7.懐かしい味
やっと水車の試作品が完成した頃、サンさんが馬に乗って再び村へ現れた。
「どないしました?そんなに急いで」
「メ、メロさん、大変です。七味が売れて、売れて――私の店が潰れそうです!」
「ええぇ、なんやそれ」
わいは馬から転がり落ちるように降りてハァハァと荒い息を吐いているサンさんに水を渡した。
護衛の人達にも飲み物を配り、サンさんが人心地付いたところで改めて訳を聞いた。
「最初にレストランや居酒屋で使って貰うと言いましたが、それだけでは客が注文しなかったらと不安になって、屋台の串焼き屋にも持っていってみたんです。そうしたらその店があっという間に評判になって、他の屋台でも挙って七味を使うようになりました。
酒飲みから話を聞いた居酒屋は、うちなら料理にも使っているしテーブルにも置いてある、と声高に唱えたところ料理は飛ぶように売れるしテーブルの七味は盗まれる始末。
皮をパリパリに焼いた家鴨が名物料理のレストランでは、食べる時に七味を添えられるようにしたら一日に容器が幾つも空になってしまいました。
もっと七味を売ってくれ、うちにも七味を売ってくれ、という客が連日私の店に押し掛けてきて、とうとう商売にも差し支える事態になってしまいました。メロさん、何とかなりませんか?」
涙目で切々と訴えてくるサンさんの肩に手を乗せて宥める。
「あれから又七味をこさえたんで、あるだけサンさんに売りますわ」
「本当ですかっ!」
「はい。この間よりも多く用意でけたんで」
まさかこれ程早く仕入れに来るとは思っていなかったが、売れない心配はしてへんかった。
物はええんやし、サンさんなら必ず売り切ってくれると思うてたで。
「でも、そんなに用意できるなら、他の商人にも売りましたよね? それにしては、他で売っているという話を聞かなかったが……」
「他所には売ってまへん。まずはサンさんに回そ思て。サンさんが買い取り切れなかった分は、他所に回してもええけど」
「いやいや、あるだけ、全部買い取らせて貰いますけど……でもどうして? どうして他所に売らなかったんですか?」
わいは思わず苦笑した。
サンさんが買い取った後も、村に立ち寄る行商人はいたしうどんも七味も振る舞った。
美味しいと舌鼓を打ち、是非売って欲しいとも言われた。
けれども「少し売って欲しい」と言われて、なんというか萎えたんや。
あるだけ全部を引き取っていったサンさんに比べて、しょっぼいな小さいな思たら売る気がせえへんかった。
サンさんの侠気に報いたいいうんもあったけど、ちゃんと商売を出来るんがサンさんしかおらんかった言うのが本当のところや。
「わいも商売やから、相手を選んどるだけですわ」
さらりと言うたがサンさんは意気に感じてくれたようやった。
「七味以外にも、この村の名物を考えましょう!」
七味と、後何かもう一つくらい特産品を作って、この村を有名にしようとサンさんが息巻いている。
確かに、うどんを広める為には有力産地を作って、知名度を上げるのがええと思う。
けどいきなりこの村ばかりが豊かになって、近隣の村に妬まれたり押し込み強盗のような悪い奴らに目を付けられたら困るんや。
「サンさん、売るもんは決まっとるんやけど、名前を広めるのはもう少し待って欲しいんです。村の中の整備をする方が先ですわ」
「そうか……そうですね」
サンさんもこの村の立場の危うさに気付いたんやろ。
この村の自警団はやたらと強いが、幾ら個人が強くたって村を守るにはそれでは不十分なんや。
村の周囲に堀を作るとか、柵を強化するとか、武器を備えたり警備面の強化も必要やし、周囲の村にも何らかの恩恵がいくようにせなあかん。わいの能力をそのまんま見せるんは危険やけど、焼き物とプラスチック作りは外注してもええ。どこにどんな才能が眠っとるかわからんからな。
よし、近隣の村から何か言って来た時の心積もりを村長に言うとこう。
「それで、売るものとは?」
サンさんの質問に、わいは自信たっぷりに答えた。
「小麦や」
***
「いやいや、この村の小麦は売れませんよ。悪くはないですけど、名物になる程では――」
慌てて否定したサンさんに、わいはパンを差し出した。
「食べてみて下さい」
「これは……」
サンさんはわいが差し出したパンを恐る恐る手に取り、まふっと噛み付いた。
「ふわっ! 柔らかっ! あまっ!」
あー、ええな。わい、やっぱりこの人のリアクション好きやわ。
サンさんの期待を裏切らない反応に、わいは慈愛の笑みを浮かべる。
「小麦を改良して、挽き方も工夫しましてん」
「小麦の改良……」
難しい顔で考え込んでしまったサンさんから、そっと目を逸らす。
すんまへん、うどんの加護であっという間でした。
わいはうどん用の小麦を荒く挽いて外皮を取り除いて、なるべく白いところをもう一度挽いて、三度篩いに掛けた粉でパンを焼いて貰った。
少し手間は掛かっても、白い小麦粉で焼いたパンはこれまでとは別物の出来やった。
まぁ、そうは言うても元の世界のパンに比べたら、まだまだなんやけどな。
でも、これまでの茶色くてねっちりとした重たいパンしか知らない村の人達は、魔法のようやと驚いていた。
「このパンは売れますよっ!きっと貴族達が我先にと買い求めます。ふふふ……誰に売りましょうか」
まだ誰も知らない、特別な品だと言って勿体振って売るつもりなんやろな。
まぁ最初はそれでもええけど、いずれは製粉技術を世に広めて、誰でも買えるようにせんとな。
わいは食の水準を上げたいんや。
「メロさん、このパンを作るのに使った粉を見せて下さい」
「ええよ、こっちや」
わいはサンさんをビックの家の炊事場に案内した。
「随分と細かいですね……」
サンさんはサラサラとした小麦粉を指で摘まみ、口に含んで風味を確かめた。
外皮を取ってしまう分、どうしても小麦粉の風味は弱くなる。
けれどえぐみものうなるんで、軽い口当たりになっている。
「これは……お菓子にも使えそうです」
「菓子……あったんや」
「高級品ですけれどね」
蜂蜜は見掛けても砂糖を目にしていなかったから、てっきり甘味はないんやと思うてた。
「フルーツを砂糖で煮たり、紅茶に入れたり、パンに乗せて食べるんですよ」
え? 砂糖をパンに乗せるん?
