1.異世界でうどん仙人を目指すことになった
別にうどんに思い入れなんてないのに、うどんの歌を歌っている途中で死んだらうどんの加護を得ました!?
眩いスポットライトに頭がぼうっとする。客席から野太い声援が飛び、思わずくすりと笑うた。
なんでわいのファンは男ばっかなんやろな。もっと女の子にキャアキャア言われる筈やったのに。
でもええんや。こうして応援して貰えて、俺の歌で喜んでくれて、楽しいって言ってくれる人が沢山おって。
わいも楽しい。楽しいし嬉しい。
ああ、幸せやなぁ。
歌を歌えて、おっきな舞台で皆と一緒になって気持ちようなって。
こういうの、いつまでも続くとええなぁ。
ずっと明日も、明後日も。
そうしてわいは、幸福感に包まれながらヒュンと頭上から落ちてきたスポットライトに頭をかち割られて、押し潰された。
***
「ここはぁ、どこやぁ?」
頭を擦りながら辺りを見回す。
見渡す限り荒野だけれど、人がいないせいかどうにも寒々しい。
「あの世とこの世の境目って、こんな感じ?」
想像して、ぶるりと震える。
「彼岸にきたなんて、堪忍やぁ」
なんでこんなところにいるのか分からないけど、わいはまだ死にたくない。
「誰かいてへんのぉ?メロちゃん、一人はイヤやでぇ」
一人は淋しい。一人は辛い。
わいは話し相手がいないと死んでしまうねん。
喋ってないと呼吸が出来んくなる。
「誰かぁ!」
大声を出したらふっと後ろから風が吹いてきて、なんだか物音も聴こえた気がして期待に心を踊らせつつ振り向いた。
黒い犬。
犬ってか、牙を剥いて涎をダラダラ垂らした化け物。
あれ?これって、ケルベロスってやつやない?
知ってる知ってるー。
わい、漫画で見たことあるぅ。
「って、ピンチやんけぇ!」
割りと簡単に、あっという間に、絶対絶命になった。
なんで? どうして?
なんて思う間もなく逃げた。
逃げて、直ぐに後ろからのし掛かられた。
「重い重い爪が食い込んどる痛い!痛いし苦しい!」
ギャアギャア喚きつつ涙が目に溢れてくる。
なんでこんな目に遭わなあかんねん。
いきなりなんやねん。
死ぬのイヤなのに。
怖いし苦しいのに。
「助けてやぁ!」
叫んだら目の前にスルスルと白い糸が降りてきた。糸っていうか、太くて弾力のあるアレ。
なにやらホッとするような、優しげなそれをわいは慌てて掴む。
ツルツルする筈のそれはわいの手首にグルグルと巻き付いて、黒い化け物の下からわいの身体を引き摺り出してくれた。
「おおき、にぃいいいいいいい!?」
魚のようにヒュンと釣り上げられて、わいの体は綺麗な放物線を描く。
どこへ行くんやぁあああ……と思っているうちにどさりと着地した。
柔らかな草の上、取り敢えずは逃れられたんか?
川を飛び越えたらしく、化け物は向こう岸で立ち往生をしている。
「やぁい、これへんやろ!こっち来てみぃ!」
べっと舌を出して挑発したら、犬がグワッと立ち上がったのでビビって思わず尻餅をついた。
「ビックリしたぁ~」
いかんいかん、相手はケルベロスや。
万が一ちゅうこともある。
わいは早々にその場を離れた。
「にしても、ここはどこなんやぁ~」
相変わらず、さっぱりと場所が分からない。
歩いても歩いても風景は寂しいまま。
空は曇天のように灰色だし、地面は白っぽく乾いている。
「辛気臭いとこやでぇ」
ハァ、と溜め息を吐いて歩き続け、足のマメがグジュッと潰れたところで歩みを止めた。
座り込んだらもう立ち上がれそうもない。
でももう足が動かへん。
「イヤやぁ……。泣き言もギブアップもイヤやぁ」
泣き言なんて、言いたくない。
負けましたって、言うのもイヤや。
でもどうにも八方塞がりで、どうしていいのか分からへん。
わいはキュッと唇を噛んで、俯きそうになる顔を必死に上げ続けた。
そうしたら、ポツリと小さく人影が見えた。
「済まんのぉ、待たせたかぁ?」
白髭のジジイが軽く片手を振っている。
「んもぅ! 遅いでぇ!」
わいは思わずジジイに抱きついた。
「そんで、あんた誰やぁ?」
「なんだ、いきなり冷静に戻りおって」
鼻白んだように身を引くジジイをキッと睨む。
よく考えたら、こんな目に遭っている全ての原因はこのジジイである確率が高い。
少なくとも事情は知っとるやろう。
「わいは死にそうな目に遭ったんやでぇ?キッチリ説明してもらわな、納得がいかへん」
「分かっている。説明してやるから、まぁ座れ」
丸い座布団を出されて、わいは遠慮なく座る。
どこから出したとかどうでもいい。
とにかく事情を説明して欲しい。
「お前が一度死んだのは理解しているな?」
「……おう」
多分、そういうことなんだろうとは思っていた。
死んだか、死に損なったか、魂だけになってるのかは分からへんけど、とにかく普通の状態やない。
もう取り返しがつかなくなっとんのやろ。
「お前は死ぬ直前まで、うどんの歌を歌っていた」
「うん?」
うんまぁそうかもしれないけど、それがどうしたねん?
