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界遊記  作者: かえで
カタラットでの出来事
98/252

ワーヘ城での出来事1 ゴウとスサッケイ

 地下水脈に流されたファルガ。その行方は依然知れない。

 彼がすぐにこの地に戻ってくるとは思えなかったが、万が一の事を考え、ヒータックは宿に残った。

 カタラットの地下水脈は、今まで未発見の物だったが、レベセスの仮説が正しければ、カタラット国を初めとするディカイドウ大陸は、かつての古代帝国の浮遊大陸であったことになる。とすると、この地下水脈というのは、古代帝国の水道インフラである可能性が高い。

 ヒータックはその眼でこそ見ていないが、レーテが聖剣を手にした場所は、只の滝の裏側の洞窟というよりはむしろ、明らかに古代帝国の施設であったという。

 実際、シュト大瀑布は莫大な水が流れ落ちる事で形成されるが、砕けるように流れ落ちるあの水量でも、大地が摩耗せずに滝を維持しているのは、通常ではありえない事だ。対岸の見えない程の広さの大河川が運ぶ水のエネルギーが滝の上部にかかり続ければ、その部分はあっという間に削れ落ちてしかるべきだ。その浸食が起きず、有史以後三百年の間シュト大瀑布が『帯瀑』として成立し続けているという事は、通常の大地とは違う、途轍もなく硬く安定した物質が川底を形成していると考えるのが妥当だ。直瀑であり、かつ落ち口が水平線の向こうにまで続くという『帯瀑』という形状も、通常の滝ではほぼあり得ない。同じように見える大地でも、一番柔らかいところを真っ先に削り取るので、結果的に滝の落ち口は細くなる。通常であれば、これほどの大河川の場合、何本も太い滝が形成され、帯瀑にはならないケースがほとんどのはずなのだ。帯瀑という特殊な形態が成立し続けているのも通常の大地とは異なるからだと考えると合点がいく。

 ディカイドウ大陸が浮遊大陸であるならば、その内部にある水道インフラの資料を読み解くことで、ファルガが流された先が予測できる。幾つかあると思われるその地下水脈から地上に出るポイントを絞り、そこに各国SMGの特派員を向かわせ、救助するという作戦をヒータックは立て、カタラット国の特派員を通じて、ディカイドウ大陸に点在するSMGの拠点に指示を出したのだった。

 いくら聖剣に守られているとはいえ、何国も跨ぐやもしれぬ大水脈で、ずっと息継ぎができない状態が続けば、いくらファルガと言えども命は危ない。それに、人口の水路であるとするならば、自然の水脈のような緩いカーブは存在せず、角ばった水路が続き、水流で摩耗しないような突起物も存在するだろう。それに高速で流されているファルガが接触しようものなら、流石に命の保証はできるはずもない。そして、上がったその遺体も、ファルガと判別ができない程に傷んでしまうだろう。

 いずれにせよ、少年ファルガの安否の確認が大事だ。

 ヒータックは今までにないほどに荒く熱く、そして具体的にSMG拠点各所に命令を飛ばしたのだった。

 

 

 

 拠点としていた宿にヒータックを残し、ワーヘ城に出立したレーテとレベセス。

 ファルガの事が心配ではないと言ったら嘘になる。だが、当面はすべき対応はカタラット国仮王ゴウ=ツクリーバの変異だ。この変異が、『黒い稲妻』の所業であり、『黒い稲妻』が巨悪によるものであるとしたら、迫りくる巨悪に対しての対抗手段を講ずる良いチャンスになるかもしれない。推測の域は出ないが、『黒い稲妻』の正体が、既存の自然現象では説明できない以上、巨悪の影響と考えて行動するのが一番リスクは少ないだろう。対策を講じていれば、これが巨悪外の現象であったとしても、そこまで問題にはならないだろう。

 これからカタラット国首都に建つワーヘ城を訪れようとするレベセスにとって、レーテの聖剣帯剣のみが懸念材料だった。

 今回の訪問に際しては、武器はご法度だった。レーテの持つ光龍剣も場合によっては没収される可能性もある。だが、レーテは聖剣がない限りは何もできない以上、レーテと言う人間を一つの戦力と考えるなら、レーテに聖剣を持たせないという選択肢はあり得ない。それに、没収されたところで、剣がレーテを所有者と認めていれば、勝手に手元に戻ってくるはずだ。

