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6.弱ってると、乙女回路が働くんや

 近頃、女の子達が優しい。

 いや、女の子達だけやないけど。

 洗濯ついでにしてあげるわねーとか。

 村外れの牛を飼っている家まで、一緒に行きましょうとか。

 頻りに声をかけてくれ、構ってくれる。

「わいもとうとうモテ期がきたんか!?」

 前の世界じゃ歌手やというのに、まるで女っ気がなかったんやけど。

 ふんふんと鼻唄を歌いながら畑を広げ、苗を植えると広がる景色を眺めた。

「そろそろ、自分の家を建てるかぁ」

 ついつい居心地が良くてビックさんの家に長居をしてしまったが、畑も大分広げたし独り立ちをしてもええ頃かもしれん。

 手伝って貰えば、簡単な小屋くらいなら建てられるやろし。

 勿論、わいにはこの世界にうどんを広めるっちゅう使命があるからいずれ出ていく事にはなるやろうけど、七味も売りに出したばかりやしそれはまだまだ先のことや。

 出掛けることはあるかもしれんが、当分はこの村に腰を落ち着けるつもりや。

 わいはうん、と頷くとビックさんの家を出ることに決めた。


 その夜、早速ビックさん達に家を出ることを話したら、ロッテちゃんに大反対された。

「ずっと家にいればいいでしょう?大きくなったら、ロッテと結婚すればいいよ」

「う~ん、嬉しいけどぉ、わいは結婚でけへんのや」

「どうして? やっぱり、わたしが可愛くないから?」

 目を潤ませたロッテちゃんに慌てて手を振る。

「ちゃうねん! そんな訳ない!」

「じゃあどうしてっ!」

「わいはやることがあるのや」

「それは、いつか村を出て行くってこと?」

 ボロッと大きな涙を溢したロッテちゃんを見て、わいは困ってしまう。

 出て行くのは大分先の話やし、又ここに戻ってくるつもりや。

 けど、絶対やとは言い切れない。

 先のことなんてわからないんや。

 その時、ビックさんが静かに訊ねた。


「ここを出て、行く当てはあるんか?」

「いんや、今のとこは全然や」

「それでも、他所へ行くと?」

「そうなると、思う」

「……いて、欲しいんやがなぁ」

 しみじみと呟かれた言葉にグラッときた。

 それと同時に、ここ最近皆がわいに優しかった訳が分かった。

 わいをこの村に引き留めたかったんやろう。

「わいも、ここに戻ってきたいと思う。でも、約束は出来ないんや。いい加減な返事はでけへん」

「……分かった」

 溜め息と共に頷かれて、わいは後悔と共に今のやり取りを反芻する。

 わいの言った言葉はどれも冷た過ぎやしなかったか。

 受けた恩に対して、余りにも薄情な対応やなかったか。

 村の人からしたら、わいがいずれこの村を放り出すように見えるかもしれへん。

 ちゃんと、目処が立つようにするつもりやが、いなくなることが裏切りだとしたら、言い訳はでけへん。

 わいは黙って立ち上がった。


 暫く頭を冷やそうと思って外へ出たら、自警団西班隊長のライツに会った。

「こんな時間にどこへ?」

「ちょっと散歩や」

「そんな薄着では冷えるだろう」

 ライツは溜め息と共に肩布をわいの首に巻いてくれた。

「ついでに、俺の見回りに付き合うか?」

「うん。そうさせて貰おかな」

「足元に気を付けろよ」

 ランプを少し下げて足元を照らされ、その気遣いにフッと気持ちが和らぐ。

 わいは白い息を吐きながら、ライツの後を付いていった。


 ライツは畑の回りに仕掛けた罠に、何も掛かっていない事を確認してホッと息を吐いた。

「今年は豊作だと分かっているけど、獣が降りてきていないのを確認するとホッとするな」

「今年は?」

「ああ。三年前の凶作は厳しかった。だから、どうしてもあんたにここに残って欲しくて、強引な真似をする者も出てくる。悪いな」

 苦笑して謝るライツに、わいは黙って首を横に振る。

「なんも持たずに途方に暮れていたわいを、連れてきて優しゅうしてくれた。村において、面倒をみてくれた。ほんまに感謝しとる」

「あんたがいい人だからさ。メロさんを見ていると、面倒をみたくなる」

 甘ったるい雰囲気に危うく惚れそうになる。

 実はライツはわいのいっこ下やのに、この渋さやで?

 異世界、こわっ!

「めっ、面倒を、見て、もろて……わいも離れたない」

 待って! なんでわい、こんな少女マンガの主人公みたいな台詞を吐いてるの?

