3.ロッテちゃん、ピンチになる
わいは暫くビックの家に置いて貰えることになった。
なんや訳アリやと思われたらしく、急ぎの旅でないならゆっくりしていったらいいと言うので甘えさせて貰うことにした。
だってなぁ、うどんの能力だってどんなもんかまるで分かってへんし、食料だって持ってない。
何処かへ行く当てもなければ、右も左も分からへん。
幸いにも、ビックさんもロリィさんもロッテちゃんもわいの歌を気に入ってくれたし、うどんもまた食べたいと言ってくれたし。めんつゆはいずれ似た食材を探し当てるまで封印やが、うどんはもっと本物に近付ける事が出来る筈や。
まずはうどんに向いた粉を探すところからやな!
でもまぁ、その前にうどんの能力も把握せなあかん。
わいは地道にうどんの特訓に励んだ。
「メロちゃーん、お話してぇ」
ロッテちゃんに腕を取られておねだりされ、わいはみょんと鼻の下を伸ばした。
農家であるビックの家は朝が早く夜も早い。
夕食が終わると灯りが勿体ないので、早々に寝てしまう。
けれど細やかな贅沢として、ほんのひと時小さな灯りをともして手仕事をしながら家族で話をする。
わいが知っている物語や昔話は、ロッテちゃんを夢中にさせた。
「シンデレラって素敵!王子さまに見初められるのね。でも……やっぱり美人じゃないとダメだよね」
しょんぼりと肩を落とすロッテちゃんをわいは慰める。
「ロッテちゃんは美人さんやないかぁ!オメメもくりくりで、鼻もちっちゃくて可愛いでぇ!」
「それ褒めてない!」
ぷんすかと怒るロッテちゃんを見て、わいはほんまに可愛いのにと思う。
一般的にどうかしらんが、わいにはほんまに可愛く見える。
「わたしより、メロちゃんの方がずっと可愛い……」
俯いたロッテちゃんにそう言われて、参ったなぁと頭を掻く。
そうなんや。どうやらこっちの基準では、わいは女の子のように可愛いらしい。
元々日本におった時も、童顔だとは言われとったけどな。
「メロちゃんは男の子やからぁ、可愛い言われても嬉しくないねん」
「男の子だって、可愛い方がいいもん」
あー、どこの世界も女の子は女の子やなぁ。
でもまぁわいなんて、男の子って歳やないんやけど。
実はアラサーやと言うのに、こちらの人には十八、九に見えるらしい。
こわっ!
「可愛く生まれたかったな……」
ぽつりと零したロッテちゃんの声が耳に残った。
***
夕方になってもロッテちゃんが帰ってこない。
ロッテちゃんはまだ小さいのでいつもなら家の仕事をしているのだが、籠の材料が足りなくなったからと昼過ぎに林へ入ったらしい。
こっちの林はわいの感覚で言う森みたいに深い。
少し奥に入ると道を見失いそうになる。
実際に、わいも一度迷子になって迎えに来て貰った。
「今の時期は霧も出ないし、シシも姿を見せない筈だけれど……」
ロリィさんが心配そうに頬を手で押さえる。
基本的に、よっぽど餌が足らなくなければ獣は人里に近付かないと聞いた。
それでも林の中で暗くなれば、身動きが出来なくなる。
日本と違い、こちらの夜は本当に黒い。月がなければ真っ暗闇だ。
「わいも探しに行きます!」
村の男たちが捜索に出るというのでわいも名乗りを上げたが、足手纏いだと断られた。
それでも奥へは行かないからと、たいまつを作って照らしているだけだと食い下がったらやっと認められた。
たいまつの明るさに物凄く感心していたので、作り方を教わっておいて良かったわ。
ゴトーちゃん、ありがとうな。
わいはサバイバルの得意な友人に感謝して、捜索に出掛けた。
「ロッテちゃ~ん! どこやぁ~!」
探しても探してもロッテちゃんはなかなか見つからなくて、大人たちの間にも焦りが出始めた。
辺りはどんどん暗くなるし、獣の遠吠えやら風の音やらが耳につき始める。
わいかて恐ろしゅうてたまらんのに、まだ小さな女の子じゃどれだけ心細いか。
早く探してやらんとあかん。見つけて、抱き締めてやらんと。
わいは使命感に燃えて咆えた。
ついでに歌った。
ワウワウ言ってると歌いたくなるんや。
空気が澄んでいるせいかやけに声がよう響いた。
元々が声量はある方やけど、なんかもう大気を染め変えちゃうくらいに歌が辺りに満ちる。
わぁお、気持ちがええ。
自分が空に溶けていきそうや。
身体が、気持ちが、解放されて遠くまで拡がる。
林の隅々まで。もっと、もっと。
歌っていたら、微かに応える気配がした。
ロッテちゃんが、気持ちを返してくれているんや。
うんうん今行くでぇ。
方向が分かったので、途中で会った人にあっち側やと叫んで急ぐ。
足元が歩きにくく、辺りが険しくなっていくのに難儀しつつ頑張って歩く。
本当に子供の足でこんなところまで来たんかいな、と疑いながらもザカザカと草を掻き分けて進む。
「ロッテちゃあん!」
叫んだら、頭の上の方からヒクッとしゃくり上げる声がした。
「ロッテちゃん!」
目を上げて、崖の上に生えている細い木の幹にしがみ付いているロッテちゃんの姿を見つけてゾッとした。
落ちる!落ちる!
