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2‐4 ようこそ、時の都ジバへ

 見渡す限りの緑の平地を歩いていると、ふいにあくびがこぼれる。


「ふわぁぁ……」


「眠そうですね」


 隣でセレナが顔をのぞかせてくる。彼女はとても平気そうで、いつも通りの顔だ。


「元いた世界で、生活リズムがぐちゃぐちゃだったからな。朝いつもの時間に起きるのに、未だに体が慣れねえ」


「そうだったんですね……あ、見えてきましたよ」


「何がだ?」


 俺がそう聞くと、セレナは指を差して答えた。進む先を示すように差された指を追うと、道が続くその奥に、城壁のように高く連なった青銅の壁が目に入った。


「あれはまさか……」


「あの青い城壁。間違いないです。あそこがジバですよ、ハヤマさん!」


 興奮して声色が少し高くなるセレナ。


「時の都か。なんでもいいけど、ふかふかのベッドで寝たい気分だ」


「最初の都まであと少し! 頑張りましょう、ハヤマさん!」


 セレナに催促されるがまま、俺たちはジバの都へと近づいて行く。村を出てから三日目。やっと最初の都にたどり着くのかと思うと、俺たちの足取りは不思議と軽くなっていた。


 そうして長かった一本道を歩き切った時、俺たちは十人は列になって入れそうな城門の前にたどり着いた。城門の両端に配備された二人の兵士に自然と目がいく。彼らの厚い布のような甲冑に腰の刀という装備は、なぜか武士を思わせるような見た目であったが、彼らの存在がここを都であるという緊張感を漂わせてきた。


 入る時に何か必要なのかとも思ったが、セレナが気にすることなく入ろうとし、それを兵士たちも止める気配がないのを見て、俺も気にすることなく足を進める。


 天井に上げられた黒い金属の柵を、高跳びのバーを見上げるようにして潜り抜けていく。そうして汚れ一つない黄土色の土に足を踏み入れると、城壁の中へ入った俺たちの目に、ジバの街並みが映った。


 真っすぐに続く土の大通り。その両隣に白い壁と青い屋根の建物が奥まで連なっていく中、何十人の人が行きかう光景も、都が繁栄していることを示しているようだ。そのはるか先には、目立つよう高々とそびえた建物が見えたが、それがこの都で一番の建物で、まさかの天守閣が最上階につけられた立派な城だった。


「ここが、時の都、ジバ」


 セレナが歓喜の声を上げる。


「想像以上に広いな。だが……なんだろう。俺には馴染みがあるような気が……」


 青く綺麗に都とえられた瓦の屋根に、元いた世界でも実際にあるはずの城の造り。それに加え、住人が着てる単色で質素な衣服や、さっき目にした武士を思わせる兵士。既視感を抱くには十分すぎるほど、そこは和風だった。


「異世界っていうより、過去に連れられたような気分だな」


「それはどういう意味ですか?」


「いやなに。俺がもといた世界で住んでた国に、この場所の雰囲気が似てる気がしたんだ」


「そうだったんですか。元いた世界のことも聞きたいですけど、それより先に、あれを済ませておかなければ」


「あれ?」


「宿の確保です」


 そう言ってセレナが街中へ歩いていこうとし、俺もその後を追った。


「今夜寝る場所を取ってから、この都を見て回りたいじゃないですか。重たい荷物も置きたいですし」


「そういうこと」


 寝泊まりする宿を求め、俺たちは歩き続けていく。セレナの足並みは、今にも走り回ってみたいという、期待をするかのように軽いものだった。隣を歩く俺もそうだった。三日間歩き続けて、初めての異世界の街。セレナほど表に出さなくとも、つい新しい風景に色々と目移りしてしまうくらいには興奮していたのだ。


 だが、その目が隣を通り過ぎようとする一般市民を見つけた瞬間、この道の先にたくさんの人がいるという現実を、俺に認識させてしまった。


「うっ!?」


 背筋に氷水が伝う感触を覚え、歩く動作を止めてしまう。目にひたすら誰かが映っていると、気が付いた時には、膝から下は大きく震え、体や顔も硬直してしまい、ただ一点、たくさんの人が行きかう光景を見つめることしかできなかった。


「……さん。ハヤマさん!」


 セレナの大声が耳に入り、俺はハッとして自分の意識を持ち直す。


「どうしたんですか?」


 セレナの心配するような顔が目に映る。突然足を止めたことにそう聞いたのだろう。俺の額には冷や汗が流れていた。


「いや、ちょっとな……」


「あれ? 顔色が悪いような……というか、体も震えてますけど……」


 段々と心配するような表情になるセレナ。俺は自分の手を見てみると、何かに怯える小動物のように小刻みに震えていた。それを見て、俺の感情は焦りから不機嫌に一変する。


「くそ。やっぱりか」


 本能に従って勝手に怯える自分の体に、俺はいら立つようにそう呟き、もう片方の手で腕を抑えようとする。一生このまま震え続けるのか。また俺は、人を恐れ続けるのか。こんな醜い自分を、認めるわけには――


