1‐1 魔王が死んだ世界でどうしろと?
すべての出会いが最後に繋がる物語。10年後の自分の暇つぶしのために書いた自己満足作品。
日本語を忘れないようにと暇つぶしにダラダラ書き続けて一年。どうせならと思い投稿することにしました。拙い文章等あるかもしれませんが、あなたの暇つぶしになってくれたら幸いです。
外の世界は嫌いだ。
あらゆる場所にはびこる人間たち。彼らには死ぬほど嫌気がさすから。
誰もが自分の素性を隠したがるし、自らを守るために場の空気を優先し、当たり前のように弱い人間をけなしていく。
それに彼らは全員、決まって嘘つきだ。
たとえ友達と呼ばれた相手であっても、どこかでは愛想笑いが混じっていたり、気にしてないと言いつつも、多少の気遣いをしなければならない。それが嘘だと気づいても、自分を守るためにはそうしなければならない。できなかった時点で、自分の味方が減ってしまうのだ。なんと生きづらい世界だろうか。
くだらない。本当にくだらない。
そんな世界から逃げたくて、進学予定の高校から逃げた俺は、いつしか家に引きこもり始めていた。壁に飾られたカレンダーの日付を見れば、その生活もそろそろ一周年を記録しようとしている。
今日も午後二時過ぎに起きた俺は、洗面所で顔を洗いながら、自分のみじめさを再確認する。鏡に映ったボサボサの黒髪天然パーマと、細い目つきをした人間。これが俺、葉山明人という男。相変わらず品のない顔だ。いつ見ても、指名手配されてる犯罪者の写真のようだ。
右の頬にキーボードの跡が残っている。そう言えば昨日、普段から適当にぼーっと過ごしてことに飽きたため、ひさびさにパソコンを起動し、ネットの世界に浸っていたっけか。
久々に過ごしたネットの世界も、少しの退屈しのぎにはなった。だがそれも、俺に刺激を与えるには何もかも足りない。こんな生活をしていても、定期的に刺激が欲しくなってしまうのは、人間の構造の欠陥だろう。退屈という感情が一生湧かなければいいのに。
ふいにあくびがこぼれる。いつもより遅く寝たからか、まだ眠気が残っていた。二度寝はなかなかしないのだが、無職の引きこもりに一日の計画なんて存在しない。必要すらない。
本能に従うままベッドに入り、俺は布団にくるまって目を閉じた。こんな生活、いつやめてやろうか。いつになったらやめる決心がつくだろうか。眠りに引き込まれる最後の最後まで、俺は世界を恨み続けた。
「……」
気のせいだろうか。どこからか声が聞こえる。聞き覚えのない人の声。暗闇の中に、声が響いてきてる気がする。
「……ろ」
遠い闇の中から、かすかに何かが聞こえる。
「……めろ」
声が迫ってくる。自分がトンネルの中にいるような感覚を覚えた瞬間、今度は耳の真横から、はっきりとこう聞こえた。
「目覚めろ」
反射的にハッと目が覚める。すぐに目に入ってきたのは、見上げていたはずの天井ではなく、どこか見知らぬ世界の、足下に赤黒い雲が広く大きく渦巻いている光景。いやそれ以上に、風を切るように感じる頭上に、なぜか木々が生い茂っている地面が見えている。
突然の天変地異に、俺の理解が追いつかない。そう言えば布団がない。くるまっていたはずなのに、手元になんの感触もない。
吹き荒れる風もあって、全身も凍るように寒い。まるで空を飛ぶ飛行機から投げ出されたかのような……。
……。
寝ぼけていた俺はある疑問を抱く。ごく自然と沸き上がるべき疑問だ。どうして足元に雲があり、頭上に地面が見えるのか?
