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5.肉にもうどんにも合うやつ

 亜麻色の麦穂が波のように揺れている。

 うどんに向いた小麦が出来るとええなぁて、軽い気持ちで土に干渉したらこうなった。

 ビックさんごめん。

 刈り入れを手伝います。


「豊作だぁ~」

 ビックさんが腰に手を当てて目を細め、嬉しそうに小麦畑を眺める。

「人手が足らんくないですか?」

「大丈夫。皆に手伝って貰うから。メロさんは今日はレンゲ作りかい?」

「そうですー。村人全員のレンゲを揃えてしまおう思て」

「気張らんでええよ~。ボチボチやりんさい」

「おおきに」

 ビックさんは最早どこの方言かわからんような言葉遣いに変化しとるが問題はない。

 何故なら村人全員がそうなりつつあるからや。

 わいは七味作りをマルコに任せ、なんとか醤油がでけへんものかと試行錯誤しとる。

 醤油が出来たら、味噌も出来るんやないかと思う。


「しかしこれが難しいんやな~」

 醤油の作り方は、小学生の頃に社会科見学で見たことがある。

 だから大豆と小麦でもろみ言うんを作るのは知っとる。

 けど畑で大豆を作り、砕いた小麦と水と一緒に硬質プラスチックで作った容器に入れ、もろみになれ~と念じてもそれらしくならへん。

 他に工程があったか、と頑張って記憶を辿るんやがなんせ昔のことやし、社会科見学の内容なんて詳しく覚えている訳がない。

 前途多難や。

 わいは醤油造りを一旦諦め、焼き物小屋へ向かう。

 ロッテちゃんと一緒にレンゲを作る約束をしとるんや。


「メロちゃん、遅い!」

「悪い悪い、ちょおもろみの様子を見てきたんや。堪忍な」

 ロッテちゃんに謝って、早速粘土を取り出す。

 わいは丸い椅子に腰を落ち着け、テーブルの上で次々とレンゲを作り上げた。

「ロッテちゃん、焦らなくてええで」

「う~ん、どうしてもスプーンみたいになっちゃう。猫なら上手に作れるんだけど」

 本人の申告通り、ロッテちゃんは器用に小さな猫を作った。

「それでええやん。動物がいっぱいいたら、可愛いでぇ」

「いいの? 猫だけじゃなくて、動物もたくさん作ってもいいの?」

「ええよ。頑張り」

 ロッテちゃんはキャアと歓声を上げて、嬉しそうに粘土を捏ね始めた。

 その横でわいは手早く残りのレンゲを作ってしまう。

 棚に並べて、二、三日乾燥させてから焼いたら完成や。

 次は何を作ろう、と顎に手を当てて考えていたら自警団員の一人がわいを呼びに来た。

「メロさん、行商人が立ち寄ったので、来て下さい」

「ほい、わかったで」

 わいはロッテちゃんを連れて焼き物小屋を出た。


 マグリットは小さな村なので、村を目当てに行商人が来ることはないが、商売の行き帰りについでに寄ってくれることはある。

 サン・フラワーもそんな商人の一人やった。

「まいどおおきに~」

「あんたも商人か?」

 わいの挨拶にサンさんが目を丸くしている。

「ちゃいますけど、売りたいものはありますぅ」

「売りたいもの?この村に?悪いけど、小麦ならもっと品質の良いものでないと――」

「あー、ちゃいますちゃいます。まぁ、取り敢えずこれでも食べてみて下さい」

 わいは手早くうどんを用意して丼と一緒に箸を渡した。

