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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神月譚〜うたわれずのうた〜

作者: 猫又よーき

思いつきになります。

小さな村の外れにある墓地。

その内のひとつ、小さな墓の前で手を合わせ、黙祷を捧げる少女がいた。


その背には、彼女が持つには似つかわしい無骨な大刀。


少女はそっと目を開き、墓に向かって語りかける。


「カイン師父(せんせい)

未熟ながら今ならよく分かります。

だから、今はこの地を離れる事をお許し下さい。」


少女が膝を折り深い敬意を表す礼をすると、ふわりと頭を撫でられるような感触。


「あ、ありがとう……ございま…す!」


それを感じ取った少女の目からボロボロと大粒の涙が溢れ出ては、乾いた土に染み込んで行った。



◆◆◆



物語はこの時より遡ること二年。

どこかの国、どこかの村、よくある小さな出来事。




バンッ!と大きな音を立てて道場と思わしき扉が開かれた。


扉を開けたのは、鼻息は荒いが見目の整った小柄な少女。

しかしその腰には木剣を携えており、鼻息の荒さと相まって猪にも見えよう。


「待ちなさい、メイファ!」


そのメイファと呼ばれた少女の腕を掴むのは、彼女の父だ。


「触らないでよ、パパ!」


彼女は力任せにその手を振り解こうとするが、彼女の父親はこの剣術道場の師爺でありながら、現役の剣士。

メイファの細い腕では振りほどける筈もなかった。

しばらくして無理だと理解したのか、彼女はブスッとした表情で顔を背ける。


「メイファッ!パパになんて口を聞くの!!」


バチンと乾いた音と共に走る頬の痛み。

メイファの頬を叩いたのは彼女の母。

痛みの走る頬を押さえ、メイファは呆然と母親を見た。


「そして貴女は女なのですよ?

来年には成人の儀を済ませ、花嫁としての準備もしなければならないのです。

女としての幸せは、剣術を学ぶことではありません。」


男は女を愛し家族を守る為に、女は男を愛し帰る家を守る為に。

それ故に、女が武術を習うことを嫌う男は多い。

至極当たり前で、昔から…先祖代々からどこの家でもそうしてきたのだ。

そしてこの国で、親とは、家とは、一生を保証するものであり、その親に逆らえば明日を生きるのも辛い地獄が待っている。

しかし、まだ幼く我儘に育った彼女にはそんな事が分かる筈もなく…


「嫌よ、カイン師父の所で剣術を学ぶんだから!」

「多少の事ならばと大目に見たが、メイファ、些か我儘が過ぎるようだ。

この木剣もお前には不要、儂が預かる!」

「やだ!離してっ!返してよっ!!」


イヤイヤと父から逃れようとするメイファだったが、ガッチリと腕を掴まれているせいで抵抗など出来ずに木剣は取り上げられ、二階の自室に放り込まれて外から鍵を閉められてしまう。


「うそ…!?パパ、ママ!!」


ここにきてようやく焦り出したメイファは扉を叩きつつ、開けようとするが、外から鍵を閉められては開く筈もなく。


「儂が良い、と判断するまでは出さん。分かったな?」

「いいですかメイファ、女の幸せとはなんなのか、しっかりと考えるのですよ。」


扉の向こうから両親が一方的に言っては遠ざかっていった。

メイファは両親が階下に行った事を扉に耳を当てて聞き分けると、ニヤリと笑った。


(なーんてね。ふふん、私がこれくらいで諦めるもんか!)


