12‐1 ここは神の街のコルタニスなんだから~
転移魔法を求めたフェリオン連合王国の旅。ピトラで死神と失踪事件に巻き込まれたり、セレナが風邪を引いておまけに村の襲撃やダンジョン制圧をしたり……。色々道草食ってきたが、それもいよいよ大詰めといったところか。
日が真上を通過し始める昼頃、俺たちはとうとう、目的の街の目の前までたどり着いたのだった。
「着きましたね、これがコルタニスですよ」
道の続きが街の中へと続いている。顔を上げればすぐに街の風景が目に入ってくるのだが、それに俺はなぜか違和感を感じてしまう。このコルタニスには、何かが足りていないような……。
「ああ! この街、城壁がないんだな」
「あ、確かにそうですね。なんか今までと違うなって思ってたら、周りがすっきりしてます」
「魔物とか襲ってきたりしないのか? ちょっと心配だな……」
そう呟きながら、俺たちは街の中へと足を踏み入れた。
立ち並ぶ黄色い壁と緑の屋根の建物群。集合住宅になっているようで、高いところまで窓がついていて、この街の面白い構造なのが、そのマンションとも呼べる建物が四角形になるように造られている。それが一本の道を真っすぐ歩くだけでいくつもいくつも出てくる。どこを見ても同じような景色で、なんだか進んでいるのかいないのか錯覚してしまう。
「ここもまた綺麗な街だなぁ。歩いてるだけで金持ちになった気分だ。……ん?」
ずうっとあてもなく真っすぐに進んでいると、突然辺りに人が増えてきた。獣人も混ざっている人だかりが、一本の道を開けるように列をなして立ち並んでいるようだ。
「なんだ? 祭り……にしては静かだな」
街で一番大きいだろう道を、誰一人として、見えない壁に阻まれてるように立ち入らない。まるで今から神輿でも通ってきそうな雰囲気に、俺は体をねじ込んで人ごみから顔を出してみた。
「なにか見えますか?」
後ろからセレナがそう聞いてくる。
「うーん、特に何も……いや、誰か歩いてきてる」
誰も立ち入ろうとしない大通り。その奥から少人数の団体が歩いてくる。一人を真ん中に置き、周りの四人がそれを守っているかのような隊列。厳かな雰囲気に包まれた進行だが、守り人としてついている内の一人、黒い毛をした豹の獣人の彼女の存在に、俺は驚いてしまった。
「あいつっ!」
つい大きな声が出てしまい、急いで手を押し当てて口を閉じる。周りからの視線を感じつつ、急に恥ずかしさが募っていく。ただ後ろで見れていないセレナに気づくと、気を紛らわすよう彼女に小声でささやいた。
「コロシアムで見た奴がいた。それも三英雄の黒豹、確か……ネイブだったか?」
「え?! その方がここにいるんですか?」
偶然の出会いがコルタニスでもあるとは。俺はもう一度彼らに向き直ってよく見てみる。真っ黒で美しい毛並みに女性用の鎧。腰につけた細剣と凛々しい顔つき。やはりどう見ても彼女はネイブだ。
四人の守り人の残りは人間で、胴体の鎧と腕や膝につけられた皮の防具と、顔が見える甲冑といういかにもな洋風衣装。そんな彼らに守られるよう歩く真ん中の人はセレナと変わらなさそうな背丈の子で、手が見えないほどダボダボの、真っ白に茶色の帯という質素な着物を着ていて、ベージュの長い髪は後頭部に団子を作るように縛られている。そんな彼女の一番奇妙なところは、顔が見えないよう黒い布でピシッと隠していることだった。
「どんな感じですか?」と聞いてくるセレナ。俺は体を微妙に傾け、顔を動かさないまま「布で顔を隠した人が歩いている」と伝えた。
「顔を? どうしてでしょう」
セレナがそう呟いた瞬間、一人の人間兵士がいきなり声を上げた。
「コルタニスの神はここにあり!」
「「「コルタニスの神はここにあり!」」」
ネイブを含めた周りの兵士と、俺たちと一緒に見ている周りの人々が同時に復唱した。その後も
「コルタニスの神に栄光あれ!」「コルタニスの神バンザイ!」と、道を進みながら復唱を続けていった。俺とセレナはいきなりのことで、ポカンとした表情でそれを耳にしていた。
兵士と着物の少女が、とうとう俺の前を通り過ぎていく。この先にもずっと道は続いていると、その先にもびっしり人の列がなしていて、なんだかレッドカーペットを歩くスターを待つファンのような構図に見えてくる。だが、彼らの顔は全員真顔で、とても歓迎ムードとかそういうものではない。
「なんなんだ、この街は……」
段々と背中が遠のいていくのを眺めながら、ポツリと俺は呟いた。次第に周りから人が大通りの周りから、まるでお決まりの時間が過ぎ去ったように解散していく。どうやらこの街の恒例行事みたいなもののようだが、やるならもっと華やかなものにしたらどうかと提案したくなる。やっていることの意味は全く分からないし、全体の団結具合が逆に怖い。