なんだか気分も悪い。頭に血が上ってきている感覚だ。急いで頭を上げようとしても、体が硬直でもしているのか、全く思うように動かない。耳元でも、さっきからずっとビュウビュウという音が鳴ってばかりだ。
足元の雲。頭上の地面と風。そして、身動きのとれない体。
まさかと思い、俺は精一杯首を伸ばして顔を上げてみた。木々が生い茂る森の中、その中に見えたものは、木造の家々が並んだ、集落か村のような場所。そこに向かって、現在進行形で地面がどんどん近づいてくる光景だった。
「……マジかよ」
悪い夢だろうか。それにしては、迫り来る地面がはっきり見える。はっきり、くっきり、まるで現実のように。
夢か? これは夢なのか? 高いところから落ちる夢なら、今までにも何度か見たことがあるからきっとそうに違いない。
地面までもうすぐ。それでもこの夢は、全く覚める気配がない。そのまま土の壁が迫るのを見続けるしかないと、これまでかと思ってギュッと目を瞑った。その時だった。
地面から突如響いた新しい風切り音。真っすぐ刺すようにその音が聞こえていると、まるで空気が爆発したかのような衝撃波が発生し、俺の体はそれに反発するように、再び宙に戻される感覚がした。
――風?
さっと目を開いて自分の状態を確認する。反発で押し出された力で、俺の体をぐるっと一回転していたが、さっきまでの落下の勢いがかき消されたのに気づくと、重力に従って再び地面に落下していった。
「っが!?」
大の字での着地。顔や体をハリセンなんかで殴られた衝撃を受けたが、意識なんかははっきりしていた。
俺は助かったのだろうか。ひとまず顔だけを起こし、辺りの風景を見渡してみる。飾り気のない人間が数人と、木材で造られた簡素でやや小さめの家がいくつか。奥にもまだ敷地があるようだが、高い建物なんかがない以上、ちんけな田舎町なのは間違いない。
「どこだよここ……いつまで夢を見てればいいんだ?」
俺が空から降ってきたというのに、周りにいた人たちは俺に気づいていないのか、みんな背中を向けたまま、空を覆っていた赤黒い暗雲を眺めていた。耳を澄ましてみれば、なにか動揺してるように話しているみたいだったが、不思議なことに、俺にはそれらの言葉を全く聞き取れなかった。
いやに現実的な夢だ。なんだか知らない世界に巻き込まれたみたいじゃないか。いい加減さっさと覚めてくれ。
俺は右手で自分の頬をつねってみた。まさか自分が、こんな間抜けなことを試す日がくるとは。指を離し、熱くこすれるような痛みを走らせる。しかし、見えてる光景は全く変わらず、夢は覚める気配を見せない。
こんなものでは効果がないのだろうか。そう思ってもう一度試そうとしたが、突然視界の横から人が入ってくると、中学生くらいの女の子がひょこっと現れてきた。
薄桃色のショートヘアを珍しく思い、すぐに俺の目に止まる。オレンジ色のワンピースのような装束も、民族衣装のようで見慣れないものだ。その子は俺を心配そう見てくると、倒れていた俺にすっと手を差し伸ばしてくれた。
「あ、ああ、どうも……」
突然のことに、俺も素直にその手を受け取ってしまう。そうして彼女の手を借りて立ち上がると、その子が俺に話しかけるように口を開いてきた。だが、そこから聞こえたのは、全く聞き覚えのない言葉だった。
海外の言葉だろうか。生憎自分には、第一言語の日本語以外になじみはない。いくら聞いても分からないし、口の動きを見ても何を伝えたいのかさっぱりだ。
口を閉じた彼女が、首をわずかに傾ける。俺からの反応を待っているのだと気づいたが、なんと返せばいいのか困ってしまう。すると、彼女は右手を胸元まで上げて手の平を見せると、そこにオレンジ色の光で丸い円を描いていった。
俺は一瞬自分の目を疑う。この世にこんなものがあっただろうか。丸い円の中に、古代文字のような複雑な模様が光の線で描かれていく。中央の三角形で本当に魔法陣なのだと思うと、それは最後の光を放っては消え去った。そして、再び女の子は口を開くと、今度ははっきりとこう聞こえた。
「聞こえますか?」
「ええ!? 急に言葉が!?」
急に聞こえた日本語に、俺は驚いてしまう。
「分かるんですね!」
彼女は一瞬にしてパッと表情を和らげると、そこから話を続けてきた。
「あなたにお願いがあります!」
「お願い? まさか、君が俺を空から落としたのか?」
「すみません。空から落とすつもりは……」
素直にそう謝ったかと思うと、彼女はすぐに話題を元に戻した。
「そんなことより、今この世界では、見ての通り魔王が暴れています。この空を一気に暗くしてしまうほどの力を持っていて、とても危険なんです! このままじゃ世界がおわっちゃうかもしれない。だからお願いします! 異世界の勇者さん。魔王を倒してください!」
魔王? 異世界? 勇者さん?