「余りにも真剣に、熱を込めて歌ったから、お前はうどんの加護を得た」
「ふぇっ!?」
「うどんに憑依され、うどんの能力を自由自在に使えるようになったのじゃっ!」
「うどんの能力って、なんやそれぇえええええ!」
わいは思い切り突っ込んだ。
アホか。言うに事欠いて、うどんの加護って。うどんの能力って。
「そんなもんいらーん!」
「ほぅ、良いのかぁ?うどんの加護を得て、能力を使って、うどんの素晴らしさを世に広めることで第二の生を得られるんじゃが、本当に良いのかぁ?」
「ぅぅぅ……」
そんなアホな人生はイヤだ。
イヤだが第二の生、という言葉には惹かれる。
わいはまだまだやり残したことがある。
このまま死にとうはない。
「うどんは、どのくらい広めればええんや?」
「お前がうどん仙人と呼ばれるようになるくらいかの」
「そんなんイヤや!」
うどん仙人てなに!? 超ダサい!
わいは歌手のメロちゃんやのに!
「メロンもうどんも似たようなものじゃろ」
「違う!」
大体、わいの名前はメロンやない。
某動画サイトで活動するのに“メロウ”と芸名を付けたら、何故かメロンと呼ばれて定着してしまっただけや。
「メロンの加護は得られなかったのじゃ。諦めろ」
だからメロンの加護が得たかったんやない。
うどんというのが納得いかないだけや。
「それに、既にその能力に助けられたじゃろ?」
その能力?
なんやそれ、と首を傾げて思わず眉をしかめる。
もしかして、化け物から救ってくれた白いやつか。
「白くて、ビヨ~ンとしたやつ……」
「うむ、手打ちならではのコシじゃ」
「……」
なんかもう、色々と納得がいかへん。
納得がいかないけれど、わいはどうやらうどんの加護を得たらしい。
「ハァ、分かったわ。うどんを広めて、第二の人生を獲得したる」
「目指せうどん仙人じゃ」
「……」
どうにも気分が上がらないが仕方がない。
こうしてわいはうどん仙人を目指すことになった。
***
「まず、うどんを広めるのは、不幸にもうどんのない世界じゃ」
白い髭を弄りながらドヤ顔で言ったジジイが少しウザい。
そんな事は分かっとる。
わいが知りたいのはそれがどんなところなのか、わいの知る世界とどう違うのかだ。
だからわいはわざと茶化すように言った。
「うどんがなくてもパンがあるじゃない」
「ない」
「へっ?」
「少なくとも、お前の知るカタチではない」
「マジか……」
だったら何を食べているのだと、よくよく聞けば芋やトウモロコシが主食らしい。
小麦は芋と混ぜて練ったり、トウモロコシと混ぜて練ったり、そのまま練って焼いたり――って練ってばかりかーい!
「練ったら茹でればええやん! なんで茹でないんや!?」
顔を近付けて凄んだら、スッと目を逸らされた。
「あやつら野蛮人でのぅ。茹でたら溶けると思っておるのじゃ」
本当に仕方のないやつらじゃ、と溜め息を吐くジジイを白い目で見る。
こいつはうどん仙人の先輩だと名乗ったが、もしかしたら大したことないんやないか?
