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4.うどんの加護でこんなん出ました

 マグリット村は小さな農村だが、村の若者達で構成された自警団がある。

 それがそのまま丸っとわいの親衛隊になった。


「兄貴!これでいいっすか?」

 自警団団長のモーリッツ君、略してモーリ君がシシ汁を持ってきてくれた。

「そうそう、おおきに~」

 シシ汁は少し味が魚醤に似ていて、茹でたうどんにかけて食べると旨い。

 でも、お湯で薄めて掛けうどんにすると、どうにも味がぼやけるというか今一つになる。

「わいに料理が出来たら良かったんやけどな~」

 どういう訳か周りの歌手には料理上手が多く、ここに来たのが他の奴だったらもっと上手くやれたかもしれんと思わないでもない。


「兄貴、どうかしたっすか?」

「……いや、ねぎが欲しいなーて」

「ねぎっすか? 玉ねぎならうちに――」

「いや、玉ねぎやなくて長ねぎ。青くてニョキニョキってしとるの。知らん? あ、あと七味もやな」

 この世界に玉ねぎはあっても、長ねぎはない。

 唐辛子もない。

 もしかしたら、薬味とかスパイスは余りないのかもしれへん。

 それとも探せばどこかにはあるやろうか?

「あ、そういえば、外国に日本の野菜を植えると、外国の野菜になるて聞いたことあるなぁ。こっちでもでけへんやろか」

 例えば日本のナスをアメリカに植えても、二年目からはでっかいお化けナスになってしまう。

 同じように、こっちの野菜を日本の土に植えたら、日本の野菜になるんとちゃう?うどんの加護で、土を日本と同じに出来たりせえへんやろか?

 わいは畑の隅っこを借りて、試してみることにした。


「うどんの薬味~。長ねぎ~、七味~、ついでに天かす~、油揚げもいいわ~」

 わいは畑に両掌を向けて、適当に拍子をつけて唱える。

 うどんはシンプルに出し汁と薬味で食べたらええねんけど、鍋焼きも悪くはない。

 いやいやだったらすき焼きの後にうどんをぶっこんでもええ。

 焼きうどんに鰹節をたっぷりと乗せるのもええなぁ。

「あぁ~日本食が食べたい」

 食生活なんて適当やったし、外食も多く手料理みたいなもんはずっと食べていない。

 それでも細胞に染み込むレベルで、日本食が食べたいと思う。

 わいは怪しい外国人のように、「スキヤキ~、てんぷら~、スシ~」と唱えながら土を変えていった。


「そろそろええかな」

 赤茶色だった土が、ほこほことした黒っぽい感じに変わっている。

 ここにこっちの野菜やら果物やらを植えたら、日本の食材になるんとちゃう?