木製とはいえ、剣を持ち歩いていた彼女の性格は少し勝気で男勝りだ。

脱出経路の一つや二つ、準備してあったりする。

その一つ、彼女の部屋に備え付けられている小さな窓は、メイファならば問題なく通り抜けられ、その抜けた先には大木があり、足場に出来るような太い枝がメイファの部屋の窓の側まで伸びている。

その枝に乗ったあとにぶら下がり、手を離せば脱出成功だ。


「まあ、残念ながら脱出は失敗だ。」


父とも母とも違う声と共に肩を掴まれ、メイファは固まる。

二十代半ばと年の離れた兄であり、道場において師父に当たる男だ。

逃げることは難しい。


「兄…さん……」


連れ戻されるという思いから兄に顔を向けられず、声をなんとか絞り出す。

そんな妹の様子を見て兄は小さく笑って肩を竦めた。


「安心しろ、告げ口する気はないさ。

ただな、カインの所に行くなら今は止めておけ。」

「!!」


兄まで止めるのか!とメイファは睨むように兄に顔を向けた。

メイファの兄の格好は、汗を拭いていたのか上半身裸であり、首に布をかけている。

その肉体はガッチリとした筋肉を纏いながらも太くなく、かといって細くもない、武術を嗜む男なら羨む肉体を誇っていた。


「おっと、勘違いするなよ?

今、そのカインの所にパパが向かってるからだよ。」

「パパが?!」

「そう、なんの話をするのか知らないけどね?

ちなみにママは道場の入り口にいるから、気をつけな。」


兄はそう言うと上着を肩に掛け、道場へと戻って行った。

忠告をしてくれた兄を不審に感じつつも、メイファは木の下でしばらくジッとしていたが、手持ち無沙汰の為か大して時間も経っていないのに彼女が師と崇めるカインの元へと向かった。


カインの家の近くにやってくれば、兄の言った通り父が彼の家から出て行くのが見えた。

メイファは咄嗟に草むらへと隠れたが、どうやら父には見つからずに済んだようで、メイファはホッとしてため息を吐いた。


(あぶない、あぶない…)


草むらの中でソロソロと移動しつつ、メイファはカインの家へとやって来た。

そっと周囲を見渡して誰もいない事を確認すると、彼女は足早にカインの家の扉を開けて中に入る。

無作法なのは承知の上だが、カインなら許してくれるだろう、というメイファの能天気な判断だ。


「おはようございます、カイン師父。」


いつもなら家の外でする挨拶をし、メイファが頭を下げる。

が、いつまで経っても挨拶の返礼がないことに痺れを切らして、メイファが頭を上げた。

頭を下げっ放しで頭痛がしたのも一つの理由だ。


「カイン師父?」


家の中でメイファに背を向けたままのカインは腕を組んでいるようで、彼女の今の声に大きな溜息を吐いた。

やや長い黒髪を首の辺りで雑に縛り、その大柄な体躯と合わせて粗野にも見えるが、メイファの兄と同年代の若者だ。

そしてその彼に合わせたかのような腰の大刀は、彼の父であり、師父でもあった形見。

カインは背を向けたまま言葉を発した。


「弟子メイファ、只今をもって破門とする。

理由はわかるね?

俺が君を弟子にするのは、成人するまでか君の両親が許す限りの間。

先ほど、君の父から破門にしてくれ、と頼まれた。」

「パ、パパは関係な…」

「自らの両親を蔑ろにするような奴は、俺の弟子とは認めん。

それに流派は違えど、君の父は高名な剣士。

剣を習いたければ、彼から習うといい。」

「そ、そんな…」


どこかで「なんとかなる」と思っていたメイファは、ショックからか膝から崩れ落ちてうな垂れた。

そのメイファの頭にフワリと手が置かれる。


「俺が君に教えた剣術はまだ基本的なものだが、きっと君の身を守ってくれる。

だから、今は帰りなさい。」


先程のキツイ言葉ではなく優しい言葉。

けれどその言葉は今のメイファには届かず、勢い良く立ち上がり黙って踵を返すと、そのまま乱暴に扉を開けて走り去っていった。


「やれやれ、ああいう所はまだ子供か。

あの人も厄介な事を押し付けてくれるね。」


『あの人』とはメイファの父親だ。


「素直に帰ると思えんし、探しにいくかね。」


ガリガリと後頭部を掻きながら、まずは事の顛末を話しに道場へと向かっていった。




いつの間にか村を出て、いつの間にか森へ迷い込み、気づけば大トカゲに追われ、逃げた先は大岩の上。

メイファは大岩の上にて、周囲をグルグル回る大トカゲに震えていた。

幸いにも登ってこれないから良いものの、その大きさは成人男性すら丸呑みするだろう程だ。


(どうしよう、どうしよう!)


