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8.鶏を増やそうと思う

 わいの独り立ち計画は中止になった。

 これから寒くなるいうこともあるし、何より人手が足らんのや。

 水車の設置が上手くいって、改良小麦畑も増やしたし、七味の増産も順調や。

 醤油の開発は余り上手くいっとらんが続けとるし、パンとうどんの更なる改良にスプレッドの試作もしとる。

 勿論、村の防衛設備の見直しと設置も急務や。

 あかん、明らかに人手が足りてへん。

「メロさ~ん、七味のボトルが足りませんって~」

 わいの付き人のようなことをしてくれとるシクロ君がそう伝えてきた。

 彼は双子の弟のクロス君と念話が出来るんで、人間無線をして貰ってるんや。

「幾つー?」

「取り敢えず6本~。でも出来るだけ多く欲しいそうです」

「分かった。後で持って行くわ」

「メロさ~ん、水路に落ちた子供の手を赤いのが噛んでいます!」

「あ~、ザリガニもおったか。捕まえて桶に入れておいてな。一応食えるらしいで?」

「分かりました。もう少し捕まえておきますね。あ、あと鶴が捕れたから来て下さいって」

「へ~い」

 この村の北にある沼地には渡り鳥がやってくる。

 白鳥とか、鶴とか、わいの知っとる鳥もいて、それはええんやけどここの人達は白鳥も鶴も食べるというんや。

 鶴やで? 白鳥やで?

 バレエの題材にもなっとるような優美な鳥やで?

 それを食うて……。

 わいは頭がくらくらしたが、別に根こそぎ捕獲して食べる訳やなくて、特別な時のご馳走扱いらしい。

 この辺りは牧畜が盛んやなくて、狩りに肉食を頼っているような状況ではしようことないかもしれんけど……抵抗感がありまくりや。

 でもそうは言っても、健康な男子としてはたまには肉も食べたい。調理されていれば、わいにもなんとか……ダメやった。

 羽を毟って直火で炙っただけって、それ調理って言わない。

 お願いシュート君、なんとかして。

 魚でも肉でも捌いて料理してくれる歌手仲間がつくづくと恋しかったが、いないもんはしようがない。

 わいがやるしかないやんけ。

 そういう訳で、次に渡り鳥を食べる時は、わいに調理を手伝わせてくれと言うておいたんや。

 勿論、わいに捌ける訳がないんで、調理をこんな風にしてみてくれとお願いするだけや。

 わいは鶴の羽を毟った後で、内臓を抜いて部位ごとに切り分けて貰った。

 もも肉は塩と山椒の粉を塗してごま油を塗ってローストに。

 胸肉は粉チーズとパン粉を付けて鉄鍋で揚げ焼きにした。

 骨から取り外しにくい部位は、香味野菜と一緒にじっくりと煮込んだ。

 後は唐揚げもしたかったが、大量の油を用意出来なかった。

 油も生産出来たら儲かるかもしれへん。

 ってか、サラダ油って何の油なんや?