 丼の出来に軽く目を見張ったサンさんは、押されたようにうどんを一口啜って動きを止めた。

 それから勢いよくズルズルとうどんを啜り込む。

「こ、これはっ! 旨い!」

 茹でたうどんにシシ汁を少し掛け、薬味を乗せたうどんはシンプルで旨い。

「お代わりはどうです?」

「頂きます!」

 わざと少な目によそっておいたうどんの二杯目に、パラリと七味を散らした。

「それは?」

「七味いう香辛料です。ちょっと辛いけど、慣れたら病みつきでっせ」

 サンさんは丼を両手で捧げもち、鼻を突っ込むようにしてくんくんと匂いを嗅いだ。

 それから恐る恐るうどんを啜った。

「旨っ!辛っ!」

 サンさんは味わうようにうどんを一口一口噛み締め、目を細めて堪能している。

 余程気に入って貰えたようや。

「どうです?お口に合いましたやろか」

「合うなんてものじゃないよ! この香辛料は凄い! 辛くて、旨味も感じるのに鼻に抜ける香りが凄い。複雑で、華やかで、うっとりとしてしまう。これは一体何だい?」

「七味言うて、唐辛子に幾つか材料を足してます」

「七味? それが君の売りたいものですか?」

「そうです。今のは赤缶て種類やけど、他にも唐辛子だけの一味と、レシピの違う青缶があります」

「全部食べさせて下さいっ!」

「ええですよ。ロリィさん、肉を焼いてくれますか?」

 わいは焼いた肉に青缶の七味を掛けたものと、一味を使ったペペロンうどんを出した。

「旨いっ! 旨くてもっと食べたいのに、腹がいっぱいだ!」

 悔しそうに箸を握り締めるサンさんを見て、わいはハハハと笑いつつ言った。

「七味はこないな入れ物に入っとるんで、テーブルに置いておいて食べる時に肉やパスタに掛けてもええですし、料理にも使えます。入れ物に入っとるんはご家庭用、大きな筒に入っとるのは店用にどうですやろ?」

 わいは各種木の容器に入ったものと、硬質プラスチックで作った筒に入れた七味を見せた。

 サンさんは硬質プラスチックの筒を見て、口をあんぐりと開けた。

「こ、これは……何だ?」

「プラスチック言うて、薄くて割れなくて水を通さない器です」

「プラスチック……」

 サンさんは震える手で硬質プラスチックを撫でた。

 やっぱりヤバかったかな。

 わいもプラスチックを見せるのは迷ったんや。

 けど便利なもんやし、透明でガラスの代わりに使えるとなったら使わん手はないやろ。

「麻袋でも良かったんやけど、それやと匂いが飛ぶんですわ」

「匂いが飛ばない……ということは、胡椒や他の香辛料を入れても?」

 口の中でブツブツと呟くサンさんに釘を指す。

「これは数を作れへんので、七味用だけです。中身がのうなった後は、どうしようと自由ですけど」

 わいが一人で作っとるんやから、容器だけを販売用にするのは堪忍や。でも、使った後の容器は転用して貰って構わない。わざわざ回収して再利用するのも面倒やしな。

「い、幾らですかっ!」

 サンさんが商売人らしくもなく、駆け引きも何も無しにそう叫んだ。

 だからわいは、逆に聞き返した。

「幾らやったら、普通の庶民にも買えます? わいも、サンさんも、全うな利益を出して、それでも買う人が手が出る値段て幾らです?」

 わいの言葉にサンさんが吃驚した表情をさらす。

 どうでもええけど、この人こんなに感情を読まれて平気なん?

 商売人としたら失格なんとちゃう?