半ばパニックに陥った頭では、何か考えが浮かぶ筈もなく、ただ焦りばかりが増えていった。

そうしている内に大トカゲも痺れを切らしたのか、メイファが乗る大岩に体当たりをし、大岩を揺らし始めた。


「うそ、待って、やめてよっ!」


言って大トカゲが止める筈もなく、メイファが落ちまいと揺れに耐えていると大岩に亀裂が入り、ガラガラと崩れようとしていた。

しかし、その前にメイファが耐え切れずに大岩から落ちてしまった。


「キャア!!」


派手に尻餅ついた痛みで顔を小さく悲鳴を上げ、お尻をさすりながら顔を上げれば…


「ひっ!」


大きく口を開けた大トカゲがメイファを丸飲みにしようと迫っていた。

咄嗟にではあるが、辛うじてそれを回避出来たものの、メイファは姿勢を崩したままで立ち上がれていない。

加えて、大トカゲの方が僅かに動きが早く、彼女が大トカゲに視線を向けた時には、視界全てが大トカゲの口に飲まれる直前だった。


(ああ、終わった…)


避けられない死が迫った事でメイファは諦めから目を閉じ、力が抜けてしまう。


それが幸か不幸か。


「メイファッ!!」


誰かの声と共にメイファは突き飛ばされ、大トカゲの餌になる結末から逃れる事になった。

突き飛ばされたメイファが状況を知る為に起き上がると、そこには大トカゲではなく、彼女を庇うように立つ彼女がよく知る男の背中。


「カイン師父!」


その向こうで、食事を邪魔された大トカゲがギャアギャア叫んでいると、突然大トカゲが燃えだした…いや、背中と口から炎を噴き出した。


「く、異常に大きいと思ってたが、こいつ、火蜥蜴(サラマンダー)かっ!!」


チッと舌打ちをするカイン。

メイファは火蜥蜴を見て完全に怯えてしまっている。


火蜥蜴(サラマンダー)】とは。

火や熱に耐性のあるトカゲの妖魔。別名、劣化竜種。

怒ると強力な炎を背中と口から噴き出し、敵もろとも辺り一面を焼く。

その鱗は硬く、また口や背から炎を噴き出し、その熱により近づくことも困難となる。

火山帯を主な生息地とし、稀に砂漠でも見かける。

成長すると10メートル以上にもなる個体もいる為に、劣化竜種とまで言われている。

水を嫌う為、雨の降る地域などには現れない。


(さて、どうするかね…って、悩む迄もないか。)


カインは覚悟を決めて、彼女に背を向けたまま話しかける。


「メイファ、良く聞け。

俺がこのトカゲの気を引くから、真っ直ぐ向こうに走るんだ。

そうすれば、村に戻れる。いいね?」


しかし、怯えているメイファには言葉は届かず、カタカタと震えているだけだった。

チラリと後ろを見たカインは小さく息を吐くと大刀を地面に突き立て、メイファの方に体を向けて彼女の肩を掴んだ。

メイファはビクッと肩を揺らすが、カインの顔を見て涙を浮かべた。


「せ、師父ぇ…」

「メイファ、よく聞け。…ぅぐっ!!」


カッとカインの背後が白くなったと同時に、カインが小さく呻く。

彼は震える手で自分の首飾りを引き抜くと、それをメイファの手に乗せ、優しくメイファの頭に手を置いた。


「村に、君の父上に知らせるんだ。

火蜥蜴がいると、俺がここで食い止めていると!!」

「で、でも…」


カインはバチン!と彼女の両頬を掴み、喝を入れる。


「腑抜けるな!