 そう思った瞬間、俺の手に誰かの温もりが触れてくると、セレナの両手が強く手を握ってくれた。


「本当に大丈夫ですか? いつもより顔も怖いですよ?」


 俺が言葉にならない声を出した横で、セレナが俺の顔を覗き込んできながらそう言ってきた。俺は反射的に掴まれた手を引いたが、それをセレナがすぐに掴み直すと、その手の陽だまりのような温かさを感じながら、次第に俺の手は震えを抑えていった。


「……落ち着きましたか?」


「……ああ、大丈夫だ」


 そう言って俺は、震えが止まった手を引いて下ろす。


「急にどうしたんですか? 具合でも悪くなったとか?」


「いや、体調なら問題ない。ちょっと精神がやられただけって言うか……」


「精神が?」 


 首を傾げるセレナ。その動作から、詳しい説明を求めているのだと気づくと、俺は口ごもりながらも、ゆっくり話していった。


「……俺が人の嘘に敏感なのは、知ってるよな?」


「はい。いろんな人に騙されて、そうなったと」


「そのせいで、人に対しては疑心暗鬼な性格、みたいでさ。少ない人数ならなんとか耐えられるけど、人混みを見るとつい、体がこわばって動けなくなってしまうんだ。……情けないだろ」


 馬鹿正直に話している自分に気づき、最後の言葉は薄ら笑いを浮かべながら吐き出した。長く引きこもりすぎたせいで、こんなことも忘れてしまっていたとは。我ながら、本当に情けない姿を晒したと思う。人と生きていけないことなど、人として最大の欠陥なのだから。


「人混みが怖いってことですか? ハヤマさんにも、そんなものがあるんですね」


 気の抜けるようなセレナの声に、俺は「へ?」と拍子抜けしてしまった。


「な、なんだ、その想像の数倍軽い反応は……」


「いえ。なんだか重たい雰囲気で話しだしたから、もっと恐ろしい話しをするのかと、つい」


「いやいやいや。結構恐ろしい話しだったろ。俺は一生、人混みの中に入っていけないってことなんだぞ」


「一生ってことはないですよ」


 俺の言葉をセレナはあっけなく否定してくる。


「それは、どういうことだ?」


 俺がそう聞くと、セレナは片手を伸ばし、再び俺の手を握ってきた。


「いくら震えようとも、こうすれば抑えられるじゃないですか」


 セレナはそう言って、俺ににこっとした笑みを見せてきた。それに反応する代わりに、俺は一瞬、時が止まったかのように思考が停止した。


 全く想像していなかった答えだった。俺が震える体を、誰かの手の温もりで抑えるだなんて。俺には到底思いつかない方法だ。それに、なんだかその温もりが、一生離したくないと思えてしまうほど、心地よい感触でもあったのも本音だ。


「そ、それはそうかもしれないが……。いや、それでもだな」


 俺は悩みに悩んだ結果、セレナの温もりから手を離した。


「いいんですか?」


「街中を歩くときも、ずっと握ってるつもりか? それだと色々目立つだろ」


「でも、都の中には人がいっぱいですし、怖くても歩いていけるんですか?」


「お前に心配されなくとも、人混みの恐怖くらいなんとか克服してやるさ。お前と手つないで、知らない人にひそひそと変な噂されたら、そっちのが耐えきれないからな」


「変な噂って。そんなことあるわけないですよ。だって、強面(こわもて)のハヤマさんですし」


「その一言は余計だ」


 はっきりそう言いきり、本当に大丈夫であることを伝える。俺とてこのままでいたいわけではない。人に弱みを見せるのは、本当に自分が弱者になってしまう気がしてしまうのだ。それだけは認めたくない。一体何と戦っているのかは自分でもよく分からないが、俗にいうプライドというものなのだと思う。


「まあとにかく、お前が転世魔法を頑張る横で、俺も人混みを平気で歩けるように頑張るってことで。これ以上の心配はいらないからな」


「分かりましたよ。でも、無理だと思ったら言ってくださいね。私も怖い話しを聞いた時、お母さんと一緒に寝たりしましたから、何も恥ずかしいことはないですよ」


「そ、そうか。まあ、気にかけてくれることに関しては、素直に礼を言うよ」


 俺の言葉にセレナが微笑んで納得する。するとその時、女性の大きな声が、大通りの向こうから響いてきた。


「待ちなさーい!」


 澄んだ水の中に一本の柱を突き立てるような叫び声。それに俺たちが反応して振り向くと、騒ぎに足を止める人を避けながら、こちらに向かって走ってくる二人の人間が目に入った。