心の中で叫びつつ、ロッテちゃんを安心させるように平穏を装って明るい声を出す。
「今助けるからなぁ!待っててやー」
朗らかな声に、ロッテちゃんの気配が緩む。
あ、ヤバい。失敗やったかも。
気持ちの緩みと共に身体から力が抜けたんやろう、ズルッとロッテちゃんの姿勢が傾いだ。
ロッテちゃんっ!
わいは背中からゾロリと何かが飛び出すのを感じた。
白いものがビュッと勢いよく網状に拡がって、ロッテちゃんの身体を柔らかく受け止めた。
「何だアレは!?」
「網か? どこから出てきた!?」
周囲にいた男達がザワザワと騒ぐ。
そらぁ驚くわなぁ。どこからともなく蜘蛛の巣みたいなものが出てきて、ロッテちゃんを受け止めたんやから。
わいは黙っている訳にもいかず、仕方なくうどんの加護だとだけ説明した。
「うどんの加護ってなんだ!?」
「うどんってなんだ?」
「わいの故郷の食べ物ですぅ」
それ以上の説明を省いてロッテちゃんを降ろす。
うどんは触手みたいに自分の意志で動き、ニョロニョロとわいの中に戻っていった。
助けて貰ったから言う訳やないけど、なかなか可愛い奴やと思う。ちょっと慣れてきたわ。
「ロッテちゃん、怪我はないか?痛いとこない?」
手を無意味にワタワタと動かしてそう訊いたら、ロッテちゃんが腕の中に飛び込んできた。
「怖かったぁああ!」
「そうか、もう平気やからな」
よしよしと頭を撫でていたらビックさん達もやってきて、いきなりロッテちゃんを引っ叩いた。
「ビックさんっ!」
わかる、わかるでぇ心配だったのは。
でもいきなり叩いたらあかんて。
「お前はっ! 心配させてっ、皆に迷惑をかけて……馬鹿者っ!」
うわぁ、もう殴らないでやっ!
わいは慌ててロッテちゃんを腕の中に庇う。
「待って、ロッテちゃんも反省してるから堪忍してや」
「どいてくれっ!」
掴みかかろうとするビックさんに、手の中に出した白いうどん玉を押し付けて抑える。
「ビックさん、ちょっと落ち着いてや」
「ムググ……なんだこれは」
少し遅れて駆け付けたロリィさんにロッテちゃんを渡してから、ビックさんの肩を押さえる。
「無事やったんやからええやん。ほんま、良かったなぁ」
しみじみと言ったらビックさんがガクリと肩を落とした。
「良かったけど、全く……」
「はようちに帰ろう」
わい達は集まった人々に、何度も礼を言って家に帰った。
***
「それで、なんであんなところにいたんだ?」
ビックさんの言葉に、ロッテちゃんは俯いて答えない。
「ロッテ、これだけ迷惑をかけたんだ。ちゃんと説明しなさい」
ビックさんに重々しく言われて、ロッテちゃんはやっと重たい口を開く。
「崖の、上に……木の実が、成ってるって……」
「木の実? そんなもん、わざわざ木に登ってまで採らなくても――」
「ダメなの! ソバカスが消える、魔法の実はあそこでないと生えていないの」
「はぁ!? ソバカス? そんなもんの為に、お前は――」
目をひんむいて呆れたように大声をあげるビックさんの前で、ロッテちゃんが怯えたようにキュッと目を瞑る。
わいは弁護したろと口を開いたが、先にロリィさんが頷いて言った。
「わかるわ。お母さんもどうしても赤くてクシャクシャする髪が嫌で、草の汁を塗ったり色々としたもの」
「お母さん、も?」
「ええ、そうよ」
「おいおい、ロリィ!」
何を言い出すのかと慌てるビックさんをチラリと一瞥し、ロリィさんは真剣に言った。
「それでも、命まで掛けるのは愚かなことだわ。それはわかるわね?」
「……はい」
「どうしても、の気持ちが強すぎると大きな失敗をしてしまうの。次にどうしても何かしたいと思った時は、よく考えてみて? 諦めた方が良いのか、お父さんかお母さんに相談するのか、信用できる友達に話してみるのか」
ここでロリィさんはわいに視線を流した。
え?もしかして友達ってわい?
