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界遊記  作者: かえで
カタラットでの出来事

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96/253

再接触

「……今日はどちらの立場でお越しになったのか?」

 レベセスは来訪者に向け、冷徹ともいえる言葉を投げかけた。

 まるで、どの面下げてこの場に来たのか、と言わんばかりに……。




 ディカイドウ大河川の下での巨獣との小競り合いで意識を失ったレーテを連れて、レベセスは宿に戻った。

 一度はチェックアウトした宿ではあったが、SMGの特派員である事は、些細な事でもレベセスの行動にプラスに作用した。再度SMG価格で部屋をとる事が出来たレベセスは、奥の部屋の寝室にあるベッドにレーテを寝かせ、自然に目が覚めるまで寝かせる事にする。

 あの時……光龍剣を手にする直前のレーテの氣のコントロールは、まさに聖勇者のそれだった。ただ、氣のコントロールに慣れていなかったせいか、急激な消耗による過度の疲労の為にそのまま倒れ込むように気を失っただけだ。

 今は安らかな寝息を立てている為、体に異常をきたしたわけではない事はわかる。

 レーテを包み込む氣の流れを探ってみても、体力の回復に努めるように丹田がフル稼働しているが、それが異常な働きをしている訳でもなければ、機能していないわけでもない。疲労回復を目指す体のごく自然な反応だった。

 光龍剣は、レーテを所有者として認めた。

 まだ具体的にレーテに聖剣を扱わせているわけではないが、レベセスには確信があった。

 あの瞬間、光龍剣は確かに自ら蛇玉から抜け出ようとしていた。あれは蛇玉の動きの結果ではない。どちらかといえば、蛇玉は間違いなく外に出ようとする聖剣を抑え込もうとしていた。だが、それを聖剣は拒絶し、レーテの手の中に入った。

 レベセスにはそう見えた。

 聖剣の召喚は、聖勇者としての第一歩。聖剣が自ら所有者と認めた人間の元に行き、自ら所有者の手に取らせることで危機を回避するための力を授ける、聖剣による所有者防衛活動。

 それを目の当たりにしたレベセスは、レーテが光龍剣の所有者として認められたことは間違いないと断ずることが出来た。

 レーテの胸に抱かれた聖剣を手にし、鞘からゆっくりと引き抜いてみる。

 デザインが以前と若干異なる感じがする。

 以前の光龍剣も、宝石がちりばめられているような派手な装飾ではなかったのだが、刀身と柄部分が若干丸みを帯びたように見える。少女仕様、なのだろうか。そして、決定的な違いは、レベセスが所有していた時に比べ、刀身が短い。レーテの身長に合わせたという事なのだろうか。同じ剣でありながら、所有者によって姿形を変えるこの武器は、もはや人の手で作り出せる代物ではあるまい。むしろ、この武器の正式な形状というものは存在しないのかもしれないとさえ感じる。

(光龍剣はもはや私の手を離れた……。鞘から抜くことができるだけでも、今の私は満足しなければならないのかもしれないな)

 剣を鞘に戻したレベセスは、レーテの枕元にそっと剣を置く。

 これから長きに渡り、この剣は少女を護り続けていくだろう。いつか彼女が所有権を神に返し、世界を護るだろうその力を次の聖勇者に譲るその時まで。

 思わぬ形で光龍剣の入手と、新戦力の可能性を予感したレベセスに、ある一つの考えが生まれたのだった。

「聖剣を入手できたのか。それは喜ぶべきことだな。

 で、ファルガはどうするつもりだ? これから奴が水没した地下水脈を進み、奴を追いかけるつもりなのか?」

 カタラット国で単独行動をしていたヒータックも、レベセスが宿を取り直したと聞き、舞い戻ってきていた。

 ヒータックとしては、戦力アップをしたレーテの特派員加入は喜ばしい。しかし、その一方でファルガが地下水脈に落ち、行方不明になってしまった事は予想外の問題だった。

 レベセスの話から推測するに、少年ファルガが地下水脈に落ちた状態で、その水脈の流れに逆らってこちらに上がってくるのは不可能だろう。普通に考えれば生死は不明なのだが、聖剣の力で増幅されたレーテの探知氣功術≪索≫には、ファルガの氣が検知された。高速で地下水脈を流されていく、聖剣に守られたファルガの氣が。