 かつて、レーテの姉であるカナールには剣を教えた。だが、それもカナールが道を踏み外した一つの理由だろうとレベセスは思っていた。カナールの剣は恐るべき天賦の剣。その速さと極め細やかさはレベセスをも凌駕しようという代物だった。少女に聖剣を使わせたらどれ程の使い手になっていただろうか。

 だが、それ故に堕ちてしまった。

 それが決定的な理由なのかは、彼自身にもわからないが、レベセスはレーテに本格的に剣を教えることはしなかった。無論、最低限の護身術としての木剣術、薙刀術等の基本は授けた。だが、それはあくまで相手の攻撃を凌ぎ、相手が戦意を失うまでの一連の流れまでであり、その先の命を奪う所までは教えていない。降参した相手をどう処置するかまでは教えていなかった。

 ワーヘ城には、怪しげな仮王ゴウ=ツクリーバがいる。

 そして、彼が私財を投入して作った私兵集団『影飛び』もいる。戦闘に発展したなら、レーテとレベセスに勝ち目はない。

 だが、今回は『影飛び』の頭領スサッケイ=ノヴィからの依頼だ。その依頼も、『黒い稲妻』に打たれた人間に対する情報提供であり、そこから戦闘に発生する要素は殆どなかった。よほどレーテとレベセスが窮地に立たされるか、或いは突然レーテが抜刀しゴウに斬りかかりでもしない限りは。

 問題はその後だ。

 ゴウがカタラット国宰相ツーシッヂのように、黒い稲妻の直撃を受けていたとするならば、いつゴウが怪物化してもおかしくない。少なくともその選択肢は常に入れておくべきだと思われた。そして、怪物化したゴウを攻撃し、仮に倒した後のカタラット国とSMGとの関係の変化。仮王とは言え、カタラットの最高権力者を屠ったとなれば国際問題に発展するだろう。ディカイドウ大陸にその領土を構えるカタラット国が古代帝国の末裔であるなら、『巨悪』との戦いにおいては重要な役割を果たすはずであり、この時にレベセスがまだ特派員としてSMGに留まっているかはともかくとして、対巨悪の共同戦線を張ることは困難だと言わざるを得ない。ガガロ、ひいては魔王フィアマーグすら懸念する『巨悪』の存在は、精霊神大戦争発生の回避を最優先に考えるレベセスでも、無視するわけにはいかない。

 ワーヘ城の謁見の間に通された時、お世辞にも豪奢とは言えない玉座に、仮王ゴウ=ツクリーバの姿はなかった。玉座の横にスサッケイが立ち尽くすだけだった。

 球技用のコートが二面はとれそうな、大きな空間の謁見の間。巨大な二枚合わせの引き戸で閉ざされており、そこを開けて一歩進んでも、玉座まではまだ数十歩はあるだろう。天井がほかの国の謁見の間に比べて高くないのは、平屋であるワーヘ城の特徴ではあるが、それでも天井の高さは通常の平屋の建造物とは比較にならない。天井に照明をつるす必要がないため、両方の壁に等間隔に燭台が並び、昼間であるにもかかわらず煌々と火が灯っている。藁で編まれた絨毯は、一見すると茣蓙のようだが、そのふわりとした感触は絹の絨毯をも上回る。この地方特有のスポンジ藁と呼ばれる植物を乾燥させて編み込んでおり、何枚か重ねれば羽毛布団ほどの柔らかさがある。

 レーテは初めて見るタイプの謁見の間に驚きを隠さない。そして、そのファルガに勝るとも劣らない好奇心は、燭台に灯る火に向けられた。

 何かに引き寄せられるように燭台に近づこうとするレーテを短く鋭く制するレベセスだったが、覇気のない愛想笑いを浮かべるスサッケイは許した。

「これは、火じゃないのね。石が自ら輝いている」

「それは輝光石。空気中のエネルギーを自ら取り込んで、光のエネルギーに変換して半永久的に輝き続ける石です。熱は発しません」

 レーテの興味に、スサッケイは丁寧に答えるものの、どうも心ここにあらずの印象だ。

 さらに己の興味のみで動こうとするレーテを制し、レベセスはスサッケイの真の狙いを聞き出そうとした。

「主ゴウをお助け下さい」

 形振りを構っていられないほどに憔悴したスサッケイ。もう、レベセスとの探り合いをする気力さえないようだ。

「主を脅かす外敵が外にいるならば、我々は命を賭して戦い、排除することが出来るでしょう。例えそれがどんな敵であれ。

 しかし、主の中に巣食ってしまった邪悪を排除することは我々にはできません。その技術を持ち合わせていないのです」

 歴戦の勇士の慟哭に近い懇願を受け、思わず言葉を失うレベセス。

 それほどまでに、このスサッケイという男は追い込まれているのか。

 だが、それも無理はあるまい。

 

