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13 : 真夜中の校舎のシリウス

 キープアウトの黄色いテープもなんのその。

 オレたちは夜の学校に忍び込んだ。

 そして、他には目もくれず、裏庭に向かう。

 静まり返って音はなく、新月の晩に光もなく、いくつか設置されているLEDの光を頼りに校庭を横切って行った。薄い影がオレたちについて来る。

 闇夜に浮かび上がるサクラ色は、薄ぼんやりと夜風に揺れて、淡い記憶を刺激した。


 裏庭にはあっちにもこっちにもテープが張り巡らされ、昼間の調査の跡を色濃く残していた。見張りの一人もいないのは、ここが学校で部外者立入禁止、桜崎高校の優秀なメインコンピューターが逐一侵入者を監視しているからだろう。

 もっとも、生徒であるオレたちにそんな事は関係ない。

 萩原が倒れていた辺りにはシートがかけられていて見えなかったが、夙夜はその場所に静かに手を合わせると、そこから最も近い校舎にゆっくりと歩み寄った。

 何かを確かめるかのように、その壁に手を当てる。

 その仕草は、誰かと交信するようにも、誰かに語りかけるようにも見えた。

「……なあ、まさかとは思うけど、夙夜、オマエ、最初から分かってた?」

「うーん、分かんないよ」

 脱力するような答えを言うな。

 オレがどれだけ悩んでこの答えに辿り着いたと思っているのか。

「でもね、ここに、ここにも、傷がついてる。全部、水晶の爪の傷だよ」

 夙夜は校舎の壁を撫でながら答えた。

「それも、二種類・・・。ホンモノと、ニセモノ。だから、シリウスともう一人いて、二人がここで争った事は分かってた」

 傷を見ただけで、それだけ分かるのか?

 コイツは真実ホンモノの化け物か。

「でも、オレに分かるのはそこまで。それ以上は分かんない」

「あの『偶然ここを萩原が通った』って事も?」

「それはさっき、ハラダくんの話で知った。俺には何にも分かんないよ、マモルさん。俺、マモルさんみたいにいろいろと考えるのは苦手なんだ」

「……そうか」

 コイツは、『事実』は分かってもそれ以上は分からない。

 ここで二人が争った事が分かっていて、ここで萩原が死んでいたって事が分かっても、『その争いに巻き込まれた萩原がシリウスの爪にかかって死んでしまった』とは分からない。

 だからこそ、災厄を引き起こす。

「偶然、だったんだよ。萩原は、あの時間に、偶然ここを通ってしまったんだ」

 原田が校舎の裏に呼び出していたから。

 ああもう、何でその日に限って。しかもそんな古典的な。

 そして、その日に限って白根と遭遇したシリウスが、ここで激闘を繰り広げた。

 偶然に通りかかった、萩原を巻き込んで。

「シリウスはだって、有機生命体タンソ自体に興味があるわけじゃねえ。ただ、オレたちに興味を持っただけだ。だから、興味のなかった萩原を傷つけたことに、何の感慨もなかったし、特別な事でもなかった」

 たとえそのつけた傷が萩原の命を奪っていたとしても。

 なんてこった。

 意図して悪戯イタズラに奪った命でなく、本能と衝動から奪った命でもなく。

 ただ、爪が通る直線状にいただけという理由で裂かれた萩原は、そのまま死んでしまった。きっと、アイツは、殺してしまった事にだって気づいていないだろう。

 ニンゲンって、本当に弱い生き物だ。

 一年前、梨鈴を消滅させた珪素生命体シリカは言った。 

珪素生命体シリカ有機生命体タンソに干渉しないって言われてるけど、それは、興味ないだけだよ』

 あの言葉が、今になって蘇る。

 興味ない。

 珪素生命体シリカ有機生命体タンソに興味がない。

「興味がない――か」

 シリウス。

 オレは、もしかするとこれからオマエを傷つけるかもしれない。

 オレは、もしかするとすでにオマエに傷つけられたのかもしれない。

 珪素生命体シリカには有機生命体タンソを傷つける理由がない。

 珪素生命体シリカには有機生命体タンソを傷つけない理由がない。

 まるで、不可思議な言葉遊び。

 最後にはまったピースが『偶然』だなんて、オレには予想もつかなかったよ。

 なあ、シリウス。

 お前はオレたちに興味があるだけで、『有機生命体タンソ』に興味があるわけじゃないんだよな?

「マモルさん、悲しまないで。オレたちにはどうしようもなかった事だよ」

「……そうだけどよ」

 気づきたくなかった真実。

 知らないでいたかった現実。

 オレはいったい、次にどんな顔をしてシリウスに会えばいい?