「道の先ではまだやってるみたいですよ。一体なんなんでしょうね?」
セレナの言う通り、また向こうからコルタニスの神――とかけ声が聞こえてくる。ふとそれを眺めていると、横からおっとりとした声が俺の耳に入ってきた。
「そこのキミ? 武器を持つのはケンポウ違反だよ~」
白い毛に包まれたキツネのような獣人。けれどキツネと違って彼女は大きな耳と、クリッとした丸い瞳をしていた。「あなたは?」とセレナが聞くと、体も小さめで小動物のような可愛さを持っていた彼女は、また気の抜けるような、おっとりとした口調で話してきた。
「私はリュリュ~。フェネックの獣人なんだ」
「はあ、リュリュさん。……私はセレナと言います。こちらはハヤマさん」
「うん。初めまして~」
マイペースな喋り方。聞いているとフワフワしそうなウィスパーボイスに気を取られながらも、俺はさっきのことを聞き返した。
「さっきの憲法違反ってどういうことだ? この街では、武器を持ってはいけないのか?」
「そうだよ~。兵士以外の武器の携帯は禁止。ハヤマさんの腰のそれ、お偉いさんに見つかる前に早く隠した方がいいと思うよ~」
「そうだったのか。でも魔物に襲われたりしたら危なくないか? 今まで色んな街を見て回ったけど、武器を携帯してる人とかも少なくなかったぞ」
「ダイジョウブだよ~。だって、ここは神の街のコルタニスなんだから~」
リュリュは満面の笑みでそう言った。
「「神の街?」」と、俺とセレナは一緒に聞く。
「そう。さっきの行進見たでしょ? 顔を隠して歩いてらした方が神様だよ」
「え! そうだったんですか!」
セレナは大きな声で驚きを示す。俺は驚くよりも先に、彼女は何を言っているんだと怪訝な目を向けていた。
「……さっき歩いてた少女が神? どういうことだ?」
「少女じゃなくて、神様なんだよ、カ・ミ・サ・マ」
どことなくあざとさを感じるように、リュリュはそう言ってくる。その一言で俺はなるほど、とすべて納得できた気がした。この街の人が言っているからあの少女は神様であり、彼女らはその神を崇拝して生きているのだ。
「そう言うこと。てことは、行進中に道を空けていたのもそういうことか」
「そう。神様の行く道を荒らしてはいけない。これもケンポウだよ」
憲法って、名前からしてその漢字を思い浮かべるが、旅人の俺たちにも適用されてるのか? まあ元いた世界でもよく分からないことだし、ここが異世界だというのなら、とりあえずは従った方がいいのか。そう密かにうなずいていると、セレナがリュリュに聞いた。
「それじゃ、どうして神様は道を歩いていたんですか?」
「それはね~。人々に知らせるためだよぉ。神様は実在してるんだって。ここが神の国コルタニスだっていうことをね~」
新たな疑問が湧いて俺は口を挟む。
「この街では、神様はどんな存在なんだ?」
「私たちを守ってくれる存在、かな?」
リュリュはそう即答する。
「守ってくれてるのか?」
「うん。実際そうだよ~。さっきハヤマ君は魔物に襲われたらーって言ってたけど、この街は神様の力で守られてるから、魔物が街に入ってくることはないんだよ」
「本当かよ」半信半疑でそう聞く。
「本当だよ。魔物がこの街に入ろうとすると、パッと消えちゃうの」
「消える?」
「そう。その場で光に包まれて、あっという間に消えるの」
リュリュの説明を聞きながら、俺は辺りの街並みを見回してみた。確かに崩壊しているところは一切なく、この大通りまで歩いてくる途中だって、何かが争ったような跡は一つも残っていなかった。
「この街に城壁がないのも、そういうことなのか」
「うん、そういうこと~」
神の街コルタニス。これまた癖の強い街が来たものだ。ひとまず目的の場所にも来れたことだし、憲法のこともあって俺はセレナにこう提案する。
「とりあえず宿を探そうか。荷物を置かないと」
「そうですね。ちょっと歩いていきますか」
そう言って俺とセレナは二人で大通りを歩いていく。後ろにいるリュリュにもそれぞれ軽く「それじゃ」とだけ挨拶して別れようとしたが、彼女は人差し指を顎に当てて何かを考える素振りをしていると、その口を開いてこう言った。
「ねえ。この街、リュリュが案内してあげようか?」
その誘いに俺たちは振り返り、セレナが聞き返す。
「本当ですか? ぜひお願いしたいです」
「オッケー。リュリュ、約束までずっと暇だから、遊び相手が欲しかったんだ~」
「今日は私たちも街を歩く予定でしたから、おすすめの場所とかぜひ教えてほしいです」
