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魔王が死んだ世界でどうしろと? ~嘘をつけない少女と問題だらけの異世界巡り~  作者: 耳の缶詰め
十二章 ここは神の街コルタニスなんだから~
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12‐3 貧民街の子?

 あの日からセレナはサウレアの指導の元、転移魔法習得に励んでいたが、やはり一筋縄ではいかなかった。もう三日が立っている今日。来る日も来る日も練習を積み重ねてきたが、未だに小石の転移が成功しない。進展がない訳でもないが、光ったと思ったらそこを動いてなかったり、なぜか俺の頭の上に降ってきたりと、素直に喜べる成果はまだ出ていない。


「魔力を吸い込む時の勢いが足りないのかもしれません。もっと早く、動く的が真ん中に来た瞬間ピュッと打つ感じで」


「分かりました」


 セレナが目を閉じて集中する。魔法は便利なものとは思っていたが、習得するにはこんなにも苦労が必要だとは。そう思っていると、突然頭に小石が降ってきた。


「イテッ」


 当たった部分を軽くなでる。その様子をセレナは苦笑いしながら眺めていて、俺は呆れながらも小石を彼女の前に投げてやる。


「うーん、中々上手くいかない……」


 セレナのささやきが俺の耳にも入ってくる。フェネックであるリュリュの耳もキュッと動いていると、ほんわか笑顔を浮かべながら立ち上がって彼女らに近づいた。


「ちょっと休も~。たまには羽を伸ばさないと」


 以前立ち寄ったクレープの店から出てくる。そこで幸せを満喫した女三人。十分に休憩になったことだろうと、早速練習している空き地に戻ろうと歩き出す。


 ふと、この道が神様の歩いていた大通りだったと思い出す。お祭りだと勘違いするほど賑やかだったのに、今はあの時とは打って変わって人がほとんどいない。まだ日も真上明るい時だというのに、まるでがらりとしている。


「ここって、こんな静かなんだな」


 何気なくそう呟いてみる。するとリュリュが反応してきた。


「あ~、ハヤマ君もそう思った? 実はリュリュもなんだ」


「リュリュも?」


「そう。なんだか最近、街を歩いてても寂しいなあっていうか。店にも活気がないなって気がするの」


 ふうんと閉じた口で返し、確かに活気のない街を見回していく。建物はお洒落で街並みも綺麗だと言うのに、なんだか人類が絶滅してしまったかのように閑散としきっているのが不気味だ。その様子にセレナがある可能性を口にする。


「魔王が原因してたりしませんか? 被害を受けてみんな閉じこもってしまったとか」


「そうなのかな~。確かに魔王はここにも現れたけど、リュリュはあまり被害がなかったからなぁ。考えてみても分かんないや~」


 のほほんとそう返すリュリュ。それにサウレアが神妙な口ぶりで割って入ってくる。


「この街にも魔王の被害はありました。街の北側、宮殿の向こう側に行けば、きっと一目で分かります」


 そう話すサウレアの顔は、なんだか過剰に重く背負っているような表情で、とても辛辣そうに目を細めていた。今更魔王の被害がどんなものかは大体分かり切っているが、こんな顔をされるのはやはり見ていてこっちも辛い。その時だった。


「ど、泥棒よ!!」


 背後から顔を存じないおばさんの怒号が響いた。俺たちが全員パッと振り返る。店から慌てた顔をして出てきたおばさんを見つけると、その前から強く日焼けしたような少年がパンの包みを持ちながら走っていた。


「え! ど、どろぼう?!」


 サウレアがそう慌てる隣で、セレナはすかさず風魔法を打とうと構える。それを目にした少年は、慌てて横道にそれようとブレーキをかけた。だがその瞬間、俺たちの横を、物凄い風圧と共に黒い影が通り過ぎていった。


「っきゃ!?」


 叫んだサウレアと、魔法の手を止めたセレナ。二人の髪が大きくなびき、俺も急なことで思わず身を縮めかけていた。すると少年の「うわ!」と叫ぶのが聞こえてきて、一体何が起こったのかとしっかり目を見開いてみると、走っていた少年の胸ぐらを、あの黒豹ネイブが片手でつかんでいたのだった。


「あいつ! いつの間に!」


「うわ! ネイブさんだ~」


 呑気な声で走り出しのはリュリュだった。


「お久しぶりです。相変わらず速いですね~」


 まさかの知り合いだったのかと、残った俺たち三人が口をあんぐり開ける。そう言えばリュリュは貴族だから、宮殿の人や兵士との関わりとかも持っているのか。何はともあれ急いでリュリュの元まで俺たちも走ると、ネイブは「クソッ! 離せ!」ともがく少年をそのままに振り向いてきた。


「リュリュ殿か。それに、貴殿はコロシアムの時の」


 ネイブが俺を見ながらそう言ってくる。


「え? 覚えてたんですか?」


「ああ。元気そうでなにより。ところで、その隣は――」


 のんびり挨拶を交わしていると、少年が更に暴れて喚きだした。


「おい! この手を離せってんだ!」


 全身の肌がこげ茶色の、思春期に入るかどうかぐらいに見える少年。オレンジ色の髪はボサボサに乱れ、ボロ布のような服も黒く煤だらけだ。必死に両腕を振ってはネイブの手を振りほどこうとしたが、無情にもネイブのがっしりとした手が動じることはなかった。