それでも俺の弟子か!?」

「!」


ハッとしたメイファは袖の裾で涙を拭うと、その瞳には先ほどまでとは違い、意思が宿っている。

それを見たカインはメイファの後ろを指差し、


「よし、真っ直ぐ走れ。

振り向くな、立ち止まるな、躊躇うな。」


彼女の行く先を導き、メイファはコクンと頷いた。

そしてカインの手を取り、


「必ず、助けを呼んできます。

だから…どうか、死なないで…下さい。」


その言葉を残して、カインの言葉通り走っていった。

カインはそれを見送ると、顔に迫る炎を腕で庇いながら、背後で炎を吐き続けていた火蜥蜴を見る。


「熱ぃな、このトカゲが。」


メイファを護る為に突き刺さした大刀の柄を持つと、ジュウッと手が焼けるが、彼は気にせず引き抜く。


刀によってついでに護られていたとはいえ、彼の後頭部や背中の状態は焼け爛れて炭化しかかっていた。

それでも死なないのは、死ねないのは、そこに死んでも護りたいものがあるからだ。



一方、村に戻ったメイファ。



両親に叱られ、無事を喜ばれるが、「火蜥蜴が現れて、カインが足止めしている」と告げれば村中が騒然となった。

その場にいた者達の話し合いにより、メイファの父を中心に実力のある高齢者が討伐隊に選ばれた。

理由は簡単。

トカゲとはいえ、相手は劣化竜種と呼ばれる火蜥蜴。

若者を犠牲にしたくないのと、中途半端な者を選んで無駄死にさせたくないからだ。


「メイファの話では我が村の英雄の子カインが火蜥蜴の足止めをしているというが、彼を助ける事は絶望的だろう。」

「……」


全員の表情が暗くなる。


「しかし!それでも我等は火蜥蜴を討たねばならない!

火蜥蜴が次に現れた時、ヤツの餌として狙われるのは我が村、我等が同胞、我等が愛する家族だ!!

それを許さぬ為、カインの遺志を遂げる為にっ!