 まぁ、わいはだからこそ全部さらして交渉しようて思えたのやけど。

「そう、ですね……100アルくらいなら、普通の家庭でも使えるのではないでしょうか」

「そうすると、買い取り額は半分くらいでっか?」

「いえ、それでは低過ぎます。せめて70はお支払いしないと」

「でも輸送費用も掛かりますやろ?」

「この七味というのは軽いので、一度に大量に買い付ければ。それに空いたプラスチックも頂けるのですよね?」

 ニヤリとちょっとだけ悪い顔をしたサンさんを見て、わいは苦笑する。

「そうやけど、店なんかには容器ごと売って下さい。なるべく良い状態の七味を食べて欲しいんですや」

 香りの飛んだ七味なんて絶対にあかん。

 許さへん。

「……わかりました。二回目以降の販売時に、空いた容器を回収します」

「それならええです」

 いずれ唐辛子油やねぎ油もプラスチック容器に入れて販売する予定や。

 その頃にはわい以外にも、ある程度は形を作れる者が育っとったらええなぁ。

「あ、そうや。サンさんは酒造りの専門家て知りません? 村に指導をしに来て欲しいんですけど」

「酒造り? 他にも商品を考えているのですか?」

「そうや。七味に合うビールを作るんや」

 わいはニヤリと笑って親指を立てた。


 ***


 サンさんは作り置いていた七味を全部買い上げた。

 随分と大胆やなと思ったが、ギラリと目を光らせてこれに賭けてみると言うのでドキリとした。

 いやん、男前。

「まずは懇意にしているレストランや、酒場で使って貰います」

「あかんかったら相談して下さい。わいに出来ることなら、何でも手伝いますよって」

「ふふ、メロさんは侠気がありますねぇ。まだ若いのに」

「んん……ちょお待ち。わいのこと、幾つやと思てます?」

「え?十八歳くらいですよね?」

「……もうちょっと、大人かな」

 あかん、本当の歳なんて言えへん。

 因みに、サンさんは三十八歳独身やそうや。

「それでは又来ます。頑張って七味を作っておいて下さいね」

「待ってるで~」

 わいは手を振ってサンさんを見送り、くるりと振り返るとマルコに真顔で確認した。

「全部、売れたな?」

「はい、全部売れました」

「木の容器入りが三種類百ずつ、筒入りが三種類十本ずつで間違いない?」

「間違いありません」

「つまり、全部で八万四千アル?」

「そうです」

「今夜は宴会や~っ!」

 こっちの貨幣価値は元の世界の大体十倍くらい。

 つまり八十四万円の儲けや。

 皆に賃金を払っても十分にお釣りが来る。

 おっとそうや、ビックさんに家賃やら食費やらも入れないとな。

「いいのですか?」

 あなたのお金ですよ、とマルコに言われたがそんなんちゃうやろ。

皆でやっとるんやから会社みたいなもんやし、皆のお金や。

「メロさんは不思議な人ですね」

「そうか? わいは楽しく暮らしたいだけや」

 最初の人生は楽しく生きている最中に断ち切られた。

 どんなに楽しくても、死んだら終わりや。

 だから今度の人生では、一瞬も後悔しないように生きたい。

 ま、流石にそんなのは無理やろうけど。心持ちだけでも。

「マルコは宴会は嫌いなん? わい、思い切り歌いたいんやけど」

「大好きです。思い切り歌って下さい。愛してます」

「うん、なんや変な言葉も聞こえた気がするけどええわ。いこ?」

 宴会の用意をしに行こう、と誘ったら手を握られた。

 なんやの、ほんま。

 マルコに手を引かれて歩き出してすぐ、どこからともなく現れた自警団団長のモーリ君がマルコの頭をべしっと叩いた。

「マルコ、何をしてるっ!」

「……宴会の準備をしようとしていただけです」

「嘘吐けっ! お前は油断も隙もない――」

「モーリ君、今日は宴会やで! 手伝ってな」

「勿論っす!」

 ビシッと姿勢を正した筋肉だるまを見て、わいはこてんと首を横に傾げる。

「肉は足りてるかぁ?」

「獲りに行ってきます!」

「宴会に遅れんようになぁ。ああ、マルコも一緒に行って」

「……わかりました」

 マルコがギリッと一瞬唇を噛んだのを見なかったことにする。

 だってこいつ、優男の癖にごっつぅ強いんや。

 メロちゃん、知っとるー。

 わいは宴会の準備に奔走し、今夜も歌って踊って野郎共の声援を浴びるのだ。

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