 それなのに。

 オレの嫌な予感ってのは、大体あたるんだ。

 野性のケモノ並みの勘を持つ夙夜ほどじゃないにしても。

「マモル」

 ここにいるはずのない、いてはいけないはずの少年の声がする。

 ある筈のない銀色の毛並みが夜風に靡いている。

 少しだけぶるりと背筋が冷えたのは、冷たい風のせいだけじゃない。

「よかった、ここに来たら会える気がしたんだ」

「……シリウス」

 芝生を乗り越えて駆けてきたのは、有機生命体タンソ用のセキュリティには反応しない、珪素生命体シリカの姿だった。

「どうしても会いたくて、降りてきたんだ」

「……シリウス」

 オレは、これから何度もこの名を繰り返すのだろう。

 しかし、オレは知ってしまった。

「どうしたの? マモル」

「いくつか、質問してもいいか?」

「いいよ」

 何の疑いもなく頷くシリウス。

「オマエ、最初に『異属』と会った場所、覚えてるか?」

「覚えてるって、ここだよ。この建物の、ちょうどココ。シュクヤが立ってるあたりだねっ」

「その時、オマエは戦ったよな?」

「うん、そんで、『異属』も応戦してきたよ。マモルだって見たでしょ? 『異属』が僕に爪を向けたの」

「ああ、そうだな」

 しかしあれは『異属』ではなく水晶の爪を持つだけの人間だった。

「じゃあ、シリウス」

「なあに、マモル」

 シリウスは、名を呼ばれること自体が嬉しくて仕方がないらしい。

 ずっと、尻尾が左右に揺れている。

「ここで戦った時に、有機生命体タンソがいたの、覚えているか?」

「あ、うん、一人いたみたい」

「オマエは、その有機生命体タンソを傷つけなかったか?」

「うーん、よく覚えてないな……有機生命体タンソって、柔らかいから傷つけてもよく分かんないんだ」

「……そうか」

 目を伏せたオレに、いったい何を感じ取ったのか、シリウスは首を傾げた。

 ずっと左右に振れていた尻尾がぴん、と停止する。

「マモルさん」

 夙夜が言う。

「初めて会った時に、シリウスから――ニンゲンの血の匂いがした」

「ああ、そうか」

 夙夜――やっぱりオマエは、最初から分かっていたんだな。

 萩原はシリウスの爪にかかって死んだこと。

「シリウス。よく聞け。実は、ここで、オレの友達が昨日、死んだんだ」

「そうなの?」

 首を傾げたシリウスは、本当に無垢な猫のようで。

 オレは少しばかり胸が痛んだ。

「オマエの爪も、髪も、体全部、オレたち有機生命体タンソにとっては命を奪う狂気なんだ。ほら、お前の尻尾」

 オレは、長い銀色の毛並みの尾を手に取る。

 びくりとしたところを見ると、梨鈴と同じようにシリウスもきっと尻尾を触られる事を極端に嫌う。

 見た目にそぐわぬ無機質な手触り。

 オレは、その尾をぎゅっと握りしめた。

 鋭い痛みが走り、オレの手からは赤い雫が滴り落ちた。

「マモルが、傷ついた」

「ああ、そうだ。オマエとオレでは、造りが全然違うんだ」

 ぱっと放した尻尾が、ぴんと天を指した。

 動揺するように、小刻みに震えている。

「もしかして、気がつかない間にボクはマモルのお友達を壊しちゃったの?」

「……そうだ」

 胸が痛い。

 珪素生命体シリカは、『異属』と認識したモノを見ると本能に逆らえない。

 オレたちと一年間共に過ごした梨鈴でさえそうだった。

 この場所で白根と相対したシリウスは、刻み込まれたその衝動に勝てず、白根に襲いかかり、そして偶然・・通りかかった萩原をその爪で傷つけた。

「マモルは悲しかったの?」

「ああ、悲しかった。友達だったから。オマエはオレや夙夜が消えたら悲しいか?」

「うん、悲しいよ」

「そうだ」

 オレは、傷ついていない方の掌で、シリウスの髪を撫でた。

 珪素ベースの生命体、その感触はまるで石を撫でたかのように冷たかった。

「だから、シリウスはその事を覚えておいてほしいんだ。それで、これからは有機生命体タンソに触れる時は気を付けるようにするんだ。わかったか?」

 こんな事、本当はしちゃいけないのかもしれない。

 たったこれだけの注意にとどめるなんて、オレは指導者としちゃ失格だ。

 萩原の遺族とか、原田とか、警察とか、いろんな人たちがこの事件の為に働いているのに、オレの感情一つだけでこんな風に片付けようとする事自体が傲慢だ。

 ただの高校生でしかないのに、ただ偶然シリウスと出会っただけなのに。

 オレなんかが。

「でも、この話は、絶対に他のヤツにするなよ。オマエとオレと、夙夜だけの秘密だ」

 世間に知らせるわけにはいかないだろう。

 何しろ、コレが世間に知られれば、珪素生命体シリカ全体の存亡が危うくなる。

「うん、わかった……」

 シリウスの尻尾が地面につくほど垂れた。

「ふふ、マモルさんはきっといいお父さんになるよ」

「バカ野郎、そんな事言われて喜ぶ高校生がいるか」

 思わず力が抜ける。

 事故とはいえ、有機生命体タンソに無干渉であるからこその自由を保っていた珪素生命体シリカに対するニンゲンの対応が、大きく変わってしまう可能性がある。

 そんな大事、オレたちみたいな高校生が片づけていい問題じゃない。

 でも、もし日本の警察が、あの若い刑事さんとかが優秀だったら、警察に夙夜と同じだけの情報を手に入れるだけの科学力が現在あるとしたら、おそらく露見してしまうだろう。

 けれど、少なくともオレたちが自発的に話す事だけはない。

 ところが、夙夜は困ったように笑っていた。

「マモルさん」

「何だ?」

 まだ何か問題があるのか?

「あのねえ、アオイさんがこっちに向かってるんだ」

「……はぃ?」

 この上、白根がここへ乱入する?

 やめてくれ、収拾つかなくなるから。出来ればこのシリアスでプチ解決しました的なまま終わりたいから。

 まあ、オレのやな予感てのは当たる……以下略。

 それから夙夜、向かってるじゃなく、もう到着してると言って欲しかった。

「現時点を持って私の第二命題は保護、から確保、に書き換えられました」

 夜の校舎に凛と響く無表情美人の声。

「武力で以て、珪素生命体シリカを拘束します」

 艶やかな黒髪を新月の夜風に靡かせて、白根が佇んでいた。



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