 通常の≪索≫では拾いきれぬほどの距離ではあるが、レーテがそう感じられた以上、今の時点では生きている事はわかる。そして、聖剣を持った者ですら抗えぬ水流であるなら、そのまま流されていき、地上に出た時点で水流から逃れるのが正解だということは、理屈上は理解できる。

 だが、すぐにでもSMGとして大陸砲奪取に取り掛かりたい今現在、ファルガの離脱は痛い。

 数日間、聖剣の第二段階以上の覚醒を引き出す訓練をレーテに受けさせた上で、ファルガとレーテの二人の聖勇者と元聖勇者をメンバーに含む小隊を作り、大陸砲の奪取を試みるつもりだったヒータックも、計画の頓挫を認識せざるを得なかった。

「そうしたいのはやまやまだが、地下水脈の出口がわからん以上、手の打ち様がない。それに、地下水脈を脱出できたなら、彼はまたこの地に戻ってくるはず。それまではこの場所を動かないことが肝要」

 レベセスは、ベッドにて安らかな寝息を立てるレーテをちらりと見ながら呟いた。

 寝息こそ安らかだが、レーテが意識を失ってから既に数日経つ。その間レーテは一度も目を覚まさない。

 数日前まで聖剣に触ったこともなかった少女が、突然聖剣の第二段階を発動させたのは驚くべき事実だが、その反動で確実に少女の身体はダメージをうけていたのだろう。少女が体力を回復し、目を覚ますまでは予断を許さない。例え、そのダメージが後遺症の残らぬ一時的な物であるという確証があったとしても。

「大陸砲が『影飛び』の手に渡った以上、仮王ゴウ=ツクリーバの手元に行くのは間違いないだろう。

 在処さえ分かっていれば、奪取はいつでも可能だ。

 だが、理想を言えば譲渡を引き出したい。仮王という男が、先王ビリンノ=カタラット同様、戦力放棄による世界のパワーバランス維持に努めるような国王であれば、だが」

「それも『影飛び』が介入してきた以上、あり得ない事も想像に難くない。大陸砲の再発射を阻止するためにも早急に奪取すべきではないのか? 場合によってはファルガとレーテ抜きでも」

 ヒータックからは若干の苛立ちも見て取れる。そこには、当初の予定よりあっさりと大陸砲を入手しながら、早々に手放したレベセスに対しての怒りもあるのだろう。

 ただ、レベセスの話を聞くに、シュト大瀑布の裏という相手の土俵で、手練れの集団『影飛び』の部隊と交戦する愚を犯したくないのも理解できる。戦力としてカウントしかねるレーテを、このタイミングで失うわけにもいかない。

 それ故、レベセスに対する揶揄を行なわないのだ。

「大陸砲は発射できない。そのような細工をしておいたからな」

 一瞬目を見張るヒータック。

 『影飛び』との僅かなやり取りの間に、相手に気付かれずにできる細工とは一体どんなものなのだろうか。奪取、最悪でも破壊、というリーザからの指示において、まず破壊を試みたとでもいうのか?

 だが、それはヒータックの杞憂に終わる。

「ファルガ君が回収した大陸砲は、大気中のエネルギー『真』を収束させ、マナ術のような物理エネルギーには変換せずに、そのまま放つ仕様のようだった。

 何らかのショックを与えさえすれば、大陸砲の結晶は、大気中に無数に漂う『真』を勝手に集め始める。そして、結晶の中が極限まで圧縮されたマナエネルギーで満たされると、その莫大なエネルギーに指向性を持たせて放出するというものだ。エネルギーが結晶内に無くなれば、それはまた只の美しい石に戻るが、また何らかのショックを加えられると、同じような活動をする。

 ただの石ころにその機能を持たせた古代帝国の技術は驚くべきものだ。或いは、古代帝国が、そのような性質を持った石を発見し、生成して大きな結晶にしたのかもしれない。

 しかし、仕様さえ理解できれば、その機能を無効化することも不可能ではない。

 大陸砲が扱えるのは『真』のエネルギーのみ。結晶の中が別のエネルギーで覆われていれば、『真』を集める事はできない。

 ファルガ君は大陸砲入手時、エネルギーを集め始めた大陸砲から、『氣』をコントロールする要領で『真』を抜き取り、大陸砲の再発射を阻止したと言っていた。

 『影飛び』に大陸砲を渡す直前、私は大陸砲を『氣』の膜でコーティングしておいた。

 『氣』のコントロールによほど長けている人間でない限りは、大陸砲周囲の『氣』を排除した上で大陸砲の結晶に『真』を集め、大陸砲を発射することはできないはずだ」

 大陸砲さえ無効化してしまえば、カタラット国の世界に対するアドバンテージはなく、カタラットにおける大陸砲の存在意義はない。先王ビリンノ=カタラットのように争いを拒む王であれば、大陸砲の所有も放棄するだろう。使えない兵器はその存在が重く圧し掛かるだけだからだ。その時に、仮王ゴウから譲渡を引き出せれば、結果的に誰も傷つけずに済む。