 現仮王、元宰相ゴウ=ツクリーバは、衰退する貴族の長男として生を受けた。

 元々カタラット国は民衆からの搾取は行わない。文字通り、為政の為の税の徴取しか行わなかった。それに加え、貴族という地位はこの国家では外貨獲得の為の一つの職業という位置づけに近く、外貨獲得の能力の高い貴族程、国家では発言権を得ていた。

 ツクリーバ家は、過去の備蓄こそあったものの、ゴウの父はそこまで外貨獲得能力が高い男ではなかった。ビリンノが売却を決めた古代帝国の遺跡からの出土品の売り込み結果が芳しくなかったのだ。

 この国での貴族の役割は、他国でいう所の商人なのだ。

 古代帝国の遺跡からの出土品を他国に売り込み、莫大な利益をもたらす貴族は、一族ごと優遇され、カタラットの為政にも深く関わることが出来た。ちょうど、営業能力の高い人間が昇格して、会社の方向性を決定する多くの権限を持つ役職に就任するのと似ているかもしれない。

 それでも、先王ビリンノは権限を全て一部の貴族に収束させるのを嫌った。高い能力を持つ者の一族全てが有能であるとは限らない事を、ビリンノは経験で知っていたからだ。それは己の、カタラット国の王の一族としての挫折の連続だった人生に通じるものがある為なのかもしれないが、今回、そこには触れないでおく。

 そんなビリンノ王だからこそ、外貨獲得能力の低い貴族の出身者に対しても登用の道も残していた。

 外貨獲得能力の高い人間がそれ即ちビリンノの執政の手伝いを上手くこなせるわけではない。そのビリンノの思いが、結果的にゴウを宰相の地位に置く事になる。

 外貨獲得と国内での経済活動をバランスよく切り盛りできる人間を、ビリンノは欲していたのだ。

 登用試験を首席で突破したゴウは、先代の宰相の元、多少他の貴族国家とは性質の異なるカタラット国において、頭角を現し始める。

 獲得した外貨のうちの一部が己の一族の負債返済に流用されていた事実が表面化し、『常夏の疑獄』事件と呼ばれる汚職事件で先代宰相が罷免されると、彼の元で実績を積んでいたゴウは、他の外貨獲得におけるエキスパートの貴族達を抑え、宰相に就任する。

 外貨を獲得し、うまく一族の力を伸ばしていた貴族達は皆私兵を囲った。宰相に就任したゴウも、裏舞台で行われる情報戦や、ともすれば要人の暗殺という闇の部分の戦いを勝ち抜くために、私財を投じ、最強の私兵集団『影飛び』を作り上げた。

 それは、ゴウの幼馴染でありツクリーバ領の住人であったスサッケイの並々ならぬ努力の賜物でもある。ノヴィの一族は元々狩人の一族であったとされるが、徒手空拳で山中にいる巨大肉食獣を狩ることが出来たとされ、その腕に惚れ込んだゴウがスサッケイの家族を貧困から救う形で援助したのを機に、元々友人同士であったスサッケイはゴウに一生の忠誠を誓う事になる。

 ゴウは、表ではその才気煥発さでビリンノを補佐し、裏では『影飛び』を使って他の貴族の私兵を牽制し、その地位を固めていく。

 ゴウ=ツクリーバという男に、為政者としての資質があったかどうかは不明だ。だが、為政者を補佐する能力には長けていた。だが、同時に為政者の及び腰な外交と、それに伴う自身のカタラット国に対する理想像、所謂『強いカタラット』と現状との乖離に、僅かながらの不満を持ち続け、ビリンノに『強いカタラット』の提案をする場面が何度かあったとされるから、何らかの野心はあった物と思われる。

 しかし、ビリンノに対する忠誠がゴウの野心を相当に上回っていたのは事実であり、故老王ビリンノを蔑ろにしていた事実は全くと言っていいほど浮かび上がってこないのも、純真なゴウを語るには良いエピソードなのかもしれない。

