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魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
十二章 ここは神の街コルタニスなんだから~
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12‐5 神様は死なないよ

「ねえセレナちゃん。セレナちゃんは神様のこと、信じてる?」


 休憩と言われて座り込んだセレナに、リュリュは座った俺たちの前をゆったり歩きながらそう聞いた。


「神様って言うと、このコルタニスにいる神様のことですか?」


「それも含めてって感じ」


 少し考えこむセレナ。


「そうですね……私のいた村では、特に宗教や修道院なんかがあったわけではないので、あまり信じるとかは考えたことないですかね」


「そっかぁ。周りにいないと、そもそもそういうことを考えないんだね~。じゃあサウレアちゃんは?」


「え? 私ですか?」


 妙に甲高い声を出して驚くサウレア。


「うん。サウレアちゃんは、ここにいる神様のこと、どう思ってる?」


 サウレアはセレナよりもじっくり考えてから、言葉を探るよう慎重に話す。


「……その、あまり上手く言い表せませんが、我慢強い方かなって」


「我慢強い?」


 意外だった一言にリュリュがそう聞き返す。それは俺も思っていたことで、なんならセレナとグラも一緒の顔をしていた。「その、さきほどハヤマさんが言ったことと近いのですが……」と前置きを入れてから、サウレアはまとまった考えを言葉にしていく。


「コルタニスの人々は、誰もがあの神様を絶対だと信じて疑いません。そのせいか、リュリュさんのお父さんのように恐れ多いと距離を取られたり、グラさんのように恵まれぬ人たちに恨まれたりと。なんだかそれって、信じてくれてるはずの人たちに、好き勝手されているように見えてしまう気がして……」


「それで我慢強いってことなんだ。なんだかサウレアちゃん、神様のお友達みたい」


「お、お友達?」


 リュリュの能天気な感想に、サウレアは露骨に感じるほどうろたえる。


「リュリュ、今まで神様のことそんな風に思ったこと、一度もなかったもん。リュリュにとって神様はずっと上にいる存在でぇ、それこそ手の届かない場所に住んでる人に思えてたから。それを同じ立場で見てるサウレアが、なんかすごいなって思ったんだ~」


「そうでしょうか?」


 グラも口を挟んでいく。


「恨むもなにも、今までそうしてきたじゃねえか。神様の決定で貴族が動いて、俺たち一般市民が経済を回す。俺の住む場所が貧民街になったって、復興を進めるとかは神様の権力があれば絶対できることじゃねえか」


 その乱暴な言い方に、サウレアがまた謝りそうな顔をしだす。俺はふと頭の中をよぎった疑問を口にする。


「なあ。貧民街ができる前は、グラは普通に生活できてたんだよな?」


「そうだよ。この村娘と同じような生活をしてたよ」


 それにリュリュが言葉を付け足してくる。


「貴族の間でも、特に格差とかは生まれなかったかな~。みんな神様の言う通りに従って、結構均等に土地を支配するよう命令されてたよ」


「昔は命令されてた。今はされてないってことか?」


「うん。魔王さんがやってきてからは、そういうのはなくなったかな~」


 リュリュは何も感じてないかのように淡々とそう言ったが、明らかに変だと気づくべき内容だと、俺は思った。魔王が来るまでは平和だったこの街が、襲撃を食らってから一気に崩れた。街の繁栄が偶然上手くいくことなんてそうそうあり得ない話しだろうし、途端に命令が消えるという部分がやけに違和感を感じられる。


「魔王に襲われた時、貧民街ができた以外に事件は起きなかったか? 神様が死にかけた、とか」


 何か手がかりが掴めないかとそう聞いてみる。するとリュリュが、おかしなことを口走った。


「神様は死なないよ。肉体が滅んでも、新しく生まれ変わるからね」


「生まれ、変わる?」


「うん。実際に、魔王がやってくる前は大人っぽい姿をしてたけど、今はちっちゃな子どもみたいな可愛い感じになってるよ~」


 ピンと、頭の中で複雑に絡まっていた糸が、真っすぐになったような気がした。リュリュの言ったことが本当なら、魔王が来てから神様は新しくなっている。分かりやすく言えば、元の神様をしていた人はきっと他界し、今は別の人が神様として振る舞っているわけだ。その真実に気づいてしまうと、俺は思わず喉奥から乾いた笑いが出てきた。


