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みず

作者: 番長

俺の名前?そんなモンどうでもいいだろ、別に。


多分後でまた会うことになるしな

  ある日俺は水の中に俺を見つけた











 夏の、ど真ん中。肺に取り込む空気はどれも生ぬるかった。

 人工的に涼しくされた空気なんて美味しくない。あれは変な味がするからどうしても好きになれない。




 太陽が最も輝きを放ち大地を焦がす時間帯。つまり午後13時頃、小さなコンビニの嫌な空気を取り払うかのように早足でそこを立ち去り、冷気の漂う場所へと足を向ける。

 この時期は蚊が多い。それでも、あの場所に行きたくなる。




 コンビニから歩いて約10分。お目当ての避暑地に辿り着くとができた。

 強い日差しを浴びて輝く薄い青、一面に広がる短く刈り揃えられた若草色、なんの木なのか知らないが青々とした葉を携えた木。ありきたりな風景だが、ここがとっておきの場所だ。


 木の根本辺りに腰を下ろし手に持っていたビニール袋から包装されているシュークリームを引っ張り出す。

 こんな暑い日にそんなものを外で食べるのか?なんてよく友達に言われていたが、自分の好きなものを好きな時に食べて何が悪いんだろうとしか思えなかった。それは今も変わらないが。

 それを片手に持ち黙々と口に入れる。どこを見るわけでもなく、ただ前に視線を飛ばしているだけ。

 中に入っているものを零さないように慎重に、でも素早く食べるのが楽しい。これを全部食べ終わった後は心が満たされている、ような錯覚がする。一瞬でも幸福ならそれでいい。



 2つのビニールを重ねて小さく縛り乱雑にズボンのポケットの中に押し込む。普段はこれで終わりだ。避暑地ともおさらばしてただ家に帰るだけ。

 だが家に帰るとあの嫌な空気を肺に取り込まなくてはならない、そう思うとまだここにいたくなる。時間はある、さっきの味も口の中に強く残っている。ならもう少し、いてもいいんじゃないか。


 重い腰を上げて太陽の恵みを自ら受けに前に進む。

 薄い青の手前まで歩みを進めたところでぴたりと足を止める。ゆらゆらと揺れている自分を足元に見つけた。あれ、今日は目の下のクマが昨日より濃いな。とか後頭部に寝癖あるじゃないか!さっきコンビニ入っちゃった!!どうしよう恥ずかしくて今なら土に埋れる。だとかくだらない事が脳内で浮かんで浮かんで浮かんで。どうでもいい事が溢れて耳から飛び出してきそうになった時、異変に気づく。揺れてる自分がにこにこ笑って手を振っている。



  にこにこ笑って?手を?振っている?






 ぶわっと身体中から嫌な汗が吹き出たかのような錯覚が全身を駆け巡り、その場に立ち尽くす。

 意味がわからない。理解できない。度し難い。そんなこっちの恐怖心と戸惑いを全く察する様子もない揺れている俺が口を開く。


  『どうもどうも、"俺"』

  『いつもこっち側から見てたよ。さっきのシュークリームも美味しそうだったね』

  『俺はそれよりエクレア派だけどな』


 いつもこっち側から見ていた?まさか。そんな鏡の世界じゃあるまいしそんなことは有り得ない。

 非科学的だ、なんて頭では考えるがそんなものこんな現状を目の当たりにしている以上無意味だ。それよりも今コイツ、エクレア派って言ったか?度し難い。そこはシュークリームだろう。背に乗るチョコは美味しいけれどもこの夏場にはちょっと遠慮したい。溶けるじゃないか、ドロォって。


 いつの間にか恐怖心よりエクレア派に対する対抗心の方が激しく燃え上がっていたが、それに気づくのはかなり後の事だ。


  「何なんだよいきなり現れて突然エクレア派って公言して。喧嘩売ってるのか」

  『いやいや滅相もない。俺はただ偶然そっちの"俺"と目が合ったから煽っただけさ』

  「やっぱり喧嘩売ってんじゃんふざけんなエクレア派」


 "そっち側の俺めちゃくちゃ煽りやすい笑える!!"と言って腹を抱え笑うエクレア派の俺を冷めた視線で射抜く。射抜いているつもりだ。全く射抜けていない気もするが、こういうのは気の持ちようだと思う。


 じゃなくて、


  「さっきからそっち側だとかこっち側だとか意味わかんねぇんだけど」

  「そもそも何で水面に映る自分自身が勝手に動いて聞こえるはずのない声が聞こえるんだよ」


 エクレア派の俺に顔面シュークリームを喰らわせるかのような勢いで問う。こんな奇妙な現象をいつまでも原理が分からないまま受け入れられる程俺は寛大な心を持ち合わせていない。早々に原因を究明したくて仕方がないのだ。

 どう説明したらいいものか、とでも言いたげな表情を浮かべる彼を何も言わずじっと見つめその口から発せられる言葉を静かに待つ。多少のことではもう驚かない、多分。



  『あー、なんだろうな。簡単に言うとお前の心っつーか、分身っつーか?とにかく大切なんだよ、こう見てもな』

  『上手く言い表せらんねぇわ!ごめんなシュークリーム派の俺!』



 後頭部をガシガシと片手で掻きながら彼はあっけらかんと笑ってみせた。笑って済む事ではないと思うが、自分と同じような思考回路をしているのかもしれないと考えるとこの対応も頷ける。



  『おっと?』


 水面が、激しく揺れた。

 どこかから強い風が吹いたらしい。エクレア派の俺の姿が歪み形を保てなくなっている。


  『時間切れらしいな。また今度ゆっくり話そうや、シュークリーム派の俺』

  「ちょっ、おいまだ色々聞いてなっうわぁ!?」


 揺れる俺に話しかけようと前のめりになったのが災いしたのか、更に強い風が再び吹いた時自分の身体は宙に放り出された。激しい水しぶきを上げて、俺は俺の元へ落ちてしまった。

 幸い底が浅い川だったお陰で溺れる事もなく流される事もなく水面へと浮上する事はできた。が、心の中にある変な違和感は流れなかったようだ。



  「次はぜってぇもっと色々聞き出してやる」



 水面に軽く拳を打ち付け、さらさらと流れる水に視線を落とし笑いかけてみせた。

 例えこの笑みがエクレア派の俺に見えていなくとも、次また見せてやればいい。なんて呑気に考えながら若草色に背中から倒れ込んだ。浸かったままの足がひんやりと冷たくて心地いい。






 ある日俺は水の中に俺を見つけた。

 よく分からない、変な俺。

 シュークリームの方が絶対美味しいだろ。







 ◊*゜to be continued…?

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