 大陸砲の平和な入手を求めたレベセスの作戦だ。

「……問題は、このような大陸砲の出土が続く可能性がある、ということだな。

 それに、この大陸砲を何らかの方法で入手したとしても、大陸砲の脅威がなくなるわけではない。それどころか、大陸砲や飛天龍以上の兵器が出土してもおかしくはないわけだ。

 壊れていればよいが、今回の大陸砲のように、その機能や性能がかつてのまま維持された状態で。そして、それが複数出土したならば、恐ろしい事態になるだろう」

 レベセスの言葉に、ヒータックは絶句した。

 確かにその可能性は捨てきれない。というより、そうでないと断ずる方が非現実的だ。

 記録では、大陸砲は古代帝国の浮遊大陸の底部分に無数に設置され、地上の国家を睥睨していたとされる。

 しかし、それほどの兵器だ。大陸の底部分の大陸砲は、浮遊大陸墜落時に破損したかもしれないが、大陸の裏面にのみ設置されていたと断言するには根拠が薄すぎる。それに、予備も無数にあったはずだ。つまりは、まだ破損していない大陸砲があってもおかしくないという事。そして、その類の遺物が現に発掘されてしまった……。

 SMGの所有する古代帝国の移動兵器、『飛天龍』と呼称される円盤状の飛翔体についても、古典に示されたような移動力は備えていても、攻撃力は備えていない。つまり、古典に出てくる『飛天龍』は、SMGの抱える飛天龍とはまた別種の飛翔体かもしれない、ということなのだ。

 レベセスは続ける。

「私は、ぜひ早いうちにSMGは正式にカタラット国と協力関係を確立し、遺跡探索を行うべきではないか、と考えている。

 現在のSMGの世界に対するアドバンテージは飛天龍の存在。しかし、飛天龍を超える能力を持つ移動兵器は恐らく遺跡内に存在する筈だ。

 それが、今回の大陸砲のように、万が一にも無傷、或いは損傷の少なく修理可能な存在でカタラット国の遺跡から発見されれば、SMGの存在を根底から揺るがし、世界のバランスも壊しかねん」

 それに……、と言いかけてレベセスは言葉を切った。

 来たる『巨悪』とやらに、古代帝国の兵器群がひょっとすると効果があるかもしれない。対『巨悪』を考えた場合、古代帝国の兵器は多い方がいい。

 しかし、それをヒータックに告げる事はまだできなかった。

 精霊神大戦争を回避する為なら、レベセスはどんな努力も惜しまない。しかし、同時に、伝説のガイガロスの戦士、ガガロ=ドンの危惧する『巨悪』も無視するわけにはいかない。

 そして、彼にそれを示唆したとされる『魔王フィアマーグ』が実在するならば、精霊神大戦争時にフィアマーグと戦ったとされる『神ザムマーグ』も実在してもおかしくない筈だ。

 只の人間が、神様と呼ばれる存在にアクセスできるかは甚だ疑問だが、『巨悪』との対戦にせよ、『精霊神大戦争』の発生にせよ、人間の力を大きく凌駕する力同士のぶつかり合いになるだろう。その時にガガロ同様、レベセス達人間側も高次の存在とコンタクトが取れるようになっておきたい。少なくとも、現時点ではレベセス達とは敵対しないはずの存在と……。

 レベセスがそう考え始めたのは、ファルガの父という男が夢で見たとされる『神への勧誘』の話を思い出したからだ。その話を彼から聞いた時には、流石のレベセスも一笑に付したものだが、今のこの現状では、その神様とやらにも助力を請うしか、現状打破の可能性はないのかもしれない。