「りょーか~い。まずは宿ってことで、早速しゅっぱーつ」
リュリュはそう言って、トコトコと大通りを歩き始めた。俺とセレナもゆったりとした足並みについていくのだった。
宿は近場にあった白壁に木材の建物を紹介され、すぐにバックパックとサーベルを下ろすことができた。肩が軽くなったところでまた外へと出ていくと、俺たちはリュリュの気の向くまま、コルタニスの街を歩き続けていった。
真っすぐ続く大通りの先の、神の住む純白の宮殿。檻があって中には入れなかったが、バニラ色の屋根がお洒落で外の庭がだだっ広い。中に入れるのは神様と、選ばれし兵士や貴族のみらしい。宮殿の付近には民家があったが、どれも豪邸のように大きくて外見が豪華だ。
「ここら辺に住んでるのは貴族さんだよ~」とリュリュ。思えば貴族なんて言葉、この異世界プルーグで初めて聞いた気がする。
「街を守るのが神様だとしたら、貴族さんたちが街の政治とか経済を考えてるんだ~。まあ、最終決定をするのは結局神様なんだけどね~」
貴族たちが提案し、神様がそれを認めて初めて法になる。
「もしかして、この街だと神様は絶対ってことか?」
ふと気になってそう聞いてみると、リュリュはコクリとうなずいて「もちろん」と答えた。
その後は宮殿や貴族の民家地帯を下りて、リュリュ一押しの料理店で腹ごしらえをした。そこで食べたものはいわゆるパエリアで、華やかな色どりはそのままで、異世界のエビが握りこぶしくらいに大きかった。
それを食べ切ってまた街へ繰り出す。腹が膨れたのを感じながら歩いていると、俺たちの真ん中を歩いていたリュリュに聞いた。
「今度はどこに行くつもりなんだ?」
「次はね。ちょっと二人に会わせたい人がいるんだよね~」
「会わせたい人?」
「そう。セレナちゃんは当然、甘い物好きだよね?」
リュリュの話し相手がセレナに変わる。
「はい! 大好きです!」
「やっぱり。飛び切りおいしいお菓子屋さんで、その子と待ち合わせしてるんだ~。一緒に食べよう」
「本当ですか! それは嬉しいです!」
あれだけ食べてまだ食べるつもりなのか。女の胃袋というのはやはり理解できない。そう思いながらリュリュは俺たちを先導して歩いていくと、いかにもな店の前までやってきた。クリームの甘い匂いが一番強く、未だ理魔法の効果で繊細だった鼻には果物やチョコ、パンのような匂いなんかも入ってきた。この匂いだけでお腹いっぱいに感じてしまうと、そのスイーツ店の前にいた知らない女の子が、俺たちを見つけて手をふってきた。
「リュリュー!」
セレナくらいに幼い顔で薄い茶褐色の髪を揺らしている。身に着けてる装束からして一般市民の一人のようだ。
「あ、お待たせサウレアちゃ~ん」
リュリュがその少女の元まで突然駆け出していく。どうやら知り合いのようだと気づくと、俺たちもすぐに彼女の前にたどり着いた。女の子はリュリュと出合い頭に手を取って笑いあっていたが、俺たちに気がつくと「あ……」と小さく呟いて途端に怯える子犬のような顔をしてリュリュの後ろに隠れるように回った。
「りゅ、リュリュ。この人たちは?」
声色からして警戒しているのが分かる。リュリュはそれに笑顔で答える。
「この二人は旅の人で、セレナちゃんとハヤマ君って言うんだよ~」
「初めまして」
セレナはわざわざお辞儀をし、俺も軽く頭を下げて挨拶した。それでも女の子はおどおどとした様子でい続けると、俺には思い当たる節があって、
「……もしかして、この顔が怖いのか?」と聞いた。
「い、いえ。そういう、わけでは……」
否定されてしまう。更に奥に隠れてしまったような気がすると、リュリュが俺たちに説明した。
「サウレアちゃんは人見知りが激しいんだ~。初対面の人とはいつもこうなの」
「あーそう言うこと」と納得し、サウレアと呼ばれる彼女が「ごめんなさい……」と謝ってきた。俺も人付き合いは嫌いな方だが、彼女の場合は天性のものを感じられる。
「リュリュの言ってた会わせたい人って、彼女のことだよな? 俺たちは何をすればいいんだ?」
「それはね~……」
言葉を溜めて、リュリュは回り込んで背中にいたサウレアを俺たちの前に押した。
「ぜひお友達になってあげてほしんだ~」
「お友達、ですか?」
セレナが復唱し、リュリュがうなずく。
「うん。サウレアちゃんが昨日そう言ってたの。協力してくれる?」
その問いかけにセレナは「もちろん!」と二つ返事で返した。そしてサウレアに一歩近づき、笑みを浮かべて「よろしくお願いします」を口にした。それにサウレアは目を泳がせながらうろたえ、それでも最後に下を向いたままこう静かに返した。
「よ、よろしく……です……」