 七味の畑でごまが採れるから、ごま油ならいけるんちゃうかなぁ。

 うどんの薬味に辛い大根が採れるようになったから、花を咲かせて種から油がとれへんかなぁ。菜の花に似とるし。

 思いつく事を色々と試してみたいけど、時間があらへん。

 わいは諦めて鶴料理の実食に入った。


「美味しいやん!思ってたよりいけるわ」

 わいはチキンカツもどきをバクバクと平らげた。

 味付けが濃いせいか癖も感じられず、これなら普通に食べられる。

 鳥を捕獲してくれた野郎共も、ごっつい勢いでがっついとる。

「ローストもちょっと硬いけど、肉汁がたっぷりで旨いわぁ」

 ジビエ独特の癖は感じられるが、それも香ばしくて力強い味付けにあってる。

 これでキンと冷えたビールがあれば言うことないんやけど。

「スープはイマイチやな。どうしても、味噌か醤油が欲しなるわ」

 スープは女性と子供には人気やった。

 今回はいないが、年寄りにもええかもしれん。

「メロちゃん、残っているお肉はどうするの?」

 ロッテちゃんに聞かれて、わいは閃いた。

 そうや、叩いて玉ねぎと混ぜてハンバーグにしたろ。

 わいも久し振りに食べたいし、子供は好きな味やろ。

 残っていた肉を掻き集めて、頑張って包丁で叩いたのに出来たのはつみれだった。

 作ったのはわいやが、これをハンバーグとは認めない。

「メロちゃん、美味しいねぇ」

 ロッテちゃんは気に入ったようでにこにこと笑って食べているが、絶対にそのうちほんまもんのハンバーグを食わしたるからな。待っとれよ。

 わいは鶴も調理法次第では食えるいうことを学んだ。


 ***


 鶴肉もシシ肉も食べられるが、わいはやっぱり牛肉と鶏肉が食べたい。

 牛肉は難しい気がするから、取り敢えずは鶏を飼ってみたいと思う。

「ビックさん、鶏て手に入れられへん?」

「鶏? それならアンヘルが飼ってるけど、譲ってくれないやろうなぁ」

 アンヘルは村はずれで牛を飼っていて、牛乳やチーズを村人達に分けてくれるそうや。

 鶏も飼っているが数が中々増えない。

「卵も分けて貰えへんの?」

「卵は病人と老人が優先やなぁ」

 数が少ないんで成人男性に回ってくることはまずないそうやが……温玉はうどんのトッピングに欠かせへんで?

 これは、うどんの能力の出番やない?

 わいはビックさんに頼んでアンヘルのところへ連れて行って貰う事にした。


「無理だ。帰ってくれ」

 わいが鶏をもっと増やしましょう言うた返事がそれや。

 ちょっと酷いんちゃう?

「わいのうどんの加護があれば、鶏を増やせると思うんやけど……どうしてもあかん?」

「無理だ。これ以上は世話が出来ない」

 あれ? 中々増えないんじゃなかった? わざと増やさないようにしてたんか?

 わいは首を傾げながら聞いてみた。

「人手ならなんとかするで。こっちに優先的に回して、近くの村にも協力を頼んで――」

「これ以上拡げる気がないんだ。余計なことをせんでくれ」

 不快そうに眉間に刻まれた、マリワナ海峡よりも深い皺に怯みそうになる。

 あかん、別のとこへ話を持って行こ。

 早々に退散しようとしたが、ドアを破る勢いで突入してきたものに突き飛ばされた。


「父さん、話を聞いて! 願ってもないじゃない!」

 頑固を絵に描いたようなしっぶいジジイの娘とは思えない、瑞々しい少女やった。

 淡い白金の髪は少女を儚気に見せとったが、気の強そうな目がそうではないと教えてくれる。

 歳は十二か十三か。こっちの人は大人びとるんで、もう少し下かもしれない。

「お前は口を出すな。ビック、帰ってくれ」

 アンヘルさんに再び促されて、わいとビックはお暇させてもろた。

 どないしようかなぁと思うとったら、後ろから少女が追いかけてきた。


「ビックさん、メロさん、待って。待ってちょうだい」

 わいとビックさんは足を止めて、少女が追い付くのを待つ。

「鶏を増やせるって本当?」

 胸を上下させて呼吸を荒げた少女にわいは頷く。

「多分、出来ると思うで」

「だったらお願いします、増やして下さい!」

「う~ん……」

 わいはビックさんと顔を見合わせて迷う。

 どう説明しようか、と思案していたらビックさんが先に口を開いた。

「アンヘルが駄目だと言ってるんだから、リディアの勝手には出来ないやろ?」

「父さんなんて無視していいんです! あれもダメ、これもダメって……どうせわたしがする事は全部気に入らないんだから、わたしはもう勝手にするの。父さんなんて知らない!」

