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燎原の景星  作者: 更紗 悟
第一章 密雲不雨
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歪み


     2 歪み


 カクはしばらくシシンに滞在した。ただ遊んでいるのではなく、ビゼンの権勢がこの幹国中でどこまで、どのように浸透しているか、密かに測っていた。

 シシンは大きく分けて五つの要地がある。主都シシン、北の城砦ヤム、西の港町カンリー、東の要塞トカン、河口の新興商業地ネビである。

 主都シシンは予想通りゴカ・煉の完全支配下にあった。北と東の国境は力が物を言うので、ゴカ・煉の兄弟が完全に抑えているのは容易に想像できた。

 カンリーは煉の分家から発した(がく)家に任されている。ここは河津(がしん)国との衝突が数多く起きた地なので、ホウン・獄は余所に構っている余裕はない。

 三者はそれぞれの任地で職分を全うしていると言える。ビゼンが彼らを誘惑し、味方につけようとすればどうか。ゴカの機嫌を損ねれば、シシンからの援護を得られなくなる。その支持を得るには、ビゼンはかなりの見返りを用意せねばなるまい。これは中々にきびしいだろうと思えた。

 問題はネビである。ここはトカンにほど近く、東のシエンとの交易を捌くための中継基地が母体で、そこから徐々に規模を広げている。

 かつてシエン幹国を追い出されたビゼンは、シシンへと流れ着いた。そこでビゼンは、ネビに眼を付けた。シエンの荷の流通を集中させ、ネビの繁栄を促した。武の統道の評価が高いシシンにおいては、たかが廻道が活発に動いていようとも、それほど重要と見なされない。その隙に乗じて、ビゼンはネビに財を集め、カルル・(そう)を始めとする富裕層をさらに富ませ、その支持を得ていた。

 そうしてネビを掌握したビゼンは、続いてシシン国内の物流に介入した。慢性的な物資不足にあるヤムに恩を売り、名を売った。

 次の狙いは嶽であった。嶽が独立を望むようになっては困るので、煉は嶽に余裕を持たせないようにしてきた。それを踏まえ、ビゼンは慎重に、秘密裏に嶽とのつながりを構築した。嶽は静かに身を肥やし、その見返りに、ビゼンに付くことを決めたようだ。

 主都シシンにいると、煉への忠誠を示す者が数多いが、そこを離れ、戦地に近い所に近づいていくと、ビゼンの名の持つ重みが増えてくる。そして、煉家がいつまでも廻を下等な分と見下していると、気付けばシシンのみが孤立しているという事態になりかねない。そうなると、内地にある主都シシンは不利となり、屈辱的な関係を築く羽目になる。


 ビゼンの手腕は大したものだとカクは感心した。ただ、これ以上は危うい、とも思った。

 人は必要以上に物を持つと、余計な気を起しこす悪癖がある。人にはそれぞれ、眼をかけ続けられる限度があり、抱えられる程度に量を抑えておいた方が良い。物を持ちすぎ、一つのものを大切にできないようになると、足りないという思いを満たす為に、もっと、もっとと、ただ数だけを求めるようになってしまうのだ。

 人には器というものがある。それ以上に抱えてしまうと、身動きが鈍くなる。場合によっては、過剰にかき集めたものの重さに耐えかねて、自滅してしまう。個々の適量、器を見極めなければならない。

 そういうカク自身は、己を見限っている。父から枝国を継ぎ、それなりに権力を持つことが出来た。その気になれば、桂層部で覇権を争い、四道のどれかを奪うことも可能だと確信している。

 だが、無理やりねじ込んで、それでどうなるとカクは思う。

 積み上げてきたもの無しで、一代で急に慣れない所に立つことになるのだ。いかにカクといえども、それで精一杯になるだろう。ある程度まで登れば、その位置を維持すること以外に手が回らなくなるのは明白だ。そうなると、あとは時間の問題で、誰かに袖を引っ張られ、引き摺り落とされることは目に見えている。

 どこまで手が届くか、その限度は見極めできている自信がある。ひと時の栄光を得ることは可能だろうが、カクはその(せわ)しい生き方を望まなかった。それよりも、大きな器を見たい、とカクは思っていた。その手入れを手伝い、かつてない巨大な器を実現させてみたい。

 人々をまとめる、真の中の真。全土を統べる者、それを太真(ダロル・シン)という。その出現は、次の世界を拓いてくれると伝えられている。

 だが現実はそのような理想の実現を望まない。

 瑗一国をみても、真の力は磐石ではない。瑗真と言えども、後ろ盾となってくれる国が弱ければ発言力が落ちる。実質の支配力は低く、各国のあり方に口出しする事はできない。シシンやシエンといった幹国の動向に気を配らないと、いつまた離反してしまうか分からない。

 それらをまとめきる器など、夢見事なのだろうか。

 ましてや、昨年瑗真となったショウに、その器があるのだろうか。カクは、軽く頭を振って、無為な思索を止めた。


     *


 ゴカ・煉が気付いた時には、すでにビゼンは周辺の要地を押さえ、シシンを孤立させることに成功していた。あとは、煉本家が治める主都シシンだが、孤立してもなお、手を付け難い軍事力がある。さすがにビゼンも手を出せないようである。

 周囲を押さえ、均衡を取れただけでも十分。完全にシシン一国を味方につけたとは言いがたいが、それでもビゼンは支持を大きく増やした。瑗環国の桂層部でも、発言力は大きく増したことだろう。