我等は火蜥蜴を討つっ!!ゆくぞぉ!!!」


「「「おおおおおっ!!!」」」


メイファの父の鼓舞により士気を上げた剣士達討伐隊は剣を掲げ、高らかに雄叫びを上げて森へと入っていった。

それを見ていたメイファの母は深く父に頭を下げ、兄は拳を胸に当てて大きく頷き、メイファは泣きそうな顔で彼らを見送る。

他の家族達も同様に見送っていた。




森の奥へと進めば焼け焦げた嫌な臭いが辺りに漂い始める。

全員が顔をしかめながら歩みを進めれば、輪切りにされた大トカゲ…もとい、火蜥蜴が転がっていた。

その先にはカインの大刀と人の形をした炭。

しかし正面に回れば、その炭がカインだと判る。

火傷痕はあるが、顔だけは判別できたのだ。


「カイン…」


誰かが彼の名を口にする。

しかしそれに応える者はおらず、メイファの父はカインの大刀を引き抜き


「火蜥蜴は、…火蜥蜴は新たな英雄カインが打ち取った。

同時に…その英雄を失った。

これを村の者に伝えるぞ、皆の衆。」


苦しげな表情で討伐隊に告げ、村へと戻った。

村に戻れば討伐隊が無事に戻った事に皆が喜び、カインが相打ちになった事を告げれば皆が沈んだ。


中でもメイファは部屋の中で塞ぎ込み、一ヶ月後にようやく出てきた頃、父からカインの形見の大刀を渡され、大いに泣く日々が続いた。


更に数日後、メイファの自殺騒動があったものの兄が彼女を気にかけていた事もあって、一命を取り留めた。


それからのメイファはベッドの上で無気力のまま気を失うまで起き続け、目覚めれば再び気絶するまで起き続けるという日々の中、カインの死から一年が過ぎた。


「入るぞ。」


そう言ってメイファの部屋に入ってきたのは、彼女の父親だ。

彼女は虚ろな表情のまま、父親の存在を気にも止めず、ただ虚空を見つめていた。

隣で彼女の介助をしている母親も、無言で首を振った。

父親は気にせずベッド脇の椅子に腰掛け、彼女に話し掛けた。


「メイファ、成人おめでとう。」


祝いの席でもなければ、然るべき場所でもないが、父親は彼女の成人を祝い続ける。

会いに来れない友人やその家族、門下生、村中の人が心配し、メイファを祝っていると伝えた。


「…ふぅ、メイファ。

言うべきじゃないと分かっているが…」


一向に反応のないメイファに父親は口籠もるものの、それも一瞬だけであり、彼女に告げる事を選ぶ。


「メイファ、お前が身につけているカインの首飾りだがな、渡された意味を知っているか?」


カイン、の名にピクリと反応するメイファ。


「彼の一族が、というより父君殿が幼いカインを連れて村の外から来たのは知っているだろう?」


20年前、当時は戦争により男達は皇都へと徴兵されていた。

そこを狙ってかこの村に妖魔が現れた。

女子供では妖魔に敵うはずもなく、田畑が、家が荒らされ、少なくない怪我人も出た。

最初の犠牲者が出るか、というタイミングで流れの剣士だったカインの父が幼いカインと共に宿を求めて訪れたのだ。

その妖魔を軽々と蹴散らした事から村中から感謝され、幼いカインの為にとそのまま居着く事になったのは割と有名な話だ。


「そして当然、彼らの剣術が儂等と違うのも知っていよう。」


メイファの父親が教える剣術は二刀による速さと連撃を主体とし、カインの流派は大刀による一撃の破壊力と鋭さにある。


「つまりだ。」


父がゴホン、と咳払いをする。


「彼の一族は身につけた装飾を愛しい人に贈り、彼の流派の象徴たる大刀は弟子に送られる。」


さらにひと息。


「そして儂はな、妻の恩人の子を家族として迎えつつ、家族を持たせてやりたかった。」


暗に伝えられた言葉。その意味。


「意味が、分かるね、メイファ?」


父親がメイファの顔を覗き込み、沈黙が辺りを包む。

どれほどの時間が流れただろうか。

父親の言葉をようやく理解したのか、メイファの瞳に涙が溢れだす。


「パ、パァ…ふ…ぅえ…」


メイファは甘えた子供のように、隣の父親に縋りつこうとすると、メイファの父も黙って腕を広げて受け入れた。

彼女はいつまでも父親の胸で泣き続け、父はそっと彼女の背中を黙ってさすり続けた。

隣で控えていた母も自身にも溢れる涙をハンカチで拭いながら、それを見届けていた。



◆◆◆



カインが亡くなってから二年が経過、冒頭。



ベッドの上で寝たきりだった彼女はリハビリをこなし、父から剣の教えを乞いながら、母から花嫁としての作法を学んでいた。


そして今日、村から出て行くと決めたのだ。

実力を試すという無謀な真似ではない。

カインの父が酒の席でつい零してしまった故郷。

この国の中心にある皇都の先、カインの祖父母の暮らす町へと向かう為だ。

要はお使い、一時的なものだ。