 涙目で叫んだリディアちゃんを見て、わいとビックは再び顔を見合わせる。

「アンヘルと喧嘩でもしたのかぁ?」

「違います! 父さんはわたしをまともに相手にしないもの。いつもどっか行ってろって、手を出すなって、邪魔者の役立たずだから、だからわたしは――」

 ヒクッと喉を鳴らしたリディアちゃんの目から、ポロポロと涙が零れる。

 あかん、わいは女の子の涙には弱いんや。

「リディアちゃん、リディアちゃんはアンヘルさんのお手伝いがしたいんやな?」

 リディアちゃんは口を引き結んでコクリと頷く。

「鶏の餌やりとか、寝床の掃除とか、出来るか?」

「小さい頃からずっと見てたから、大丈夫」

「突っつかれたりするかもしれへんで?」

「そんなの平気。鶏は脅かさなければ攻撃してこないもの」

「卵を取る為に、朝早く起きなあかんで?」

「知らないの? 牧場の朝は早いのよ」

「そんなら、アンヘルさんを一緒に説得しよか」

「父さんなんか無視していいって――」

「そういう訳にはいかへん。ちゃんと真心こめて頼んで、お願いして、それでもダメや言うたらそん時はまた考えよ?」

「メロさん……」

 目を大きく見開いたリディアちゃんに、ニコッと笑いかける。

 リディアちゃんも笑い返してくれたので一先ず安心や。

 わいは勇気を奮って、アンヘルさんの元へ引き返した。


「アンヘルさん、なんであかんのか教えて下さい!」

 ガバッと腰を折って頭を下げたら、頭上から舌打ちが聞こえてきた。

「牛を飼うのはわしの代で終わりだ。だからこれ以上規模を拡げる気がない。それだけだ」

「なんでわたしに跡を継がせてくれないのっ!」

 悲しそうに眉宇を寄せてリディアちゃんが叫んだ。

 アンヘルさんはそれ以上に悲しそうな顔をして、首を横に振った。

「とにかく駄目なものは駄目――」

「それじゃ子供は納得せんわぁ」

 ビックさんがのんびりと言った。

「ビック?」

「あんなぁ、子供には子供の理屈があるんだわ。頭ごなしに駄目や言うても、反発するだけだわなぁ」

 ビックさんの言葉を聞いて、アンヘルさんは再び舌打ちを鳴らした。

 しかし今度はもう少し丁寧に訳を話してくれる。

「牛を飼うのは大変だし辛い。餌をやるのも掃除も重労働で、女子供にやらせる仕事じゃない」

「ちっとも大変じゃないよっ! わたしは牛の世話が大好きなのっ!」

「可愛いがっていても殺さなくちゃいけない時だってある」

「分かってる! 牛も鶏も友達じゃないもの。ちゃんと分かってるよ」

「お前の……母さんが身体を壊したのも、生活がきつかったからだ」

 顔を歪めてそう言ったアンヘルさんを見て、リディアちゃんが口を噤んだ。

「あのぉ、アンヘルさん?」

「……なんだ」

「わいの故郷でも、きっつい仕事、金にならん仕事ってありました。それでもその仕事をしたい言う人がおるんです。きっと、きついけど辞めたくない、楽しい、そういう仕事かてあると思うんですわ」

 人に喜んで貰えるとか、半分趣味みたいなもんで純粋に楽しいとか、誰かがやらなくちゃいけないという使命感やとか。

 人は色んな理由で仕事を選ぶと思うんや。

「大変だから、というだけで辞めたくないて、大変でもどうしてもやりたいって、リディアちゃんは思ってるのと違います?」

「メロさん……そうなの。父さん、わたしは生き物を育てるのが好きなの。鶏が地面を突く様子を見ているだけで嬉しくなるの。牛が心地好いように藁を敷いてあげるのも好き。掃除だって、牛たちが気持ちよく過ごせるだろうなぁって思うと、ちっとも嫌じゃない。本当に、嫌じゃないの」

 リディアちゃんの訴えを聞いて、アンヘルさんが目を細くする。

「わしも、動物を育てるのは嫌いじゃない」

「知ってるよ! わたしはそんな父さんの娘なんだよ?」

「リディア……」

 瞳の潤んでいるアンヘルを見て、わいはピンときた。

 実はこのおっさん、娘を溺愛しとるんちゃう?

「大体、リディアちゃんに婿を取って継がせてもええですやーん」

 惚けた調子でそう言ったらギロリと睨まれた。

「そう簡単に渡せるか!」

「えー? でも家の仕事を手伝わせるのも嫌なんやろ? そしたらはよお婿さんを見つけた方が――」

「黙れ」

 あかん。瞳孔が開いとる。

 これ以上からかっとったら危険や。

 わいは仕事の話に切り替えた。

 取り敢えず、翌日からブルーノという青年を手伝いに寄越すことになった。

 ブルーノは力があるが気が小さく、優しい気性なのでこういった仕事には向いているのではないかということやった。

 肝心の鶏はというと、見せてもろたらふわっふわでぬいぐるみみたいな奴やった。

 なにこれ。わいの知っとる鶏とちゃう。

 これってもしかして、烏骨鶏(うこっけい)ってやつやない?

 わいは慌てて羽毛を掻き分けた。地肌が濃い紫色をしていた。

「間違いない。烏骨鶏や!」

 食べたことないけど美味しいやつや。

「メロさん、どうしたの?」

 リディアちゃんに不思議そうに聞かれて、わいは満面の笑みで答えた。

「リディアちゃん、卵も肉ももっと食べられるように、頑張って増やそうなぁ!」

「うんっ!」

 わいは張り切って土壌開発に取り組んだ。

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