 先頭を走るのは、素性を隠すように全身を黒装束に身を包んだ人間。体格的に男だろう。それを後ろから追いかけるのは、長い青髪をポニーテールで縛った女性で、さっきの叫び声も彼女のだと気づいた。


 なぜ女性が黒服の男を追いかけているのか。当然の疑問を抱いた俺は、ふと黒服の手に、鞘に収まったままの刀が握られているのを見た。腰につけたわけでもないそれは、まるで誰にも渡さぬよう、抱えるように逃げているように見え、俺は何かを察する。


「スリか」


「スリって、ええ!? 本当ですか!」


 俺の呟きにセレナが大げさに反応する。その間に、男は俺たちを避けるように隣を走り抜けていこうとすると、セレナは「だったら!」と意気込みながら、男の背中に向けて両手を突き出し、すぐに風を撃つ時に出す緑色の魔法陣を浮かべた


「はあ!」


 魔法陣からガラスのように透明な風がうなり、横一閃の衝撃波を形作ると、瞬く間に男に向かって飛び出していく。


「があっ!?」


 風魔法を直に受け、前のめりに倒れる黒服の男。前にも見たようなこの光景に俺は「また荒っぽいことを」と呟くと、倒れた拍子に飛んでいった刀が、カタンと音を立てながら地面に落ちた。


 黒服の男は頭を抑え、痛みを和らげるようと首を揺らす。その間に俺たちの隣を、さっきの女性が青いポニーテールを揺らしながら走り抜けていくと、男もそれを見て立ち上がり、刀を拾う暇もなく一目散に逃げていった。


「あぁもう。逃がしちゃったわ……」


 青髪の女はそう呟きながら足を止め、足元に落ちていた刀を拾いあげて腰の位置に戻した。そして、身を翻してセレナに振り返ってくると、彼女は礼を口にしながら近づいてきた。


「ありがとう。あなたのおかげで、助かっちゃったわ」


「あ、いえ、私は当然のことをしただけですよ。スリはよくないですからね」


 セレナがそう答えると、女は俺たちの目の前まで歩いてきた。走ってくる勢いの通り、容姿はとても若い女性のようだ。背丈も俺より一回り小さいくらいだが、身に着けている衣服は立派なもので、少なくとも平民のものではない。刀をつけていることから、もしやそれなりの地位の人間なのではと勘ぐる。


「フフ。スリを止めるのなんて、立派な人にしかできないわ。あなたは私より年下に見えるのに、しっかりしてるのね。尊敬するわ」


「そ、そんな褒めてもらえるなんて……」


 照れる様子を見せるセレナ。どうやらまんざらでもないようだ。


「あ。まだ名乗ってなかったわね。私はアミナ。都の女王様を守りを任されてる従者よ」


「え? 女王様を守る人、ですか? 凄い人なんですね、アミナさんは」


「それはもちろん、って言いたいところだけど、今も刀を盗まれそうになったから、そんな大層な人じゃないわ」


 アミナはそう自分を低くして紹介したが、女王とかを守る身分なんて、そうそうなれるものじゃないと思うのは気のせいか。


「私はセレナです。こっちはハヤマさん」


 俺が引っかかっているのとは裏腹に、セレナが動じることなく俺たちの名前を教えた。


「セレナちゃんにハヤマね。二人はもしかして、旅の者かしら?」


「あ、そうですよ」


「やっぱり。なんだかこの都の人とは、違う雰囲気だもんね。……あ、若い男と女が二人、どこか別のところからこの都まで……それってもしかして、駆け落ちとか――」


「「ないない」」


 俺とセレナは同時にはっきり否定してみせると、アミナは「そっか。なんか残念」とだけ呟いた。


 この態度といい、さっきの話し方といい、なんとも気さくな女性だ。人との距離を詰める時間が、並みの人間より早い。今さっき出会ったばかりの俺たちを、当然のように恋人だと思うのは普通ではないだろう。いや、そういうのを意識する年頃ってだけだろうか。


「そうだ。もしよかったら、この都を案内してあげるわ。盗人から刀を取り戻してくれた、セレナちゃんへのお礼も兼ねて。どうかな?」


 アミナの提案にセレナが手の平を合わせる。


「いいですか? ぜひお願いしたいです!」


「了解。それじゃ早速行こっか。……っと、その前に……」


 アミナは進めようとした足を戻すと、一つ咳払いをしてから俺たちにこう言ってきた。


「ようこそ、時の都ジバへ」


挿絵(By みてみん)

挿絵:アミナのドット絵

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