 レベセスは、そんな考えに及ぶ自身のイカれた頭を嘲笑しながらも、その考えから頭を離す事が出来なかった。

「……恐らく、古代帝国の浮遊大陸が墜落した場所は、この地カタラットだ。古代帝国の遺跡は世界中に点在するが、この地にある遺跡の空洞の規模が巨大すぎる。

 ディカイドウ大河川もシュト大瀑布も、古代帝国の浮遊大陸が墜落した際にできたものだろう。ひょっとするとこのディカイドウ大陸そのものが、宙に浮いていた浮遊大陸だったのかもしれない。

 まあ、これは私ではなく別の人間の説の受け売りだがな」

 レベセスはニヤリとすると、宿の窓から遠く広がる大森林に目を向けた。




 レベセスは突然レーテの側から立ち上がり、部屋の入口のある隣の部屋の窓際へと移動する。

 そして、呟くように、しかし独り言ではなく、自分とは別の誰かに話しかけた。

 レベセスが話す姿の見えない存在が、二言三言返したかのような沈黙の後、レベセスは静かに応えた。

「……現在のお立場での訪問を求めます」

 レベセスと共に隣の部屋に移動したヒータックは、部屋のテーブル付近に置いてあった武器を身に付け、玄関の方に視線を移した。彼も、レベセス同様、近づいてくる気配を感じていた。

 ヒータックとレベセスの感じた気配は、ゆっくりと彼らの足元を回り、階段を上がってきているようだった。

 やがて、扉が軽く叩かれる。

「連れの方々は?」

「外に待たせてあります」

「……どうぞお入りください」

 レベセスはヒータックの視線の先のドア前に移動し、ある人物を部屋に招き入れた。そして、入口から入ってすぐの来客用のソファを勧めた。

 ヒータックはそのまま椅子から立ち上がると、窓際の別の椅子に腰かけた。ちょうど来訪者の言う『連れ』と来訪者との間に入る配置になる。来訪者と『連れ』との間にレベセスを置く事は危険だと判断したのだ。暗黙の了解で、来訪者はレベセスが『対応』し、窓の外にいる無数の連れにはヒータックが『対応』する事になった。仮に『連れ』が何か行動を起こした場合に限り、だが。

 気配から察するに、来訪者は一人の中年の男性のみだったが、この宿を取り囲む『連れ』という名の護衛が無数に存在するようだった。

 ドアから現れたその男に、レベセスは見覚えがあった。

 シュト大瀑布の裏で、ファルガとレーテ、レベセスの三人から大陸砲を入手した、ゴウの私兵集団『影飛び』の長。スサッケイ=ノヴィだった。

 だが、その格好は滝裏での邂逅時のものとは違う。国家の副宰相としての外出用の衣装とも違う。どちらかというと、貴族が平民に近い姿で人目を忍んで訪れた、という印象だ。

 今回のスサッケイの訪問は、ゴウ=ツクリーバの私兵集団『影飛び』の首領としてではなく、あくまでカタラット国副宰相としてのものなのだが、公の訪問ではなく、隠密の行動の体だということなのだろう。

 平民の身に付けるような衣装を身に纏っているが、その下には鍛え抜かれた四肢が収められており、その低めな身長と相まって、平民の衣装がはちきれんばかりになっているが、その膨れ上がった筋肉が、彼のその並々ならぬ身体能力を窺わせる。

 所謂『副宰相が非公式に訪問してきた』体を醸しだしているつもりなのだろうが、正直な所は『影飛び』の頭領としての能力があれば、護衛などむしろ足手纏いでしかない。

 『影飛び』の中で誰よりも強く、暗殺活動のような隠密行動を得意としているはずの男が、公人として副宰相に就任してしまっている為に、彼の本来の持ち味というべき様々な能力が殺されてしまっているという状況が、レベセスには非常に滑稽に感じられ、同時に幾つもの立場を持たざるをえないスサッケイに同情の念を禁じえなかった。

 本来ならば、スサッケイ一人で全てが処理できたはずなのだ。それをわざわざ難しくしたのは、仮王ゴウ=ツクリーバに他ならない。

 ゴウのスサッケイという男に寄せる信頼は絶大なのだろうが、これは明らかに失敗人事だ。

 一見するとひどく冷たい、突き放したような物言いの後、レベセスは語尾を和らげた。

「……ご苦労はお察しする。仮王ゴウの持つ最強の私兵『影飛び』の頭領である貴方が、主の命により表の立場を受任したことによる矛盾は、貴方の様々な技術や能力に対して枷にしかなっていない」