 それにしても、何がビゼンを駆り立てたのか。そう考えたカクは、得られなかった悔しさであろうと想像した。

 彼も長子であるので、真を継ぐ事を期待していただろうが、弟セドウに権威の座を奪われた。

 得られないなら、いっそのこと、滅んでしまえ―――。人目を気にせず、そう言い張ったという話だ。


 なまじ手が届く所にいた分、口惜しさは格別だったのだろう。この暴言によりセドウとは不仲になり、ビゼンは中央から追われた。唯一の拠り所であった、母の生国シエンからも切り離され、放浪することになった。

 その悔しさが大きすぎたゆえに、シシンに深く食い込むまでの執念を生んだ。人は正しい時よりも、邪道を走る時の方が大きな力を発する、ということだ。道を外れるまでに壁があるが、それを越すための何か後押しがあれば、もう止められなくなる。

 そう望まないままセドウはビゼンの背を押し、その時の屈辱が強い反発力を生み、ビゼンは一気に飛躍しようとしている。

 この姿を見ていると、ショウの行く末に別の不安も沸いて来る。

 彼にも兄がおり、万人が認める英才である。ショウもまた彼を慕い、瑗真となった暁には、素直に彼を支えていく心積もりをしていたはずだ。

 それなのに、セドウは突然、ショウを後継者に選んだ。

 セドウはセスを厳しく鍛えており、それは次代を継ぐ者としての期待が掛かっていたがゆえの行為と思われていた。セドウも英邁さを認め、真の座を継がせるつもりがあったということだ。

 では、何が彼の心を変えたのか。何が問題で、セスは外されたのか。

 特に何も、失策らしいことをしたという話は出てこない。何事もそつ無くこなし、失敗したとしても援護してくれる仲間達もいる。父子の仲も、厳しくはあったが、険悪なものではなかった。それでいて、何が彼を心変わりさせたのか。

「あるとすれば、あの親子だが……」

 カクには一つ引っかかった事がある。それは、セスの姉ミヴの帰還である。


 ショウが瑗真となる前年、西の大国・綜の大家に()していたミヴが息子を伴い、十二年振りに帰国した。真の家族、つまりシントの一員であるが、帰って来た彼女の待遇は過酷だった。綜に敵意がないことを示すための、人質として母子は瑗に戻されたのだ。

 母国に帰りたがっていたのではないことは、帰国後体調を崩してしまったことから窺える。噂ではミヴは綜に馴染み、夫・クスルとも仲睦まじく暮らしていたという。クスルは息子のオウを可愛がっており、跡継ぎとして遇していたとも聞く。それほど大事な二人であるだけに、妻子を差し出したクスルの誠意は認められ、瑗との仲は向上した。

 また、ミヴは瑗から直接綜へと移ったわけではない。彼女はまず、西の果ての小国ミデンへと遣わされている。名目は西国視察であるが、彼女でなくても他に適任はいた。何者かが彼女を遠くへと追いやったようである。ミデンに着いてすぐにそこでクスルと出会い、嫁にと求められ、承諾した。

 そう()いたのはセドウであろう。その時のことを恨んでいるので、ミヴは父との再会後、体調を崩したのではないか。セドウは孫が気に入ったのか、何度か会いに行った。この頃からミヴが病みついたのは、無関係であろうか。

 万事において人当たりの良いセスも、彼らしくない態度を取っている。十年振りに祖国に戻った姉を迎え、労わりそうなものだが、全く気にしている様子もなかったらしい。この二人の間には、何か冷えたものがあると、カクは睨んでいた。

 たとえば、とカクは考えている。

 珍しいことにセスが姉と仲違(なかたが)いをした。それは深刻な関係となり、案じたセドウがまずはミデンに移し、そこで良縁に会い、嫁することになった―――。

 この想像が正しいならば、ミデン行きの理由が付くし、気まずくて会おうとしないセスの態度も分かる。ミヴからすれば、自分を国から追い出した弟が、もうじき瑗真となろうとしており、自分の命はその弟の手の中にあると悲観すれば、元気が無いのも自然な話だ。

 そして、そうしたセスの器量の浅い所を見たセドウは、長男に不安を覚えたのではないか。

 その頃からセスは、おかしな性癖を示すようになった。寵愛を向ける相手を、次々と取り替えている。ただ遊んでいるようではない。別れた方も、そうなってよかったとすっきりしている。けれども、セスを悪く言わない。ただ、私ではなかった、というだけらしい。

 この女好きの性質が、ミヴにも手を伸ばさせたのか。そう邪推して、カクは首を振る。ミヴが瑗を出たのは十二年前。その頃セスはまだ十三かそこらである。さすがにまだ手を出せないだろう。

 何にせよ、セスには何か秘められた暗いものがある。それを危惧したセドウはショウを選んだ。そのことが、セスにどのような衝撃を与えたのか。表面上は、真になれなくても仕方が無い、父の選んだ相手を全力で支えるだけだと、セスは善人面を通している。

 内実ともそのとおりであるなら良いが、もし本当にセスの中に烈しいものが秘められているのなら、彼はビゼンと同じ道を歩むのではないか。中央を離れ、権力に対抗する為の力を得ようと執念を燃やす日が来るのではないか。そして、その暗い炎が瑗を焼き尽くす、そういう日が来ない、とは言い切れない。

 力を付けつつあるビゼン、いつか突然裏切る可能性もあるセス。若き瑗真ショウの前途は、平坦なものでは済まされまい。それなのに、ショウには覚悟が足りないのではないかと、カクは憂鬱な気分になった。



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