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11 : 若き刑事のクローズドルーム

 警察署ってのは、もっと汚い所かと思っていた。

 駅から徒歩約10分、車で来たから正確な距離は分からないがそのくらいだろう。

 想像と全く違う3日前に立てたかのようなピカピカのビルの中に連行されたオレたちは、想像よりずっと綺麗な、まるでデザインマンションの一室かと見紛うような整然とした部屋に通された。

 窓枠のデザインセンスがわかんねえ。サンカクとシカクを重ねたからって、アートになるわけじゃねえだろ。ピカソにでも基礎から習って来い。

 おお、机の天板もすべすべだ。

 でも、なぜ椅子だけがぼろぼろのパイプ椅子?

 目の前に座って資料を広げ始めたのは、さきほどオレたちを連行した若い刑事だった。

 これが噂の取り調べってヤツだろうか。

「ええと、ひいらぎまもるくん、と、香城こうじょう夙夜しゅくやくん、であっているね」

「はい」

 精悍な顔立ちと、子供に媚びるような口調のギャップが気に入らない。声もバリトンなのだから、もっとイカつく喋ってほしいところだ。

 ここまで猫なで声が似合わないキャラクターも珍しい。

 夙夜は大人しく隣に座っていた。

「先日君たちの高校で起きた事件については、分かっていると思う。クラスメイトである萩原はぎわら加奈子かなこさんが裏庭で殺害され、その後、死体が放置された。その現場を写した生徒の携帯写真に、君たちの姿があったが、事件現場にいた事は相違ないかな?」

「はい、そうです」

 なるべく、感情を出さないように。動揺を悟られないように。

 それはオレのちっぽけなプライド。

 葬式で号泣したクラスメイトたちを見て目頭が熱くなっても泣かないよう我慢した時と同じ気分だ。

 本当なら、思い出させんなバカ野郎、と怒鳴りつけてやりたいところだったが、まさかそういうわけにもいかない。何しろ相手は警察官なのだ。オレみたいな一般高校生に太刀打ちできる敵じゃない。

「では、その日の出来事を、順を追って教えてくれないかな?」

「はい」

 オレはまるで白根のように淡々と、静々と、粛々とその日の出来事を説明していった。

 が、現場に辿り着いたあたりで、オレの話は止まった。

「……ぁ」

 声が出なくなる。

 あの惨劇を言葉に表そうとすると、喉が張り付いて、カラカラに乾いて、息が困難になる。

 体が伏せて、萩原の顔は空を見て、そして絶対的切断面がオレを見て。

 その様子を見て、その刑事はふと調書を書く手をとめた。

「ああ、無理はしなくていい。あの現場を見た生徒さんは、みなそうだったから。柊くん、君はそれに比べるとずいぶんしっかりと話してくれたよ」

 みな、という事は、あの場にいた全員がココに呼ばれてるって事か。

 オレたちが特別ってわけじゃなさそうだ。

「待ってください」

 それでも、オレは口に出すべきだろう――口先道化師の名に賭けて。

 そして、萩原の死を忘れないために。

「ちゃんと、最後まで話しますから」

 微かに震える手を膝の上でぎゅっと握り拳に。

 夙夜の心配そうな顔に横目で気付いている中、オレはゆっくりと話を続けた。

「現場はすでに人だかりでした。でもオレは、その場に到着してすぐに、人と人の頭の間から、萩原の死体を見ました」

 フラッシュバック。

 血。切断面。顔。

 今でも鮮明に思い出せる。

「最初に見えたのは首の、切断された部分です。もう全部血が流れ出してて、芝生が赤黒く固まってて、そのせいなのか、面がくっきり見えたんです。オレは生物選択じゃないから詳しくは分かりませんけど、気道だとか、太い血管だとかが切断された断面が丸く見えました。白いものもあったけど、もしかすると骨かもしれない」

 ああ、気が遠くなりそうだ。

「人だかりから悲鳴が上がっていました。たぶん、女子生徒が多かったと思います。やじ馬で駆けつけた生徒です。少しずつ、倒れたりとか、逃げだしたりとかして、そんで、ちょっとずつ人が減ってました。校舎の上の階から写真を撮ってるやつもいたみたいです。オレたちが写真に写ったとしたら、その時だろうと思います」

 キモチワルイ。

「人が減って、死体がはっきり見えました。死体は――萩原は、体はうつ伏せになってるけど、顔は上を向いてました。うつろな目で、表情で空を見ていました」

 キモチワルイ。

「苦しそうじゃなかったから、きっと一瞬で死んだんじゃないでしょうか――そんな事、彼女にとっては何の救いにもなりませんけど」

 キモチワルイ。

「そのくらいに、やっと教師が大きな白い布を持ってきて、萩原に掛けました。でも、萩原は最後の一瞬までうつろな目で空を見上げてた――オレが覚えてるのは、そこまでです」

