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魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
十二章 ここは神の街コルタニスなんだから~
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12‐4 神様は不平等だ、みたいなことを言うな

 シーフードが平らげられていき、だんだんと黒い皿底が表に映ってくる。貧民街から出てきた少年が相当空だっただろう胃袋を詰め込んでいく中、ひょろがりの体を見て俺は皮肉を呟く。


「貧民街か……なんたって神様のいる街にそんなのができるんだか」


 途端にサウレアの顔が曇る。


「私たちの神様も、万全ではないということです。神様を讃えるだけでは、この街は変わりませんから……」


 顔を俯かせてそう呟く。なんとなく言葉に重みがあるような気がしたが、自分の中に恐れ多いようなうしろめたさでも感じていそうだ。神が絶対、なんて言われていれば当然か。


「リュリュの家は貴族なんだろ? ある程度の権力はあるんじゃないのか?」


 俺はそう聞いてみるが、リュリュは首をひねった。


「そうだけど、神様には敵わないかな~。お父さんも、いくら貴族だろうが自分が神様に近づくなんて無礼だし、そんなのみんなが許すわけないって言ってるもん」


 真っ当な答えが返ってきて、俺は腕を組んだ。神に人は逆らえない。貴族だろうとそれは変わらず、なんだか架空だと思っていた神話の世界を体現しているような状態だ。栄えている人がいて、その裏でひもじい思いをする人がいるなんて、嫌に現実的過ぎる。カチャン、と音が鳴ると、少年が食べ終わった皿の上にスプーンを置いていた。


「結局はあの神様のせいだよ。あいつがちゃんとしないから、俺たちは……」


 少年は静かに呟き、片手に握りこぶしを作って怒りを表す。


「神様が嫌いか?」と俺が聞いてみると、険しい目つきのまま少年は答えた。


「嫌いさ。大嫌いさ。神様は俺たち民を守る存在って言われてるけど、全くそんなことないよ。俺たちが毎日食べるのに困ってるのに、あいつは何も与えちゃくれない」


 そう言いながら彼の腕が溜まりに溜まった鬱憤うっぷんが出てきそうに震えだす。まるで感情を制御できない子どものように、今にも喚き出しそうな雰囲気。その隣で、気弱なサウレアは怒りに押されるようにシュンとしていく。彼にここまでのことを思わせたのは、本当に神様なんだろうか。俺はしっかりと少年の目を見る。


「一つ聞くが、お前は神様の口から、民を守るってことを実際に聞いたことがあるのか?」


「はあ? 神様となんて一度も話したことないのに、どうやって直接聞くんだよ」


「てことはやっぱり、誰とも知らない人の言葉が、今の神様を表してるわけか」


 俺の言ったことにセレナが「どういうことですか?」と聞いてくる。


「主を信じれば何事も救われる、とか、神は我々を導いてくれる、とか。そういう教えみたいな奴ってよく耳にするけど、結局それを言ってるのは人間だろ? 神様が直接言ってるわけじゃない」


「それはそうですけど……」


「要は過大評価なんだよ。誰もが見れば分かることだ。セレナと大して歳の瀬が変わらなそうな神様が街を守るとか、そんな大それたことが一人でできるとは思えない」


「ですが、神様と呼ばれるほどの実力が、ちゃんとあるかもしれませんよ?」


 セレナはそう言い返してきたが、俺は釈然としないような顔を見せた。ぶかぶかの着物と布で隠された顔の神様。少年を見てみれば、あれが絶対の存在だとは俺は思えない。


「実力があろうがなかろうが、あの神様はどう見ても人間だ。結局のところには限界がある。限界があるからこそ、こうして貧民街の彼を救えずにいるんだ」


「た、確かに……」


 そうセレナは感心して納得する。ふと、向かいの席の三人に目をやると、みんな俺のことを唖然とするような目で見つめていた。何かマズイことでも言ったのかと焦りを感じ始めると、少年が口を開いた。