 ちゃう、ちゃうで。引き留めて欲しくて言ってるんとちゃうで。

「なら、ずっとここにいればいい。……あんたがそんな困った顔をしなきゃ、そう言うんだがな」

 苦笑されて、わいは素直に頭を下げた。

「すまんな。わいにはせなあかんことがある」

「加護持ちは使命があると聞くからな」

「……は? わい以外にも、加護を持っとる人間ておるの?」

「数は少ないが、王都や大きな町にはいると聞くぞ」

 ごくごく稀に、加護を持っとる人間がいて、不思議な力や高い能力を示すらしい。

 そんでもって加護は普通、戦いで使うのが当たり前とされている。

 だからわいのうどんの加護を見て、随分と変わっとると思ったそうや。

「わいは戦いはでけへん」

「分かっている。あんたは、守ることしかしなさそうだ」

 然り気無く頬を撫でられ、又しても甘ったるい雰囲気になっていることに驚愕する。

 あかん、こいつの色男っぷりに太刀打ちでけへん。

「ラ、ライツも守るのは得意そうやな~」

「この村には妹も弟達もいるからな。村を守るのが俺の仕事だ」

 うわぁお、カッコええ。流石はお兄ちゃんや。

「なら、わいが留守にしとる間も、皆が困らんようにせなあかんな」

「……戻ってくる気か?」

「そう思っとる。どこに行っても、またここに戻ってきたいって、思っとるねん」

 わいは確証がないからと躊躇っていた言葉を、素直に口にした。

 約束は守ったらええねん。

「なら、あんたを待ってみるか」

 悪戯っぽく頬笑みながら言われて胸がキュンとした。

 あかん、メロちゃん惚れそう。

 わいは男前なライツの為にも、優しくしてくれた村の人達の為にも、わいがまた戻ってくると信用してくれるように頑張ろうと思った。


 ***


 わいは村の為に畑を広げるだけやのうて、不作にならん工夫もせなあかんな。

 不作の原因いうたら水不足、冷害、日照不足、虫害が主なとこやろか。

 天候はどうにもならんから、先ずは水路を引けたらええなと思う。小麦を挽くのに水車も作りたいしな。

 えーと、うどんを作るのに綺麗な水がいるんやから、水路だって引けてええんちゃう?

 わいは小麦畑の間に膝を折り、地面にぺたりと両手を付けた。

「うどんが冷やせる綺麗な水~、ドジョウやアメンボがおって、小麦がすくすく育つ水~、水路が遠く行き渡り、うどん粉ぎょうさん取れたらええな~」

 わいは畑を区分するように水路が通るイメージをした。

 多分、願う強さとイメージの確かさで力が使える。

 だから本当の水路なんかを知っとるわいは、この世界の人達より有利なんや。

 わいはそっと目を開けて、思い通りの幅と深さで出来た水路に破顔する。


「メロちゃん、お水っ! お水がいっぱいっ!」

「水路なぁ。元の水源として、川まで出来てもうたのは吃驚やけどな」

 氾濫するほどではないが、少し離れた位置に林から続く水流が出来ている。

 まるで地下に潜っていたものが、出て来たかのような自然さや。

 水車も一緒に想像していたからか?

「これで洗濯も楽になるね!」

 ロッテちゃんが大喜びしとるのは、これまで洗濯は井戸の側か林の中にある川まで行かなあかんかったからや。

「洗濯も出来るし、水車も作れるなぁ」

「水車ってなに?」

「ええと、水の力でクルクル回って、軸の棒を動かして自動で粉を挽けるようにするもんなんやけど……実際に見てみな、わからんやろな」

「見たいっ! メロちゃん、作れる?」

 わいは作れるかどうか考えてみる。

 大雑把な構造はわかるが、果たして使えるもんが出来るかどうか。

「メロちゃんも男の子やから、歯車とかネジとか好きやし多分出来ると思うんやけど、ビックさん達に相談してみなわからへんなぁ」

「じゃあ相談してみよっ!」

 ロッテちゃんに急かすように手を引かれて、わいは農作業中のビックさんのところへ行った。


「お仕事中にすんません。ちょっとええですか?」

「ええよぅ」

 ビックさんは首に掛けていた布で汗を拭くと、畑から出て近寄ってきた。

「どうぞ」

「おおきに」

 わいが流行らせた硬質プラスチックで出来た水筒をビックさんに手渡し、喉を潤すのを見てから話し出す。

「前にちょこっと話したと思うんやけど、水の力で粉を挽く水車いうんを作りたくて、協力して貰えへんやろか」

「水車? でもあれって、川辺でないとあかんのやろ?」

「川が、出来ましてん」

「は!?」

「せやから、川が出来たんですわ。わいのうどんの力で」

「うどんの力……なんでもありやなぁ」

 つくづくと呆れたようにそう言って、それからビックさんは川を見に行こうと立ち上がった。

 フットワークが軽い。


 川と水路を見て、ビックさんがぱかりと口を開けた。

「水が……こんなに」

「水路いうて、畑に水を送りたい時と、排水したい時に使うんですわ」

「どうやって?」

「水門を塞いどる板を開け閉めするんやけど、それは置いといてぇ、こっちを見て下さい」

 わいはビックさんの手を引いて林に程近い、そこそこ流れのある辺りへ連れていった。

「……川や」

「ここなら、水車を使えると思いますねん。こういう、桶みたいのを丸い板に取り付けて、水車が回ると水が上に運ばれるやろ?その水が落ちて、水車を回す助力になりますねん」

 わいは絵を描いて木の板や桶を動かして説明した。

 最初はピンとこなかったビックさんも、馬車の車輪を想像して貰ったらなんとか薄らと理解してくれた。

「馬車でいう車軸の部分は鉄で作って欲しいし、他にも石臼や設置する小屋が必要ですのや。出来たらきっと村の為になります。何とか協力して貰えへんやろか」

「村長と、自警団のところに行ってくるわ」

「ビックさん!」

「村長は何でもメロさんに協力していいって言ってるけど、話は通さないとあかんからなぁ」

「すんません、頼んますぅ」

 気持ちが逸る余り、勇み足やった。

 そら勝手に川なんて作ったらあかんよなぁ。

 まぁ川が出来ちゃったのは予想外やったんやけど。

 わいは正式に村長の承諾を得て、水車作りに取り掛かった。

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