『強いカタラット』を作り上げたい自負はあったものの、それを自分が為政者として行うつもりはなかった。

 自分は日陰から王を支える。

 それがゴウの思いだった。

 そして、『大陸砲惨』。

 あの事件で主を失ったゴウは、自分の中で蓄積していく忠誠心を何とかして紛らわそうとしていた。自分の思いは、自分の口から出る物ではなく、為政者から発せられるべき。

 その思いがあったからこそ、今までは口を閉ざし、千差万別の事態に備えて自身を持てる力を全て用いて、新しい王を迎えようとし、その準備をしてきた。

 ビリンノの死。

 カタラットの歴史において、カタラット一族の血が途切れた瞬間だった。

 ゴウは、ビリンノを……カタラットの象徴をもう一つの象徴の暴走により失い、実質トップに立った。だが、それがゴウの悲劇の始まりだったともいえる。

 ゴウに、為政の知識は十分だった。経験も、王の補佐という立場で十分にこなしている。

 後は、己の理想の国家を、己の判断と執行で実現するだけだった。その類稀な為政補佐の能力を、補佐から主体に切り替えて存分に振るうことで。

 彼にとっての一番の欠点。それは、彼がトップになりたいという感情を微塵も持ち合わせていないことだった。

 目標はある。

 だが、それを自分の手で成し遂げるのではなく、自分の認めた人間にトップを任せ、彼は彼が目指す理想を彼の認めた者に実現させ、自身は裏方に回り実現の補佐を行うこと。

 彼がトップにならざるを得ない状況に陥った時、彼はとてつもなく不安に駆られることになる。できない不安ではない。自分が行なって本当に良いのか、という不安。

 一見すると滑稽な不安。

 だが、ゴウにとってはそれが全てだった。

 

 スサッケイからの懇願に、レベセスとレーテは首を縦に振らざるを得なかった。

 レベセスはその懇願に同意すると同時に、自身と実の娘であるレーテに城内での帯剣及び抜刀、場合によっては戦闘への突入の許可を求めた。

 一瞬、スサッケイの目が副宰相のそれから『影飛び』の長の目に代わる。殺気を帯び、一騎当千の殺戮者の表情が浮かんだ。

「それは……どういう意味か。帯剣までは頷ける。しかし、抜刀は即ち戦闘に突入するという可能性をレベセス殿が感じているということ。

 貴方はこのワーヘ城で一体何者と戦おうというのか」

「スサッケイ殿。貴殿は新王ゴウ=ツクリーバが姿を消したと言った。だが、貴殿は既に新王ゴウ=ツクリーバがどこにいるのか、気づいているのではないか?」

 スサッケイは顔色一つ変えない。だが、そのポーカーフェイスこそが、レベセスの指摘を雄弁に物語っていた。

「新王はこの城の中にいる」

 レベセスの言葉に答えるように、スサッケイはゆっくりとその双眸を閉じた。どこか諦観の所作だ。

 それは、既にゴウを発見はしたものの、どこかに異常を覚え、その異常を回復するための手段を幾つも講じていたが、それが失敗に終わったという現状を明確に示していた。

 長く短い間が落ち、スサッケイは口を開く。

「その通り。主ゴウはワーヘ城の屋上部に御座す」

 そういうと、玉座のある背後の壁に吊るされたホリゾント幕をずらし、奥への通路を露出させる。通常、王が謁見の間に現れる袖部とは全く違う箇所だ。いくら戦争とはほとんど無縁の王城とはいえ、王の脱出経路は確保されているということなのだろうが、その脱出経路を他の国家の人間である……厳密にはSMGは国家ではないが……レベセスとレーテに知らしめるということが、事の緊急性を示していた。

 悔しさとも、怒りとも違う表情を浮かべたスサッケイだったが、二人の剣士を促すと、彼自身も身を翻して、奥の通路に進む。幕を除けてすぐのところに階段があり、そこを登っていくと、通路は天井に行きどまる。だが、階段は天井の奥へ消えている。

 スサッケイは天井の閂を抜き、扉を押し上げた。

 一行はワーヘ城の屋上部に到達した。

 屋上に上がったレーテは、その光景の雄大さに一瞬息をのみ、周囲を見渡す。

 ワーヘの眼前に広がるイア海がパノラマで望むことができた。そして、シュト大瀑布が湾に落ち込む様も。

 そして……。

 彼らが屋上に出た部分から最も遠い位置に、人影を認めた。その人影の傍には、台座があり、そこに水晶の結晶が長くなったようなものが細い棒に設置されている。

 あれは、大陸砲の砲座に間違いなかった。ただ、通常の砲座に比べると大層頼りない。その砲座や、大陸砲を固定する砲身が、戦艦カタリティを暴走させるほどの威力を持つ大陸砲の発射時の反動に耐えられるようにはとても思えなかった。