「お前、よく神様が人間だって言えたな」


「え? だってそうだろ。体の構造、顔の肌、長い髪の毛。顔を隠してるだけでどう見ても人間だ」


「いや、そう言うことじゃなくて、憲法にあるだろ? 神の存在を疑うことを禁ず」


「ほえー」


 俺は無関心に相槌を打った。三人が驚いていたワケを知って、大した理由でもないなと頬杖をつく。一応周りにいた人たちに目配せして、誰も気にしてない様子を確認する。


「憲法に違反したとして、お前は俺を突き出すのか?」


「俺が?」と少年は自分を指差す。コクリとうなずいてやると、そのまま「いや、そんな面倒なことしねえよ」と呟いてきた。


「そうか。驚かせて悪かった。俺はこの街に来てまだ日が浅くてな。そういうのあったら、今後も教えてくれ」


 適当にそう言っておくと、リュリュが「ニャッハハ」と変な笑い方をしだす。


「ハヤマ君は度胸が凄いね~。ちょっと驚いちゃった」


「そうか……。こんな話しを続けるのもあれだし、そろそろ行こうか」


 みんなにそう提案すると、「は~い」と返事をしたリュリュが真っ先に会計に駆け込んでくれた。


 俺たちはゆっくりと、店の外へ順々に出ていく。昼を過ぎて日の光が淡くなろうとしている空を見て、リュリュは「まだ時間がありそうだね~」と呟く。サウレアはセレナを見る。


「この後、少しだけ練習しましょうか」


 その言葉にセレナは「もちろん!」と強くうなずく。それを横目に、リュリュは少年の前に歩いていった。


「君ともここでお別れだね」


 その一言に俺たちの目も少年に移される。少年はリュリュの言葉が意外だったのか、キョトンとした顔を見せていた。


「え? お前たち、俺をこのまま帰すつもりなのか?」


「まだ疑ってたの~? 折角おいしいもの食べさせてあげたのに……」


 リュリュが分かりやすく残念そうな顔を見せる。


「だ、だって。そうじゃなかったら、俺はタダであんな旨い飯を食ったことになるんだぞ?」


 疑心暗鬼が晴れない少年に、サウレアが彼に近づいて、向けられた目線に少し怯えてしまいながらも、その口をしっかりと開いていく。


「あ、あなたが満足してくれたのなら、それで十分だと、思います。あなたや貧民街の人たちだって、お腹いっぱいに食べてほしいですから」


 真っすぐに、誠意を見せつけるようにかけられた言葉。少年はそれに顔を俯かせる。その横顔に、悔しそうに唇を噛んでいる様子が俺の目に映ると、少年はパッと顔を上げて、ふてぶてしくこう言った。


「……グラだ」


「え?」


 唐突な言葉にサウレアが驚き、少年はもう一度口を開く。


「グラ。俺の名前だ」


「……そうですか。いい名前ですね」


「……今日は旨いもん食わせてくれて、ありがとう。……あんたみたいな人が、神様だったらよかったのに」


 目を合わせないようにしながら、グラは初めてお礼を言った。最後の一言にサウレアは驚いていたが、すぐに苦笑いを浮かべる。


「そ、そんな恐れ多い。私なんかが神様になれるわけありませんよ」


 グラから目を離し、大通りを歩き出してセレナに「行きましょう」と一言声をかける。二人が一緒に歩いていき、リュリュもサウレアの腕に飛びつきながら歩いていくと、俺はその場で少し頭をひねっていた。


 ――私なんかが神様になれるわけありませんよ……。サウレアの放った一言。どうしてかその時の、寂しげな雰囲気を残す言い方に引っかかってしまう。まるで何かを分かりきっているかのような、悟ったような感じ、と言えば近いか。


「――なあ、旅人のお前」


 そう言われて俺は話しかけてきたグラに振り向く。


「俺はハヤマだ。お前じゃない」


 そう言うと明らかにめんどくせ、というような顔をされ、グラはそれを無視して言葉を続けた。


「お前、もしかして神様が嫌いなのか?」


「好きか嫌いかで訊かれたら、嫌いだと答えるな。俺は目で見たものしか信じない性格だし」


「……俺、てっきりお前は貧民街の奴なのかと思ったよ」


「そうだったのか。……なあグラ」


 彼に聞こうとする前に、俺は少しだけ口を閉じて考えを巡らせる。これは興味本位で聞いていいものなのか。彼に嫌な思いをさせるだけじゃないのか。その思考が俺の中の真実を知りたい欲求に対抗してくるが、結局は俺の知ったことじゃないと非道になりきって口を開いた。


「貧民街について、教えてくれないか?」




「うーん……転移!」


 いつもの空き地で、セレナはいつも通り転移魔法を発動しようと努力する。サウレアが隣についてそれを補助し、その練習風景を俺とリュリュ、そしてグラが端に座り込んで眺めていた。俺はいきなり「なるほど」と言って、今までグラが話してくれた内容をざっくりと口に出してみる。


