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2.マグリット村

「待てぇえええええ!」

 わいはガニ股で腰を少し落として片手を前に突き出す、という格好で道端に一人きりで立っていた。

 ひゅう……と風が通り過ぎて行くが足元の緑はたっぷりとしていて、さっきまでの寒々しい景色とは違う。

「ここはどこなんや……」

 途方に暮れて呟くが、そもそも国やら町やらの名前すらまだ聞いてなかったんや。

 吃驚するくらい無責任に放り出されたわ。

「うどんの加護て、地図が出たり赤外探知センサーが出たりせぇへんよなぁ」

 なんかこう探索に役立つようなもんが出たらええんやが、とこめかみに人差し指を突き付けてうんうん唸ってみたがうどんの一本も出てこなかった。

 それならジジイに貰った頭陀袋に役立つものはないかと袋を引っ掻き回してみた。

 宿泊セット一式と、鍋と調理用具が出てきた。

 吃驚するくらい役に立たなそうや。

「え?普通、ここで出てくるんは聖剣とか魔法の杖なんちゃうの?」

 もっとこう、チートアイテムでも出てくれないとどうしようもない。

 なんせわいは元の身体のままなようやし。

「若返ってもないし、性別が変わってもないし、怪力になっとるとかもないみたいやなぁ」

 わいは二十八歳のちょっと童顔で細マッチョ……と言えなくもない中肉中背の男のままやった。

「あかん、心細ぅなってきた」

 知り合いが一人もいない、言葉が通じるかも分からない、人種だって人の姿かたちだって不明だ。

 狩りをして暮らしとる気性が荒いかもしれない人々が、異邦人のわいを発見したらどう思う?

 捕まえて喰っちまうか、奴隷にされるか、性奴隷ってやつならまぁなってみてもええような気がするけどサイズがちょっと合わへんかもしれないし。

 わい、自信がないわぁ。

「可愛いだけじゃ生きていけないのっ!」

 女の子チックに叫んだら、パカポコと長閑な音が聞こえてきて荷馬車が現れた。


「どうーしなすったぁ?」

 農夫や。ごく普通の、RPGゲームに出てくるような亜麻色の髪の地味な農夫や。

 言葉も通じる。

「えっとー、わいは旅をしている途中でぇ、そろそろ村があるとええなぁってぇ」

「ああ、村ならこの先にマグリットっつぅ小さな村があるよ。乗っていくかい?」

「いいんですかぁ?助かりますぅ」

 わいはいそいそと馬車の荷台に上がり込んだ。

 農夫は飼料と牛乳を交換してきた帰りだそうだ。

「兄さんは一人で旅をしているのかい?」

「はい。あー、歌いながら、うどんを広めようと思って……」

 やっべ、何も設定を考えてなかったわ。

 咄嗟に歌ってるって言うてもうたけど、良かったかな?