「ッハ、アッハハ。そういうことか……」


 みんなが俺を変だと訴える目で見てくる。それでも俺は込み上げてくるおかしさが拭いきれないでいると、マジかよ、と思いながら額を手で抑えて首を横に振った。


「……リュリュ。お前の言った神様の生まれ変わり。人々はそれを信じてるんだよな?」


「え? そうだけど……どうしたのハヤマ君?」


「いや、別になんでもない。多分お前に話しても、すぐに理解できない話しだと思う」


「ふーん。変なハヤマ君」


 そう言って潔くリュリュは引いてくれた。事実今言っても、俺の話しは信じてくれるかどうか怪しい。というか信じてもらえても、それで彼らはどうこうすることはないだろう。一応確証もない話しではあるため、無理に混乱させないよう俺だけの秘密にしておこう。


「明日も神様が大通りを歩くよね~」


 ふいにリュリュがそう呟いて、セレナが「歩くんですか?」と反応した。


「定期的に歩いてるんだよ~。もしもサウレアちゃんが言ってることが正しかったら、神様も無理しないでほしいけどね~。それこそいっそ、顔を出しちゃうくらいはっちゃけちゃったりしてね」


 にっこり笑顔でそう言ったリュリュにサウレアが苦笑する。


「それはさすがに無理があるでしょう。もしもそうして、神様が顔を明かしたりでもしたら、認めない人たちからの反発も出てしまうでしょうから」


「そっか~」と残念がるリュリュ。ふとサウレアは、瞳から光を失うようにして一言、


「どこかにきっかけがあれば、神様も変われるのでしょうけど……」


 と小さく呟いた。神様が変われるきっかけ、か……。


「――その言葉。本当だな」


「え?」


 サウレアが不意をつかれたかのような目を向けてくる。周りからも同じような目線を感じるが、俺はサウレアだけを見てもう一度、はっきりと口にする。


「もしも神様が変わりたいと思っているなら、俺たちから近づけば変われる。そう思ってるんだよな、サウレアは」


「わ、私はそう思うってだけです! ですから、実際にそうなるかどうかは……」


 サウレアがおどおどと落ち着きなくそう答えたが、俺はある確信を手にいれた気がした。きっとこの街は変えられる。変わってほしいと願っている人もここにいる。ならばできる限りのことをやってみようと、俺はその場に立ち上がった。


「どこ行くんですか? ハヤマさん」


 セレナに聞かれ、俺はまだ沈まない日を見上げてそれに答える。


「ちょっと人探しだ。セレナ。お前の翻訳の魔法の範囲ってどれくらいだ?」


「とりあえず、コルタニスの中だったらなんとか……。コロシアムの時でも結構届いてましたし、意外と大丈夫だと思いますよ」


「そうなのか。ちなみに、転移魔法の練習でいきなり切れたりする可能性とかってのは?」


「それも問題ありません。一度発動したものは無意識に発動し続けてますから、私の意志がそう思わない限り永遠に続きます」


「オッケー。なら何も問題ない。なるべく日が沈みきる前に戻るけど、あれだったら先に宿に戻っててくれ。俺は道に迷っても最悪、臭いを辿っていけるからな。それじゃ」


 軽くスマートに手を振ってそそくさと歩き出し、俺は人探しのために一人でコルタニスの街道へと出ていくのだった。




 少し前に起こりかけた強盗事件。グラが起こし、ネイブが関与したそこで、俺は鼻をクンクンとさせて臭いを嗅いでみる。俺の探している人というのは、神様の隣にいるネイブだった。神様から直接聞くことは難しいだろうが、その隣にいる人ならきっと、神様がこの街をどうしたいか手がかりを持っているはず。確証ではないが可能性のあるその情報を得ようと、俺はこういてネイブの痕跡を探ろうとしていたのだ。だが……。


「臭いがかき消されてる。さすがに時間が経ちすぎたか」


 あの時出会った瞬間、確かに感じていたネイブの匂い。コルタニスにいる人や獣人と違って、獣臭さの中に、薔薇の香水をつけたような匂いはもう残っていなかった。


 コルタニスの街は途方もなく広く、潔く諦めるべきかもしれない。どうせ明日になればまた、神様と共に歩いてくるだろうから、時を見計らって話しかけてみるか。そう代案を思いついた時、頭上に一つの影が通り過ぎていくのが見えてパッと顔を上げた。すると空には、水色の羽色をした鷲の獣人という、懐かしい顔が飛んでいた。