「貧民街とは魔王の進撃で崩壊した街のことを指して、その復興は今も進められていない。土地を受け持つ貴族も現れないおかげで、グラみたいにひもじい思いをしてる人が後を絶たないと」


 この異世界ではありきたりの話しになってきているが、肝心なのは復興が進んでいないという部分だろう。廃れた街をそのままにしていれば、当然グラのように民の怒りは増す。神がそれを見ているはずなのに何もしないということは、つまりそういうことで、なら貴族はどうだろうとリュリュに目を向ける。


「リュリュの家の人は、その貧民街を復興しようとか考えたりしないのか?」


「まあそうかな~。復興するってなったら、やっぱり相当な金額がかかっちゃうし、それになにより貴族や街の人はみんな、魔王の襲撃以来敏感になっちゃったんだよね~。他人よりもジブンーって感じに。前にも街の活気がないって言ったでしょ? やっぱりみんな、心の不安が拭いきれないんだよね~」


 ふうん、と思って納得してしまう。厳密には貴族の金は貴族本人のものだ。その使い道にどうこう言っても、最後の決定権はその人本人にある。まあ、大衆で押しかければ動かせる金もあるのだろうが、いかんせんそれをする人がこの街にはいそうにない。


「なあハヤマ。あの女は、どうしてあんなに頑張ってるんだ?」


 グラがそう聞いてくると、彼はセレナのことを目にしながら聞いてきた。


「あいつには習得したい魔法があってな。魔法の習得は感覚を掴まないといけないらしいから、何度も何度もああして繰り返してるんだ」


 俺はそう答えてやると、グラは自分の開いた手の平を眺めながら小さく囁く。


「魔法の才能と、努力できる環境。……羨ましいよ」


 それを聞いて俺は目を細める。


「そんなに羨むことか?」


 パッとグラは俺を見てきた。


「羨ましいよ。俺みたいな貧民よりも恵まれてる。生まれた瞬間から、才能も努力もできない奴が、この世にはたくさんいるんだよ」


 若すぎる歳で(俺も若いが)分かりきったようなことを口にする奴だ。ただ、彼の発言がうわべだけのセレナを見ているにすぎないと気づいて、俺は少し呆れるように話す。


「まるで神様は不平等だ、みたいなことを言うな」


「だってそうだろ? 俺はただの貧民で、あの人は魔法使い。生まれた時から、神様は俺たちを選んでいる」


「それ自体は否定しない。生まれた瞬間から天才な奴は天才だし、身体的不利な条件を背負う奴もいる。でもセレナは違うぞ。天才だとか、そういうもんじゃ一切ない」


 そう言った時、セレナは浮かべた魔法陣をそのまま自然消滅させて失敗した。それでもサウレアから激を貰って意気込み、もう一度発動しようと試みる。


「天才じゃなくても、あの人は努力できる強い精神力を持ってる。それで最後に成功できれば、人はみんな、彼女を天才だって言うよ」


「……天才って言葉は、そんなに簡単に使えるもんじゃないぞ」


 グラが疑心の目を俺に向ける。それを尻目に、俺は魔法陣を光らせようとする光景を真っすぐに見ながら喋る。


「あいつ、ちょっと前までは自分の実力に悩んで、失意のどん底まで落ちてた人間なんだ。他人と自分を比較して自分が嫌になって、それで失敗続きになって最後には俺に八つ当たり。あの時の空気は最悪だった」


「そうなのか?」


「そう。今でこそ調子を取り戻してるが、もしあの時あいつが立ち直らなかったら、転移魔法の練習で完全に折れていただろうな」


 目を伏せるグラ。つい先日に起こった話しを思い返していって、俺は何も分かっていないグラに最後にこう伝える。


「お前もいい加減、神様のことなんか忘れて、自分の力だけで生きる方法を探してみたらどうだ? どうせ信じてないなら、そうした方が早いと思うぞ。結局自分の未来は、自分でしか変えられないからな」


 突然、リュリュが「ああ!」と声を上げた。彼女の目の先を追ってみると、地面にあった小石が丸太の上にちょこんと乗っかっていて、魔法を発動し終えたセレナとサウレアは嬉しそうに目を合わせていた。思わずリュリュも「成功だ~」と駆け出していって、二人に向かってダイブするように抱き着いた。グラはその状況がまるでのみ込めてないのか、少しバカっぽく口を開けたまま眺めているのだった。

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