 わいはビックさんに野菜の苗を分けて貰い、適当に間隔を開けて植えてみた。

 そうしたら次の日には、立派な長ねぎやら唐辛子やらが育っていた。


「ひゃっほう! ねぎや~!」

 わいは喜び勇んで長ねぎを引っこ抜く。

 ズボズボズボズボ引っこ抜く。

 ロッテちゃんも手伝ってくれると言うので、唐辛子の実だけ摘むようにお願いした。

「この赤い実を触った後で、目とか口とか触ったらあかんでぇ。めっちゃ痛いから。マジ痛いから」

 前に動画の撮影で酷い目に遭うたことがあるねん。見てる方は面白いか知らんけど、わいは地獄やったわ。

「ところでこれはなんやろ?」

 わいはワサワサと大きく育った草を見て首を傾げる。

 見たことのない野菜で、どこをどう食べられるのやら全く分からへん。

 試しに引っこ抜いてみたら、根っこがボコボコとついてきた。

 生姜だった。

「はーん、生姜ってこんな風に生えるんやぁ。知らんかったわぁ」

 色んな植物が少しずつ生えていたので、わいはそれぞれを少しずつ収穫してみた。

 立派な長ねぎなんかは薬味だけでは勿体ない。

 鶏肉と一緒に串に刺して、焼き鳥のタレを塗って炭火で焼いたら旨そうや。

「醤油が欲しいわぁ~」

 醤油と米がマジで欲しい。

 この村で作れないやろか。

 わいは醤油が大豆から出来ていることくらいしか知らんのやが。


「メロちゃん、見たことのない野菜がいっぱいだね!」

「わいの故郷の野菜や」

「美味しい?」

「ちょっと大人味かなぁ~」

 生の長ねぎなんて、子供にとっては旨いもんやない。

 そんでもスープに入れたり、肉と焼いたり、火を通せば食べられるやろ。

「さっそく食べてみようかぁ!」

 わいは料理は出来ない。でもどんな使い方をするものなのか、ふんわりとは伝えられる。

 わいはロリィさんに料理を頼んだ。そしたら宴会の時に料理を手伝ってくれた女性達を呼んできて、皆で色々な料理を作ってくれた。


 長ねぎを刻んで、唐辛子を荒く挽いて、ゴマやら山椒やら柚子っぽいものを入れたらええ感じになった。

 匂いを嗅いだらほんまに七味っぽくて、鼻の奥がツンとした。

 うどんに掛けたらめっちゃ旨くて、今まで食べたどんなうどんより旨くて、あっという間に平らげた。

 ちょっとこれ、売れるんやない?

 七味やなくて四味やけど。

周りを見たら、慣れない香りや辛さに目を白黒させながらもみんな喜んで食べている。

「メロさん、これ凄く旨いなぁ!」

 昼飯に帰って来たビックさんが、四味をかけた肉を嬉しそうに頬張っている。

「酒にも合うんやでぇ~」

 わいは余りアルコールを飲まないが、焼き鳥なんかを食べながら飲むビールは最高や。

 でもこっちのビールはかなり残念なものやった。

 濁ってるし、炭酸が弱いし、何より温いし。

 わいに酒造りの知識があったら、キレッキレのビールを作って見せるんやが。

 そんなわいの無念も知らず、ビックさんはいそいそとビールを取り出してきた。

「ちょっと、あなた!」

「メロさんの為だから」

 見咎めたロリィさんに、ビックさんはわいをだしにして強引にビールを飲んだ。

「ほんまに合うわぁ~」

 わいの怪しい関西弁がビックさんにも移ってきとる。

実はわいは地方を転々として育っとるんで、関西弁がかなり怪しい。それがこちらの方言とも混ざっとる。


「こっちの辛いうどんも美味しいです」

 ちゃっかりとビックさんの隣でペペロンうどんを食べているのは、垂れ目でいつも笑顔のマルコという自警団の副団長やった。

「マルコさん、どうしたんや?」

「南側の畑が荒らされているのが見つかって、罠を仕掛けに行ってきました。メロさん、お代わり下さい」

「お、おう。ロリィさんに貰ってや」

 マルコは二杯目のうどんを食べながらやけに艶めかしい吐息を吐いた。

「メロさん、メロさんと結婚したらこの辛いうどんが毎日食べられますか?」

「え?わいは男とは結婚せぇへんけど」

「結婚してくれたら働かなくて良いですよ?」

「ヤダ、男前」

 わいはちょっと心を揺らした。

 それを見たマルコがいける、と思ったのかわいの手を両手で包み込んで畳みかけてきた。

「メロさんは俺の為に歌って、うどんを作って下さい。愛してます」

「それってうどんを愛しとるんやない?」

「メロさんとうどんは切り離せません」

「いや、そこは切って考えよか。うどんが全てやないよ?」

「え? そうなんですか? 他にもっと美味しいものが……」

 遠い目をして考え込んでしまったマルコからそっと離れる。

 永久就職は魅力的やけど、頷いたらあかんやつや。わいは本気で七味の販売を考えてみる。

 もう少し畑を広げて、七味を作って売ったらどうやろ。

 この村だけやなくて、もっと大きな町へ持って行ったら売れるんとちゃう?

 七味は別に薬味として使うだけやない。

 炒める料理でも、煮るんでも漬け込むんでも、出来上がった料理に掛けるだけでも大きく味が変わる。

 どうやら辛い物が余りないこの世界で、ひょっとしたら流行るんやないやろか。

 ちゃんと乾燥させたら軽くて腐りにくいから運ぶのも楽やろうし、作り方は知らんけどラー油みたいな辛い油を作れば少ない量でええやろ。

 わいはビックさんに相談してみることにした。


「ああ、そらええな。女達の手が空いた時の仕事に、丁度良いやろ」

「そら良かった」

 賛成して貰えて良かった、とホッと胸を撫で下ろしたらマルコが間に入ってきた。

「俺にまとめ役をやらせて下さい」

「んん? 手伝って貰わんでも、わい一人で大丈夫やで?」

「うーん、これは凄く売れると思うのですよ。しかもメロさんの故郷では、普段から食べられていたのですよね?」

「そうやな。誰の家にもあったで」

「であれば、きっとこの国でもそうなります」

「そうかぁ?」

 うどんには必須やけど、食べ慣れないものがそんなに売れるんかぁ?

