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12 : 叔母と国家権力の白瑪瑙

 嵐の去った部屋で、オレは肩を竦めて夙夜を見る。

 いつの間にか、コイツはいつものほのぼのモードに戻っていた。

「おい夙夜、どうすんだよ」

「んー、大丈夫じゃない? スミレ先輩が叔母さん呼びに行ったから」

「は?」

 オレは首を傾げたが、夙夜はにこにこと笑うばかり。

「それよりマモルさん、相手が失礼な時は怒ってもいいんだよ」

「失礼? 何が?」

「ええと、わざとけしかけて辛い話させたり、それで弱ったところに一番重要な質問を持ってきたり」

「……」

 ああ、そうだな。

 まんまと相手の術中にはまるところだったよ。

 この無関心野郎がオレの為に怒ってくれた……と、一応のところ喜んでもいいんだろうか。

 ちらりと見た夙夜は、いつもと同じようにへらへら笑いながら机に頬杖をついていた。

「あの人があんまりマモルさんを苛めるから、間違えて喋っちゃったじゃん」

 うわあ、泣きそうなほど嬉しい台詞だが、本気で悲しいのは何故だろう。

「……バカ野郎、助けなんかいらねえよ」

「あ、ひどいなあ」

 顔を見合せて笑い合った時、再び部屋の扉が開いた。

 憮然とした表情の刑事は、吐き捨てるように言い放った。

「身元引き取り人だ」

 そう言って刑事がいっぱいに開いた扉の向こうから姿を現したのは、他でもない、朝に花屋で初めて会ったばかりの夙夜の叔母、香城珂清こうじょうかすみその人だった。


 花屋の店長、かつ夙夜の叔母の香城珂清がなぜここに?

 見れば、オレたちの話を聞いて頭に血が上っていた若い警官は、彼女に敬礼をしている。

 え、何? これ、何?

「どういう事ですか?」

「夙夜とお前の身元を引き取りに来たんだよ。感謝しろ。特にそこのごく潰し」

「はーい、ありがとう、叔母さん」

 のんびりと返事をした夙夜は、感謝が軽いんだよ、と珂清さんに首をホールドされていた。完全にキマっているらしく、夙夜の口はぱくぱくと動くだけで声は出ていない。

 ご愁傷さま。そのまま苦しそうな笑顔で成仏しろよ、夙夜。

「でも、何で珂清さんが? しかも、警官のあの態度……」

 オレは、確実に彼女に敬意を払っているように見える警官をこっそり指した。

 すると。

「ふっふっふ。疑問はもっとも。そう、ある時は花屋『アルカンシエル』の店長、またある時は夙夜の叔母兼養い親、そしてその正体はっ」

 いや、その古臭い枕詞いりませんよね?

「聞いて驚け! 私は国家権力だ!」

 彼女は自信満々でオレに指を突き付けた。

 やっべえ、どっから突っ込んでいいのか分かんねえ。

 国家権力はヒトじゃねえからイコールで『私』にはつながらねえし、まったく威張るポイントじゃねえし、オレの問いに何一つ答えてねえ。

 そこでようやく夙夜の首を放して、珂清さんは肩を竦めた。

「まあ、詳しい事は言わんが、私の本職はそこそこの権力を有しているという事だよ、少年」

「はあ……」

 腑に落ちないが、まあいいだろう。

 とにかく助かった事に変わりはない。

「あー、そうそう。夙夜、お前のクラスメイトがもう一人、隣で拘束されてたが、そっちも助けた方がいいか?」

「うーん、でもハラダくんは第一発見者だし、たぶんすごく重要な証言をしてるところだから、もうちょっと待って」

「……これだからお前が監獄内にいるのは危険なんだ。ここでは他の事件の取り調べなんかもしてるんだから、不用意に聞いた事を口に出すなよ?」

「分かってるよ、叔母さん」

 どうやら叔母さんとやら、夙夜の能力について知っているらしい。

 なんだかほっとした。

 夙夜の並はずれた能力を知る人が他にもいて。

「あと少ししたら迎えに行ってあげて。ハラダくん、好きな人が死んじゃったのは自分のせいだってすごく落ち込んでるから」

「はいはい。叔母使いの荒いガキだな、このヤロウ」

「ごめん。でも、叔母さんにしかできない事なんだ」

 その言葉で、珂清さんはしょうがないな、肩を竦める。

 う、コイツ、天然タラシか。

――?

 ちょっと待て。今の台詞、思い出せ。

 夙夜は今、なんて言った?

 『ハラダくん、好きな人が死んじゃったのは自分のせいだってすごく落ち込んでるから』

 自分のせい?

 なぜ?

 原田が殺したわけでもないのに、『自分のせい』?

 何だそれ、どういう事だ?


――あ。


 かちり。

 音を立てて、最後のピースがはまる。

 それは『偶然』という名の見えないカケラ。

 分からなかった一つだけ、なぜ萩原は裏庭にいたのか。

 傾いたシーソーが一つの真実を指し示す。

 ああもう、考えても分からないはずじゃないか。

「……なんて、滑稽な」

 もれた台詞すら陳腐だった。

 まさかこんな結末。

 なんてくだらない結末。

 明かす価値もないような、まるで萩原の死をあざ笑うかのような真実。

「萩原……」

 一瞬で命を絶たれたのがせめてもの救い、だなんて、何の気休めにもなりゃしない。死んでしまえば全部一緒だ。

 タマシイは壊れ、カラダは朽ち、後には何も遺さない。

 マイクロヴァースに喰われて消える、珪素生命体シリカと何も変わらない。

「どうした? 少年」

 突然黙ってしまったオレに、珂清さんは首を傾げる。

「なるほど、だから『ごめんね』か……」

 あの時夙夜が呟いた言葉。

「ごめんね、マモルさん」

 もう一度夙夜が言う。

 ああ、やっぱりそうなのか。やっぱり、真実はそうなのか。

 思い描いた何通りかのうちでは、最悪の結末だ。

 本当に最悪。

 この結末を夙夜が知ってやがったって言うのが、もっと本当に最悪だ――災厄だ。



 香城こうじょう夙夜しゅくや、18歳男。高校3年生になりたてで18歳ってのは、どうやら一年分、ワケあり。極度の甘党。とくにプリンが好きで、新作のコンビニプリンが出る度に買い込んできては勝手に批評する。

 知力、体力、一見標準よりちょっと上。弱冠天然、いつもへらへらと気の抜けるような笑顔で人当たりはいい。

 その実、五感、いや第六感までズバ抜けて、ケモノ並み。それを誤魔化すために適当な事を言い、会話で自己完結をするのだがそれは全部天然で片づけられる。

 『名付け親(ゴッドファーザー)』枝守スミレは、一目見るなりこのマイペース男にあだ名をつけた。

――『無関心の災厄』

 それは、無関心が故に引き起こされる災厄。

 分かっていても口に出さない。出来る事をしない。

 そして、最後に災厄ディザスターを引き起こす、無駄な事件体質。

 これは災厄。アイツの無関心がもたらした災厄。



 警察署を出れば、すでに空には星が輝いていた。

 冬の星座は、あのネコ少年の瞳と同じ色をしたシリウスは見当たらなかったけれど。

 明日仕事だからと先に帰ってしまった珂清さんを見送って、オレと夙夜は冷たい春の風に曝された。

「……少しだけ、寄ってもいいか?」

 他にはなんの言葉もなかったというのに、夙夜はにこりと笑って承諾してくれた。


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