村の入り口へとやってくれば、共に付き添ってくれる兄が荷物を背に待っていた。


「挨拶は…済んだみたいだな。」

「うん、お待たせ兄さん。」

「よし、じゃあ行こうか、メイファ。」


メイファが頷くと2人は揃って歩き出した。



◆◆◆



皇都、その中央にある皇城の一室。

老年の男と、男の前で平伏すまだ少年とも呼べる黒髪の若い男がいた。

片やこの国の皇帝、片や近衛の間柄だ。


「我が覇道を歩めぬ、そう申すか。」


老年の男…皇帝が不機嫌そうに声を出すが、その顔はどこか楽しそうに口元は笑っていた。


「は。決して命を救って頂いた大恩を忘れた訳ではありません。」

「ならば言え。貴様の命を救い取り、施したものが安くないと言うのならば。」

「…は。」


少年は顔を上げると金の瞳を真っ直ぐ皇帝に向け、言葉を紡ぐ。


「私の信念に沿わないからです。」


ただ一言、ハッキリと告げた。

一方で皇帝は腹を抱えて笑いだし、その状態が治まるまでに時間がかかった。


「くく、やはり『神威』に目覚めていたか。」


初めから分かっていた、と言いたげに言葉を告げた皇帝に、少年の眉がピクリと動いた。


「驚くほどでもあるまい。

神威に抗うことが出来るのは神威のみ、ぞ。」


下手をすれば自身の弱点になりうる事を平然と話しているにも関わらず、皇帝は言葉を続ける。


「良い、貴様の好きなように生きよ。

邪魔であるなら儂をも殺せ。」

「そ、そのような事は…!」


恩を仇で返すような真似は出来ない、そう反論しようとしたが皇帝に言葉を遮られる。


「これは命令だ。」


少年は再び平伏すと、皇帝は傍に置かれた自身の太刀を少年の前に投げて寄越す。


「貴様への選別だ、持って行け。」

「勿体ないお言葉に深く、深く感謝致します。」


少年は一度頭を上げ、再び頭を下げるとその太刀を手に立ち上がり、会釈をして立ち去ろうとする。

少年が扉に手を掛けると


「さらばだ、ユエン。」


皇帝の声が小さく聞こえた。

ユエンと呼ばれた少年は黙って小さく会釈をすると、部屋から出ていった。


真っ直ぐ皇城を出ようとしたところで、ひとりの大男が腕を組んで待ち構えていた。

大男はユエンの持つ太刀を見ると、小さく息を吐く。


「ダシュエ殿、俺の見送りですか?」

「それもある、が、行く宛てはあるのか?

確か貴様は記憶が無いのであろう?」


1年前、皇帝に拾われる以前の記憶をユエンは持っていない。

それを知っているのは、皇帝とその奥方やダシュエを含めた極一部の近衛のみ。


「宛てはない、だから流れてみる。

俺を知ってる奴がいるかもしれないからな。」


記憶がないからといってユエンは悲観していない。

むしろ知る事が多くて楽しんでいる風だ。


「なるほど、お前らしい。」


ハッハッハと笑うダシュエに釣られてユエンも笑う。

二人でひとしきり笑うとダシュエの表情から笑みが消えた。


「ユエン、次に会う時が戦場ではない事を祈る。」

「俺もですよ、ダシュエ殿。」


ユエンは拳を突き出すと、ダシュエも拳を突き出して合わせると、ユエンは皇都の外へ、ヤウガは皇帝の元へと歩き出した。




これは多くの人を巻き込む、小さな三つの始まり。




愛する者の影を求め、英雄の故郷を目指す少女。

主に異を唱え、信念を貫く少年。

主に忠誠を誓い、また友情を尊ぶ男。


三者が集う時、何が起こるのか?


『神威』とは何なのか?


しかし、それを知る術はない。


何故か?


この先の物語を誰も知らないからだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

なんとなく中国の伝記というか、そんな感じの物語を書いてみたくなったので仕上げてみました。

それっぽく感じられたでしょうか?


良かったら感想などお待ちしています。


用語など特に無いのですが、少しネタバレを。


・メイファ

漢字で書くと美花。


・ユエン

こちらは月。


・ダシュエ

彼は大雪。


・カイン

漢字にすると、果因。文字を逆にして因果。

または、過ぎた原因。過因。


名前は中国語読み…なんですが、ユエンとダシュエは少し手を加えました。

カインだけ日本語で、二つの意味を持ってます。


神威が異能なんですけど、名前だけで具体的な描写はないですね。

ただ、ユエンとダシュエは皇帝に神威を使われているからこそ、近衛として仕えた経緯があります。


カインのバトル、ユエンとダシュエが別れた後、色々描写したかったのですが、あえてカット。

読み切りなので、そこら辺は空想で補う形にしました。


最後までありがとうござぃした。

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