「それにメロさんは材料を調達したり、他の野菜の調理法方を教えたり、きっと忙しくなります」

「ふーん……」

 そう言われると、わいはわいにしか出来ない仕事をした方がええような気がしてきた。

「でもなぁ、直ぐに給料を払えへんで?」

「給料、とは?」

「ああ、賃金? 働いてもろたお金や」

「それは現物支給をして頂ければ構いません」

「うどん?」

「辛いうどんと新しい料理の試食の権利を」

「そんなんで良ければええけど……ほんまにええんか?」

「勿論です」

 ニコニコと嬉しそうな笑顔で頷くマルコを見ていたら、本人の言う通りにすればええかと思った。

「なら、宜しく頼むわ」

「はい。こちらこそ宜しくお願いします」

 こうしてわいは、七味を売る事になった。


 ***


 村で何か手に入れようと思ったら殆どが物々交換で、まず金銭のやり取りは発生しない。

 これだけ小さな村やし、皆身内みたいなもので助け合わなければとても暮らしていかれへんのやろ。

 そういう訳で、わいは七味をせっせと改良しては村人に配って回った。


「メロさん、新しい七味もすっごく美味しいです!」

「そうか? ならこれも定番入りやな」

 わいは既に完成させて評判の良かったものを木の容器に詰め、蓋を赤色に塗って売ろうと思っていた。

 トウガラシだけの一味は色無しで、新しく作ったのは蓋を青く塗って青缶とでもしようか。

「後は実をそのまんま乾燥させたやつと、油に漬けるか、酒に漬けるか……」

「酒に漬けるんですか!?」

 驚くマルコにわいは当然やと頷いた。

「辛い酒も好きなやつは好きやで。ただ万人受けはせぇへんな。そうすると油やろか……ラー油ってどうやって作るんや?」

 首を捻るわいに、マルコが勢い込んで両方試したいです! と言った。

「ああ、そうやな。現物支給な。なら色々と作ってみよか」

 七味とうどんを村人に配りまくったお陰で、酒も油も豊富にある。

 わいは生の唐辛子や乾燥させたものを油に漬け込み、胡椒と組み合わせたりハーブやねぎを一緒にしてみたりもした。


「メロさん、やっぱり結婚しましょう!」

 マルコからの何度目かのプロポーズを、わいは華麗にスルーして片手を顎に当てる。

「問題は器やな。ガラスの容器は高いし、かと言うてぼってりとした焼き物はイメージに合わんし。いっそ作るか?」

 わいは七味畑用の土を作ったように、容器用の土も作られへんかなと思った。

 ものは試しにとやってみたら、粘土と合成樹脂みたいなもんが出来た。

 粘土は丼を作って焼いたら薄青い磁器になり、合成樹脂は透明になって硬質プラスチックみたいな質感に変化した。

「おっ、これやったら割れなくてええんとちゃう?扱いも結構簡単やし」

 本当なら素人に丼なんて簡単に作れる筈がない。

 けどわいは、泥団子を作る気安さで作れてしまった。

 硬質プラスチックだって、べっこう飴でも作るようにグニグニと捏ね繰り回せる。

「おもろいなぁ」

 グニグニと合成樹脂を曲げて遊んでいたら、マルコがやらせてくれと言うので渡してやった。

 粘土も、合成樹脂も、酷く不恰好なものしか出来上がらなかった。

 どうやらわいはうどんの加護で補正がかかっていたらしい。

「メロさんは何でも出来るのですね」

 マルコに感心したようにそう言われたが、ちっとも頷けない。

 うどんの能力はわい自身の力やないし、出来ないことばかりやと感じている。

「何でも出来たら、こんなとこにおらん」

「こんなとこ……ですか」

 傷付いた声にわいはハッとする。

「違う! そういう意味やない! わいは、本当は――」

 本当はこの世界の人間ではない。

 そう言ったところできっと理解されない。

 本当に一人きりなんやと思い知るだけや。


 堪えるために唇をきつく噛み締めたら、瞳が潤んできて益々情けのうなった。

 はぁ、あかん。

 こんなとこで泣くなんて、黙って泣くなんて狡いやろ。

 あかん、あかん――

「もういいです」

 マルコが苦笑してわいを抱き締めた。

「メロさんが訳ありなのは分かっています。それでも、こうして一緒にいてくれたらいいです」

「……ええのか?」

「いいです」

「おおきに」

 わいはギュッとハグを返してから身を離し、照れ隠しにヘラヘラと笑った。

「メロさん、やっぱり結婚しましょう」

「なんでや!」

 わいはマルコのプロポーズにデカい声で突っ込みを入れ、それからほんまに笑った。

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