 表情を変えなかった副宰相スサッケイは、一瞬溜息をつくと心の衣装を脱ぎ捨てる覚悟をしたようだ。

「いろいろご存知の様ですね。人払いをお願いしたいのですが……」

 スサッケイの視線の先には、ヒータックがいる。

「彼は、私と同等の立場だ。私が知るべき情報は彼も知っておかねばならない。奥で休む少女は、本来は人払いの対象だが、休養中のためご容赦願えないか」

「……わかりました」

 スサッケイは観念したようだった。

 スサッケイもヒータックの様々な実力は感じ取っていた。正体こそわからないが、彼から発せられる気配から、スサッケイと同業の人間だと推測するのは容易い。

 それはヒータックも同じだ。

 だからこそレベセスがスサッケイを部屋に招き入れた時、席を空けつつ外で待つ護衛……とりわけ腕の立つ影飛び所属の護衛たち……との間に入ったのだ。もし、スサッケイという男が本気で戦闘を仕掛けて来たならば、如何にヒータックとはいえ無傷でこの場を切り抜ける事は出来ないだろう。いや、どちらかというと、ヒータックですらスサッケイには太刀打ちできぬかもしれぬ。それほどにこの男の実力は突出していた。

「お察しの通り、外に待たせている兵士達の一部は、『影飛び』の出身者です。

 主ゴウがカタラット国の王になったことで、『影飛び』が近衛隊として扱われるようになりました。その事実は色々物議を醸しているようですが。そして、本来日の目を見ないはずの『影飛び』の人間が、正規のカタラット国軍に入る事で、正式に私の護衛につくことが出来るようになりました。

 公私ともに主ゴウを護る意味では理想の状況ですが、今回の様に表の役職を与えられてしまうと、行動にも発言にも枷が掛けられてしまうのは致し方ないとはいえ、非常にやりづらい」

 スサッケイはそういうと、懐から出した豆粒代の何かを指で潰し、それを窓の外に放った。

 『臭い狼煙』だ。

 有視界でのシグナルが使えなければ、音か臭いで情報の伝達をしなければならないが、忍んできている人間が音で信号を放つわけにもいかず、『影飛び』の人間のみが嗅ぎ分けの出来る香料を詰めた豆粒代のケースを潰し、内容物を空気中に散布することで意志を伝える『影飛び』特有の情報伝達技術。

 臭い狼煙を放って暫くすると、先程まで宿の周囲を囲っていた『護衛』の気配が消えた。

 ゆっくり窓の傍から離れ、レベセスの背後に移動するヒータック。

「少なくとも、今現在敵意がない事はわかった。

 で、今回副宰相殿が我々に接触してきた目的は何だ? 大陸砲は既に持ち帰ったのだろう?」

 ヒータックとスサッケイの間に緊張が走る。

 SMG側もカタラット側も大陸砲の所有を望んでいる。国際法的に所有権の明確な規定はないが、発掘した国家が持つのが道理だといえる。

 だが、カタラット国はカタリティの誤射事故の後に大陸砲を失っているし、ファルガが見つけた大陸砲が、『大陸砲惨』の当該物である証拠は何もない。

 ただ、『影飛び』が大陸砲をSMGから強奪した、という事実だけは残っており、それが禍根となっているのは間違いない。そして、その当事者同士が邂逅すれば、闘争に発展しても何らおかしくはないのだ。

 ゴウの命令とはいえ、行方知れずになっていた大陸砲を回収してくれていた集団から数にものを言わせて奪い取ったのは、心象としては最悪だ。このヒータックという男はあの場にはいなかったが、当然そういった事実があったことを耳にしているはずだからだ。

 如何にスサッケイと言えども、このまま戦闘に突入した場合、レベセスとヒータックの二人を同時に相手にするのは些か荷が重い。

 一瞬躊躇するスサッケイ。だが、協力を仰ぐのなら、包み隠すこともできまい。レベセスと協調関係を結ぶには、この危険な男、ヒータックとの協調関係を結ばないわけにはいかない。

 スサッケイは意を決して話し出した。

「我が主、ゴウ=ツクリーバに異変が起きています。仮王としての宣誓を行った翌日早朝、主は中庭で倒れているところを発見されました。外傷は勿論なく、その後の執政も変わりはありませんでした。