彼女はとても早口に説明してきたが、何一つ頭の中に入ってこない。急に知らない場所で目覚めて、見ず知らずの人に頼み事をされる。夢の世界ならではのハチャメチャな展開だ。
これ以上はさすがにうんざりだと思い、俺は両手で自分の両頬を強く叩いてみた。女の子がとっさに驚いたのが見えると、やはり夢は覚めてくれないようで、自分の力で駄目ならと思い、俺は彼女の手を取ってみた。
「あ、あのう……」
温かい体温を感じる。温もりすら感じられる夢なんてあっていいのか。
うろたえる彼女を無視して手を離し、今度は自分の額を彼女の額とくっつけてみる。やはり生々しい体温が感じられる。それに、彼女の頬を赤らめる反応も自然だ。
「ちょ!? ちょっとなんですか!」
声のトーンも気恥しそうになっている。頭を離し、今一度俺は冷静になって考えてみた。頬をいくらつねっても駄目で、人との触れ合う感じも現実的。もし、次に試すものでも目が覚めなかったら、これはもう……。
「あ、あの、さっきから何を?」
「ちょっと失礼」
咳払いをしながらそう告げておき、俺は右手を彼女に伸ばそうとする。その先にあるのは貧相な胸だ。人としてやってはいけないことなのは分かっている。だがそれでも、俺は真実を確かめるために、震える腕でゆっくりとそこに近づけていった。それを彼女はしっかり見ていると、行く先に気づいた瞬間、目にも止まらぬ平手打ちを飛ばしてきた。
「変態!!」
左頬にやけどのような熱を感じた瞬間、ぶたれた勢いで体が地面に倒れた。それでも周りの風景は変わらない、変わろうとする気配すらない。恐る恐る熱い頬に触れてみる。その確かな感触で、俺はもう理解するしかなかった。
「夢じゃ、ない……だと!?」
そう思い知った瞬間、はるか遠くで突然、暗雲から紫の雷が鼓膜をつんざくほどの衝撃で落ちた。特大の轟音に一瞬で身の毛がよだつと、過ぎ去った嵐のような静けさが訪れた。
そして、雷が落ちた場所から、今度は地上から真っ赤な光が天に向かって飛び出すと、それは空で爆発するように強くはじけ、渦巻いていた暗雲が勢いよく晴れていった。
一気に変わった空の景色。太陽の光が俺たちのいる大地を照らしてくれると、辺りにいた人たちが口々に叫び始めた。
「アストラル旅団の矢! アストラル旅団の矢が放たれたぞ!」
「あれが空に射抜かれたってことは!」
「魔王を倒したんだ! やったぞ!」
「五年間の戦いが、やっと終わったんだ!」
「勇者様が魔王を倒したぞ!!」
魔王を倒した? 勇者様が?
そう言えばさっき、俺は隣にいる彼女に何かを頼まれていた。異世界の勇者さん、魔王を倒してください、と。そんな彼女は今、晴れた空に目を輝かせ、とても安心しきった表情をしていた。
「なあ、確かめたいことがあるんだが……君はさっき俺に、なんて言ったんだっけ?」
そう聞いてみると、彼女は「え?」と聞き返し、思い出すかのように言葉を返す。
「ええっと、魔王を倒してくださいと……あ――」
俺が言いたいことに気づいてくれたのか、その子は口元に反射的に両手を置いた。
「今、魔王が倒されたとかで盛り上がってるみたいだが……」
辺りの人々の歓声を聞きながら、そう問い詰めていく。彼女の顔が真っ赤になっていくと、俺は最後にこう聞いた。
「魔王が死んだ世界でどうしろと?」
彼女は返事に困ったかのように顔をそらし、「えーと、そのー……」と言葉を探していた。そうして出てきた答えは、片手を頭の後ろに置いて、首を斜めに傾けて笑うだけの動作だった。
挿絵:セレナのドット絵