「貴殿のその手に持っているものは、そこの店から盗ったものだろう。返してやりなさい」


 凛とした声でネイブはそう話す。だが、少年は包みを持つ手を隠すように持ち直す。


「う、うるせえよ!」


「ならば罰を受けてもらおう。盗人ぬすっとを放っておくわけにはいかない。宮殿まで連れていく」


「罰って。俺は生きるためにこうしてるんだ! お前みたいなボンボンどもに構ってられるか!」


 そう叫んで少年は抵抗を続けるが、いかんせん相手が悪い。小柄な少年では、ネイブの手からは一生離れられそうになかった。哀れな少年だ、と思った時、横からサウレアの声がした。


「ネイブ……さん。その手を離してあげてください」


 意外な一言に俺たちは全員サウレアに目を向けた。「サウレアちゃん?」と言ってリュリュも首を傾げていると、サウレアは左上を見るように瞳を動かしながら話しを続けた。


「彼は私の知り合いです。彼が盗ったものは私が払いますので、それで、なんとか見逃してもらえませんか?」


 嘘つきの顔。最初から最後まで俺の目にはそう映っていた。ネイブは黙ってサウレアを見つめ続けていて、だんだん険しくなっていくような目つきにサウレアは少しずつ縮こまっていく。次第には隣にいたセレナの袖を掴むと、リュリュがネイブに笑みを浮かべた。


「あ。払うんだったら、私が払いまーす。どうせ家にいっぱいあるから」


 そう言ってリュリュは店のおばさんにお金を渡しに駆け出す。何となくネイブも、サウレアの言葉が嘘だと勘付いているような雰囲気だったが、おばさんがとりあえず金貨を受け取ったのを見て、ネイブは少年の足をそっと地面につかせた。


「次また妙なことをしたら、分かっているな?」


 ネイブはそう言い残すと、さっさと少年を通り越してこの場から離れていった。少年はその場で立ち尽くしたままそれをぼうっと見届ける。突然ハッとすると、すぐに俺たちに振り返ってきた。


「な、なんの真似だお前ら!」


 険しい顔で少年は睨みつけてきたが、小さな子供の体でそう言う生意気な態度には、せいぜいサウレアくらいしか怯まない。後ろからリュリュも戻ってくると、その少年に彼女から話しかけた。


「折角助けてあげたのに、その口の利き方はないよ~」


「べ、別に助けてほしいなんて言ってねえし!」


「え~。それじゃあのまま、宮殿に連れてかれて罰を受けたかったの?」


「そ、それは! ……」


 少年が言葉を詰まらせる。お礼の一つも言えないのか、と言ってやりたいが、何もしてない俺が言ってもしょうがないだろうと俺は口を慎む。すると、横でセレナの影に隠れようとしていたサウレアが、勇気を持った顔をして少年の前に出てきた。


「は、初めまして。えと、私はサウレアと申します。あなたの名前は、なんですか?」


「な、なんだよ。急に自己紹介なんて。俺の名前なんて知ってどうすんだよ!」


「ヒッ!? ご、ごめんなさい!」


 自分よりも背が低い相手にサウレアが頭を下げる。逆に少年も彼女の謝罪に驚いてしまうと、少し後ろめたそうにこう呟く。


「べ、別に、お前ら金持ちの貴族に覚えてもらうほどの名前じゃねえよ」


 それを聞いてサウレアが頭を上げる。そこに浮かんでいる顔は、なんだかショックを受けたような、少し驚愕が混じった表情。「わ、私は……」と言葉がつっかかってしまうと、代わりにリュリュが代弁する。


「サウレアちゃんは貴族じゃなくて町娘だよ。ボンボンなのは私だけ~」


「町娘って。それも十分贅沢な地位だよ、俺からしたら」


 意外そうな目を俺は思わず彼に向ける。町娘も贅沢? どういうことかと当然の疑問が俺の中で湧くと、サウレアが少年にこう聞くのだった。


「もしかしてあなたは、貧民街の子?」


「貧民街?」とセレナが呟く。まさかの言葉が出てきたなと感じ、少年がセレナの言葉を耳にして事の真相を口にする。


「なんだよ知らないのかよ。いや、まあ当然か。あんたたちがのうのうと生きてるその裏で、必死に生き延びようとする俺たちなんて、知るよしもないよな」


 嫌味っぽくそう言った少年の言葉に、サウレアは悲しそうな目を浮かべる。


「そうでしたか……貧民街では、あなたのような子供まで……」


「な、なんだよ。お前らが同情したって、気持ち悪いだけだかんな」


 どうやらこのコルタニスには、貴族の住宅街の他に貧民街が存在するらしい。言われてみれば少年の体はやせ型で、彼の身に着けてるボロボロの衣装や整っていない髪なんかも見れば、それが真実であることは明白だった。