「あんた、ホンマに仙人か? 実は大したことないんとちゃう?」
「大したことあるわっ! 順調に出世して、もう直ぐ管理者権限も貰える――アワワ」
明らかに喋りすぎた、といった体で両手で口を塞ぐジジイを目を細めて見る。
なんとも残念なジジイだ。
「あんたが出世するのなんかどうでもええけど、わいにも生きる場所が必要や。歌って、踊れて……分かり合える仲間が必要や」
人は一人では生きていけへんねん。
わいが楽しいと思うことで、他の人も楽しくなってくれたらもっと楽しい。
辛い時は励まし合えるし、悲しい時も一人よりはずっとマシや。
わいは歌を通して他人と通じ合えると思うてるし、救われたと言うてくれた人もおった。
ありがとうと言われて、わいこそありがとうという気持ちになった。
歌で何かが出来る。そう知って、どんなに嬉しかったか。
なのにあんな途中で断ち切られて、わいは憤慨しとるんや。
まだ死ぬ時と違う。
こんなんでやり切ったと、生き切ったとはとても言えへん。
もう一度チャンスを貰えるなら、うどん仙人でもなんでもなったるわ。
「お前は変わっておるのぅ。うどんに愛されておるのに、理由はそんなものか?」
「放っておいてや!」
「まぁ、憑かれておるし、問題はないじゃろ。それよりもスナイダーに注意するんじゃ」
「は? スナイダー? ダレソレ」
「お前が戦っておったじゃろ。黒い犬じゃ。地獄の番犬じゃ」
ナニソレ。地獄の番犬って見たまんまやん。ヤバいやん。
「わいは戦うのなんてでけへんで。向いてないんや」
「知っておる。うどんの加護を得られるのは、平和な心の持ち主だけじゃからのぅ」
「だったらどうするんや?」
「逃げるしかないじゃろ」
逃げる! しか! って!
「そんな生活はイヤや!」
逃げ続けるのなんて大変やん。
歌も歌えないし。安心して暮らせないし。
「人々にうどんが受け入れられるまでの辛抱じゃ。人々がうどんを食べる生活に慣れ、うどんと共に生きるようになればスナイダーも諦めるじゃろ」
「なんでやぁ? うどんにそんな力はないやろ」
「シャッ! うどんを見縊るでない! うどんは強く優しく人々を受け入れ癒してくれるとのなのじゃっ!」
「そうかぁ? うどん食でぇ?」
「うどんを食えば、狩りなどする気が起きなくなるじゃろ」
狩りをする人々がいなければ、化け物犬は行き場を失うというが本当かいな?
わいは疑わしく思ったが、ジジイがそういうものだと言い張るので一旦は受け入れることにした。
ダメだったらその時にまた考えればええ。
それにしても、この世界の人は狩りをして暮らしとるんかぁ……。
練った小麦粉があるんやから、農作もやっとる筈やけど、わいには農業も狩猟生活もでけへんやろうなぁ。
ここに来たのが他の歌手仲間やったら良かったんやけど。
わいは狩猟免許を持っていて、業界一ワイルドだと言われている男や、鳥や魚も捌いて料理出来る男を思い浮かべた。
「うどんを食べるようになっても、狩りは続けるんやない?」
「それはないじゃろ。気持ちが萎える上にうどんを作るのは大変じゃ。狩りとは両立せんじゃろう」
そうなのか?
わいは料理はさっぱりやから、分からへんけど。
「両立せんのなら、うどんを作る方がええなぁ」
その方が平和だし、危険やない。
「全くその通りじゃ」
ジジイは満足そうに頷くと、ゴソゴソと懐から頭陀袋を取り出した。
「うどんの加護を持つお前には必要ないかもしれんが、念の為に持って行くと良い。何かの役には立つじゃろ」
「何々~便利道具~? だったらメロちゃん嬉しぃ~」
ウキウキしながら袋を開けると、ふっと目の前に影が差した。
「先ずはこの辺が良いじゃろ。頑張ってうどんを広めてくれぃ」
「は? ちょ、待てや、まだ聞いてないことが山ほど――」
「さらばじゃ」
「『さらばじゃ』って、こらっ、こんなとこで放り出すな~っ!」
叫ぶわいを無視して、ジジイの姿がどんどん遠くなっていった。