 でもわい、他に出来ることがあらへんしな。

「吟遊詩人さんか。それにしては、リュートを持っていないような……それに、うどんってなんだね?」

「えっと、リュートは旅の途中で失くしてしまって……うどんは白くてつるつるした食べ物です!」

「はぁ、初めて聞くなぁ」

 感心したように言う農夫に、何だか少し胸がチクチクする。

 善良そうな人を騙しているようで気が咎める。

「あの、良かったら食べてみます?その、乗せて貰ったお礼に」

「おっ、いいのかい?それは楽しみだなぁ」

 他に楽しみがないのかニコニコと笑って嬉しそうな農夫に、旨いうどんを喰わせてやろうと決意する。

 けど、わいは料理が全く出来ないんやけどな。まぁ、うどんの加護でなんとかなるやろ。

 こうしてわいは、ビックと名乗った全くビッグでない農夫の家にお邪魔することになった。


 ***


 ビックの家は藁葺き平屋の一軒家だった。

 壁はブロック石を組んであって、中は思ったよりも広い。

 わいは奥さんのちっともロリっぽくないロリィさんと、八歳の娘さんのロッテちゃんに紹介されてから炊事場に案内された。

「わぁお、竈ってー」

 生憎とわいはアウトドアの経験が全くない。

 歌手仲間には自分で即席のピザ窯を作って焼いてしまうような、サバイバルの達人もおるんやけどな。

 さて、どうしたものか。

 わいは暫く悩み、それからまぁ取り敢えずうどんを打ってみることにする。

 そして粉も塩もないことに気付く。

「あの~、小麦粉と塩ってありますぅ?」

「小麦粉?ありますけど……」

 ロリィさんが首を傾げつつ小麦粉の入った袋を出してくれた。

 わぁお、わいが思ってたのと違うー。茶色くてなんやザラザラしとる。きっと製粉技術が低いのだろう。

「えっとー、目の細かい網というか笊?はありますか?」

 わいは果物を干すのに使っているという網を借りて、茶色い粉を何度も篩う。

「うぇっほ、げふ、ごふっ!」

 咳き込みながら鼻の頭や顔中に粉を飛ばしつつ、何とか粉を細かくした。

 そこに塩水を足して必死に捏ねる。

「ビニール袋があったら、足で踏めるんやけど……」

 確かそんな風にして作っているのをテレビで見たことがある。

 しかしビニール袋なんてものはないので、一生懸命に手で捏ねる。

 上から体重をかけ、それはもう親の仇のように捏ねる。

「うどんの加護が感じられへんなぁ」

 ぼやきつつ、表面が何とかすべすべになったところで湿らせた布に包んでおく。

 その間にめんつゆを何とかしようと思う。

「言うても、鰹節とか昆布がある訳ないやろしぃ」

 鰹節も昆布も酒も味醂も醤油もない。

 いきなり手詰まりってやつや。

 ここはもうスパッとめんつゆを諦めて、洋風うどんを目指すことにするわ。

 カルボナーラとか、ペペロン何とかならまだいけるんやない?

 わいは食用の油と塩と山椒みたいな実を分けて貰い、頭陀袋に入っていた麺棒を使ってうどんを伸ばした。

 思っていたよりもうどんが硬かったので、ちょっと細めに切った。

 斜めになってしまって、太さもまちまちのうどんを硬めに茹でる。

 食べてみたら全然うどんやなかった。

 寧ろパスタ。ねっちりもっちりとしたパスタ。


「美味しーい!」

 パスタになってしまったが、ロッテちゃんからは好評やった。

 ロリィさんもビックさんも、滑らかでスルスル食べられてとても美味しいと言うてくれた。

「ありがとうな」

 わいはどうにも複雑な心境や。

 だってこれは、絶対にうどんではない。

 あのもっちりとした弾力が、もっとツルツルしこしこした歯応えと喉越しが、うどんには絶対に必要不可欠や。

 それに小麦の味がし過ぎる。

 噛み締めてしみじみ旨いって味じゃない。

「あかん、うどんに拘りがあった訳やないのに……」

 それでも日本人としては確固たるうどんの姿があるんや。

「もう一度作らせてくれっ!」

 わいは意気込んでそう言ったが却下された。

 お腹がいっぱいだからもういい。それよりも歌を聴かせて欲しいという。

 そらそうやな。

 わいはあっさりと諦めて脳内で選曲を始める。

 ロックはあかんやろな。

 あんまシャウト系の曲もドン引きされそうや。

 シャンソンやジャズやってもええけど、昼間からはこっちの気分が出ぇへん。

 ジャパニーズポップスか童謡なんてどうやろ?

 わいは窓の外を見て、ふと頭に浮かんだ曲を口遊んだ。


 菜の花畑に 入日薄れ

 見わたす山の端 霞ふかし

 春風そよ吹く 空を見れば

 夕月かかりて 匂い淡し


 里わの火影も 森の色も

 田中の小径を たどる人も

 蛙の鳴くねも 鐘の音も

 さながら霞める 朧月夜


 ぼろっと涙が零れた。

 あかん、三拍子の簡単な曲なのに、なんでこんなに。

 なんでや、止まらへん。

 涙が、止まらへん。

 わいは暫くぼろぼろと泣き続け、涙の洪水と鼻水で酷いことになった顔をそのままにビックさん達に謝った。

「急に済んません」

「いや、あんたの故郷の歌なんだろ?」

「……はい」

「いい歌だなぁ」

 いい歌だ。そんな事、これまで思わなかったけれど、いい歌だったんやと思い知る。

 わいはグズグズと鼻を鳴らしながらロッテちゃんに頭を撫でられた。

「もっと歌って?」

「……ええで」

 わいは思いつく限りの歌を歌った。


 ***


 泣き疲れて眠って、夜中に目を覚ました。

 喉が渇いて、泣き過ぎて腫れた瞼が熱くてジンジンする。

 わいは水差しから水を飲んで、ふぅ……と溜め息を吐いた。

 醜態を晒したが胸は軽くなっている。

 ちゃんと物が考えられるし、心は落ち着いている。

 大丈夫や。

 歌が通じた。心が通じる。ここでも生きていける。

 わいはまだ、生きていける。

「歌があって良かったなぁ」

 つくづくとそう思った。

 歌わなきゃ、直ぐに駄目になっていたかもしれへん。

 わいは目を閉じて胸に手を当てた。

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