「ロッテは同じ事を繰り返さないわね?」
「はい。次はちゃんと考えます」
「そうしたら、後は皆にありがとうとごめんなさいを言わなくちゃね」
「うん。メロちゃん、助けてくれてありがとう! 心配させてごめんなさい」
ペコリと頭を下げて謝ったロッテちゃんに、わいはパタパタと手を横に振る。
「大したことないでぇ。気にせんといてやぁ」
「お父さんも、お母さんも、心配させてごめんなさい。探してくれてありがとう」
「わかったんならいい。本当に、こんなことは二度とごめんだからな……」
うるっと目を潤ませたビックさんを、見て見ない振りをする。
親子関係が拗れなくて良かった。
親と上手くいかないのはなかなかしんどいもんやからなぁ。
わいはホッとして、軽く息を吐くと同時に腹が鳴った。
「ああ、そういえば夕飯がまだだったわね」
そう言ってロリィさんが台所の方を困ったように見る。
食事の支度が途中までしか出来ていないようや。
「あ、これからチャパティを焼くんなら、うどんを茹でてスープに入れてもええですか?」
よく考えたら、うどん玉を作り出せるんやから、それを伸ばして切ればええやないか。
それだと作り方を広めることは出来ないが、本物のうどんを知って貰うことは出来るしな。
「でも、それだと時間が……」
「直ぐでっせ~」
わいはスープを温めて貰っている間に、うどんを薄く伸ばして切って茹でる。
色も白くて弾力もあって、なかなか旨そうなうどんができた。
塩で味付けをした鳥と野菜のスープにも合いそうや。
「つるつるしこしこうどんうどん~♪」
わいが歌いながら皆の分を取り分けたら、ロッテちゃんがクスクスと笑った。
「変な歌ぁ」
「変やないー。うどんは旨いから食うてみぃ」
「食べたことあるもーん」
ロッテちゃんはフゥフゥとうどんを吹き冷まし、わいの作った箸モドキの棒でうどんをちゅるんと啜った。
「美味しい!前に食べたのより、ずっと美味しい!」
ロッテちゃんの満面の笑みに、わいの顔もつられて綻んだ。
なんやろなぁ、すっごく嬉しい。
「そうや!どうせなら、村の皆にも振る舞おうか」
きっと今日はまだ、食事の支度が出来ていない家もあるだろう。村民は赤ん坊と老人を合わせても百数十人しかいないし、そのくらいなら楽勝や。
「いいのか?」
「ええねん。わいはうどんを広める為に来たんやし、今晩は宴会や!」
ビックさんは皆を呼びに行き、わいはロリィさんに手伝って貰ってうどんをせっせと伸ばして切った。
集まってきた女性陣が茹でるのを手分けしてくれ、味付けは味の濃そうな調味料やらソースやらを色々と合わせてみた。
「おっ、これはちょっと醤油みたいな風味でええな」
何かの塩漬けの汁が、魚醤っぽい味でうどんに掛けると旨い。
わいは集まってきた男達や、老人と子供に次々と振る舞っていった。
こっちの世界の人が大勢でつるつるモチモチしこしことしたうどんを啜る光景は、なかなか壮観やった。
「つるつるしこしこうどんうどん~♪」
わいが鼻唄を歌っていたら、子供達が面白がって真似し始めた。
興がノッて菜箸で鍋を叩きながら、ちょっとロックっぽく歌ってみる。
「ニンニクたっぷり、肉うど~ん!」
何故か拳を突き上げてノリノリになる男共に、わいは懐かしさを感じて煽りまくる。
歌って、踊って、シャウトして。ここは野外ライブ会場かってくらい盛り上がった。
酒のせいやと言いたいとこやけど、わいは素面やったし、次の日には男共が皆わいの親衛隊になっとった。