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2、勧誘

「ここがエリック・ストラトスの住む村か。ド田舎だね」


 ぽつりつぶやいたのは男だった。若いが頭は見事に禿()げあがっている。


「英雄様のいる村、ですか」


 男を中心に十人ばかりが馬車より降り立つ。いずれも魔術師たちだ。彼らは王立魔術学院の職員であり、教師たちでもある。


「十五歳になる息子をお迎えに来たというのに、出迎えの一つも寄越さないのかねえ」


 若い金髪の男が悪態をつく。


「カートン先生、お口が悪いですわ。サディアス様に聞こえたら、どうするのですか」


 お嬢様言葉で品の良さそうな美女がたしなめる。


「英雄といっても、十年前だろう。いや、十五年前か。まあどっちでもいいが」


 投げやりな調子で言う若い男に周囲の教師たちは呆れたように溜め息をつく。


「あ、アレは何でしょうか」


 怯えた声を上げたのは気の弱そうな眼鏡黒髪の女教師だった。彼女は空中に向けて、指を差す。魔獣だ。怪鳥である。


「デカい、ですよね……」


 緑髪の女教師・ルタリナがつぶやく。怪鳥はバサバサと翼をはためかせる。


 ルタリナが腰を抜かして、へたり込んだ。


「くっ、私の風魔法で倒します! 皆さん、下がってください!」


 禿げ頭が大声を上げると、魔方陣を空中に生成する。風の使い手であり、教師のリーダー格であるディティリス・ハルバムは気合いを込めて、一撃を放つ。


 だが。


「は、外したか。クソッ」


 狙いは外れた。怪鳥は「ギョエええええええッ」と叫びながら、南下してくる。


「よっと、光魔法よ。奴を押し包め」


 強大な光が怪鳥にぶつかる。怪鳥は断末魔を上げると、消えて居なくなる。


 右手を振りかざした少年はニコッと白い歯を見せた。


「わ、我々王立魔術学園の教師でも手に負えぬ高レベル魔獣を倒しただと……!」

「さすがは英雄様のご子息様!」

「えっ、ルタリナ先生。あの子がエリック君なんですこと?」


 教師たちは軽装の少年に注目する。少年が目を細めた。


「いやぁ~、見たことのない魔獣ですけど、一瞬で倒せてよかったです」


 頭をかいた少年に教師陣は呆然とするばかりであった。


「悪いが、義妹に息子はやれんよ。なあ、エリック!」


 三十四歳の若き父親・英雄・サディアスは農夫姿で教師たちを出迎えた。


「エレナ様は義理の兄であるサディアス様の血を継ぐエリック様を高等課程にあげたいと考えております」


 風魔法の使い手にして、教師たちのリーダーであるディティリスはサディアスに詰め寄る。サディアスは首を振る。


「エリックを王都に行かせるのは反対だな。誰が面倒を見ると言うのかね?」

「あら、あなたエリックのことになるにいつも過保護よねえ」


 オホホと口に手を当てて笑う美女はエリックの母親・エルメスだ。黒い髪に碧い瞳。元近衛魔術師のエルメスはこの家で平凡な主婦として、家事を行っている。


「それはサディアス様。サディアス様のご実家があるではありませんか。ほら、西区に立派なお屋敷が」


 スキンヘッドのディテリス教諭が言うと、英雄サディアスは目を見開いた。


「確かに父上と母上はご健在だが」


 サディアスの父親は年は取ったが、現役で女王の部下をしており、。王都に豪邸を構えている。


「それでも駄目でしたら、エルメス様のご両親のご自宅から通学されるというのも」


 エルメスが肩をすくめる。


「あの子の意思を尊重します。まあ、独り立ちさせるには丁度いい年齢でしょうしねえ。オホホホ」


 エルメスが一しきり笑い声を上げると、部屋では気まずい沈黙が流れた。そんな沈黙を打ち破ったのは女性教師の一言だった。


「お願いします! サディアス様。どうか、エリック君を学園に通わせてください。学園は危機に瀕しています。強欲な貴族が学園を狙っているのです」


 緑髪の女教師・ルタリナが哀願する。スキンヘッドのディティリスがこほんと(せき)をした。


「ルタリナ先生には魔法科Aクラスを担当してもらっていまして。実力も申し分ない。エリック様にはルタリナ先生のクラスに配属されることになっているんです」

「むう」


 サディアスは渋面(じゅうめん)を作る。最愛の息子を手元に置いておきたい、そんな強い意思が見て取れた。


 ディテリス……スキンヘッドの教師は身を乗り出す。


「そして、御存知(ごぞんじ)かと思いますが、闇の魔法使いの連中が暗躍を始めています。闇の魔術に対抗するにはサディアス様のお子様にはぜひとも、我が学園に入って生徒たちの模範となっていただきたいのです」


「闇の魔術師が復活……」


 サディアスの顔が強張(こわば)る。十五年前、闇の魔術師と死闘を繰り広げていたのは英雄サディアスだ。彼らが強敵であることは重々(じゅうじゅう)承知している。


「そうです。魔術師エリュデアンは牢屋の中ですが、弟子と称する者たちが王都に現れました。アルカトラン公爵令嬢が誘拐されたのも連中の仕業です」


「何と……!」


 アルカトラン公爵は王都の東部に領地を持っている先代国王の親友だ。娘は十六歳で魔法科優等生であり、才女として知られている。


 サディアスの動揺を読み取ったディテリスは畳みかける。


「公爵令嬢救出のため、近衛特別捜査班が動いております。それでも、今後王国の貴族が襲われないとは限りません。それには対闇魔法の特殊部隊の編制、さらにその部隊に入れるだけの人材の育成が急務であります。それにはサディアス様のお力が必要なのでございます」


「ムムム……罪のない公爵令嬢を誘拐とは。許せませんな」


 サディアスはしかめ面になると、渋面を作った。


「エルメス、エリックを呼んできてくれ。本人の意思を確認したい」

「分かったわ。あなた」


 エルメスも神妙な顔をしてうなずいた。しばらくして、エルメス夫人に連れられて、エリックがやってきた。早速、サディアスは息子・エリックに話をする。


「王都の魔術学院高等科への進学?」

「そうだ。この方たちは教えてくださる先生たちだ。私がお前に教えることは何もない。先生たちから学び取り、光魔法の習熟度を高めなさい」


「……村のみんなと別れるのは寂しいけど、俺やるよ。父さん。王国のみんなが困ってるんでしょ?」


「そうか。よく言った。エリック。成長したな。それでは先生方、不肖の息子でございますが、面倒をみてやってください。お願い致します」


 サディアスが頭を下げる。慌てて教師陣も頭を下げた。こうして、英雄の息子は魔法学園への入学することになったのだった。


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