わいは驚いて口をパカリと開けた。
「ジャムやなくて?」
「ジャムって何ですか?」
オーウ、ノーウ!
パンが硬いせいか? ジャムがないなんて。
フルーツを砂糖で煮る癖に、何故それをパンに乗せへんのや?
砂糖を乗せるくらいなら、蜂蜜を掛けた方がええやん!
大して甘いもんの好きではないわいですら絶叫しそうになったわ。
「サンさん、砂糖! 次はなんとしても砂糖を手に入れてきてや!」
「いいですけど、どうするんですか?」
「パンにはジャムとか! クリームとか! 練乳とか! ピーナッツバターとか! 塗るもんが色々とあるんですよ! パンを売るんなら塗るもんも添えて下さい!」
「わ、分かった」
わいの勢いに押されて頷いたサンさんを見て、わいは興奮を鎮めた。
後日届いた砂糖で、わいは早速スプレッド作りに取り掛かった。
まずはジャム作りや。
わいは料理は全くでけへんが、料理上手の歌手仲間がぎょうさんおったので、レシピは何となくわかる。
どんな風に作るのかロリィさん達に伝えつつ、野苺のジャムを完成させた。
因みにわいは鍋には全く触ってないで。
焦げたら困るからな。
「あっまぁ~いぃぃ」
苺ジャムを味見したロッテちゃんが、目をキラキラと輝かせて歓声を上げた。
「そのままやなくて、パンに乗せて食べるんやで」
わいの言葉に、ロリィさんや手伝ってくれている女性陣が切り分けたパンにジャムを乗せた。
ロリィさんは大胆に一口でパクリといき、膨らんだ頬を押さえて目を見開いた。
そしてそのまま凄い勢いでバクバクと食べ始めた。
「ちょ、全部食べたらあかんで。他の人にも残しといてや」
「あら……ごめんなさい」
ロリィさんは頬を赤く染めて手を止めたが、まだ名残惜しそうにジャムを見ている。
危ない危ない、さっさと次にいかななくなりそうや。
「ジャム以外にも、パンにあうスプレッドはあるから、次いこか」
「はいっ!」
その場にいた女性陣の声が大きく揃った。
ジャムの次は練乳や。
これは根気さえあれば作るのは簡単で、牛乳と砂糖をひたすら煮ればええ。
女性陣が交代で鍋を掻き回している間に、もう一つ作ることにする。
ピーナッツバターもカスタードもええけど、久々に食べたくなったアップルバターを作ってみる。
色んな作り方があるらしいけど、わいが知っとるのは友達がよく作ってくれたやつや。
林檎を砂糖とレモン汁と煮て、潰して、冷まして、室温に戻したバターと混ぜる。
それだけやが、フードプロセッサーがないのでかなりきつい。
女性の一人がミートチョッパーを持ち込んで、無理やり潰して何とか完成させた。
「うっまぁ~い! シュート君、最高やで!」
わいは口一杯に広がる林檎の香りと、柔らかなバターの風味のコラボにノックアウト寸前や。
「メロちゃん、メロちゃん、これ、今まで食べた中で一番美味しい! 美味しいよぅ~」
興奮してスプーンを手に跳び跳ねるロッテちゃんにドヤッとする。
「そうやろ? わいの友達がよく作ってくれたんや。ほんまに料理上手で、人に食べさせるのが好きで――」
ええ奴やった。
もう二度と会えないけど。
ちょっとセンチになりかけて、ロッテちゃんの言葉に顔を上げた。
「だったら今度はわたしが作ってあげるね! いっぱい練習して、上手く作れるようになるからね」
「いっぱい練習なんて出来ないわよ。砂糖は貴重だもの」
ロリィさんの言葉にロッテちゃんがしゅんとする。
けれどわいは笑って首を振った。
「ええよ、砂糖はなんぼでも買うたる。これからも旨いもんをぎょうさん作ろうなぁ」
「うんっ!」
ニコニコと笑うロッテちゃんを見ていたら、わいも楽しくなって笑った。
あいつらがしてくれたこと、忘れへん。
ちゃんと、こうして繋がっていく。
ほんまに……
「おおきに」
わいは誰にともなく礼を言って、懐かしい味をもう一口食べた。