる。


「禁忌級転移魔法。アナザートランジション。彼女は確かにそう口にして、そして強い光と共に、魔王と共にその姿を消し去ってしまった」


「一体どこに消えてしまったの?」


 ミツバールがそう聞いた。ふとネイブは、奥で揺れたように見えたがれきに目をやる。


「……ここがどうして城壁のない街なのか、存じているか?」


 急な話題転換に俺とミツバールはハテナマークを頭に浮かべる。すると次の瞬間、ネイブの足下のがれきの中から、ムカデのような魔物、リトルワームが飛び出してきた。口の鋭い牙がネイブに向けられるが、当の本人は細剣を抜く素振りを見せない。ただ棒立ちのまま魔物を睨んでいると、彼女の目の前で魔物は魔法陣の光に包まれて一瞬で姿を消した。


「――え! 何が起こったんだ!」


 辺りを見回しても魔物は見当たらない。当然俺たち以外に誰も周りにおらず、魔法使いの可能性もないと気づくと、ネイブはその答えを口にした。


「この街には、先任の神様の魔法がかけられている。アナザートランジションは街や都市そのものに魔法をかけ、外部から来る侵入者をどこからでも転移させることができる魔法なのだ」


「どこからでも転移……。それじゃ、さっきの魔物もその禁忌級魔法の効果なのか」


「しかし、その代償として魔法を発動した魔法使いは、どこでもない世界。次元の狭間と呼ばれる、我々には絶対に届かない世界へと転移してしまう。我々と同じものを見ることができても、我々がその魔法使いを認知することはできず、また触れることもできない、まさに表裏一体の世界に閉じ込められてしまう」


 次元の狭間? 言葉の意味はしっかり理解できないが、同じものを見て触れられないのならきっと、このプルーグをまるっきり複製した世界を生きている、という感じなのだろう。もしかしたら今俺の手を伸ばした先に、その魔法使いの人がいるのかもしれない。


「……相変わらず、禁忌級の代償はえぐいものばっかだ。となると、元の神様はその魔法を発動して、なんとか魔王を追っ払ったってことなんだな」


「その通り。そして私はその時、神様から最後に、ある頼みをされたのだ」


 空を仰ぐように顔を上げたネイブ。少し開けられたこの間が、俺とミツバールの意識をしっかりネイブに向けてくれると、彼女は天を見上げたままこう話した。


「将来の神様を、未熟のままでいる娘を、どうか助けてあげてほしい。そう、神様は私に託していったのです」


「……それで、スレビスト王国に戻らずここにいたわけですか」


 ミツバールの言葉にネイブはうなずく。王国を失踪した英傑の謎が、こうして明らかになる。新たに守るものができたから。それも、命の恩人に託された、最後の頼みとして。


「ゼインの妹さん。私はあなたにとって許されないことをした自覚がある。あなたの非難、どんなものでも聞き入れるつもりだ」


 そうネイブは青い瞳を真っすぐに向けたが、ミツバールは少しだけ笑みを浮かべた。


「いいえ。最初にも言った通り、私はあなたに言うことはありません。兄のことなら、もう乗り越えましたから」


 ミツバールの目が俺に向けられる。なんだか温かみを含んだような、優しい眼差しに、俺は呆気に取られる気分になりかけたが「そうか」と答えたネイブに「俺からいいか?」と声をかけた。ネイブは俺に振り向き、なんだと目で聞いてくる。


「今の神様についてだ。ネイブの話しから考えると、今の神様の中身は子どもなんだな?」


「ああ。私を助けた神様の、そのご息女そくじょだ」


「人間であってしかも子どもである。よくもみんなそれを神様だって言えたもんだ。ちなみにネイブは、その人の顔を見たことがあるのか?」


「それを知って、貴殿はどうするつもりだ?」


 この答え方は多分、知っている答え方だ。彼女の顔を見てそう判断し、俺は穏便に「いや、別に怪しいことは。言いたくないなら別に構わない」と言って場を流した。そして、今一度がれきまみれの貧民街を見渡していく。