 人影は、大陸砲に魅入られたかのように、砲座に取り付き、発射姿勢を取りながらピクリとも動かない。

 その人影こそ、数日前の戦艦カタリティ引退セレモニー時に、ビリンノ王の隣にいた男だ。その男が、設置された台座に手を触れていた。

 レベセスはゆっくりとその人影に歩みを進めた。

 だが、先に男のところに到達していたスサッケイは、その人影の双眸を見ながら絶句していた。

 なんと、大陸砲の砲台で座しているゴウ=ツクリーバは、眼球が完全に乾燥し、この男自体が光を失っていた。口もからからに乾き、肌も乾燥し皸のように裂け、血がにじんでいるが、その血も乾燥している。部屋着の赤いガウンを纏っているが、その下は、肋骨の浮かび上がるやせ細った体があるだろうことは容易に推測できた。長身であるがゆえに、より一層骸骨を彷彿とさせた。短く刈り込まれた短髪もだいぶ抜け落ち、頭皮に僅かに残されたのみ。もう、その容姿はもはやミイラ。眼前にいる仮王は、既に息があるとは思えなかった。そんな人物が、大陸砲を見つめていた。

 ほんの数日のうちに人間はこうも容姿が変わってしまうものなのか。

 スサッケイは、憂いとも嘆きともとれる呻き声をあげながら、ゆっくりと新王のもとに近づいていく。

 ゴウには『影飛び』の何人かの護衛をつけさせていた。

 だが、それはあくまでゴウに異常が見られた時に即座に対応できるようにであり、それ以外はゴウの醜態をさらすことをスサッケイが嫌がったこともあり、あくまで護衛は長距離からとなっていた。それ故この事態の発覚が遅れたのだ。

 恐らく、ミイラ化したゴウが砲座から手を放し倒れこんでいたならば、即座に対応できただろう。

「ゴ……、ゴウ様……」

 よろよろと屍となったゴウに近寄っていくスサッケイ。

 あまりに哀れなその姿に、スサッケイは涙が止まらない。まるで大陸砲を発射しようと構えたまま息絶え、そのまま風化したような主のその姿に、スサッケイは絶望以上の落胆に襲われていた。

 あれほどの才気煥発だった親友ゴウ=ツクリーバ。彼のおかげで今の自分がある。その意識は以前と変わらない。それゆえ、彼は今も彼の為に生き、彼の為に死ぬ決意があった。

 だが、スサッケイはゴウを守れなかった。

 スサッケイは、屍となったゴウを抱きしめ、ゴウを大陸砲の呪縛から解放してやるつもりだった。その為、既に倒れこみそうなほどの心理的な打撃を受けながらも、踏みとどまり、砲座を構えるゴウの前に立とうと歩みを進め続けた。

 そこで信じられないことが起きた。

 突然、ゴウの構えた砲身が動く。照準がスサッケイに合わされ、大陸砲がわずかに輝いた瞬間、光の帯がゴウとその背後にいるレーテ、レベセスに向かって放たれた。

 その帯は、針のように細かった。そして、速かった。

 スサッケイは身動き一つできなかった。できたのは立ち止まる事だけ。

 閃光の通り過ぎた後、スサッケイの左頬に一筋の血が伝った。

 

「スサッケイ殿! 撤退だ!」

 そう叫ぶと、レベセスは干からびたゴウだった者に向かって走り出す。

 ゴウだった『それ』は、大陸砲から光の針を無数に射出する。

 かつて、レベセスは似たような技を使う相手と相対したことがある。違うのは、その相手は赤黒い怨念の針を使った。受けることも跳ね返すことも不可能。只避けることしかできなかった。

 だが、今相対する攻撃主は、マナを使っている。『真』の力は『真』を使って反射することができた。所謂マナ術の反射術。反射の回数は術者の実力によって異なるが、聖剣を持たぬレベセスでも、マナ術の反射術だけは使用することができた。ただ、回数はかなり限定される。極力回避しながらスサッケイに近づくと、そのままタックルするように組み付き、そのまま屋根の下に飛び降りた。

 速射に対応できずに両肩両足を光の針で貫かれたスサッケイだったが、レベセスには最後まで抗った。だが、それも空しく、屋根の下にレベセスとともに転落する。主の名を叫びながら。

 影飛びの面々も屋根から飛び降り、撤退を図った。

 レーテもそれに従うが、レーテは見た。

 スサッケイがいなくなり、ゴウであったものの傍に敵がいなくなった瞬間、それがまた動きを止めたのを。

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