新星の台頭
4 新星の台頭
このごろ、ビゼンの言葉に、耳を貸すものが減ってきていた。
老年に差し掛かってきたとはいえ、まだ威を張る気力が萎えたという歳でもない。シシンの後ろ盾を得て以降は、自信が声に満ち、無視しがたい響きを持っていた。今でも、人を圧する力はあるが、それは無理やり押し付けようとしてくるものである。正道であると思えるだけの説得力が欠けている。
「わしの言う事が聞けぬのか」
そう唾を飛ばしながら言って、強引に服従を求めるが、従う利があるならともかく、ただ老人のわがままに付き合わされてのことならば、それは納得できることではない。
以前のように命令しても、表面では従って見えても、心は付いて来ていかない。それなのに、ただ声を荒げられ、しつこく求められれば、腹の中は煮え立ってくる。そんなことでは人心が離れていくのは当然だが、当のビゼンに顧みる様子は無い。
やはり、あの暴挙が良くなかったのだと、嘆く声が多い。それは、前瑗真の葬儀の際、権力を誇示しようとして、出すぎた真似をしたことだ。あれでもう、彼の言動には義がなく、自分の意のままにしたいだけだと見抜かれ、多くの信頼を損なった。
ただ、ビゼンに与力していた権力者たちは、少し距離を取るようになってはいるが、完全に縁を切るほどには至っていない。
鼻の良いもの達は、権力が移行する兆候があり、それはすぐ近くだと予感している。むしろ、この世代交代に期待を寄せている者の方が多いかもしれない。それほど、ビゼンの息子エイゼンの言動は注目されていた。
ビゼンの背後に控えて、にこやかにしているが、エイゼンの存在感は増している。決め事の是非を問う際、ビゼンの疳の虫の居所を探っているようにみえて、ちらちらと、エイゼンの表情の方も窺う様子が見られる。
シシン本国ではその傾向が強い。
煉家を罰する為、シシンは戦火に呑まれた。ややもすれば、シシン滅亡へと続くのかと思われたとき、声を上げたのがエイゼンである。
彼はゴカ・煉を説得し、態度を改めさせた。と、同時に、桂層部に話を通し、処分の見直しを依願した。それらは一応、ビゼンが動き、双方の合意を取り付けた、という体になっているが、どちらも実働していたのはエイゼンである。
また、このまま面倒の塊を潰してしまえという桂層部に、エイゼンは道理を説いた。
このままシシンを荒らす事は自身の首を絞めることになる。瑗国の壁、軍事の要であるシシンを立て直しておかないと、綜の東進を防げない。今は身内で争っている場合ではなく、とにかく、内紛を止めて力を蓄えるべきだとエイゼンは進言した。
少なからずシシンを蹂躙し、溜飲が下がっていたのか、桂層部はすぐに承諾した。エンゴウの軍勢を引き上げさせ、エンカン勢も河を越えた。状況が変わったと察したのか、河津も矛を収めた。
危機を脱したゴカはエイゼンに感謝し、彼の言葉に逆らわなくなった。エイゼンはゴカの謝罪と引退願いも受け入れ、煉家の改革を提案した。そこにエイゼンの、助言と言う名の独断が混じっていても、抵抗しなかった。
なぜか好機を見逃したザバ、なぜか流れを読んで早くから動いていた河津。そこに不審を覚え、何者かの陰謀があったとする説もある。
煉家が反抗的で、手に負えないが、かといって潰してしまうと具合が悪い。適度に痛い目にあってもらい、シシンの体制を変えてしまおう。そのために、ザバと調整し不動を言い含め、実戦を望んでいない河津に威嚇だけでも行なってもらう。そうした交渉を陰で行なっていた者がいるのではないか。そう疑われるほど、今回の騒動は都合よく動き過ぎた。
では、誰がそれを為し得たのか? というと、はっきりしない。実しやかに囁かれていたのが、河津との交易を取り進めていたムロ・英という男が、エイゼンより指示を受けていたという説である。
真偽は定かにはならない。彼は河津へと亡命して、口を閉ざしたからである。交易で私腹を肥していたのが発覚したから逃げたとされるが、河津を唆しシシンを脅したので、それを知った煉家の報復を恐れて逃げた、とも考えられる。
また、ムロはタレイル大河を使って南北での交易も行なっていた。当然、クエラ・ゼイ橋あたりでキョウの脅威に晒されるはずであるが、不思議とムロの荷は襲われなかった。彼とキョウとで何らかの取引が行なわれていたと思われる。その伝手を用い、ムロはザバに動かないように求めた、のであろうか。
この考えを裏付けるかのように、後に、エイゼンは配下を唆してザバを攻め滅ぼしている。人目を気にする彼らしくない強引な命令に対して、何らかの秘密を握るザバに脅される事を恐れて口封じしたのが真相では、という見方が生まれた。
これらのことがすべてエイゼンの陰謀だとすると、この時点ですでに大器の片鱗を覗かせていたことになる。
ともあれ、規模縮小した煉家は、エイゼンに頭が上がらなくなった。実際の所、シシンの実権はすでにエイゼンの手に移ったと、多くの者が気付いていた。