 気持ち悪い。

 どうやらオレは意識を飛ばす事なく最後まで話しきる事が出来たようだ。

「辛い話をさせてしまったね、ありがとう」

 大きく、息を吐く。

 まるで何千メートルも全力疾走した後のようだ。全身に汗をびっしょりとかき、固めた両手は膝の上でぶるぶると震えていた。

 それでも最後まで話し終えた。

 一種の安堵がオレを包む。

 が、それは次の刑事の言葉で一気につぶされた。

「ところで――君たちは、一年前まで『リリン』という個体識別称を持つ珪素生命体シリカと行動を共にしていたという事を聞いたが、事実かな?」

「……ええ、本当です」

 あ、警鐘。

 珪素生命体シリカ関連は口に出せない、とてもじゃないが警察にバレちゃまずいことばっかりしている。

 一年前に夙夜が梨鈴を消した『異属』を有機生命体タンソの身でありながら消し去った事。今回の事件に関連する水晶の爪を持つモノを二人知っている事。

 それどころか、珪素生命体シリカに名をつけ、友好関係を築いている事。

 何も話せない。

 どれもこれも法に引っかかりかねないし、何より夙夜の能力がバレてしまう。

「一年前まで、という事だが、その後の珪素生命体シリカの行方は?」

「……街にやってきた『異属』と相打ちになって、消えました」

 これは用意していた答えだ。

 梨鈴を消した『異属』をここにいる夙夜が消したとは、まさか口が裂けても言えない。

「相打ち、ね。じゃあ、ここ一年、他の珪素生命体シリカとの接触は?」

「ありません」

 少し、罪悪感。

 一瞬だけ白根が警察と共謀する可能性を疑ったが、その疑いはすぐに消えた。

 もしそうなら、容疑者の珪素生命体シリカと慣れ合っており、それを白根にばっちり目撃されたオレはとっくに逮捕されてるはずだ。

 その途端、刑事の目が一気に厳しくなった。口調も荒くなる。

「本当か? 一度ヤツらに魅入られた人間のもとには、再び珪素生命体シリカが訪れるというが?」

「知りません」

 オレがなるべく波風立てないように返答していると、突然夙夜が割り込んできた。

「それって、殺人事件の凶器が『水晶の爪』だから聞いてるの? だとしたら、もういいよ。だって俺達はそんな武器、持ってないんだから」

 おい、夙夜。それは――

 その瞬間、前の席に座っていた刑事が持つ鉛筆の芯がぼきっとものすごい音を立てて折れた。飛んだカケラがオレのすぐ横をかすめていく。

「なぜ、それを?」

 水晶の爪が凶器。

 そう、夙夜にとっては当たり前に分かる事は、一般人にとって当たり前ではない。

「だって、俺はマモルさんと一緒に現場を見たんだよ? だから、知っててもおかしくないでしょ?」

「あの傷が水晶の爪によるものだという事は、見て分かる事ではない」

「分かるものは分かるよ、それは仕方ない。それなら隣の部屋の……あ、やっぱ、何でもない」

 このタイミングでそれか!

 普通聞こえないはずの声を盗み聞くのはやめろって言ってるだろ!

 刑事は頭に血がのぼりかけていたせいで気にしていないようだが、隣に座っているオレはひやひやしている。

「この件に珪素生命体シリカが関係している事は極秘事項だ。お前達は、いったいどうやって、どこで、その情報を手に入れた?」

 おやおや刑事さん。そんな簡単に認めちゃって、いい刑事さんになれないよ――それだけ動揺するほどの情報だって事だが。

 それはそうだ。珪素生命体(シリカは、有機生命体タンソに無干渉であるからこその自由を保っていたのだ。珪素生命体シリカがニンゲンを傷つけたとなると、政府の対応自体が、大きく変わってしまう可能性がある。

「だから見たから分かるって言ってるんだ」

 悪びれた様子のない夙夜は、心の底から本気だ。

 理屈ではなく、彼には分かるのだ――なぜわかるのだ、と聞かれても、『分からないニンゲン』にはいくら説明しても無駄らしい。

 分かるものは分かる。

 夙夜はいつでもそう言い張るし、そしてそれは真実なのだろう。

「言え! 何処で聞いた!」

 とうとう声を荒げた刑事にも、しかし夙夜は一歩も引かなかった。

「だからさっきからずっと言ってるのに、どうして聞いてくれないの?」

 あれれ、これはもしかして、普段怒らない夙夜が若干イライラしているのでは?

 やべえ、珍しいもん見た。

「このガキども……」

 最初の猫なで声はどこへやら。完全に化けの皮が剥がれた若い刑事は、がたん、と席を立った。

 その方が似合うよ、刑事さん。

「このまま拘束する事も出来るんだぞ?」

「どうやって? オレたちは犯人じゃない」

 おおっと、脅しモードですか?

 というか夙夜くん、今日は見た事無いほどの戦闘モードですねぇ。

 完全傍観者を決め込んだオレは、いつもの立場と逆転して、ノーテンキにコイツを見守る事にした。

「もう我慢ならん、お前らを重要参考人として――」

 と、そこまで言いかけた時、こんこん、とドアをノックする音がした。

 その音で我に返ったのか、刑事は曲がったネクタイを直し、部屋の外へと出て行った。

「そこで大人しくしていろ」

 分かりやすい捨て台詞を残して。


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