 しかし、ここにきて何かと戦っているようでした。外的な何かと、ではなく、内面的な何かと」

「それを伝えてくれるのは、現状把握の意味ではありがたいのだが、それに対して我々が何かできるとは思えない。聞くだけになってしまう可能性が高いが、それでも良いのか?」

 ヒータックは、改めて周囲の様子を伺う。

 かなり遠巻きに影飛びの私兵。だが、今ここに干渉できる距離ではない。スサッケイに何かあれば駆けつけられる距離ではあるが、最初の一撃をスサッケイがいなして初めて護衛として機能できる距離だ。

 スサッケイは、その剃り上げた頭を隠すようにかぶっていた烏帽子を脱いだ。国家の副宰相の礼としては最上級のものだ。実際に頭こそ擦り付けないが、平身低頭、とはまさにこの様のことを指す。

「貴公はドレーノ国の総督レベセス=アーグ殿であるとお見受けします。

 先の邂逅での無礼はお許し頂きたい。存じ上げなかったとはいえ、大陸砲を回収して頂いた方々とはつゆ知らず、数に物を言わせて強引に大陸砲の譲渡を引き出してしまった、という意味では大変な粗相であります」

 レベセスはスサッケイの謝罪を受け入れた。

 その事にヒータックは愕然とするが、レベセスの目配せに意図を感じ、言葉を発することはしなかった。

 ファルガが地下水脈に落ちたことで、今後の活動の戦力ダウンは否めないが、それは直接スサッケイたちのせいではない。レーテが意識を取り戻していたならばまた一悶着あったのだろうが、今はこれでいい。

 レベセスの視線はそう言っていた。

 スサッケイは言葉を続ける。

「ドレーノでは、その人間の能力と性質をも変えうる『黒い稲妻』というものが落ちたと聞きます。その時の様子と、現在のわが主が陥っている状況を比較して、どうなのだろうか。どんな情報でも構いませんのでご教授頂きたい」

 スサッケイはゆっくりと頭を垂れた。

 数日前には、大陸砲を奪取する為には戦闘をも辞さぬと滝の裏で息巻いていた私兵集団の頭領と同一人物とはとても思えぬほどに、副宰相スサッケイ=ノヴィは憔悴しきっていた。

 スサッケイという男は主の敵が外部にいれば滅法強いが、主に害なす者が主の中に巣くい始めている今の状況に、打つ手が見いだせずにいるのは明らかだった。

 ややあって、ため息をつく様に言葉を発するレベセス。

「……今はどこの国家にも所属していません。厳密には所属はできていません」

「なんと……」

 スサッケイは絶句し、シェラガの顔を見据え、表情から何かを読み取ろうとしているようだった。だが、再び顔を伏せ、懇願を続けた。

 暫くの沈黙が落ちる。

 やがて口を開いたのは、眉間にしわを寄せたまま、訪問者を見つめていたレベセスだった。

「私も黒い稲妻については殆ど情報を持っていません。だが、それに打たれた人間は二人見てきました。その様子を伝えることくらいしかできませんが、それで構わないでしょうか」

 スサッケイは顔を上げぬまま、レベセスに礼を言った。

 レベセスから話を聞いたところで、それが『黒い稲妻』に打たれた者を救い出すヒントになるとは限らない。だが、藁をも掴む思いのスサッケイにすれば、『黒い稲妻』を目の当たりにした者の経験談は貴重に違いない。

 レベセスは立ち上がり、窓辺に移動する。

 窓からはシュト大瀑布を臨むことはできないが、ワーヘ城は視界に入ってくる。

(あの城にも、黒い稲妻に打たれた者がいるということか……)

 レベセスの知る黒い稲妻に打たれた人間は二人。

 一人目はギラ=ドリマという南国の少女。

 この少女は、驚くべき才覚でドレーノ国のサイディーランを御しながら、ある日突然快楽に溺れ、そのまま夫である第一位サイディーラン・ハギーマ=ギワヤを置いて失踪する。

 失踪する直前に『黒い稲妻』に打たれたとハギーマは言っていたが、幾ら人心掌握に長けているとはいえ、南国の農家の少女が、ハギーマに見初められただけで、突然総督であるレベセスと交渉しだすような行為に出たり、サイディーラン相手に高利の金貸しを始めたりなどするものだろうか。