「あれ、まさかミツバールか!」


 ログデリーズ帝国を出て立ち寄ったアトロブ。戦場だったそこに咲いていた白い花と共に、彼女のことを思い出した。背中に背負っている弓からも本物だと理解できる。最後に別れた日から一人で旅立つと言っていたが、まさかここでまた目にするとは。彼女の姿をずっと目で追っていたが、小さくなってやがて宮殿の屋根に隠れてしまう。途端に俺は、三英雄という言葉を思い出す。


「……まさかな」


 そう呟くが、一抹の可能性を感じてしまう。結局俺は駆け出していると、宮殿よりも奥に向かってずっと走り続けていった。




 コルタニスに来て最初に抱いた印象。それは黄色の壁が立ち並ぶところから、街中も明るく華やかな雰囲気だ。それが今、眼前にある光景からは真逆の印象しか湧かない。


 ミツバールを追い続けて約三十分。俺は街の宮殿を超え、コルタニスの北を目指して走り、たまに歩いてまた走り続けてくると、錆びた鉄の組み合わせでできたような、ガラクタだらけの家が立ち並ぶ寂れた貧民街に来ていたのだった。


「これは……マジか……」


 真っ黒に汚れた道を進みながら、辺りを見渡していく。同じように出歩く人はまるで見当たらない。気配がないわけではないが、みんなガラスのない窓の中にいながら、俺と目が合いそうになると、すぐにその顔をそらしていた。


「これがグラが住んでる貧民街か……」


 人間の中には獣人も混じっていたが、たとえ肉食獣であろうと、その誰もが細く弱々しい手足をしている。どことなく空も灰色に見えてしまうそこは、とても神様のいる街とは思えなかった。


 こんなところにミツバールはいるのだろうか。少し自信がなくなってくる。しかし、突然覚えのある臭いが鼻に感じられると、ような獣臭い中に薔薇の香りが混じった、ネイブの匂いを嗅ぎ取った。着実にそれを感じ取って足を進めていくと、曲がり角を曲がった先の崩壊しきった建物のがれきの上で、ネイブとミツバールの二人がいるのを見つけた。


「……ゼインはそういう奴だったわ」


 ネイブの声がそう聞こえてきて、思わず俺は足を止めてすぐ横の家の角に身をひそめる。少しだけ頭を出し、ミツバールが喋ろうとするのを何とか聞き取る。


「ネイブさん。今となってはもう遅いことですから、私はあなたを責めたりするつもりはありません。けれど知りたいんです。あなたはどうして、スレビスト王国を抜け出したんですか?」


 スレビスト王国で何度か耳にした話しだ。ネイブは三英雄とも呼ばれる英傑で、国の人からの信頼を厚かったらしい。だが魔王に襲われた時、彼女は突然国から姿を消した。その真相が明らかになるのかと思うと、俺は思わず体がどんどん前のめりになっていった。


「……知りたければ教えてあげましょう。ですがその前に――」


 ネイブがスッと振り返ってきて、見つかってしまった俺はビクッと体を震わせた。


「盗み聞きは、よしてもらえないか?」


「ああっとその……すみませんでした……」


 素直にそう謝ってしまう。さっさと立ち去るべきか。そう思った時、驚いていたミツバールが口に当てていた両羽を下ろし、俺を呼び止めるようにネイブにこう言った。


「彼は私の知り合いです。一緒に話しを聞くのを許してくれませんか?」


 キョトンとしながら俺は再び振り返る。ネイブはしばらくミツバールの瞳を見続けた後、もう一度俺のことを見てうなずいてくれた。


「まあいいでしょう。きっとハヤマ殿も、私に用があって来られたのでしょうし」


「マジか。いいのか本当に? 聞かれたくない話しなら、別に俺ははけるぞ?」


 俺はそう言ったが、ネイブはすらりと言ってみせる。


「私は向き合わねばならない。自分の犯した過ちと、それでも選んだ覚悟に」


 強く決心の宿った、青い眼差し。それに俺の体は一瞬ピリッと痺れるような気がすると、俺も覚悟を決めるように二人の元へと歩いていった。

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