14 : 完全なる美の機械作業
「香城夙夜さん」
白根の声が低く、響いた。
靡く黒髪。白磁の肌、すっきりとしたアーモンドの瞳がオレと夙夜を交互に見やる。
闇のなかに浮かび上がったその姿に、オレは意味もなく釘付けになった。
「あなただったのですね」
ぞくりと襲う、恐怖。
何? いったいコイツは、何だ?
表情なく、作業機械のように話し、珪素生命体と同じ武器を持つ。
「本日をもって、私に与えられた第一命題と第二命題は、真である事が証明されます」
ヤバい。
いや、ヤバいなんてもんじゃねえ。
ホントのホンキで作業機械だ。
夙夜の無関心と対になる――無表情。
凪いのだ、何も。そこには、無い。感情と呼ばれるモノが、一切ナイ。
「白根……シリウスを連れて行く気か」
「それが私の命題です」
「シリウスは、連れて行かれた先でどうなる?」
「すでに人間を殺めてしまった珪素生命体に下される決断です。私には断言できません。ただし、私たちは珪素生命体を保護するモノです」
「保護ってオマエ」
オレはそこで言葉を失った。
白根は答えない。
夙夜も答えない。
シリウスも答えない。
暗闇の闇夜に夜風、風音、音無、無表情。
「白根葵。オマエは本当に……何者なんだ?」
「それは、秘則です」
オレの喉から呻きが漏れた。
「オマエ、人間じゃないのか?」
以前、同じ台詞を言った事がある。
その台詞は、先輩に陳腐だと一蹴されてしまったのだが、オレには学習能力がないのか、再びその過ちを繰り返してしまった。
ああ、分かってるよ。オレみたいな凡人には、そんな陳腐な言葉でオマエたちを表す事しかできないんだ。そっち側の世界にいるオマエたちに、どうしても近づけないんだ。
「真実にそう思いますか?」
何の迷いもなく漆黒の瞳で射抜かれて、オレは言葉を失った。
あの日、夙夜が言ったコトバ。
シラネアオイの花言葉――『完全な美』。
それは、外見の美しさなんかじゃない。
「私は白根葵。その名と命題以外には、何も与えられていません。しかし、私が通常生殖によって生み出された有機生命体のヒトである事は間違いありません」
完全に統制されたその思考の事だ。
破壊された完全。美。奈落、回転、流転、その先に待つのは破滅――
ああ、この転校生も、夙夜と同じだ。
オレとは全く別次元の世界で生きている。
彼女の言葉は、まるで魔法か呪文のようにオレに暗示をかけてその場に張り付けてしまった。
少し離れた所にいる、夙夜とシリウスに視線が移動する。
「邪魔をしないでください」
水晶の爪が、光る。
その瞬間、シリウスの空気が豹変した。
くたりと垂れていた尻尾がぴんと立つ。全身の毛が逆立って、耳がぴんと立ち、みるみる瞳孔が開く。
そうか、あの爪が『異属』と勘違いさせる契機となるのだ。
一年前のあの時と同じ。
オレたちと共に在る珪素生命体はどうしてもこの結末を望むのか?
「夙夜」
オレには、何も出来ない。
だから、助けてくれ。
視線でそう伝えると、夙夜はやっぱり困ったように笑った。
「マモルさんって、たまにオレに向かって無茶言うよね」
「一年前は無理だった。でもそれは、オマエが最初から傍観者に徹したからだ――『無関心の災厄』」
「その名前、俺はあんまり好きじゃないんだけどね」
「だから今回は――オレはシリウスを失いたくないんだ」
頼むから。
もう一度繰り返さないために、オレのコトバが何かに役立つのなら。
その瞬間、背後で水晶の爪がぶつかり合う音がした。
「マモルさん」
その光景が見えているはずの夙夜は、じっとオレの背後に視線を据えていた。
二人の戦いの一瞬一瞬を見守る様に。
「マモルさんの願いは、何?」
オレの願い? 願いなんて高尚なもんじゃねえよ。
それは。
「――シリウスとまだ遊び足りない」
「おーけい、マモルさん。任せて」
夙夜はそう言うと、一年前と同じようにネクタイを外してオレに渡した。
この瞬間が一番オレの無力を感じる。
「今度は、何とかしてみせるから。見ててね、マモルさん」
だからオマエ、その台詞……天然タラシか。
夙夜は手に武器を持っているようには見えない。
いったいどうやってあの二人を止めるというのだろう――オレが無茶を言ったのがそもそもの原因なのだが。
夙夜は、とんとん、とその場でいくらかステップを踏み、じっと二人のぶつかり合いを見た。
珪素生命体であるシリウスは当然のことながら、それを相手にする白根の動きも尋常じゃない。まるで、特撮映画でも見ているかのように、重力を感じさせず、軽々と空中で爪を交えている。
が、夙夜は二人の着地を狙って地を蹴った。
着地の瞬間、白根の手首を目にもとまらぬ動きで捻りあげ、その手に握られた水晶の爪でシリウスの攻撃を受け止めた。
がぎん、と凄まじい音。
硬度7の水晶同士がぶつかり合った。
夙夜は白根の手首をきめたまま、大きく横に凪いだ。
「ちょっとごめんねっ」
振り回された白根の細い肢体が宙に舞った。
その手に握られていた水晶の爪の一つは、夙夜の手の内へ。
「シュクヤ、邪魔しないで!」
「そう言うわけにもいかなくてねっ」
攻撃の軌道に水晶の爪が閃いて、シリウスは大きくバランスを崩した。
そのまま芝生へ倒れ込み、夙夜はそのまま抑えつける。
そこへ、残った爪を振りかざした白根が襲いかかった。
刹那、時が止まったかと思った。
「武器を納めて」
夙夜は強い口調で言った。
それも、片手でシリウスを抑え込み、もう一方の手で白根の手首を握りしめながら。
穏やかな口調でも、夙夜の内に秘められた刃が鋭利に研がれているのが感じ取れるほどの力強さだった。
とんでもない力――アイツの能力は、底なしか。
いや違う、アイツは力の使い方がうまいだけだ。質量差のある相手の力をうまく利用して抑え込んでいるだけ。そういう力の遣い方が、本能的に分かっている。
白根も悟ったのか、すっと彼女の武器を退いた。