「……ネイブさん。国を裏切ってまで神様の隣に留まったあなたが、まさかこの悲惨な現状をそのままにしていいと考えてはいないでしょう?」


「……何が言いたいのだ?」


 俺はネイブに向き直る。


「ネイブさん。神様の正体を知っているあなたに聞いてみたい。今の街の状況、人の神様への信頼を、あなたはどう思っていますか? 街のみんなが小さい子どもを神様と呼んで、街のすべてを任せっきりにしている今の状況を、変えたいとは思いませんか?」


 ネイブは俺の言葉に耳をビビッと動かし、その目で辺りを見回してから口を開く。


「変えたいとは思っている。だが容易ではない。貴族たちも魔王に自分たちの身を脅かされたことで、街の発展よりも個人の利益にこだわるようになってしまった。彼らは言葉巧みに幼き神様を説得し、目立たずともこの街の在り方を変えてしまっている」


「ネイブさんが何を言っても駄目なんですね?」


「私の言葉では人は信じてはくれない。今の神様にも強くそう言ってみたりもしたが、人づきあいが苦手な方でな。結局届かないのだ。過去に国を裏切った私の言葉では、何も……」


 ネイブは貴族に逆らえず、貴族は神様を利用する。今まで神様の母親さんや、それまでの代の方々が築き上げてきた均衡が、魔王によって大きく崩されてしまった。今の未熟な神様によって全部。そして、その神様を信じ続ける市民たちによって――。


「もしも。『神様』という重荷を、その子から解放できるとしたら……」


 ネイブが怪訝な目を俺に向ける。その彼女に、俺ははっきりと言葉を繋げる。


「彼女を神様という呪縛から解放できる『方法』があるとするなら……」


 ミツバールが羽を広げて静かに飛び立っていく。そうして二人きりになって、俺は嘘偽りない眼差しで彼女を見続けて最後に、


「……ネイブさんは、どうしたいですか?」


 と、薄ら笑みを浮かべながら聞いた。



 ――――――



 その日の夜は、いつもよりあっという間に過ぎ去っていった。宿の窓から朝の日差しを受け、俺はいつも通り顔を洗って適当に髪をとかして準備を済ませていく。洗った服にも着替えを済まして扉のとってに手をかけるその前に、俺は部屋の隅っこにずっと置きっぱなしだったサーベルに目を向けた。


「っと。忘れるところだった」




 宿の一階で待っていたセレナと会い、外に出ていく。神様が通る大通りをずっと歩いていると、途中で俺はセレナに昨日の確認がてらにこう聞く。


「転移魔法の習得って、だいぶいいところまで進んでるんだったよな?」


「そうですよ。サウレアさんが言うには、もう発動のコツがつかめているはずだから、一週間も繰り返し発動すれば、ニ十キロの物を転移できるでしょうと言ってました」


「繰り返し発動、か。それってつまり、もうサウレアがいなくても練習できる段階ってことだよな?」


「うーん、まあそういうことにはなりますけど。でも、どうしてそんなことを?」


 口に出す前に、先に頭の中に言葉を連ねてみる。今日は恐らく、俺たちがコルタニスにいられる最後の日。あくまで可能性の話しだが、俺はきっとそうなると信じてる。


「……いや、気になっただけだ」


「はあ」とセレナは腑に落ちないように納得する。こんなこと、馬鹿正直には言えたものではない。


「やっほ~セレナちゃん、ハヤマく~ん」


「あ、リュリュさん! それにグラ君も!」


 ピンク髪が勝手に駆け出していく。厄介事に首を突っ込み、よく騒ぎ立てる彼女に対しては、絶対に言えたものではない。


「今日はグラ君と一緒なんですね」


「たまたまそこで会ったんだ~。運命なのかもね~」


「んな! 気持ち悪いこと言うな! 単純に俺は、昨日貧民街で噂が広まってて、それを確かめるためにここに来ただけだっつの!」


「噂? どんな噂なの?」とリュリュ。


 到底彼らに言えたものではない。


「今日はコルタニスの神様が大通りを歩く日。そして――」


 ――同時に、神様の命日である、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