「この街に貧民街、ねえ。美しい表の裏がけがれているってのは、よくあるもんだな」


「お前はなんだよ。どうせそっち側の人間のくせに、知ったような口を利くな」


 少年は俺の発言にすら噛みついてきた。きっとそれだけ、心の中に余裕がないのだろう。未だに俺たちに対して敵対心むき出しな状態。そんな彼を見て、サウレアはセレナにこう聞いた。


「セレナさん。今日の練習、中止にしてもよろしいでしょうか?」


「え? いいですけど……一体何を?」


 サウレアのキリッとした目がリュリュに向けられる。


「リュリュ。この辺で、安くてたくさん食べられるお店はありますか?」


「もちろんあるよ~。案内してあげる」


「ありがとう、ございます」


 彼女の頼みを聞いてリュリュは少年の腕を掴む。


「お、おい。放せって!」と少年は振りほどこうとしたが、リュリュがあの脅威の握力を少しだけ見せつけると、少年は「いい゛!?」とうなってすぐに大人しくなった。そのままリュリュは歩き出していき、俺たちはその後を追っていく。




 周りと遜色ない黄色基調の壁の店。引き戸の扉を開けて中に入った瞬間、すぐさま海鮮と油の匂いが俺の鼻に漂ってくる。こげ茶色の木材を使ったファミレスのような内装で適当な席に案内され、サウレアとリュリュが少年を挿むように座ると、その反対側に俺とセレナが座った。リュリュが注文をし終え、少年が不貞腐れるようにその口を開く。


「こんなところ連れてきて、何する気だよ。俺なんかいたら、旨いもんも旨くなくなるってのに」


 それにリュリュが答える。


「みんなで食べたらきっとおいしいよ~。ほら、肩の力抜いて、リラックスリラックス~」


 少年の肩をもみだしたリュリュに、少年は「うわあ!?」と驚きながら振り払う。


「や、やめろって! 気持ち悪いんだよ、そういうの!」


「ヒッドーイ! 気持ち悪いだなんて」


 まるで取り繕ったような怒りを見せるリュリュ。それにサウレアが口を挟む。


「きっと、お腹が空いていら立っているのでしょうね」


「あ~。確かにお腹がすいたら、リュリュも嫌になっちゃうな~」


「んな! そんな子供みたいな理由で、俺がイラつくわけないだろ!」


 勝手に納得する二人に向かって少年はまた声を荒げる。すると横から店員さんの手が伸び、エビが異様にデカいあのパエリアがテーブルに置かれていった。


「ごゆっくり」と男前な店主がそう言い残し、少年の目に二人分はありそうなパエリアがはっきり映る。


「うーん、いい匂い」


 フェネックの鼻で心行くまで匂いを嗅ぐリュリュ。一方少年は、黄色に色付けされたライスとピーマン、パプリカ、貝のホタテにエビという彩に魅入られていると、香ばしい匂いも相まって本人も知らぬうちによだれを垂らしていた。サウレアがナイフとフォークを取り出して少年の前に置いてあげ、一言こう呟く。


「会計は私がするので、遠慮せずどうぞ」


「な、本当か!? ――い、いや待て。何が目的だ!」


 少年は一瞬顔をほころばせたが、すぐに疑いの目を向ける。それにサウレアは困ったように考えこんだ。


「目的、ですか。……あえて言うなら、あなたにお腹いっぱい食べてもらいたい、ということでしょうか」


「そんなこと言ったって騙されないぞ。何か考えがあってこうしてるんだろう」


「そ、そんなつもりでは!」


「嘘言え! お前の言葉なんか信じられるか。第一、俺は腹が減ってなんかいないんだ!」


 そう言った瞬間、タイミングよく少年の腹から大きな音が鳴った。ギューッと、腹ペコを示す音。「嘘はどっちだよ……」と俺が言ってやると、少年は顔を赤らめた。


「こ、これはたまたまで、本当に減ってなんか……」


「まあまあそう言わずに。えい!」


 いつの間にかフォークを手に取っていたリュリュが、スプーンによそったエビを少年の口に無理やり突っ込んだ。それを思わず噛んでしまう少年。やがて少年は口の中のエビを飲み込むと、しばらく目を瞑って顔を俯かせた。


「どう? おいしいでしょう?」


 リュリュが顔を覗き込む。すると開かれた少年の目には、涙を浮かんでいたのだった。


「う、うめえ……こんなうめえもん、初めて食った……」


 感動の余り少年はリュリュの手からスプーンを奪い取って、ガツガツとパエリアを口に運んでいった。その手は一向に止まる気配を見せず、クレープを囲む三人以上に進むのが早い。


「相当お腹が空いてたんでしょうね。これは追加で頼んだ方がいいかもしれません」


「あ、そしたら追加分は私が払うよ」


「本当ですか? ありがとうございます、リュリュ」


 そう言うとサウレアは店員を呼び、追加のメニューを頼んだ。少年はそれに目もくれず、お構いなしに手を進めていた。

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