 仮説にすぎないが、実は、ギラという少女は、一度ハギーマの目の前で落雷に会う以前に一度別の所で黒い稲妻に打たれているのではないか、とレベセスは踏んでいる。その根拠が、二人目の黒い稲妻に打たれた人間、ツーシッヂの存在だ。

 この男は、ロニーコで行われた総督の弾劾裁判で、怒りに我を忘れた男。ハギーマを主としながらどこかで見下していたあの老獪な男の狂おしいほどの激しい怒りで『黒い稲妻』を呼び寄せたように見えた。だが、そこでの気性の変化は、『黒い稲妻』の直撃の直後に起こっているように思えた。

 『黒い稲妻』は、人を変える。肉体的にも、精神的にも。

 だが、彼は『黒い稲妻』の選別に耐えられなかった。その体は崩れ落ちていき、消失した。

 『黒い稲妻』が落ちる原因はわからない。だが、その稲妻は、直撃を受けた人間に対し、肉体的、あるいは精神的に変化する何かのきっかけを与えているようだ。それが、ギラという少女の、突然の覚醒も突然の凶悪化も、ツーシッヂの肉体的な変化も、『黒い稲妻』が引き金となっているとしか、レベセスには思えなかったのだ。そして、ギラという少女の覚醒と凶悪化にタイムラグがある以上、黒い稲妻の影響が二回あったと考えるのが自然であり、二つの変化が遅れて起きたというよりは、二回稲妻が落ちたと考える方が妥当だ。

 『黒い稲妻』の原因を解明する事と『精霊神大戦争』の発生の回避、そして魔王フィアマーグの言う『巨悪』の来襲が、どこかで繋がっているのではないか。

 レベセスには直観的にそう感じられたのだった。

「私が見てきたことをお伝えすることはたやすい。しかし、それが全てではないはずです。一度、私たちは新王にお目にかかりたい」

 レベセスは、ゴウ自身が名乗った仮王の名を使わずに、新王と呼称した。そうすることで、ゴウに心酔するスサッケイのメンツを潰さぬようにしようとしたわけだが、その表現をスサッケイが気にした様子はなかった。

「わかりました。では、ワーヘ城でお待ちしております」

 スサッケイは立ち上がると、静かに部屋を後にした。


「レーテはどうする気だ?」

 スサッケイが立ち去った後、ヒータックはレベセスの横に腰かける。

「レーテが目を覚ますまで待ちたいところだが、そうもいくまい。SMGの現地特派員に預けるしかないだろうな。事態は急を要するようだ。時機を逸すると、ツーシッヂのように手に負えぬ存在になる可能性がある」

 ヒータックはしぶしぶ了承する。

 ヒータックの第一目的は、大陸砲の奪取だ。だが、それをするにはワーヘ城に行き、スサッケイを始めとする『影飛び』と事を構えなければならないだろう。そうならないために、レベセスは譲渡を認めさせる方向で行動しようとしているが、それはなかなか難しそうだ。

 臆しているわけではないが、そのままワーヘ城で戦闘に突入した場合、どうしてもレベセスと自分自身だけでは、あの『影飛び』相手では勝ち筋が見えない。恐らく脱出一辺倒になるだろう。それに、自分たちがこの地を空け、レーテの守護を現地特派員に任せても、あの『影飛び』の奇襲を凌いでレーテを守り切ることは厳しいだろう。

 レーテを人質に取られることも、単身レベセスのみがワーヘ城に行き、囚われになることも、ヒータックとしては避けたかった。今の時点で、大陸砲を入手する算段は正直できていなかった。

「ヒータックさんは残っていてください」

 突然隣の部屋から声がする。

 レベセスとヒータックが驚いて隣の部屋の入口を見ると、そこには意識を取り戻していたレーテが立っていた。

「いつ目覚めた?」

 レベセスの問いに、レーテは伸びをしながら答える。

「少し前。あの『影飛び』の長の人が来たあたり。あの人は凄いわね。他にも何人かの人が外にいたようだけど、何かしようとするならあの人だけで十分な感じね」

 そういうと、レーテはレベセスの対面に座り、水差しから水を一口飲んだ。

「お父さん、私も連れて行って」

 レベセスは、娘の申し出を受けることしかできなかった。

 レーテは、ゆっくりと背に聖剣を背負った。

多分年内最後の更新になりそうです。

来年もよろしくお願いいたします。

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