転生スタート。
ずきり、と幼子の頭が痛んだ。
と、同時に、ざまざまな知識と記憶が蘇る。
地球という星。日本という国。人間社会。科学。ーーそして転生。
前世でも転生という概念はあった。
だが、信じているものはあまりいなかった。
記憶が違えば別物、と考えるなら、記憶を持ったままの転生は人生の延長と考えてよいのかも知れない。
幼子は記憶を整理しつつ、状況を確認する。
立って歩いている。
3歳か、4歳位か。
あまり危なげはない。
名前は・・・わからない。
誰か呼んでくれれば確認できるのだろうが。
「ままー!」
意外にもハッキリと発音出来ている。
室内を確認するよりも早く、女性がすっとんできたが、母親ではないと直感的に判断できた。
女性はメイド服を着ていたし、余りに若かったから。
「クリス坊っちゃま、ミミはここですよ。」
と、デレデレしながら両手を広げるので、本能的にその胸に歩いていく。
前世は事故で終えたのだが、少年の記憶が正しければティーンエイジャーだった。
しかし、今の体には煩悩というものがカケラもない。
なるほど、知識をもって転生するのは中々面白いものだ。
一度経験しているのだから、戸惑うことがない。
クリス、というのが、転生者の名前らしい。
ミミはこのメイドの名前だろう。
黒の短髪に利発そうな丸眼鏡。
クリスはなんとなく図書委員という印象をうけた。
先程の素早い動きをみれば、有能なメイドであることは疑う余地もない。
「ミミ、おはなし、して?」
クリスが喋る。
ハッキリとした発音だった。
ミミはひょいとクリスの身体を抱き上げ、背中をとんとんしながら嬉しそうに話し始めた。
神々と信仰。
魔術と精霊術。
霊峰オルフに棲むという巨大な竜に、その山をぐるりと囲むように群生する大樹海。
北の果てに巨大な建造物を作ったという妖魔族。
おとぎ話の様に、旅行記のように、身振り手振り自分の感情を交えて、おもしろおかしく、それでいてわかりやすく教えてくれるのだ。
クリスが一番びっくりしたのは、世界には果てがあって滝になってるって話しと、山ぐらいデカイ生き物がうじゃうじゃ棲んでる事だった。
絶対に海辺には近づかないようにしようと、クリスは子供心に思った。
そこからの彼の記憶は途切れ途切れだ。
夢を見てるような時間が続き、たまに夢から覚めたようにハッキリと物事がわかる。
時間の感覚はなく、朝や夜すら体感できない。
肢体と言葉と、思考が自由に動かせるようになったのは、6歳だ。
彼は6歳の誕生日を決して忘れることは無いだろう。
その日は奇しくも歴史に刻まれる事が起きたのだから。
霊峰オルフの噴火ーーである。