0、天才魔術師の隠居
「これで終わったのか」
ポツリと呟いた青年は辺りを睥睨する。先程、殴りつけた魔術師は遠くの山に激突し、戦意が見えなくなっていた。王都を振り返ると、建て物は燃え、人々の呻き声が聞こえる。
「サディアス様っ」
可憐な少女がサディアスのところに近づいてきた。緑髪の温厚そうだが、聡明な少女。
「ユーリ王女殿下」
ユーリ第一王女、次なる女王と目される王女の言葉に青年は穏やかな顔つきで答える。
「闇の魔術師は倒しました。奴はもう戦闘不能でしょう」
黒髪の青年は誇ることなく、そう言う。王女は頬を赤く染める。
天才魔術師・サディアスは闇の魔術師を倒し、王都の民を救ったのだ。
「サディアス様、私はあなたを魔術高等学院の講師として迎え入れたく思います。どうかこの願い聞き届けてくれますよね?」
王女がズズイと詰め寄ると、サディアスは頬を人差し指でぽりぽりとかく。
「いやあ、その。王国に利用されるのも嫌なんで、隠居させてくれないでしょうか。田舎で静かに暮らそうと思います」
「隠居! あなたはまだ十八歳ですよ! そ、そんな、あ、あのそれくらいなら私のおっ」
「何やってんのよ! この馬鹿サディアスぅーーー」
キンキン声で罵倒するのは同じく王国の近衛魔術師団所属のエルメス・ネーデロイアだ。その碧い瞳は彼女の美貌を際立たせている。
「王女殿下。申し訳ございません。この馬鹿が。とんだ失礼をっ、サディアスっ、アンタ王女様の申し出を何だと思っているわけっ」
「エルメス、落ち着いてよ。僕は政治利用されることは好まない。このまま隠居したい。そして君と夫婦生活を営みたい、そう考えているよ」
エルメスの頬が紅潮していく。その隣でユーリ第一王女は硬直していた。
「もう、こんなところで告白? 全くデリカシーってものがないわね」
恥ずかしながらも、嬉しそうに語るエルメス。こうして英雄二人は夫婦となり、田舎でのんびりスローライフを送ることになった。